第二章 錆びれた鋼剣を握る者、難攻不落を築かん 前置
命の魔王と名乗る者、エヴァースピリタス・ドミィナは自身の黒髪を縛りながら私に無理難題を押し付けようと迫る。
ここに来てからというもの驚愕の毎日で、多少の驚きには慣れてしまった。
「何固まっているの?私は何も難しいことを言ってないわ。私はただ、独りで鍛治職人あわよくば、建築士を連れてきなさいとしか…」
それが私の中で疑問を浮かばせていた。
「誘拐したら捕まらない?!」
「もちろん捕まるわよ?」
即答すぎてわけがわからない、夢でも見させられているのだろうか。そう思い、私の頬を抓る…が答えは同じである。
ここまでの流れを整理しよう、必須とも呼べる武器を作れる職人がいない…その為、鍛治職人が欲しいという話…ここまでならまだわかる、しかし建築士とはなんだ。建築士とは。
王都でそんなことしたら当然の報いを受けるに決まってる。
「最初に説明したじゃない?」
確かにあの気怠げで腹が立つ言い方で言われたけども今度は死にに行けとでもいうのか。
「確かに言われましたけども…私、魔物ですよ?行ったら殺されませんか?」
「多分大丈夫でしょ、変身魔法使えるんだし。」
私は「えぇ…」と沼地みたいな重い足取りになりつつ旅立つ準備をした。
思っていたよりも持ち込むものはなかったので鞄一つで済んだ。ランタンや化粧品、砥石…あとの重い野営道具はクリック魔法、チェストに入れてある。このチェストという魔法…なんでも入るのはいいが、魔力を消費するのが難点。
王都まで約七日かかるらしい。飛んだりして移動するのは目立ってしまう為だめだと言われた。
確かに目立つのは避けたいが…七日も砂漠、森林や山林を彷徨うのはとてもじゃないが気が引ける。
「筋肉痛になりそうでしかない…。」
そんな他愛のない独り言を呟くとますます行く気が失せてきた。しかしそうも言ってられないので魔鉱石、魔力が籠った鉱物が巡るこの洞窟から抜けると懐かしい景色が広がり、渇いた風が、空気が鼻をくすぐった。
洞窟から砂漠へと帰還のだ。
「そうだった…私はこの大地で息絶えたんだったな。」
足を踏み締める感覚は生きてる心地を、そう命を揺らすようで一歩、また一歩と前へ足を運ぶ度に冒険への探究心の炎を踊らせた。
あの時は国によって支配されていたが今は違う。今は自分自身で結末を決めることができる。あんなことは二度も起こさせるか。
国から赫色の手紙が届き、十二歳を超えた男は強制的に戦争へと身を捧げさせられる。あんな提案…今すぐにでも辞めさせてやる…。そして償ってもらう、死んでいった命たちに。
「くそ…」
タンブルウィードが歩行する中、歩みを止めていた私はそんなことに気を取られてはいけないと我に返る。
行かなきゃ…と頭の中で言い聞かせ、足を漸く動かす。
乾きに乾いた砂は今日も元気に踊るようだ。
近くに流砂は無い、あるとすればオアシスくらいか。
とりあえず人の住んでそうな場所などに向かおうと思う。オアシスの付近ではよく人が住んでいるため正確な地図などがあれば欲しいところ。
今持っている地図は何千年も前のもので道があるかすら怪しいのだ。
「どうしたのかな…?」
いきなり背後から現れた幽霊のようなイケメンポニーテールに声をかけられて座っていたところから吹き飛ぶと
砂漠の斜面もあって転がり落ちる。と同時に甲高い声と共にあるあるなセリフも言っていた。
「ぎゃぁぁぁぁ!!!!変態近寄らないで!!!!」
喉が枯れるかと思ったが…思っただけで結局は枯れなかったので良しとする。
だが、問題は…目の前のやつだ。
この男、魔力感知魔法を使っているのにも関わらず背後から忍び寄ってこれた。どういうことだろうか、一旦話だけ聞いてみるとする。流石に砂漠のど真ん中で何の用も無しに近づいてくるはずがない。
「…なんの用?」
「えぇと〜持ってるものぜーんぶ、ちょーだい!」
そんなことだろうとは思っていたが、どうにも早かった。
まさか、こんな顔面と体型だけは素敵すぎるやつがこんなクズなことをやっているなんて…実に。
「残念ね。」
持っていた太刀を腰に据えて身構える。
「大人しくしてた方が身のためなのに…ま、仕方ないですね。」
イケメン野郎は予想通り安っぽい剣を我が物顔で握りながら突っ込んできた。
かなり軽快な動きだったが私自身、遅く見えていたので半分呆れている。
「隙あり!」
「隙はそっちがあるね。」
私は腰に据えていた刀を一気に引き抜くとイケメン野郎が来た方向目掛けて空気を断切した。
アジトを潰したいのでこいつは脚を両断で勘弁してやったが…問題はこいつが居場所を教えてくれるかだ。
たまに痛めつけても教えなかったり痛めつける前に死んでしまうやつも少なくないので、どう料理しようか悩むところ。
「アジトならこの砂漠の渓谷近くだよ!ほら、教えたからもう許して…僕の美脚が。」
どうやらその必要はなかったようだ、仕方ない。治癒してあげよう。
こいつの両脚を持ってくると切断部位と途切れてる部位をくっつけると治癒魔法をかける。
「渾沌魔法、パルド発動…この者の傷に癒しをヒール。」
切断された部位は跡形もなく消え、残ったのは何だそれと言わんばかりの表情を見せるイケメン野郎と不貞腐れた表情の私自身だった。
「な、何だいその魔法…!僕、魔力が一切ない人間とヴァンパイアのハーフだが、こんな魔法…初めて見た…!」
私もこの渾沌魔法は知らなかった魔法の一つだ。というか血を吸うことで食事をする種族、ヴァンパイアも入っていたのか、通りで見た目だけはいいのか。
「で、アンタ名前は?」
「ロバート・アルキメデスだ…ごめんよ、名乗ってなくて。」
名前くらいは互いにわかっておかないと共闘は難しくなる。
「私は……ホワー・グレシャスよ。」
偽名を使っておくのも生き延びるための術だ。
これは経験則だが、このように助けた敵は必ずもう一度襲いかかってくる、仲間と共に。だからこそ油断してはならない。
「アジトはあれだ…僕が先に行って隙を作るよ。」
本当かはさて置き、一撃であの巨大なアジトを潰せるかは不安ではある、渓谷の下に作るとは中々に賢い。砂嵐に強く、誰の目にも見つかるものではない。アジトの前には門番が二人…中に何人いるかは不明だが砂漠の中で大人数で暮らすという愚かな行為はしないだろう。いたとしても見張り含めて五人といったところか。
