第17話 出来ることを
「~~~~~~~~はぁぁぁ」
大きなため息と共にベッドへとうつ伏せに倒れこんだ私は、しばらく顔を枕に埋めながら精神を落ち着かせる。
そして、少しずつ冷静な思考を取り戻し始めた私は枕を抱きかかえたまま寝がえりを打つと仰向けの姿勢になり、ぼんやりと天井に視線を彷徨わせながら謁見終了からこのアパートへ戻るまでの間に判明した数々の情報について思考を向けた。
謁見が行われている間、知り合いの魔動技師が取り上げられていた私の魔装を点検してくれていたのだが、どうやらダンジョン内で危惧した通り私と魔装、それにテディの魔力がそれぞれ複雑な繋がりかたをしてしまったようでテディの【使役符】が【始動札】に固定されてしまう不具合を解消することは不可能だと判明してしまったのだ。
しかもそれだけではなく、魔装を介さずとも私とテディの間には魔力による繋がりができてしまっているらしく、たとえコアレベルがリセットされるリスクを負って魔装を新調したところでこの不具合が解消する保証はない、とさえ言われてしまった。
正直、こういった事例はかなり珍しいことではあるが数年に一度程度は報告が上がる事例であり、大抵の場合は強大な力を持った精霊との繋がりを得た際に起こる現象らしいのだが、稀に私のように魔力的な相性の関係か魔獣とこのような現象が発生するパターンもあるらしい。
そしてその場合は常に魔装を介さずとも術者から魔獣に対して魔力供給が行われる影響で魔獣を【使役符】に戻すことができず、戦闘において魔獣か術者のどちらかが命を落とせば生き残った方にも何らかの影響が出る(多くの場合は魔力が使えなくなったり、体に麻痺が残ったりが多いらしい)とのことだった。
(つまり、今後私はどうやったってテディと運命を共にするしか道はない、ってことだよね)
そんなことを考えながら上半身を起こし、少し離れた場所で興味深そうに視線を向けるテディに視線を向ける。
幸いなことに、現状テディがいなければまともに戦闘ができない状態なのを考慮して強制的にテディが国の実験施設に連れていかれる、なんて事態は避けることができた。
ただそれでも常時開放状態になっているテディが危険な魔獣では無いかの検査を行うため、3日後の立ち合いまでは毎日私がテディを国の研究施設に連れて行かなければならない状況になってしまったのだが。(つまり、立ち合いまでの間、碌にテディとの戦闘訓練を行うこともできないのだ。)
(まあ、もしこれでテディが喋れるってことがバレたら問答無用で国の研究機関に連行されてただろうし、これからもついうっかり喋れるのがバレないように気を付けないと)
心の中でそんな誓いを立てつつ、私は改めて3日後の立ち合いについて思考を向ける。
(ダンジョンで見た彼の動き……おそらく、あれだけの動きができるのならばそれなりに戦えるのは間違いないかな。ただ、それでもあのランドルフにどこまで通用するかは、正直かなり厳しい戦いになる未来しか見えない……)
私程度の実力では、それこそまともに動く暇もなく一瞬でランドルフにやられてしまうほどの実力差があるのは承知している。
そもそも、私はある程度戦いの基礎をランドルフに教えて貰っているのだが、模擬戦で一撃でも掠らせるどころかある程度やる気を出して戦っている姿すら一度たりとも見たことが無い。
というか、模擬戦をやる時には私がケガをしないように注意しながら全力で手を抜いているのが見え見えだったし、そんな状態ですら相手にならない私がある程度本気で挑んでくるランドルフを相手にするなど自殺行為以外の何物でもないだろう。
(可能性があるとすれば、早々に【憑依装着】を発動させて私自身の戦闘能力を多少なりとも底上げする作戦だけど……それもこんな状況じゃ不可能だと判断した方が良いよね)
再びため息を漏らしながら、まだ物珍しそうに家庭用魔道具へと視線を向けているテディから視線を逸らし、私は未だ着けっぱなしになっていた魔装へと視線を移し、そのままデッキ編集機能を起動する。
