レッドソックス1
――ライトへ
これを読む頃には僕はそこにはいないだろう。親指の辺りに穴が開いたことをマイクはまだ気付いていない。小さな穴だから、君は大丈夫だと言ってくれた。けれど、駄目だ。干すときにアニーと目が合った。機械的に僕と君とを干していたとき、君は後ろを向いていたけれど、アニーは苦々しげに眉を顰たんだ。僕はこの家を出る。どうせゴミになるのだから、最後に冒険しようと思う。
書き置きを残して、レフトはいなくなっていた。マイクが朝から僕の片割れを探している。赤い靴下はマイクの父親がくれたものだ。マイクの母、アニーは昨日洗ったときはあったという。たしかに昨日は風が強かったとマイクは窓の外を見た。僕の片割れになれる赤い靴下は他にない。僕はベッドに丸まったまま置かれて、マイクは別の靴下を履いて、スクールバッグを手に出ていった。いずれ、僕らは小さくなるだろうに、まったくレフトときたら。
――ライトへ
これを読む頃には僕は海を渡っているだろう。よく物を拾う男が僕を手に、船に乗り込んだのだ。彼のバッグにはガラクタじみたパーツが溢れている。僕の中には錆びたボルトがいくつも入っている。中身はずっしりと重いけれど、意外と話がわかるやつらだ。僕の穴はまた大きくなった。
カモメのフランシスに渡された手紙によると、レフトはもう海の上にいるらしい。返事を書こうにも、僕はマイクのベッドの下に身を隠している。埃は僕の話を聞かずにふわふわと舞い上がるか、隅で身を寄せあっている。なんだか、腹が立ってきた。
――レフトへ
これを読む頃には君はこの国を出たことだろう。僕には新しい片割れができた。同じ真っ赤な靴下をアニーが見付けてくれたんだ。それと、マイクが部屋を掃除するようになった。綺麗なものだよ。壁に赤いドラゴンの絵を飾ってる。君にも見せたいよ。
ほとんどが嘘だ。ドラゴンの絵を見ながら、僕はフランシスに手紙を寄越した。マイクは僕のことなんてとっくに忘れているだろう。ネイビーの靴下も青いラインの入った靴下も、マイクによく似合っている。靴が大きくなっている。また返事は来るだろうか。レフトはもう……。いや、考えるのをやめよう。僕はベッド下の隅に戻った。埃っぽいにおいは気にならなくなった。
――ライトへ
これを読む頃にはホリデイも終わっているだろうね。マイクはクリスマスに何をもらったんだい? 今、僕はマイクより小さな女の子の冷たい手のひらの上にいる。ネズミの服が落ちていると思ったらしい。まるでニットのベストみたいだからね。
返事は忘れた頃にやってくる。ドラゴンの絵はとっくに外され、スターウォーズのポスターが壁に貼ってある。何作あるのだろう。マイクの靴もまたひとまわり大きくなった。
――レフトへ
これを読む頃には僕はもういないだろう。君に嘘をついていた。君がいないと、僕は用無しになるのだから。
そこまで書いて、僕は手紙を丸めて飲み込んだ。まだ僕には小さな穴も開いていない。フランシスには断ろう。レフトは今も幸せなのだから。
――ライトへ
これを読む頃に、君に会いに行く。
フランシスのくちばしに挟まって、僕は夜空を飛んでいる。僕は真っ黒の布切れみたいになっている。実際のところ、僕はそんなに遠くには行っていない。僕がマイクの部屋を出たのは、僕だけが捨てられてしまうのが怖かったからだ。帰ろうと決めたのは、もう靴下ではなくなったから。君と違うものになったなら、君のとなりにいても許されないかと思ったんだ。僕の気持ちを知ってか、フランシスはスピードを上げていく。
けれども、厚い雲を動かすような強い風が吹いた。手紙と僕はフランシスの口を離れてしまった。あっという間に、僕は落ちていく。フランシスの声が遠ざかる。
「ライトへ、僕は君に嘘をついていたんだ」
手紙のように、最後はライトに語りかけた。
***
「マイケル、この原稿は悲しすぎるわ」
アンナは眉を顰めて、次の絵本の原稿をマイケルの手元に返した。薄い色鉛筆で描かれた靴下のラフスケッチはマイケルの作風の優しく可愛らしいものだ。
「君がこの靴下を捨てるっていうから……」
ふくれっ面をした恋人の作業台には赤い靴下が置いてある。本当に生きているみたいに紙を詰めて膨らませて置かれているのが、絵本作家のマイケルらしい。左足の靴下には大きな穴が開いている。
「せめて、ハッピーエンドにしなさい」
「そうしたら、捨てない?」
「縫えばいいのよ」
「僕は針に糸が通せない!」
マイケルはできないことをいつも自慢気に答える。今日もアンナは深く溜め息をついて、クローゼットの奥にしまっていた裁縫箱を取り出した。新しい靴下を買えばいいのに、情が湧いてしまったのだろう。
靴下を裏返して、アンナは赤い糸を通した針を靴下に刺した。生地が縫いにくいとぶつくさ言いながら、靴下の穴はきゅっと塞がった。
「次に穴が開いたら、捨てるわよ?」
「こんなに可愛い靴下くんを?」
マイケルが靴下を履くと、ぴんと伸ばした爪先から親指の爪が少し見えた。
「素晴らしい出来映えじゃないか!」
「嫌味かしら?」
「いやいや。これでハッピーエンドが書ける」
急いで椅子に座り、マイケルはうんと短い鉛筆を握った。アンナはそれも捨てたほうがいいと思っている。