洞窟のような穴蔵からもう二人出てきた。これで全部だろう。
この位置はちょうど真上なので奇襲が簡単に熟せる…とても丁度いい。
私は嫌らしいほどにニヤつくきながら天空から魔法をぶっ放す。
「雷魔法、イナヅマ発動…天より黒く、紫電の一閃を。ブラッドサンダー!」
叫びと共に現れた黒と血のような赤が入り混じった雷は盗賊の三人を骨一つ残らず跡形もなく消し炭にし、そして何も言わずに消えた。
全ては一瞬の出来事、そのはずなのに私の中にはずっと先ほどの雷鳴が、光が今も目に焼き付いている。
ーズザーン!!!!ー
とだけ言い残して消えたその閃光はその場にいた全ての人物を静寂へと導き、支配してみせた。
誰にも覆せないこの静けさに驚愕を隠せない私と恐怖で震え上がっている盗賊一人、怖過ぎて気を失っているアルキメデスがさらに静止したこの場面を側から見られたら時が止まってるのかと勘違いされるだろう。
私が一番最初に動けたのが吉日、恐怖で身動きが取れてない盗賊を断つことができた。
「何か言い残すことは?」
残っているのはこのイケメン野郎だけなのでとっとと生を選ぶか死を選ぶか決めてもらいたい。だがその前に重要なことを聞き忘れていた。
「その前に…アンタ、鍛治とか建築技術とかある?」
固まっていたイケメン野郎の口が壊れた時計のようにカクカクと動く。
「ぼ、ぼく…僕は地図の制作…製図が得意なんですが…だだだだめでしたか?!」
製図…今持っている地図も曖昧で尚且つ、これから城などを攻めるにあたって欠かせないものだ。重要になってくるはず。そう考えると殺さないでおいた方がいいだろう。
「ふん、殺さないでおいてあげる。ただ…私の言うことを絶対に聞きなさい。」
怒っている雰囲気を醸し出しているが、実は内心めちゃくちゃに喜んでいる。これで王都まで迷わず行けると安堵したからだ。ただ、油断大敵なので隙を見せないように怒っているように見せている。
彼のポニーテールが薄ら元気を取り戻してくるのがわかると同時に彼自身も質問をしてくるようになった。
「君の本名は…なんて言うんだい?」
答えていいのかわからなかったが、一応言ってみようかという心の芯がそうさせる。
「…エヴァースピリタス・ラメエルよ。」
驚愕を表わにしてイケメン野郎は顎を開けたままにこう言った。
「命の魔王…あの時消失したって母から聞いたが…でもあの異常な強さは間違いないか…。」
どうやらすんなり納得してくれたらしい、しかし…母は私のお母様と知り合いだとは思わなかったが…よかった…と言いながら喜ぶべきなのか戸惑う。
その間を縫うように砂風が通り抜ける…。
これくらいの砂嵐なら平気だが…このひとときの風が合図だったのか、砂嵐が強くなってきた。一時的だがイケメン野郎ことアルキメデスとともにアジトを勝手に借りた。
その間、製図のやり方を教えてもらっていた私は疲れ切っていた。
「基準線をここに…そしてなんだっけ…。」
「長さです!」
言われないと思い出せないくらい疲弊してしまっているのだ。
「そうそれよ。」
黙々とまた書き込んでいく。
「次は…確か注意書きよね、注意すべきことは…うーんと、砂漠の気候変化…くらいかしら?」
「そうですね、ここら辺は特に必要だと思いますよ!」
手に汗が滲みながら、しっかりとやらなければならないことなのだと私自身に言い聞かせて、心許ないテーブルの上に置かれた紙と睨めっこをする。
「できたわ!」
正直言ってこの女の口調も慣れはしない、元男だった私からすれば。
完成した地図を見直すアルキメデスを見るとどこか執事らしい面影を感じた、勿論そんなことはないだろうが。
「飲み込みが早いですね!合ってます!」
よかったと安堵する気持ちと、そんなつもりは微塵もないだろうが初心者だからと見下されたという怒りの気持ちが湧き上がってきてしまった。
「当然でしょ?私は完璧な存在なんだから。」
自画自賛をしながらドヤ顔を決めると、アルキメデスは裏表のない晴れやかな笑顔を並べた。
「貴方様についていきたいと心の芯から思えました。」
元盗賊が何言ってるんだか、とも思ったが…ここまで来て虚言を並べる理由が無い上に意味不明だ。
信じても大丈夫だろうと…そのように心の中で思った。
「ありがとう。ついてきてくれるなら…王都、アームライズまでとはいかないわ。永遠についてきてもらうけ…」
「その覚悟です。」
意思が堅く助かるが…即答するとは…誰が思ったか。
そんな戸惑いが残りながらも、私は誓いとも言えよう握手をした。
「これからよろしく。」
「お願いします!お嬢様!」
なんでお嬢様なのかはわからないが…挨拶も交わすと、早速王都までの道のりをレベルが上がった地図に沿って歩いて行く。
砂漠のど真ん中でもこの地図のおかげでなんなく進める。
そろそろ日が落ちていく時間…夜はかなり冷えるため、魔法チェストの中に入れていた野営道具一式を片っ端から引っ張り出す。
「お嬢様にやらせるわけにいきません。僕にお任せください。」
不意に後ろから声をかけられ、不審者だと勘違いした私は慌てて顔面を殴り飛ばす。腕を縦に上げて殴るアッパーが豪快な鼻血とともに花火のように打ち上がる。それは誰が見ようとゆっくりと再生されるものではない、一瞬の出来事であったがただその瞬間だけは遅く見えた。
「あ…。」と殴った後にそれがアルキメデスだと確認したので、謝って済む問題でもない。
魔力が無い人間にはどうも背後を取られてしまう…。とりあえず謝ろう。そう思い口にする。
「ごめん…つ、つい…。」
「ふ、ふふ…だ、大丈夫さぁ!お嬢様の一撃は愛の一撃……僕にとって乙女のい…一撃は最高の時間!ありがたいことをしてくださりとても光栄です!」
起き上がりと共に聞こえた気色の悪い笑い声、そして痛がりながらも痛覚を快感だと訴えるその言葉…なんと言っても私を本当に好きになってるとしか思えない。それはそれで有難いが…それでもやっぱり、キモい…。
そんなことより早く準備をしなければ夜が来てしまう。
「渾沌魔法パルド発動、火よ燃え盛れ!ファイアボール!」
薄らと火がつき、段々とその火が広がっていくのを眺めると会話が始まった。
「なんで魔王の攻撃…知ってたの?」
私は聞いた、疑問に思っていたのだが…どうにも状況が状況だった為聞く機会を逃していたからだ。
