第15話 セレスティアナ
王都に向かう途中(といっても簡易転移ゲートを使って一瞬で王都近郊まで移動できたので、転移先の王都近郊から王城に向かう時間の方がメインだったが)に私はダニアンさんに自分に何があったのか、それから連れている珍しい柄のリトルベアがダンジョンに封じられた存在であったことや魔装の不具合で彼を呪符に戻せないどころか【始動札】から外すこともできなくなったことを説明した。
そして代わりにダニアンさんからは私が戦った男が近衛騎士団(国王直轄の特殊部隊で、その存在は公表されているもののメンバー構成やどんな任務に当たっているかなどの情報は国王以外知らないと言われている謎多き部隊)が追っていた組織の一員で、どうやら私があのダンジョンに入り込む直前にあの戦いに乱入していたらしく、結局あの男は取り逃がしてしまったものの何らかの事情を知っているであろう私の存在を国王へと報告し、結果その捜索を国王から命じられた第一王子と第二王女がある程度人格的に信頼がおける上位の冒険者に依頼した、といった感じの流れになるらしいことを教えてもらった。
「それにしても、近衛に命じていた任務の一部を公開して王子や王女に指揮権を移すのは時々あるが、第一王子に命じただけでなくこれまでまともに表舞台に出てこなかった第二王女まで引っ張り出されるなんて珍しいよな」
「……そう、ですね。もしかすると、今までほとんど表舞台に出てこなかったからこそ第一王子の補佐に付けて実績を作りたかった、とかそういった理由なのかもしれませんけど」
ダニアンさんの問い掛けに視線を明後日の方向に向けながらそう返事を返しつつ、私は連れられるがままに王城の裏門に設置された事務所の中へと足を踏み入れる。
そして、ダニアンさんがそこで衛兵に事情を説明している間に私は先ほどの会話について思考を向ける。
(普通、王族の誰かが指揮権を持つとしても大抵は第三王子以下で王女が任務に当たることをもほとんどないはずなんだけどなぁ……。今回の任務で第一王子に指揮権が委ねられたってことは、それだけ近衛が追ってた組織が危険な組織、ってことでもあるんだろうけど…………もしかすると、行方不明になったのが私だったから、って理由もあるんじゃないかなぁ。というか、十中八九第二王女が任命された理由はそれだろうし)
そんなことを考えていると、任務について確認が取れたのか衛兵から「しばらくこの場に待機するように」と指示を受け、魔装を没収された後にその場で待たされることになった。
因みに、ぬいぐるみのような愛らしい姿をしているとは言っても魔獣であるリトルベアのテディ(移動中、こっそり耳元で「名前が無いのも不便なので、とりあえず僕のことはテディとでも呼んでください」と言われたのでひとまずはそう呼ぶことに決めた)も没収されかけたのだが、ダニアンさんが「今回の報告にはそいつも多少なりとも関わるんだし、直接見てもらった方が良いんじゃねえか?」との提案から衛兵が確認を取った結果、特別に一緒に連れて行くことを許可された。
それと、謁見の間には普通必要最低限の人間しか通して貰えないのだが、今回はもし連れて行ったテディが何らかの原因で暴走した場合に対処する役割としてダニアンさんが特別に同行することを命じられたため、同席できない残り2人の冒険者とはその場で別れることとなったのだ。
そして待つこと約30分。
ようやく入城の許可が下りた私達は城内へと足を踏み入れることになるのだが、その際に私は衛兵から手渡された仮面(目元など顔の上半分を隠すタイプのやつ)を付けるよう指示を受けたので大人しくその指示に従い素顔を隠す。
基本的に魔装による魔術行使が主流となった現代でも、魔装を介さない魔術の型に『魔眼』や『呪術』といった部類の物があるため、そういった術を発動させないためにある程度信頼がおける人物以外がそれらの行使を封じるためにこういった仮面を付けたり拘束を命じられる事例は珍しくない。
しかし、私が付けている仮面にはそう言った特殊な加工はされていないし、これが単純の私の素顔を隠すための物であることを理解しているので同席を許されたダニアンさんにはこういった仮面の装着が命じられないことには何ら不満や疑問を抱くことは無かった。(ダニアンさんの方は「なんで俺はいいんだ?」と疑問を持っているようだが。)
