プロローグ
「………」
「………」
二人の青年はお互いの出方を伺う様に無言で睨み合い、黒髪の青年は拳を、金髪の青年は剣を構えたまま一歩も動かなかった。
周りを見渡せば無数の人間が倒れており、内装から元は教会だったと思われる建物は見るも無残な姿に変わっており、これまで短くない時間ここで激しい戦闘が繰り広げられていたことを察することができる。
「—————ッ!」
そして、そんな静寂を破って先に動いたのは金髪の青年の方だった。
一瞬にして彼の両足に光が宿ったかと思えば、まるで弾丸のような速度で一気に黒髪の青年との距離を縮める。
「ハッ!!」
掛声と共に振り下ろされた剣にはいつの間にか業火が纏っており、近くにいるだけで肌を焼く熱量から直撃すればただでは済まないことを容易に想像させる。
だが、黒髪の青年は特に怯むことせずに肌を焼く熱量さえ構わず最小限の動きで斬撃を躱すと相手の胴体に掌底を打ち込んだ。
しかし、彼の掌底が後少しで金髪の青年に届くというところで彼の体が不自然な挙動で空中へと跳ね上がったことでその一撃は不発に終わり、更にはそのまま金髪の青年が空中で体を捻りながら剣を振り下ろしたことで黒髪の青年はその一撃を躱すために大きく後退を余儀なくされる。
それが彼の思惑通りの行動だと気付いていながら。
「くっ!!?」
黒髪の青年が着地した先にはあからさまに怪しい魔方陣が描かれており、案の定彼がその一端に触れた瞬間に強烈な光を放ち始め、そして光から出現した魔力によって編まれた無数の鎖によって黒髪の青年の体はたちまち拘束されてしまった。
「……さすがだよ、東藤。魔力を持たないキミが、騎士団の精鋭部隊相手にこれほど奮闘するとは予想できなかった」
今まで構えていた剣を下ろし、金髪の青年は黒髪の青年、東藤にそう言葉を掛ける。
「どうしたんだい? 僕に、止めを刺すんじゃないのかい? カーネル」
諦めたように苦笑いを浮かべ、力を抜きながらそう尋ねる東藤に、カーネルと呼ばれた金髪の青年は苦し気な表情を浮かべながら「僕だって、本当は……」と言葉を漏らした後、グッと拳を固く握り締めたかと思えばその表情から感情を殺し、平坦な声色で再び東藤へと語り掛ける。
「反逆者……いや、魔王『東藤綾介』の暴挙を止めるため、評議会はキミを封印刑に処することを決定した」
「封印刑? 処刑ではなく?」
「処刑した場合、異世界から来たキミの遺体を巡って新たな争いが起こる危険性を危惧しての決定だ」
「それは、封印刑の場合でも……ああ、そうか。評議会は封印された僕を制御する術を研究して、いずれは自分たちにとって都合の良い駒として使いたい、ってところかな?」
そう尋ねる東藤にカーネルは何も答えない。
だが、彼の性格をよく知る東藤にとってはその沈黙こそ自身の予想が正しいことを証明する返事として受け取っていた。
「でも本当にそんなことが可能なのかい? 確かに僕はこの世界の人達のように魔力を使うことができないが、それでも高い魔力抵抗力を持ってることは君も知ってるだろ? そうなると、たとえ呪符に封じたとしても【使役】の魔術なんかで使役するのは厳しいんじゃないかな?」
「だから、その呪符には特殊な仕掛けが施されている」
そうカーネルが答えた直後、捕らえられていた東藤の体の一部が魔力光となって消え始めた。
「これは……アンナが使っていた【変換】の魔術に似てるね。要するに、封印と同時に僕の体を魔力抵抗の弱い物へと作り変える、といったところかな?」
「ああ、そうだ。それに、君の戦闘力をある程度削ぐことで万が一制御が難しい場合は容易に封印や処分がしやすくなるという狙いもある」
「ははは、それはまいったな」
「………なぜ、そんなに落ち着いていられるんだ?」
東藤の軽い返事が気に入らなかったのか、カーネルは拳を握る力をさらに増しながらそう尋ねる。
「……別に、誰かの都合が良い駒として使われるなんて前の世界で慣れてるからね。そもそも僕は産まれた時から組織にとって都合の良い駒として育てられ、結局別の道を示して手を伸ばしてくれた少年の手を取ることもできず、最後まで組織の駒として戦い抜いたからこの世界に来ることになったんだ。そして、せっかく拾った命だからとこの世界ではあの少年のような生き方を目指してみたんだけど……やっぱり僕みたいなのがヒーローを目指すなんて無謀だったんだなぁ、って実感したよ」
「違う! キミは確かに…………いや、よそう。結局、評議会の決定に従うしかなかった僕には何も語る資格なんてない、な」
カーネルはそう告げた後、相変わらず苦笑いを浮かべたまま抵抗する素振りさえ見せない東藤に真っ直ぐ視線を向けながら剣先を東藤へと向け、再び口を開いた。
「これより、アバルシア帝国騎士団団長カーネル・ルーネブルクの名において、魔王『東藤綾介』に対し封印刑を執行する!」
彼がそう告げた直後、魔方陣に今まで以上の光が宿りこれまでゆっくりと進行していた東藤の変換が速度を上げる。
そして、最後の瞬間に笑顔を浮かべながら東藤は一言、「ごめんね」と告げるとその場には1枚の呪符だけが残されていた。
「……東藤。許せとは言わない。しかし、きっと僕はいつかキミを……」
こうして一人の青年の物語がひっそりと幕を閉じる。
だが、この時には誰も予想などしていなかっただろう。
まさかこれが、遥か先の未来で生まれる一人の少女の運命を変える物語の序章となることなど。