その内容は、とても残酷で残忍な重い内容だった……。
「僕の家系は代々優秀なヴァンパイアを産み出し魔王や魔族の上位種に使えさせるというもので…私のようなハーフになってしまったものにはとても無理なものでした。父親や兄妹からは虐待が毎日の日課で唯一味方でいてくれたのは母親だけで、母親は傷ついた私を庇うために自分までを犠牲にして守ってくれたんです。その時母親が支えていた方が実は。」
「私のお母さんだったのね?」
アルキメデスは申し訳なさそうな顔でゆっくりと頷くと沈黙した。
しばらくの沈黙後、続きを述べる。
「…まぁ、僕が男なので悪いんで仕方ないことではあるんですけどね。魔力もなくて身体能力にだけ特化した魔物感知されづらいので盗賊としての素質があり、『どうせここに居ても意味がない』と言われ、追い払われた…。母親と共に。」
私はこんな重い過去を背負っている奴を殺す寸前まで追い込んでいたのか…そうとは知らずに切ってしまったことを本当に申し訳ない気持ちが込み上げてくる。性別に関しては悪いとは全く思わない…少なくとも生まれてきたことを喜ぶべきだ。
お母さんは命より大事なモノはないと言ったがその通りだと思う。
生きていれば何かしら良いことがあるのだから…今この時のように。
「話しづらいことを話してくれてありがとう、私の過去も話さないといけないわね。」
流石にここまで来てお互いの事情を話さないわけにはいかない。
秘密を曝け出してくれたのだ、それへの礼儀というものがある。
姿勢を正し、息を整えると、私は話始めた。
「え?!エヴァースピリタス・ドミィナはまだ存在してらっしゃるのですかぁ?!うぅ…感動しすぎて涙が出てきます…。けど…城も人手も全然足りないから表に顔出しすることができないと…それでお嬢様が…。」
「そのお嬢様呼びマジでやめて?」
何回言っても懲りないから追い出されたのもあるのでは?と思ってもしまう。
それよりも私自身の奇怪な一連の出来事を信じてくれる人がいるとは…もしかして揶揄われているのか?
この一夜で友情がグッと凝縮されたような気がして歓喜した。
見張りは無理矢理にでもシフト制、「二時間ほどで交代しろ」という要求を呑ませた、途中に裏切りにでもあったらたまったもんじゃない…というのもそうだが、明日動けなくなられても困る。
なんて言ったって三日後はアームライズに着く予定なのだから。
ー互いに見張りを交代交代にし、砂漠の夜を過ごすといつの間にか夜が明けていたー
アームライズ近辺の森林に差し掛かると景色が変わり、砂漠の肌色のような黄土色の美しさとは一変、河の水で大きく成長したダークオークの森林が広がっている。とてもじゃないがこの森で彷徨うことになるのは避けたい。
この暗く寂れた森林を真っ直ぐ超えた先にある城下町がアームライズなのだが、その前にまた難所がある。
それは…。
「このアームライズに行くには川の他にダークオークの森林や山も越えないといけないですね!頑張りましょう!」
山岳は落下の心配は自分の羽があるからないものの、凶悪な魔物が沢山生息している上、物凄く極寒だ。寒さはいつまでも慣れない…。あの凍える感覚といい、手や足先、口先が悴むほどの震え…。
この感覚を思い出しながら歩くだけで震えてきそうだ…。
ん?歩く?今は川を渡っているはず…なのに歩く…どういうことなのかわからない。
「お嬢様…足元を…。」
絶句した…。私はそれを観ていられなかった。足元が干魃化し、干からびているなんて。周りの水はというと、私を避け、何事もなかったかのように流れている。
水にも触れることができないなんてどうやって体を洗えば良いんだ。
「僕は泳げないので有難いですが…お辛いですよね。」
ということは…。
「やっぱり…枯れてく…。」
サクッと草木が折れる音と共に地面に咲いていた花や植物がみるみるうちに萎れ、枯れていくのが目に焼きつく。
一歩、また一歩と踏むたびに萎れていくその光景に私は生きてて良いのかという不安を抱えてしまう。
怖い。私のような爆弾がこれから国中を攻め落とし支配していくことが果たして良いことなのか。しかし…果たさなければいけない。妻との約束のためにも…。
「また同じことを考えてる…ダメね…。」
今は前とは違い、仲間がいる。
「ん?どうされましたか?」
しばらく下を向きながら重い足取りをぶらつかせているとチラリと目と目が合ったアルキメデスが元気のなかった私に呼びかける。
「なんでもないわ…ただ、ちょっとした考え事よ。」
言い残し、森を歩いていくと開けた場所に一匹の動物がいる。いや正確には骨のキメラだ。首は羊、ドラゴン、中心にライオンの首があり尻尾はヘビという騎士でも無い人が襲われればひとたまりも無いだろう。すやすやと寝てはいるが、下手に近づけば気づかれてエンカウントしてしまう…。
どうするか…思いつくものも今は緊張で思いつかない。
「あれ使うのは…。」
どんな状況下でもあのドラゴン形態だけは避けなければならない。
あの時の私は我を失い、人…喋る魔物を半殺しにしてしまったからだ。
当然、こんな遠くからでは魔法は命中しない。あいつに当てるにはあと五回足を踏み出さなければならない、つまりキメラを起こすところまで歩く必要がある。
一歩、また一歩と川を渡る時のような感覚とは違った心臓のバクバクする音が胸から全身へ、耳をも支配した。
アルキメデスも自分と同じ心境なのか、無言を貫き通し、こちらを向くと笑顔にはなるが…こわばってしまい、それが意味をなさなくなる。
あと一歩で気づかれる範囲…という時にアルキメデスはこう言い残す。
「お嬢様、私が的になります。その間に詠唱を…。」
私は刀使いなのだが、と思いながら後衛として一度だけ動いてみる事を決意する。するとアルキメデスは先に突っ走り、キメラの的を買いに行く。
作戦通りキメラはアルキメデスの方へと走っていったが…蛇がこっちに睨みをつけてしまった。
石化状態異常の魔法ををかけられるより早く決着をつけなければ…。
「雷魔法、イナヅマ発動、天より黒く、黒はやがて赤となる…紫電の一閃を!サンダープレッシャー!」
重い雷鳴の音と共に地面に突き刺さった雷ではあったが当たらなかった…やはり近距離で戦った方が効率が良さそうだ。
「さっさと倒れろ!」
刀を一閃したが爪に当たっただけで全く斬れた音ではなかった、鳴ったのは薄く金属音のような高い音。
