第9話 ダンジョンの奥地を目指して
すぐ目の前に見えていた神殿に辿り着くまで予想以上の時間を要したため、この空間は想像以上の複雑な構造になっているのだと理解しながらもようやく私は私の背丈の2倍近い3mほどの巨大な扉の前まで辿り着いていた。
(表面に何か文字が刻印されてるけど……この形、古語の事業で習った古代文字に似てる、かも)
残念ながら何が書いてあるのか分からなかった私は、一応スカートのポケットからハミルを取り出してカメラ機能を起動し、扉に刻まれた文字を一通り記録していく。
本来ならハミルにはカメラで読み込んだ文字を自動翻訳してくれる便利なアプリがデフォルトで入っているのだが、現実の空間と隔絶されたダンジョン内ではハミルの通信機能が使えないので自動翻訳アプリを使うことはできない。
しかし、こうやって記録を残しておけば通信可能となった時にその画像を使うことで文字の翻訳が可能となるし、もしかすればこの情報をギルドに報告することで一定の報酬を得られる可能性もある。
(とりあえず、これぐらい写真を撮っとけば十分かな? あとは、この扉をどうやって開くかだけど……)
明らかに左右対称の扉はこちら側に開く作りになっているものの、どう見ても扉をこちら側から開くのに必要な取っ手らしき物は見当たらない。
それどころか、見るからに重量がありそうなこの扉をほぼ魔力が尽きていて魔力や呪符で十分な肉体強化が見込めない非力な私が開けられる気がしない。
(これ、もしかして扉に書いてある文字がこの扉を開くためのキーワードになってるパターン、だったりするのかなぁ。そうなると、この文字を読めない時点で積んでるってこと? ……でも、なんでか分かんないけどここら辺に扉を開くための何かがあるようなきがするんだよなぁ)
そんなことを考えながら気になる地点に視線を巡らせていると、少し離れた場所に設置された石碑のような物の前に数十センチ程度の台座のような物が設置されていることに気付く。
そして、なんとなくそれがこの扉を開くために必要な何らかの仕掛けであると確信した私は躊躇うことなく台座の近くへと足を運び、その台座に明らかに剣を突き立てろと言わんばかりの裂け目が刻まれていることに気付いた。
(…………明らかに、そういうことだよね)
この空間に飛ばされる前、私は自身の意識とは関係なく体が動いて地面に広がる魔方陣に剣先を突き立てていた姿を思い出しながらもデッキケースからお目当ての呪符を取り出して視線を向ける。
その呪符は当然ながらこの空間に飛ばされる前に手にしていた名も分からない炎の魔剣が封じられた【装備符】で、おそらく今残っている魔力をほぼ全て使い切る覚悟で魔力を込めれば儀式を介さずとも封じられた魔剣を呼び出すことは可能だろうと判断できる。
(とりあえず、これ以外先に進める可能性が無いんなら試さざる得ない、よね。なんとなくこの空間自体は安全な場所だって感覚があるけど、さっきの男がいつ私を追ってこの空間にやって来るか分からないんだし、できる限り足止めは食らいたくないかな)
そう覚悟を決めた私は魔力の枯渇による眩暈を覚えながらも呪符から魔剣を開放し、そのまま躊躇うことなく台座に空いた細長い隙間に剣を突き立てる。
直後、台座から謎の光が溢れ出たかと思えば案の定背後から地響きと共に扉が開く重低音が響き渡り、私が背後を振り返るころには何人の侵入も拒むように固く閉じられていた巨大な扉は私を快く迎え入れるかの如く開け放たれていた。
(良かった。無事に開いてくれた! ……それにしても、この仕掛けって他の剣を刺しても起動したのかなぁ? まあ、流石にピンポイントで私がここを開くために必要な剣を持ってた、って可能性は低いだろうから考えられる条件としては刺した剣が魔剣である、って感じかな? そうなると、さっきの男も雷の魔剣を持ってたしここまで追って来た後にこの仕掛けを起動して奥まで追ってくる危険性が残るのかぁ……。だったらなおさら足を止めている暇なんて無いし、さっさとこのダンジョンから出る方法を探しださないと!)
そう方針を固めながら、役目を終えたためか呪符に戻った魔剣を素早くデッキケースに戻しながら扉が閉まる前に神殿の内部へと小走りで向かう。
余談だが、基本的に現実世界から切り離された空間に存在するダンジョンであっても入り口と出口が異なるポイントに設定されている場合、当然ながら現実世界の入り口と出口も異なる地点に設置されていることになる。
そのためこのまま出口を見つけて私がこのダンジョンから脱出したとしても最初の洞窟に辿り着いて再び男に襲われる、といったリスクは発生しない。
それに、もしも入り口か出口のどちらかが現実世界で使用不可能となるとダンジョンを形成する異界が不安定になってそのまま消滅してしまい、ダンジョン内に存在する現実世界から持ち込まれた物体が現実世界のどこかにはじき出されるということも判明しているため、このダンジョンに侵入できた時点で必ず現実世界のどこかに繋がる出口が生きてることが約束されているのだ。
因みに、ダンジョン側の出入り口が破壊されても一定時間で修復されることがこれまでの研究で明らかになっており、大規模なダンジョンになると複数の出入り口が現実世界で用意されていて一つが壊れても次の出入り口に繋がる仕様になっている場合もあるらしいので、まだ不明な部分も多いダンジョンについて確実に断言できるわけでは無いのだが。
(このまま私を逃がして自分の存在を他に話されるのを避けたいはずだから、入り口の洞窟を破壊して私を強制的に現実世界のどこかに転移させて居場所を見失うリスクは避けると思うけど……もしこのダンジョンに入り込む方法を見つけ出せず、だったら私が危険な地点に転移させれて命を落とす可能性に賭ける、って可能性は否定できないんだよね。でも、このダンジョンに入り込む入り口が複数ある場合は破壊に使う魔力を無駄にするだけだし、そもそもあそこには分かりやすい門や祭壇なんかの入り口なんてなかったからあそこの霊脈を利用した仕掛けだから大規模な儀式を行わないと破壊は不可能、って可能性もあるから今はそこを気にするだけ無駄なのかな)
そんなことを考えながら私は迷路のように複雑に枝分かれする通路を進んで行く。
正直、外側から見た神殿の形状から考えれば有り得ないほどの広大な迷宮が広がっている以上、トラップや魔獣との遭遇を経過して慎重に進むべきなのだろうが、どうせそういったトラブルに遭遇したところでまともに対処できるだけの魔力が残っていないという現状に合わせ、なぜか根拠もなくここに魔獣など出てくるはずがないと確信しながらどう進めば最奥に辿り着けるのか分かるような気がして迷いなく迷宮の中をまるで散歩でもするような感覚で進んで行く。
(この妙な感覚……【憑依装着】で英霊の戦闘経験を基に戦ってる感覚になんとなく似てる、かも? ということは、この空間に刻まれた記録とかが何らかの理由で私に憑依している? ……でも、わざわざ侵入者にそう言った知識を与えるぐらいだったらこんな迷宮を造る必要なんてないはずだし、何からの条件を満たした者だけを正解のルートに導く仕掛け、とか? うーん、やっぱり考えても良く分かんないや)
あれやこれやと思考を巡らせてみたものの答えの出ない問答に疲れた私はしばらく無心で足を動かし続け、体感的に30分ほど歩いたところでこの迷宮のゴールと思われる広い空間に辿り着いたのだった。