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第7話 ナイトゴーント

 輝咲ミサが、その少女に出会ったのは八歳の時だった。


 天気予報によればその日は曇りで、降水確率もさほど高くないはずだったのだが、大気が不安定だったのか、午後二時をすぎたあたりから降り始めた雨は、今や土砂降りといっても差し支えないほどの酷さに達していた。


「うわあ、最悪。もしもの時のために傘持って来てて良かったわ」


 自宅のある地区へと続く橋の近くに差し掛かった時に、あまりにも雨の勢いが強くなり、さしている傘に当たる雨音が戦争でも起きたかのような轟音になったのを聞いて、ミサは思わず漏らした。実際のところ、家を出る前に天気予報は確認し、それほど長い時間出歩く予定でもなかったので傘などいらないと思っていたのだが、なぜか()()()()()()()()()()()()()という思いに駆られて、家に唯一置いてあった、普段は父親の使っている六十五センチの成人男性用の傘を持って出かけたのであった。


 ミサはこういう「よくわからないがなぜか湧き上がる直感」については、基本的に信じることにしている。我ながらいい判断だったと思い返しながら、目の前にある濁流に架けられた、鉄骨を組み合わせて作られたいかにも昔の佇まいを残した古めかしい橋の隣に沿って建てられている歩道橋を渡ろうとした時に、どこかから人の泣き声が聞こえてきた。これほどの大雨がポリエステル製の傘に激しく叩きつけていながら、その泣き声はなぜかミサにははっきりと聞こえたのだ。


「大雨に泣き声って、こんな真っ昼間から怪談かなんかなわけ?」


 などとボヤきつつ、ミサはその声のする方へと向かった。どうやら橋の下の方から聞こえてくる。堤防を降りて橋桁の下部へと回ると、果たしてそこにいるのは自分と同じ年頃の女の子であった。腰まである長い髪を首筋のところで二つに分けたおさげの少女がそこに座り込んでいたのだ。まるでお姫様のようなふんわりとしたドレスを着て、可愛らしい宝石めいた飾り付きのストラップシューズを履いた、いかにも育ちの良さそうな子だった。もう気づいてもおかしくないほどの距離にまで近づいても、その子は小さな嗚咽を漏らしながら泣くばかりだったので、ミサは自分から話しかけてみることにした。よくある怪談だとこういう場合この子は幽霊で、話しかけた途端にとって食われる…という展開が待っているだろうが、あいにくとミサはその手の話には全く興味がなく、当然信じてもいないのであった。


「何してんのアンタ?」


 ミサが口にした至極ぶっきらぼうな質問を聞いて、その少女は泣くのをやめて顔を上げた。目は真っ赤に腫れ上がり、俯いて泣いていたためか顔中が涙でビショ濡れだった。鼻水も流し放題で、上品そうな服装には到底似つかわしくない、一言で言えば哀れな女の子にしか見えなかった。そして、その子は引き絞るような声で答えた。


「ちょっとお出かけしようと思ったら、突然雨が降ってきて、急いでどこかに隠れようとしたんだけど、慌てて走ってきちゃったから帰り道がわからなくなっちゃったの」


 実際にはこんなにスムーズに答えた訳ではなかったのだが、途切れ途切れに聞こえた言葉を翻訳するとどうやらそういうことらしい。ありていに言えば迷子ということだ。



「帰り道がわからなくなったって、そもそもアンタの家どこなの?」


 少し落ち着いてきたのか、おさげの少女はミサの方を不安げに見つめながら答えた.


「聖ヶ丘五丁目…」


 それを聞いてミサは一瞬聞き間違えたのかと思った.何故なら聖ヶ丘の五丁目とは、このおさげの少女が泣いている橋を渡ったすぐ先にある区画だからだ.迷うも何も冗談抜きで目と鼻の先に家があることになる。


「五丁目ってすぐそこじゃん!雨止むまで待ってればすぐ帰れるじゃん!」


 あまりの驚きに素で突っ込んでしまった。しかし、その後の少女の答えを聞いて合点が行った。


「だってだって、わたし昨日引っ越してきたばかりでこの街のこと何にも知らないんだもん!」


 つまり、このおさげの少女は二学期から同じ小学校に通うことになる転校生だったというわけだ。ミサの家は四丁目である。間違いなく小学校の学区も同じになるはずだ。


「あー、なるほど転校生ね。理解した。じゃあ、アタシん家四丁目だから傘に入れてあげるよ」


 それを聞いておさげの少女に明るさがあっという間に戻った。


「ほ、本当!?ありがとう!」


 この子はもうちょっと人を疑うということを知った方がいいよななどと考えつつも、たまたま大きめの傘を持ってきていた自分の判断というか、直感も我ながら捨てたものではないなとミサは思い返していた。それに、ミサはもう一つ感じていたのだ。この少女とはこの先長い付き合いになりそうな気がする、と。別に根拠は何もないのだが、これもまた「なんだかよくわからないが湧き上がる直感」であった。そして、ミサはその直感を基本的に信じることにしている。何故なら、今までそれで全て上手くいっているからだ。