地面が擦れる音と近くの山から流れる木枯らし…それは胸の鼓動を早める。
いつ噛まれるか、爪で切り裂かれるかもわからないそんな状況下で緊張による鼓動が早くさせられ無いわけがない。当たったら応急手当てしなければならないのだから。
あの大きさだ。私の刀二個分の身体の爪で斬られた怪我の場合二の腕と肩までは持っていかれるだろう。最悪出血死も考えられる。
だからと言って長期戦に持ち込むのもものすごく厄介なことになる。何故なら奴の方が体力とスタミナは多いからだ。
私自身もそこまで体力と走ったり瞬時に動いたりするためのスタミナが多いわけではない。集中力も流石に続くものも続かなくなったりもするのだ。
「危なっ!」
アルキメデスもそろそろ疲れてる頃だろうに頑張って引きつけることに専念している…。
早く打開策を考えなければ…そう思うのに、こういう時に限って思いつかない。
焦燥感という感情は出てくるのにどうして…どうしてなんだ。
「雷魔法と刀のスキルを合わせる…いや、それじゃあ武器への負担が大きいか…。雷魔法を無詠唱でやってみるのは…」
考えてるとアルキメデスがピンチに陥っていた。
腕を裂かれて大分な大怪我となってる…しかも顔も丸ごと食べられそうな形で仰向けになって抵抗しているが今すぐにでも助けないとダメそうだ。
「やめろ…この野郎!」
刀をもう一度抜いて、ようやく腹部に傷をつけることができた。
しかし…。
「再生した?!どうなっているんだ…。」
つけたはずの切り傷がいつの間にか塞がっている…瞬時に。
これにはアルキメデスも驚愕している…
普通なら腹部が怪我を負えば出血も酷く、治るには相当時間が掛かるはず…が、このキメラには全くその常識さえも通用しないらしい。
そんな時、どこからか声がした。
(腐敗の者…来るな…。)
アルキメデスではない低い声、それはこの森林の中から聞こえた。
「まさか…。」
(この、腐敗の者…やめろ。人間と同じで…我を笑いに来たのだろ?)
聞き間違いではなかった…やはり、あのキメラからの言葉だった。
ふと、小さい時使った方法を思い出す…。
「あれは、ここでも使えるのか…。」
早速、会話するためにあの記憶を思い出す…。
「聞こえるかキメラ…私達は違う、偶々通りかかっただけなんだ。」
きょとんとした様子をほんの少しチラつかせたがハッと我に帰ったようでこう続けた。
「嘘だ、誰も信じられるか…ここの墓を荒らしに来てるのは知っているんだ!いつもいつも花も墓も荒らし、お供物の肉をも食い荒らされる日々…。もう人間なぞにそんなことをされたくない…だから…。」
広いと思ったらこの場所、墓地だったのか…それなら荒らされると勘違いされてもおかしくないか…。
誰にでも深い過去があるとは思ったが…魔物にもあったなんて…。
…誰も信用できなくなるくらいまで追い詰められてる一人の人間の感情を持ったキメラ…の過去、聞いてあげたい。
話すことで救われる命は必ずある…。
「私を信用しなくても良い、ただ…話してくれないか、君の過去を。」
しばらくの沈黙後…泣きながらキメラは話した。
「良いだろう……今更隠したとこで何にもならないからな。」
そういうと涙ながらに話し出した。
「我は…複数の恐竜型ドラゴンの思いによって生まれた特殊な個体…だから恐竜型ドラゴンのことを尊敬していたし、大好きでもあった…。ただ、我を欲しがる者が、人間がたくさん出てきた。そいつらは我の親的存在である恐竜型ドラゴンを目の前で殺し、我を連れ去った。連れて行かれた先は実験の日々で毎日が悍ましい日々。我は怖くて逃げ出した。そしてここに墓地を建て…こうして守っているんだ!」
キメラにも悲しい過去があるのか。
今、この時何を言ってあげるべきなのかわからなかった。
辛すぎる過去を持つ彼にどんな助け舟が出せるのか私はこの瞬間それだけを考えていた。
わからない、わかってあげたかった…。
だが結局…辛さは本人にしかわからないのだ。
考えてもしょうがない。
気持ちとは…そういうものだ。
「私は…君の傷ついた心を同情することでしか癒すことはできないだろう。もちろんそれも嫌だ、という気持ちがあるだろうし…でも……それでも、私の目的のためについてきてくれれば、少しは君の復讐の対象である人間に対して協力をしてあげられるかもしれない。」
すると…身構えていた態度から警戒を解いたのか、大人しく坐ってくれた。
続けてこう言い捨てる。
「同情してくれてありがとう…モンスターに同情してくれる人間なんて初めてだからちょっと新鮮だけど…。わかったオマエについて行ってやる。ここに残ってても始まらないって薄々は気づいてたから…いい機械だよ。」
「これから宜しく!」
ライオンの手と私の魔族の手が重なる…その時、何かが起こった。紫色の光と文字が浮かび上がり手の甲に摩訶不思議な半分紫色、もう半分が緋色の印が刻まれた。
これは…。
「これは獣魔契約というものですね!私生きてて初めて見ました!」
あんなに攻撃喰らってたアルキメデスが笑顔でおめでとうと言わんばかりに拍手を喝采している。
「獣魔契約か…無理にしなくてもよかったんじゃ…って…え?!」
そこには先ほど坐っていたキメラとはかなりかけ離れた人物?が立っている…髪型はショートヘア、髪色は金髪…首横にはもう二つの頭があり…その髪型は白色のロングヘア…ヤギのような角も生えているものと、紺色の髪でおかっぱの髪型…腰からは蛇が出ている。
こんな人間を私は見たことがない…。というか普通は居ない、異質すぎる…。
言葉を失うというより絶句…の方が正しいか…。
どんよりしている私に追い討ちするように語りかけるキメラ達…。
「ご主人様、どうなされたのですか?」「どったの?」「んーん、わからない」
というかこの状態で会話成立するのね…。
「とりあえず…その状態から一人ずつ離れられる?」
乏しい声で言うと…分裂をするべく、キメラは別れ始める。
「よっ…」
次見た時には三人に増えていた。性別は…わからなかったが全員が女性っぽい体型をしていたので心の中でそう思うことにする。
着る物を三人に渡した後、今後の方針を決める為に三人にも地図を見せてあげた。当然、私のことを教えてから。
自分自身が魔王の娘であること、呪いのこと、魔王城建設の計画も…。
