第1話 ありふれた1日の始まり
――…………ピピ! ピピピ! ピピピ!——
「ん………、んん……」
鳴り響く電子音で、深い眠りのそこから意識を呼び起こされた私はフラフラと音の聞こえる頭上に右手を彷徨わせる。
そして、ようやく音の発生源である目覚まし時計の硬い手触りを右手に感じ、そいつの頭に付いてるスイッチを押すことで鳴り響く機械音を停止させた。
「はふぅ……。ふぁ~~~」
大きなあくびを漏らしながら軽く伸びをしてまとわりつく眠気を振り払い、私はゆったりと上半身を起こすと寝ている間に脱げかけていた寝間着を軽く整えながらベッドから抜け出す。
そして眠気でまだハッキリとしない意識のまま洗面所へと向かい、冷たい水で顔を洗うことでスッキリすると鏡に映る自分の顔を確認する。
今鏡に映っている特にこれといった特徴もないありふれたごく平凡な少女の名前はセレナ。
つい1月ほど前に16の成人を迎えたばかりで、今は一人このアパートで生活しながら冒険者をしている者だ。
まあ、冒険者と言っても遥か昔に前人未到の地を開拓する役目を担っていた時の名残でそんな名称になっているが、今の冒険者は人類共通の脅威である魔獣の対処に当たったり治安維持やお困り相談まで何でもこなす便利屋のような職業なのだが。
「……うん、よし! さて、今日こそ失敗しないように頑張らないと!」
パンパンと軽く頬を叩くことで気合を入れた後、私は腰まで伸びた金色の髪をいつものようにポニーテールにまとめると手早く着替えを済ませ、洗濯機のスイッチを入れるといったんリビングへと向かう。
そしてそこでテレビのスイッチを入れ、今日の天気予報などチェックしながらトースターに食パンをセットし、トーストが出来上がるまでの間にキッチンから取って来たサラダとジャムをテーブルに運ぶ。
『——との見解を示しております。なお、学会によれば――』
ここ最近よく目にする新たな大規模転移魔道具開発中に発生した事故のニュースをなんとなく聞き流しながら、お気に入りのジャムをたっぷりと塗ったトーストを頬張りながら穏やかな朝のひと時を過ごす。
そして、一通り朝食を終えた私は食器を片付けると、この1月ですっかり成れた手つきで携帯端末『ハミルヘリメンの魔鏡』(たいていの人はハミルと呼んでいる)で今日受注できる依頼のリストを冒険者ギルドが運営する専用サイト『AdventureUnionsPortalsite』(通称AUP)でチェックする。
(討伐系は……この前途中で標的を逃がしちゃったから、ペナルティであと3日は受注できないんだっけ? ……清掃系は簡単なんだけど比較的安全な街中での依頼だから魔装のコアレベルを上げることはできないし、捜索系も同じくコアレベルを上げることができないのに加えて時間がかかる割にはあんまり報酬も良くないんだよねぇ。…………うーん、でも討伐系以外になると人気ないこういった系統の依頼ばっかりしか残ってないんだよなぁ)
そんなことを考えながら画面をスクロールしていくと、ふと私はある依頼のページで指を止める。
(珍しく調査系の依頼が出てる! 受注資格は……コアレベル70以上、かぁ。受注資格の割に報酬は低いけど……道中で魔獣を狩ればコアレベルも上げられるし、素材の換金でプラス収入になるかもだし、上手くいけば道中でレアな魔獣をテイムできるかも! もしレア魔獣のカードを手に入れられれば、ここ最近停滞気味だったデッキの強化ができるかもだし、あんまり私の魔術系統に合わないタイプだったら売ればそれなりの報酬になるだろうし……うん、これにしよっと!)
そう決断した私は依頼の受注ボタンをタップし、必要事項の入力を済ませると受注完了の通知が来るの待つ間にちょうど洗濯が終了したことを知らせるアラームが鳴っている洗濯機の下へと足を運んだ。
その後、洗濯物を干し終わったところで再びハミルを確認すると無事に任務の受注完了知らせる文書と依頼の詳細、それに対象地の地図が送られてきているのを確認する。
「さて! それじゃあ張切っていきますか!」
声に出してそう気合を入れながらハミルをスカートのポケットに突っ込み、近くの棚に置いていた腕時計型の魔装、『魔術師の絵札』を左手首に装着し、壁に掛けてあったベルト型のデッキケース腰につけるとそのまま玄関に向かって歩き出す。
だが、数歩進んだところでテレビを消し忘れていることに気付き、ここ数日よく見る成人を迎えたばかりであるにも関わらず他の王族と違い一切公の場に姿を現さないこのルーネブルク王国の第2王女についてのニュースが流れているテレビの電源を消す。
そして、今度こそ私は今日の依頼を熟すべく玄関へと足を向けるのであった。