レッドソックス2
――ライトへ
これを読む頃に、家に辿りつくだろう。
フランシスは魚を捕まえるみたいに、僕の端を捕まえた。手紙は風に乗って、遠くにいってしまった。
「帰るのでしたら、もう自分の口で言えばいいじゃないですか」
開けっぱなしの窓から僕はマイクの部屋に入った。マイクはフランシスの物音にも気付かずに、寝息を立てている。気持ち良さそうな寝顔は昔とちっとも変わらない。
さて、ライトはどこだろう。僕はチェストの一番上の引き出しを覗き込む。カラフルな靴下たちがきゃっと声をあげた。
「僕はレフト=レッドソックス。昔、ここに住んでいたんだけれど……」
「その声はレッドソックス! どこにいってたの? マイクが探してたのよ!」
奥からホワイトソックスが声を揃えて応えてくれた。ホワイトソックスは小さく丸められている。マイクは大きくなっている。あの頃の僕と同じときを過ごしたのだから、彼女らももう小さいだろう。
「穴が開いてしまったんだ。今じゃ、身体ぜんぶが穴みたいなものだけどね」
「バカね。気に入っていたから、何度も履いて、穴が開いたっていうのに!」
二人の言葉に僕は驚く。そんなふうに考えたことはなかった。
「ライトがどこにいるか教えてくれないかな?」
しかし、お喋りな二人は黙りこんでしまった。
「だいぶ前から、見ていないな」
僕の問いかけに男の声が応えた。僕が辺りを見ると、壁に飾られたネッカチーフの声だった。マイクのボーイスカウトのときのものだ。
「まさか、捨てちゃったのかい?」
「いや、ホワイトたちが言ってたろう。マイクは君たちを探してた」
「本当かい?」
「私は、嘘は言わない。君と同じように自分で出ていったのだと思っていたんだが、ちがったようだな」
僕の嘘が見透かされているようで、むず痒い。恥ずかしくて、赤い顔に戻りそうだ。
「僕が外に出られたのはジェームスのおかげだ」
ジェームスは優しいマイクの飼い犬だ。
「じゃあ、ジェームスに聞いてみたらいいんじゃないか?」
「ジェームスは元気なのかい?」
「もう老いぼれだが、変わらず下のダイニングで寝ているぞ」
「ありがとう」
僕は急いで下に降りた。忘れたと思っていた部屋の間取りを体が覚えている。マイクが大事に僕らを履いて、この廊下を駆けていたからだ。
「ジェームス! 僕だ! レフト=レッドソックスだ!」
毛並みは以前より白くなっているが、ジェームスは垂れた耳をぴくりとさせ、僕のほうを見た。
「レフト! おかえり!」
がぶりと口に挟まれると、目の前が見えない。昔と変わらない生暖かさを肌に感じた。懐かしくて独特なにおいがする。
「覚えていてくれたんだな!」
「声はもちろん、においでわかる!」
「色は?」
僕はもう赤くないし、なんなら靴下でもない。
「オレにあまり色はわからない!」
「そうなのか?」
「うん、だから、お前は今もレッドソックスだ!」
胸がじんわりと熱くなっていく。
「ありがとう。でも、ジェームス、前が見えないよ」
ぺっと口から出してもらい、僕はまた尋ねる。
「ジェームス、お願いだ。僕の片割れを探してほしい」
「探し物は大好きだよ!」
のっそりと立ち上がり、ジェームスは階段をゆっくり上っていく。迷いがない。
「外じゃないの?」
「においはこっちだ!」
ジェームスはマイクの部屋のドアノブを回し、マイクの部屋に入った。昔はそこまでできなかったはずなのに。
「ジェームス?」
マイクは目を擦り、こちらを見ている。声が少し低くなっているようだ。
「今日はこの部屋で寝るのかい?」
ジェームスはカーペットのにおいをくんくんと嗅いでいる。そうして、ベッドの下に鼻先を押し込み、手を伸ばして床を何度も掻いた。
「何かいるのか?」
マイクは恐々とベッドから出て、ジェームスの背を撫でた。そして、ジェームスの示すベッドの下を覗き込む。
「あ!」
マイクはクローゼットで埃を被っていたバドミントンのラケットを取ってくると、ベッドの下に差し込んだ。
ラケットをずりずりと引き抜くと、赤っぽい固まりが顔を出した。
「あった!」
一匹は吠え、一人は大きな声をあげた。
「ライト!」
「……え、レフト?」
ライトは埃をかぶって、白くなっている。
「ごめん、ライト! 僕が勝手に出ていってしまって!」
「僕だって、ごめん! 君に嘘をついた。君の代わりはいないし、マイクの部屋は汚いままなんだ」
「それは見てわかるよ」
僕らは同時に言い合って、そして笑った。
そうだ、僕らは靴下。ふたつでひとつ。
マイクがライトを引っ張って伸ばすと、濃い赤色が見えた。以前と変わらない、真っ赤な靴下だ。
「こんなところにあったのか」
マイクは嬉しそうに、ライトの埃をはらう。
「明日には洗濯してやる。ジェームス、よくやった!」
ジェームスはまたぺっと、僕を床に落とした。
「なんだ、ジェームス。この布切れ? あれ、同じ手触りだな?」
明くる日、赤くて小さな靴下は青空の下に揺れていた。小さな布切れもついでに水で洗うと、同じ赤色でマイクは目を丸くした。
***
「どう?」
「前よりいいんじゃない」
最後のページにはネッカチーフの隣に飾られた赤い靴下と小さな布地を見ている青年とゴールデンレトリーバーが描かれていた。
(了)