「なるほど…人間達に復讐できる機会というのは間違ってなさそうだし、」「嘘をつく理由もないね」「だね。」
アルキメデスのことは一応話したが…。
「うん、それで?」「どうでもいい」「ヴァンパイアなんて私たちの敵ではないね。」
何故か嫌われているようだ。
そこは後々仲良くなってもらうとして…問題なのは、町で暴れないかだ。
「私たちそこらの低級の魔物と一緒にして欲しくないね」「だね」「うん。」
これも大丈夫そうではあるが…やはり心配である。
とはいえど…ここまでアルキメデス以外の名前が判明していない。
「ちなみにだけどさ…名前は?」
名前の「名」の字を聞いた瞬間キメラ達は激しく喜び出した、正直言って奇妙すぎる。
「名前をつけてくださるのですね?!」「名前!」「嬉しい」
そういえば…名前がないものに名前をつける時同時に魔力を消費してそのものの能力を劇的に向上させることができるんだっけ…。ものって魔物でも可能だったのか…。
自分が一人でに納得してる間もキメラ達の目の輝きようは増すばかりだ。
「真ん中の金髪…お前がゼウ、白色の髪…君がヘラス、紺色の髪…お前は、お前は…なんだっけ…。」
名前をつけるのも一苦労だ。
落胆するおかっぱの紺色髪のキメラは必死に待ち構えた。
「…アテナイト…だ。」
決まった、これで三人?の名前が…。
「ちなみに別々に喋れないの?」
「ごめん、」「それは」「一つの体だから無理」
唐突な質問に柔軟に対応してくれた三人だが…三人で同じ言葉を言うのは不自然極まりない。その為、三人には喋ることの出来ない仲間という設定で街中では動いてもらうことにした。
森を歩くだけでダークオークを枯らしてしまう自身の呪いに苛立ちが立ちつつも冷静さを保てるよう、定期的に深呼吸をしながら四人で行動を起こしていく。
地図の通りで行けば、この白樺の林を抜ければアームライズに着くはずだが…これは…。
苛立ち、頭がヒートアップするのを抑えて冷静になる。
山脈地帯はさすがにキツそうだ…。
何故ならば、寒い気候にキメラは弱いからである。
合体しても…寒さまでは拭いきれずに私頼りになるかもしれない。
「寒いの嫌だ…」「うん」「迂回しよう」
迂回するという手もあるが…七日もかかる…。
「さすがにダメだ…迂回は…」
あの魔王はいつでもどこでも私を見張っている。時間をかけようものなら真っ先に呪いを早めるだろう。それだけは防がなければ…。険しく難しい表情になってしまった。
真剣な表情に心を動かされたのか、迂回しないという決断はあっさりと受け入れられた。
「わかった。」「信じる」「私も」
暫くの間、皆無言を貫いていた。
そうしたかったわけではない、ただ喋る話題が頭の中に登らなかっただけだ。
「キメラ三人、合体して乗せてくれるか?」
移動手段はなくはない、無理はさせたくなかったが…山岳となるとやはり厳しいものがある。尖った閃緑岩たちや雪を装着した石をこの足で行くのは相当危険な行為と言えるだろう。
魔物でも落下すれば死ぬ、これはどこでだって同じ事。
「仰せのままに!」
キメラはそういうと私とアルキメデスを搭乗させ、険しすぎる山の岩々を右から左、左から右…右上から左上、次から次へと急斜面を渡ってみせた。その光景を私は最初から最後まで見逃すことができなかった…いや、できるはずがない…。誰もが圧倒されるだろう、登っていくうちに景色が遠くまで見渡すことができるようになる一回一回の上昇に対して。キメラの爪は鋭さと圧倒的な強度を誇る。その爪がしっかりと山脈の岩を掴み、キメラの肉球へと流され…登るための踏ん張りの素となっていく…。だが…それだけではない、キメラの体はとても軽くて軽快だ。
そのおかげで岩も崩落せずに済んでいる。
「大丈夫か?休まなくて…」
「ありがとう、ございます。登頂したら休ませていただきます。」
今、唯一心配してるのはキメラが途中で倒れないかだ。途中で倒れてしまったら登ってきた意味がなくなってしまう。 キメラは寒々しい声をしていた…しかし、通らないわけにもいかない。一度決めたことはやらなければ。
吹雪が上では吹いている。そこでは火属性魔法で暖をとりながら出発すべきだ。
「そろそろ吹雪が吹く場所に入る、私が火属性魔法でキメラ全体に暖をとるからそこから離れないように、わかったか?特にアルキメデス!」
そう、落ちないか心配なのはキメラだけではない…アルキメデスもなのだ。
「ん!?なんて言いましたか?!」
暇人のような声で答えたアルキメデスに嫌気が刺した私は一発顔面にパンチをお見舞いしてやった。
こいつ…幾ら吹雪が激しいからって聞き耳くらいは立てて欲しいものである。
「すみません…」
宥めている暇はないので私たちは吹雪の中に入った…。
予想以上だった、まさか…こんなにも激しいだなんて…。
雷が落ち、視界は暗黒に染まりあげており、息はかろうじてできる…雪は鋼のように硬くぶつかるだけで痛い…そんな状況だ。黒い風なのか、それとも頂上に近くなっているから黒いのか。時間帯としては夕方だ。暗いのもおかしい。苦しい…皆も同じ状況だろう。
「皆…大丈夫か…。」
そんな弱々しい声掛けをしてみる…しかし、返答は帰還せず、寂寂たる沈黙が帰ってくるだけだ。
もう一度だけ声を雑巾を絞るような声を出してみる。
「大丈夫か…?」
後ろに乗っていたアルキメデスはなんとか大丈夫そうだった。問題は…。
「すみ…ません、少し休息を…」
キメラは黒紫色の吐血が出ながらも必死に急斜面を越えようとしていた。
無理は絶対にしてほしくない…死んでほしくない。いつだってこの気持ちは揺るがない。私の中で出来た仲間という存在は体の一部であるからだ。
胸が張り詰めたあの感覚…あれが私は大っ嫌いだ。
だからこそ…ここで仲間を死なせたりなんかするか…。
空気を吸うが冷たすぎてやはり入った感触がなく、炎を全体に纏ったとしても暖かさなんてとうに失せていた。
けれども私は魔法でなんとか温めてあげる他はできないのだ。
そんな状態が十分近く続いた時…平坦な場所に出た。頂上なのかもしれない、何故なら氷嵐も少しだけ収まったような気がするからだ。これで多少は安堵…かと思われたが、次は一番厄介な災いに出会すこととなった。
