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第14話 一難去ってまた一難

 それは突然の出来事だった。


「気を付けてください!」


 強めの口調でそう声を掛けられたことでようやく現実に意識が戻って来た私は、そこでやっと今までこのダンジョンに入ってから一切感じなかった不穏な魔力の流れ、すなわち魔獣が出現する兆しを感じ取り表情を引き締めて周囲に視線を巡らせた。


(もしかして、彼の封印が解かれたことで今まで封印を維持するために消費されていた魔力がダンジョン内に滞留し始めた、ってことかな? そうなると、ここでのんびりしている時間はなさそう、かな)


 隣で彼が「ひとまず、この場から脱出しましょう」と提案する言葉を聞きながら、私は未だ魔装を起動する魔力が回復していないことを確認した後、こんな状況で使えそうな簡易呪符は何を持ってきていただろうかと思考を巡らせる。


 そのため、私はその気配に気付くのが一瞬遅れてしまった。


「このままここにいては—―」


 彼がそう言葉を続けたかと思った直後、突然彼の姿が有り得ない速度でブレて消えてしまった。

 そして次の瞬間、軽い衝撃と共に何かを殴打する激しい音がすぐ背後から聞こえ、そちらに目を向けると先ほど消えた彼の姿と今まさにチリとなって消えかかっているスケルトンの姿を目撃した。


(え?)


 一瞬、何が起こったのか全く理解できなかった私は呆然とした表情を浮かべてその場に無言で立ち尽くす。

 しかし、「さあ、ボーっとしている余裕なんてありませんよ! おそらく、気の流れから察するにあちらへ進めばそう遠くない位置に出口があるようです。なので、さっきのような怪異が再び生じる前にこんな場所からはさっさと脱出してしまいましょう!」と声を掛けられたことで彼が想像以上の戦闘能力を有している可能性に思い至る。

 そして、興奮から思わずいろいろと尋ねたくなって口を開きかけるが、今はそんな悠長なことをしている時間はないのだと思い出して意識を切り替えた。


「では、私があなたを抱えて走った方が速そうですし、失礼します!」


 そう声を掛けると逸る気持ちを抑えきれず、返事も待たずに彼の体を抱き上げるとそのまま先程彼が指示した方角に向かって走り出す。

 そして、途中で何度か魔獣が出現しそうな気配を感じつつもここで時間を取られるのは惜しいと感じた私は、一切速度を緩めることなくそのまま全速力で出口へ向かって駆け抜けた。

 そのおかげか無駄な足止めを食らうこともなく外へ繋がっていると思われる転移ゲートの前まで辿り着き、私は何の迷いもなくそこへ飛び込んだのだった。


――――――――――


 数秒間、光の中で奇妙な浮遊感を味わったかと思えば突然思い出したように体が重力に引かれる重さを感じ、次の瞬間には両足が固い地面の感触を感じていた。


「………ここ、は?」


 思わずそう声を上げた私に、腕の中から「どこかの教会、といったところでしょうか?」と返事が返って来たことで、転移ゲートで彼と分断されたりなどのトラブルが発生していないことにひとまず安堵を覚える。


「そうみたいですね」


 そう返事を返しながら、ひとまず私はハミルを取り出して電波が繋がる、つまりはダンジョンから脱出したことを確認しながら現在の位置をマップに表示する。


「どうやらここは旧都の外れにある大聖堂の中っぽいですね」


 この大聖堂は、旧都からライゼンハルトの渓谷方面に向かって30分ほど進んだ先に存在する古い建物で、歴史的価値がある建造物であることから今でも取り壊されずに残ってはいるものの、経年劣化を防ぐ保存の魔術が年々弱まって来ていることから倒壊の危険性を考慮して立ち入り禁止とされている建造物だ。

 その敷地面積は現在王都に存在する大聖堂にも引けを取らないものであるため、きちんと整備を行って一般に開放した方が良いのではないかとの意見も多数上がっているものの、旧帝国時代から残る建造物でこの規模の物は他に存在しないため、その歴史的価値を考慮して立ち入り禁止としてでも保存する方針とされているのだ。


(どうしよう。確かここって、一定の資格を持った人が許可を取って入る以外で勝手に入ったのがバレるとかなり重めの罰則が科せられるんじゃなかったっけ? でも、今回の場合は入ろうと思って入ったんじゃない…つまり、事故みたいなものだし問題ないのかなぁ)


 そんなことを考えながら、とりあえずハミルの通信が復旧したということは位置情報のログでこの大聖堂に入り込んでいる人間がいるということが警備会社や騎士団に伝わっているということを理解し、早くここを離れようと足を動かしかけたところでようやく今まで腕に感じていた重さを感じない、つまりは彼がいつの間にか私の腕から抜け出していたことに気付く。