これは謁見後に魔装を返してもらった時、知り合いの魔動技師に指摘されたことで初めて気付いたことなのだが、どうやら私は【始動札】がテディの【使役符】で固定されただけでなく、どうやら後1枚呪符が強制的にデッキに固定される不具合が生じているようなのだ。
その呪符というのが『幻影宿りし太古の炎剣』という【装備符】で、あの男と洞窟で戦った際に使用した『幻影の騎士』が生前使用していた炎の魔剣だった。
しかし、この呪符はもともと『太古の炎剣』という名前だったはずなのだがいつの間にかその名前が変わっており、それと同時になぜか私のデッキから『幻影の騎士』が宿っていたはずの【召喚符】が消えているので、おそらくは【憑依装着】を発動したままの状態でダンジョンに迷い込んだことで予期せぬ不具合が生じたのだろう、と知り合いの魔動技師は語っていた。(中途半端な状態で魔装を使った儀式を終了すると、使用していた呪符が消滅したりいくつかの呪符が融合してしまう不具合が起こることがあるらしく、融合した呪符は発動してみるまでどういった効果が発動するか一切分からない危険な状態なのだと教えてくれた。)
(いろいろと頭の痛い案件ばかりだけど……どうせできることなんて少しでもランドルフに食いついて行けるデッキ構築を考えるくらいなんだし、覚悟を決めるしかない、よね)
そう結論付け、私はいったんどうしようもない思考を頭の片隅に追いやると、「あの、聞いても良いですか?」とテディに声を掛ける。
「なんでしょうか?」
私から声を掛けられたことで今まで眺めていたテレビから視線を外したテディはこちらに視線を向けながらそう返事を返した。
「テディ…さんは—―」
「ああ、別に敬称はいりませんよ。それに、特に敬語を使う必要もありませんので気軽な口調で話しても貰っても構いません。もっとも、僕の場合はこの口調が一番話しやすいので貴女もそうであるのなら余計な提案かも知れませんが」
「い……ううん、気を遣う必要がない、ってことなら話しやすい口調で喋らせてもらうね。その、テディはあのダンジョンでの動きを見る限り、それなりに戦えるって思って大丈夫、なんだよね?」
「そうですね……。貴女のいう『それなり』、がどの程度かは分かりませんが、どうやら僕は記憶を失う前も戦いの中に身を置いていたらしい、ということはなんとなく思い出せますからそこそこの戦力にはなると思いますよ」
当然のようにそう返事を返すテディに、私は頼もしさを感じながらも拭い去れない不安を少しでも和らげようとランドルフの実力についてテディに語る。
そして、ある程度私が知るランドルフの実力を語り終えたところでいったん言葉を切り、少しだけ覚悟を決める時間を置いた後に再度口を開いた。
「だから、3日後の戦いではさすがに私の命を取ることは無くても、魔獣であるテディに対して彼がどの程度加減をしてくれるかは分からない。おそらく彼の事だから魔獣とはいえテディの命を奪うことまではしないと思うけど、最悪――」
「べつに、あの青年が僕の命を奪うつもりで来たとしても僕は戦いから逃げることはありませんよ」
私の言葉を遮るようにそう返されたことで、一瞬私は言葉を失う。
そして、私が『なぜ?』と疑問を口にするよりも先にテディは「先ほども語ったように、どうやら記憶を失う前の僕は戦いの中に身を置く者だった可能性が高いんです。だったら、そういった強敵と戦うことで失った記憶を取り戻すきっかけになるかも知れませんからね」と、何でもないことのように返事を返した。
「ありがとう。……………どんな結末で終わるにしろ、絶対にテディを犠牲にすることなんて無いように、私頑張るから」
「僕も、どれ程やれるかは分かりませんが全力は尽くさせてもらいます」
お互い決意を固めるようにそう誓い合ったところで、今日はどちらも疲れているから早めに休もう、ということで話が落ち着く。
そして、簡単に冷蔵庫にあった残り物で晩ご飯を済ませ、嫌がるテディと一緒にお風呂を済ませ(お風呂が嫌というより、『こんななりでも自分は男なのだから女性とお風呂は』といった言い分だったが、ぬいぐるみ程度の大きさしかないテディが一人でお風呂に入れるとは思わないので強制的に一緒に入った)、その日は早めに床に就いたのだった。