デュラハン…首から上が無く、全身が鎧に覆われており、過去に首を斬られた怨みが残りに残ってしまった怪異とでも言える魔物で死んだ馬に乗ることで厄介さが増す。左手に持ってる頭部が弱点ではある。しかしながらそれも破壊が困難となるため、この世界では国の兵力を借りてなんとか勝てる相手なのはなんら変わりない。
「避けろ!」
疲弊してるキメラを引っ張って首を獲ろうとするデュラハンの剣による、魔法とはまた別の魔法のような剣の技…スキルを回避する。
かなりギリギリではあったがなんとか避け切れた。
首に執着していることもあり、狙いがわかりやすくて助かる。しかし背後にいた巨岩達は命を落としたようだ。四等分に斬られてしまっている。
「化け物が…。」
当然ながら、私もこの寒さには耐えられていない、今にも凍え死にそうだ。アルキメデスはヴァンパイアであるため多少は耐性があるがいつまで持つか…。
全員、この戦闘には不向き…一旦離脱しなければならない。
「お嬢様…ここは退却致しましょう…。」
やはりアルキメデスも同じ考えみたいだ。
だが重症のキメラを担いでいくと無防備になってしまうためアルキメデスに気を引いてもらう他は手段が無い。
アルキメデスに向かって頷くと、向こうも返す。どうやら通じたらしい。
「こっちだ、鎧野郎!」
デュラハンはアルキメデスの方を向き、死馬を急旋回させると物凄いスピードで突撃させる。アルキメデスはなんとか最初の一撃を避けたが、次の二回目の攻撃は回避では防ぐことができなかった。もう息が切れてきたのだ。
三回目の首を狙った攻撃は弾くことも難しく、しばらく攻撃を防いだままになっていた。
私は急ぐ。心の中では矢よりも早いのだと思って移動してた…がしかし…違う。
そんなはずはなかった。
悔しい。
こんなところでやられるなんて…。
黒い絶望に囲まれながら最後に詠唱する。
「渾沌魔法パルド発動…この者の傷に癒しを…ヒール…。」
寒さに凍え死にそうであったキメラは最後の力を振り絞り…ボロボロになったアルキメデスを回収した後、すぐさま山脈を下山した。
デュラハンは追って来なかったが…顔はないのに何故だか勝ち誇った笑みが見えた。
そんなに見下すのが楽しいのか。やっぱり怨念というのは怖いな。
キメラの背中から見るその光景は実に…実に…不快だった…。
オークの木が見え始め、雪も止んだくらいの標高のことだ。
急にキメラが具合悪そうに倒れた。
「大丈夫…ではないか…。」
仕方がない、あんな雪の中力を出し切って助けてくれたのだ無理もないだろう。
私はすぐさまヒールの魔法を準備したが…やめた。
ヒールをかけたとしても焼石に水だ。ヒールは傷を癒すだけであって凍えた体を温めるわけでもない。
焚き火なんかで暖まるかはわからなかったが、今思いつく限りはこれしか方法が浮かばないのでものは試し…やってみるしかない。
「ありがとう…魔王様…あったかいよ。」
こういう時はなんと言ったほうがいいのか私自身どうしても黙り込んでしまう。元々の家族がいた時もそうだった。実の子供にそう言われて黙り込んでしまった過去があるからこそ、そうなのだろう。
口を根のようにくっ付けたまま話さないその姿を不思議に思ったからか、キョトンとした顔で話続ける。
「どうしたの?」
「なんでもない…。」
嘘をついた。あたたかい嘘だからアルキメデスも笑う。
「お嬢様は嘘をつくのが下手…グハッ」
私は何構わず回し蹴りをアルキメデスに喰らわすとさらに嘘を述べた。
「間違えて蹴っちゃった、てへ!」
かわいい女の子が言いそうなセリフをわざと吐き出したあと回し蹴りによって顔面が見事に潰れたアルキメデスを起こす。
人形のように殴られても平気そうなアルキメデスは私と共に地図を確認した。
「近くに村がありますね。そこで食料などを調達してはどうでしょう?」
「あくまでも友好的にね…。面倒ごとは御免だから。」
怪しげな顔をしていたアルキメデスは何を考えていたかわからなかったので、冷静に返答した。
キメラにもう一度人間になってもらう他、侵入はできない。だが人間になる魔力があるか…。
「キメラ、魔力はどれくらい残っている?」
「魔力は使ってないので大丈夫かと。」
そういうと、分裂した。
「でも」「何が」「起こるかわからないから気をつけて」
言われなくてもわかっている…皆んなの無事が一番なのだから。
歯を食いしばるとアームライズ近辺の村、レイジィ村へやってきた。
「お前たちは誰だ…全く見ない顔だな…?」
あっさりと門番に止められてしまった。それはそうだ…魔王である私にヴァンパイア、キメラという魔物三銃士だ。怪しさ満点に決まってる。姿は隠せていても魔力は膨大ゆえに抑え込むのにこっちは必死である。
抑え込むために全身に流れている魔力をまず心臓を中心とした場所に送って流れを弱めなければ魔力だけで魔物だとバレる危険も跳ね上がる。
「すまないが…食料を、暖をとりたくて、こいつが空腹で死にそうで…。私たちにあげると言って…自分だけ…。」
そういう設定にしておこう、キメラもアルキメデスも頷くと寒々しい表情を見せた。
「わ、わかった…。そういう事なら早く来たまえ。」
酷なやつなら断っただろうが、優しい人で助かった。
だが、油断してはならない。裏があっては困る。
こういう場合、裏切られるリスクを考えるべきなのだ。
「門番さんの家って暖炉はありますか?」
そうは思いながらも家に案内される。
意外にも家の中は外より比較的暖かく、外で焚き火するより全然マシだった。来てよかったと強く頭を上下に動かす。
「ちなみになのですが…あなた方は何者なのですか?」
当然の質問だ。
ここはどれだけ怪しまれずに質疑応答に応じるかが重要になってくる…。
さて、なんと答えたらいいか…ただの冒険者と偽りを名乗ってもいいがそれを証明できるものがない。では…こう答えるか。
「ただの遠い地方から来た旅人だ、山を越えてきたんだが…山にはデュラハンが住んでいるなんて…。」
鉄の兜を被った皮の防具を着ている門番の一人が驚愕の意を示した顔をして吐き捨てる。
「なん?!あの山…私は危険だから行ったことがなかったがデュラハンがいるのか?!…すぐに依頼を出しに行かなければ…。」
よし、とりあえずは怪しさは失せたようだ。だが…。
「でも君たち、どうやって切り抜けたんだい?」
その点を考慮していなかった…。けれど、反論できないこともない。