謁見の間(王城にはこのような部屋が3か所あり、その中で一番小さな部屋に通された)に辿り着くと、そこには既に20名程度の人物(この場に同席できるのは大臣やある程度権力を持った貴族だけであり、何人かはテレビなどで見て知っている顔もあった)が集まっていた。
そして、自分に集まる視線を感じながらも正面にある台座とイスが設置された場所の近くまで移動し、そこで片膝をついて頭を下げたまま待っていると私達が入って来たのとは別の入り口から何人かの足音が部屋に中へと入ってくるのを感じ、やがてその気配が正面のイスに腰を下ろしたことを察した。
「面を上げよ」
おそらく声が聞こえた位置的に正面のイスに腰を下ろした人物と同時に部屋に入って来たうちの一人だろうか。
声色から若い男性だと分かる声に従い、私は顔を上げると正面に座す一人の少女に視線を向ける。
その少女は私と同じ年齢ながらも、その落ち着いた雰囲気から少し年上のように感じられた。
彼女の顔は私と同じように顔半分を隠す仮面で覆われており、分かるのは私と同じように金色の髪と青い瞳を持っていること、座っているのではっきりとは分からないが私より背が高いくスタイルも良いということは確認できた。
(というか、私と1月程度しか変わらないはずなのになんでこんなに違うんだろ)
そんなどうでもよい感想が頭の中を過るが、そんな余計な思考も目の前の少女、ティアが口を開いたことで霧散する。
「久しぶりね、セレナ。この1月、あなたがいなくてとても寂しかったわ」
彼女のその発言を受け、室内にざわめきが起こる。
そして、周りの重鎮たちだけでなく隣にいるダニアンさんからも驚愕の表情を向けられているのを感じながら、私はため息を漏らした後に口を開いた。
「お久しぶりです、セレスティアナ第二王女殿下」
「あら、そんな他人行儀な挨拶なんて貴女らしくないわよ。私と貴女の仲なんですから、いつものようにティアって呼んでくれなきゃイヤよ」
わざとらしく拗ねたような口調でそう語り掛ける彼女に、私は引きつった笑みを浮かべながら「お戯れを」と抗議の言葉を返す。
「セレナ様……いいえ、セレスティアナ様。ティア様は一度言い出したら絶対に自身の考えを曲げない方であることはご存じでしょう。ですから諦めて、あなたの正体を存じている我々にはこの場でも今迄と同じように気軽な口調で接してください」
しかし、先程面を上げるように声を発した少年、ランドルフがそう発言したことにより部屋の中に響いていたざわめきはさらにボリュームを増すことになる。
「お、おい。これはどういうことだ? それにさっき、あの従者は嬢ちゃんの事もセレスティアナ様、って呼ばなかったか!?」
隣のダニアンさんから小声でそう問いかけられるが、上手い言い訳が思いつかない私はダラダラと全身に冷汗が伝うのを感じながら口を噤んでいた。
だが、この秘密はもはやそれほど長く隠せないだろうことは察していたので、どう説明すべきかと必死に思考を巡らせていると、そんな私の努力を無視するようにティアが再度口を開いた。
「皆さん、お静かに。確かに、この場に集まった者の大半が私と彼女の関係を知らないのですから驚くのも無理はありません。しかし、皆さんもお察しの通りお兄様達の中にもそういった存在がいたように、私と彼女は影と主人の関係なのです」
影とは、端的に言えば王族の身代わりとなる存在である。
特に呪術抵抗の低い幼少期には主人が受けるはずだった呪いを代わりに受けるための身代わりとして育てられることになり、呪術抵抗がある程度高くなる成人までは王族はその素顔を隠すことで自分に向けられた呪いを逸らしやすくし、陰はそもそもその存在を隠しながら主人に向けられた呪詛を自身に誘導することで成人までの間その役目を果たすのだ。
そして、基本的には王族が成人を迎えることでその役目を終えて本来の家へと帰る(呪詛を誘導するためにもできる限り近い血筋の者を選ぶ必要があるため、基本的に影に選ばれるのは王族に近い貴族の家から選出される)ことが多いのだが、中にはそのまま影として主人に仕え続け、公務で危険な場所に代わりに派遣されて王族のフリをしたり、場合によっては王族側が影と入れ替わることで身分を隠して活動を行うことだってある、といった特殊な存在なのだ。