 そのため慌てて周囲に視線を巡らせると、少し離れた位置で無言のまま奥の祭壇に視線を向けたまま立ち尽くす彼の姿を見つけた。


「……何か気になることでもありましたか?」


「なんとなく、ここには来たことがあるような気がして……。ただ、残念ながら何も思い出せそうにはありませんが」


 彼はそう告げながら視線をこちらに向けると「さて、時間を取らせてしまってすみませんでした」と言葉を続けながらこちらに歩み寄って来た。


「……もう少しここで休憩していきますか? ここで魔獣が出てくる心配はありませんし、常駐している警備が私達の侵入に気付いてやって来るまでの時間は……」


「いいえ、どうやらそれほど時間はなさそうですよ」


 そう告げながら彼の視線が聖堂の入り口に向けられているのに気づき、ようやく私はこちらに近づいてくる複数の気配があることに気付く。


(あらら。思ったよりも早く気付かれちゃったみたい。でも、私だってそれなりに訓練を受けてそう言った気配を察する能力は身に付けているのに、そんな私よりも圧倒的に早く気配に気付いているってことは、やっぱり彼は—―)


 そんなことを考えていると、聖堂の入り口から3人の男が姿を現した。

 だが、意外なことにその3人が身に纏っていたのは民間の警備会社や騎士団が着用している制服でなく、それぞれデザインが異なる統一性のない装備であることからこの3人が私と同じ冒険者なのだろうと察することができた。


 というか、その先頭に立っていた赤毛の男性は思いっきり顔見知りで残りの2人もギルドで見かけたことがあるので確実に冒険者の一団だと断言できるのだが。


「ダニアンさん!?」


「おお、良かった! たまたまこの近辺を捜索してたら突然嬢ちゃんが持つハミルの反応が検知されたから急いで確認しに来たんだが……どうやら無事のようだな」


 ホッとした表情を浮かべながらダニアンさんがそう私に語り掛けている間、残りの2人の内片方がハミルを取り出してどこかへ連絡をし始め、ダニアンさんが話し終えると同時にもう一人が何事かをダニアンさんに耳打ちし、それに彼が「分かった」と短い返事伝えると通話を終えたもう一人と共に2人の冒険者は再び聖堂の外へと走り去ってしまった。


「さて……今までどうしていたのとか、そこにいる珍しい柄のリトルベアは何なのか、とか聞きたいことはいろいろあるが………とりあえず、今どういう状況になってて、なんで俺達がここにいるのか説明した方が良いよな?」


 そう問われた私は、訳が分からないまま「ええ、お願いします」と返事を返す。


「よし。それじゃあ嬢ちゃんが受けた任務で姿を消したこの10日間——」


「ちょっと待ってください! 10日間!?」


 その信じられない証言の思わず私は声を上げ、慌ててハミルを取り出して今日の日付を確認する。

 すると、本当にその日付が私が任務を受けた日から10日後の日付を示しているのを確認して言葉を失う。


「……あー、なんだ? その反応から察するに、嬢ちゃんの感覚としてはもっと日付が経っているはず、もしくはもっと短い期間で戻ったはずなのに、ってな感じなんだろ? てことは、取り扱いがめんどくせえ時間の流れが現実と異なるタイプのダンジョンに迷い込んだ、ってとこだろうが……。はぁ、だからこんな王族案件のめんどくせえ任務で、ある程度信用が置ける上位の冒険者のみが名指しで受けさせられたのか」


 ダニアンさんの不吉な呟きを耳にし、ダラダラと冷汗が全身から溢れ出すのを感じながら私は口を開くが、パクパクと口を無意味に動かしただけで思う様に言葉を発することができなかった。

 そしてその間に先ほど出て行った冒険者が2人がこの場に戻って来たかと思うと、その内片方、最初にどこかと通話をしていた茶髪の青年がダニアンさんへ「準備が整いました」と短く言葉を告げる。


「よし。そんじゃあ話は移動しながらにすっか。悪いが嬢ちゃん、俺達と一緒に来てもらうぞ」


「……因みに、私はどこに連れていかれるのでしょうか?」


 恐る恐るそう尋ねる私に、ダニアンさんは苦笑いを浮かべながら「王都だ。そこで嬢ちゃんには俺達に嬢ちゃんの捜索任務を命じた方々の一人と面会してもらうことになる」と返事を返してくれた。


「……先ほど、ダニアンさんは王族案件、って漏らしてましたよね? つまり、今から会うのって……」


「ああ、お察しの通り王族のお一人、第二王女のセレスティアナ・ローレル・ルーネブルク様が嬢ちゃんの到着をお待ちだ」


 その名を聞いた私は、お父様に居場所が完全にバレてしまっただろうという事実と、おそらくこの一件で家に連れ戻されることになるだろうことを察して眩暈を覚えるが、一市民が王族の招集命令を無視して逃走するなど許されることではないと分かっているため、消え入りそうな声量で「はい」と返事を返すしかできないのだった。

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