「冒険者の皆さんに護衛の依頼を出していたのでその冒険者の皆さんが守ってくれました。現場に行けばその方々の身元証明の首飾りがあるはずです。それに私たちにも多少戦闘の心得があるので。」
「な、なるほど…。」
納得してくれたようだ。
質疑応答は間違った判断をしてなかったようであとは世間話を兼ねた情報収集のための会話に移った。
その間に徐々にキメラの容体も回復していきいつの間にか立ち上がっていた。
こんな油断した時だ、あれが先走った。
焼けるような呪いの痛みが全身に走る…私は必死に左腕や右足を抑えた。時間の経過のせいかはわからないが呪いが進行したのだ。
「大丈夫かい?」
門番の一人がかがみ込み心配する。
私は一刻も早くアームライズに行かないといけないとこれで確信した。
「あの、アームライズまではあとどれくらいで着きますか?」
「もうすぐだよ、一クロックもかからない。」
私は足を引き摺りながら出て行こうとすると門番の一人が優しさをくれたようだ。
「はい、通行税…ないと入れないからね。」
「感謝する…ちなみに名前は?」
笑顔になると門番は述べた。
「俺はベルト、こっちは弟のデルトだ。旅人さんここで会えたのも何かの縁だな。覚えてくれると助かるよ。」
私は小さく頷く。この村まで進行しないとならないのかと思うと少し名残惜しい気がしてきた。
みんなで一礼した後、村を出発する。
「魔王様、ちなみにアームライズで」「何をするんですか?まさか鍛治屋の人を」「捕まえるというわけでは…」
「そんなことはしない、冒険者登録を済ませたいんだ。」
絶対に許される行為ではない。それに私に国から注目を浴びられたら動きづらくもなってしまう。
走りながら考えると思考が回らない。
私の足ではやはり遅い。それなら…金髪のゼウにお姫様抱っこしてもらうか。アルキメデスは銀髪のヘラスにおぶって貰えばいいだけだ。
「ゼウ、私をお姫様抱っこだ、ヘラス、悪いがアルキメデスをおぶってくれ。アテナイト、ゼウとヘラスの護衛だ。これは命令だ…いいな?」
「わかった」「わかりました。」「了解」
なんの意義もなく素直に引き受けてくれるとやはり嬉しい。
近くにいたモンスターは黒髪のアテナイトが始末してくれたので私たちはなんの障害もなくアームライズに辿り着いたー。
アームライズの街並は依然として変わっていなかった。大いに賑わっており、青果屋や肉屋、宝石屋とした様々な屋台が並んでおり子供も大人も変わらず…笑顔だった。
灰色のレンガの道路を踏むと妻と宝石を買いに来た時のことを思い出す。
どうしてもそのことで笑みが浮上してしまう。
しかし、懐かしんでる猶予はない…。呪いが侵蝕したからだ。一刻でも早く鍛治士か建築士を連れ出してドミィナ母様のとこへ届けなければ…。
「冒険者ギルド…どこだっけ…。」
記憶を辿りながらギルドがある場所へと向かう。
冒険者ギルドは報酬金次第でなんでも依頼を受けるという仕事。最初は初級のミリオンから始まり一段上のメードル、中級のキロン、一段上のメガレット上級のギガント、最大級のテラスと昇格していく誰もが憧れる英雄を目指す危険な仕事だ。その為通行税が必要なくなるというメリットもある。
私が人だった頃はテラスになった人物はいなかった。今はどうなのかは知らないがテラスになった人物がいるなら新たな障害となるだろう。
確か…城門をくぐって二つ目の角を曲がった先が冒険者ギルドだったはずだ。建て替えたりしてなければの話だが…。
少し歩いていくと記憶の通り冒険者ギルドがあった。
これだ。
「ま…じゃなくてラメエル様、」「ここが」「そうなのですか?」
私は少しだけ微笑むと受付の女の人に話しかけた。すると予想していた展開が出来上がった。
「冒険者登録を済ませたいんだけど…。」
「お姉ちゃん達、俺達と一緒に冒険しない?悪いことは言わないからさ…」
一人の大柄な男が話しかけてくると次々に悪臭漂ってそうな男達が集まってきた。当然答えは。
「いえ、結構です。初級から始めていきたいので。」
やはり女の子の体は不便だ。つくづくそう思う。男の一人をお前など簡単に一太刀で一閃できると脅すとため息を吐き出しながら受付で冒険者登録を済ませた。
「ギルドの説明はいりますか?」
「いらない。」
私は即答すると紙に仲間の名前や年齢を書き出す。キメラやアルキメデスはさすがに字までは書けないと言っていたので私が代理をする他はないようだったからだ。
人間の時の記憶がこのような時に役に立つのはなんとも気持ちがむず痒いものである。
「さて、どの依頼を受けるか…。」
選んでいると身分証である飾りができたようだ。もうアルキメデスもキメラもつけていた。
自分も首から下げ、身につける。
「これだな。」
「薬草…」「採取」「ですか?」
初級の一番簡単な依頼で最も報酬金が少ない依頼でもある。何故やるのかと言えば、キメラがいるからだ。キメラの匂い嗅ぎ分けを使わない手はない。この依頼…やらない人が多すぎるため余りに余ってしまいたくさんあるのだ。その数をこなせば金銭も解決していく上、冒険者ギルドの昇格も目前まで迫る。しかも日時が早ければ早い程昇格の可能性は高まっていく。
「何か、考えが?」
「ある。」
キメラに全部任せてしまうのは申し訳ない気持ちでたくさんだが、これも作戦のため…。
アームライズから少し離れたオークの木の森に薬草はあるらしい。形は、白色の花をつけた少し棘がついた葉で匂いが独特で再生力もあると。一個見つければあとはキメラに任せればいい。思いながら探したはいいものの…。
一クロック程探したが全然見つからない…。何か細工でもしているのではないかと思うくらいである。幾ら自分の真下が枯れるとはいえど…これだけ探してないのはおかしすぎる。
私は野原に倒れ込んだ、その時だ…。何か棘のようなものにぶつかった。
「痛…なんだ…。」
薬草であった。少し棘がついた葉で花の匂いが独特な植物が寝転んだ腕に当たった拍子に見つけることができた。植物は枯れそうになってしまったので慌ててアルキメデスと交代する。
キメラにアルキメデスが早速渡す。
「これと同じ」「やつを」「探せばいいの?」
「そう、お願いできる?私は枯らしてしまいそうだからアルキメデス、お願いね?」
アルキメデスは跪くと。
「わかりました。」
アームライズ近辺の野原でもキメラの正体は隠しておかなければならない。ここは荷馬車、通行人など一通りが多くバレたら国が勢力を上げて討伐対象にしかねないからである。
して考え込んでいる間にキメラが次々に薬草を見つけている。
案の定、キメラ達に任せて正解だったらしい。
もしものことだが薬草採取のしすぎで採れないことがここら辺で発生したらアームライズ近辺の森林まで潜ればいい。予めというのは想定しおくだけでも十分ためになる。
「ラメエル様、依頼ではいくつと?」
アルキメデスは聞いてきた。
「十個だ。それ以上採れたのか?」
「はい、大体その倍かと…」
私は頭を抱えて返事をする。
「仕方ない、二十個だけギルドに渡してあとは私たちで使うぞ。」
肩を降ると同時にキメラやアルキメデスの働きに感謝すべきなのかわからないまま暫く困惑していた。
その帰り道…妙な気配を感じつつあった私は魔王ドミィナに叩き込まれた魔法を使って偵察などに役に立つ小さい魔物、使い魔を呼び出し、アルキメデスやキメラには内密に偵察を開始させた。
ギルド内では薬草採取の報酬金や次の依頼の張り紙の一覧を確認をしていた。すると受付娘が声をかけてくる。
「あの、ラメエルさん…ギルド長がお呼びです。直接一対一で話がしたいと。」
まさか、自分の正体がバレたのか…それはないだろう。会ったこともないのに鑑定魔法、そのものがどんな者なのか見定められる魔法を使われることはない。しかも私のこの変身魔法はただ人間の形にするだけではなく呪いなどによって得てしまった負傷さえも隠し、なお魔力を抑え込む力もあるものだ。
相当な者でなければ…まずバレることなどあり得ない。
「わかりました、今行きます。」
ギルドの二階の奥の部屋がギルド長室らしい。それほど長くない廊下をまっすぐ歩くと緊張で汗が出て、唾を飲み込む音だけが聞こえる。
「失礼しま…す?!」
「よくきてくれた。新人冒険者、ラメエルくん。リーダーの君を突然呼び出して悪かったね。」
私は空いた口が塞がらなかった。
ギルド長と言ったらおじさんが昔は定番だったがまさか…女性だったなんて…。
今はそんなことどうだっていいんだ。言葉では悪いと言ってるが嘘だろう目がそう物語っている。彼女は続けた。
「今回君を呼び出したのは……単なる面接だ。そう緊張するな、まぁ座れ…それか、こっちの呼び名の方がお好みかな命の魔王の娘、ラメエルくん?」
「な…隠しても仕方ないみたいですね。」
私はいつもの姿に戻り背筋をなんとか伸ばす。
「それで…魔王の娘が我がギルドへ何をしにきたのかな?あ、ちなみに嘘はお見通し、見ればわかるか。」
私はこの場でしっかりとギルドとの交渉を応じなければならない。でなければこの威圧感漂う眼帯をかけたギルド長直々に討伐をされるだろう…。
それだけじゃない。これはチャンスでもある、昇格への。
どう答えるべきか…。
一つは質問を質問で返す。しかしこれは挑発と捉えられてしまうだろう。二つ…真実をありのまま話す。これはいけそうだ。
「魔王軍復活のため、まずは名声を高めておきたいんです。」
顔を顰めてギルド長は言った。
「まぁ…嘘ではないようだな、しかし…我ら人間が協力するとでも?」
そうだ、ギルドも人間側だ。そんな簡単に協力をしてはくれないだろうとは思った。追撃の一言を私は放った。
「この、血に溢れた戦争を続けても?私は魔王の娘として宣言します。この狂った世界を変えたいんです。そのためにはあなたのような力を持った人間が少しでもいてほしいんです。だからお願いします…。」
するとギルド長は涙ぐみ、手に力を込める。
「……私だって…この戦争にはうんざりだ。戦争のせいで私の彼氏も死んだ。帰ってきたのは彼が着ていた武具や冒険者ギルドの首輪だけ…。そんなのにはもう…。」
泣いた。彼女の気持ちは痛いほどわかる。
死んだ人間は帰ってこない。だからこそ…悲惨なのだ。
「お前のような人材…もう二度とこの世には現れないだろうからな。いいだろう、その交渉…乗った!」
いつしかその涙は悲し涙から嬉し涙へと変化していた。
ギルド一階へと戻る前だ。
「もしよければ、お前と一緒に冒険をしてみたい。このテラス級冒険者、リリスの名にかけてな!」
と言い渡されたのだが、どう返答すれば良いのか正直困った。ギルド長直々に冒険してくれるのは有り難い話ではある。然しながらいきなりテラス級冒険者と行動をとるなんて緊張もいいところだ。
「あ、えと…それは…」
「君には断る権利はない。いいね?」
顔を下から覗き、圧までかけられてはもはや断れない。
「わ、わかりました…。」
「それじゃあ、これからよろしく。」
皮の隅までむしられる圧を感じつつ握手をしたあと、私は一つ疑問が残っていた。
「何故…魔王が生きてるとわかったのですか?」
そう話はしてなかったのにギルド長は当ててみせたのだ。それだけは答えてもらってなかった。
「あーそんなことか、実はな?とある砂漠で突然落雷が起きたらしく、その砂漠には手強い盗賊のアジトがあったのだが…別の冒険者に調べさせても誰一人見つからなかったそうだ。そこでこんな噂が流れ始めたんだ…命の魔王の復活ってね。私は命の魔王自身ではないと思ったよ。私の勘だけどね。」
この人…相当なやり手だ。
私は確信した。
「あとは君が出した使い魔だね。」
私は背筋が凍る勢いで驚いた。
「私の影武者に気づいたのはすごい賞賛に値する。けど…あそこで使い魔を使うのはリスキーだと思うよ。」
アドバイスをしたいだけなのか脅したいだけなのかどっちなのかもうわからない。
そんな会話を三十ミニクロックし、一階へとおりるとキメラ達が待っていた。
これからアルキメデス含めてキメラ達になんて説明をすれば良いだろうか。
「ただいま。これからはギルド長と行動することとなる。詳しいことは明日話す…今日は眠い…。」
宿屋まで眠気が耐えられるかわからないほどだった。
「おやすみ、リリス…。」
お待たせいたしました!
砂塵の血石、第二章…前半部分です!
今回はかなり詰め込んでしまったため内容が把握しづらいかもしれません。ですがちゃんと掴めば面白い作品に仕上がってるはず…。
頑張って解読してみてください!
(一クロックとはなんだ?ってずっとなってたかと思います。その意味は一時間を表しています。一クロックで一時間。三十ミニクロックってなると三十分を指します!)