「そういや、まだ名前聞いてなかったね。アタシは輝咲ミサ。アンタは?」


 おさげの少女はあっという間に赤面しながら、ワンピースの裾をモジモジと掴みながら小さな声で答えた。


「わたし、マユ… 緒川マユ…」


 消え入りそうな声。しかも、この大雨である。だが、ミサの耳にははっきりと聞こえていた。その名前に何かまじないでもかけられているかのように、周囲の雑音とは完全に分離されて緒川マユと名乗った少女の声が耳に、脳に、強烈に刻まれた。そう、これも例の直感だ。この少女「緒川マユ」はきっと自分にとって大切な存在になる。ミサはそう確信した。もちろん、根拠はない。


「そっか。じゃあよろしくね、マユ!」






 枢木オーディットには、目の前で繰り広げられている戦いがこの世のものとは思えなかった。


 もちろん、自分自身も検邪聖省の聖騎士として、普通の人間がイメージする戦いとは違う動きや力が使える。だが、わずか十三歳の少女であり夜鬼(ナイトゴーント)でもある輝咲ミサと、かつて月棲獣(ムーンビースト)と呼ばれる存在の奴隷であったレンの民358との戦いは、まさに常軌を逸していた。背中のまるで悪魔と見紛うような羽根を使い自由自在に飛び回るミサは、その両手が変化した刃で恐ろしい速さの攻撃を繰り出していた。飛べるわけではないのに驚異的な跳躍力でミサの攻撃を掻い潜り、肉弾戦でもって反撃をする358。その攻撃はミサの周りにその度に現れる球形のシールドのようなものに完璧に防がれていた。速さで敵を翻弄するミサ、それを力尽くで弾き返す358という構図で十数分戦いが続いていた。その光景をただ見ていることしかできなかったオーディットのすぐ横に神園タクヤが立ち、同じように人智を超えた戦いをじっと見ている。


「どうですか?オーディットさん。これがボクたちが普段経験している戦いです」


 目線をミサたちの戦いに向けたまま神園タクヤが話しかけてきた。


「ミサにとってはこのような戦いは日常茶飯事だということか?」


 オーディットの至極当然な質問を聞いて、タクヤは即座に答えた。


「そうです。神話生物は人間とは全く違う生き物です。ボクたちの日常など当然何も考慮してくれません。二十四時間三百六十五日、いつ攻撃してくるかわかりません。ミサは、その攻撃に備えて常に準備しているんです。もちろんまだ見習いの段階ですから、単独で任務を任せられているわけではありません。ですが、いずれ自分の睡眠時間を確保することすらままならない日々に直面することになるでしょう。ミサはそれだけの覚悟を持って、この戦いに身を投じる選択をしたんです」


 オーディットが聖騎士になったのは、検邪聖省に育ててもらったという恩もあれば、教父様の導きによって自分の人生に意味を見出すことができたという「救い」に報いるためでもあった。それでも、ミサが今見せているような畏怖を感じるほどの力を手にするために、人であることを捨てられるのかといえば、とても即答できるものではない。いったい何があんな普通の少女にしか見えないミサをあの運命に駆り立てたのだろうか。オーディットは心の奥底に得体の知れない恐怖が湧き上がってくるのを感じていた。それをよそにさらに神園タクヤは続ける。


「人にはそれぞれ信じるものや守るべきものに違いがあります。なので、ボクは貴方にボクたちの戦いの理由や決意を伝えるつもりはありません。今回はあくまで即席のパートナーシップですからね。いずれボクたちとオーディットさんの運命が交わる時が来るかも知れません。その時には全てをお話しすることが出来るでしょう」


 神園タクヤがそう言い終わると、目の前で繰り広げられていた戦いも一段落ついたようだった。ミサと358は互いに戦いの手を止めていたのだ。


「いいだろう。これだけの力があるのならな。お前たちには多くの仲間もいると聞いている。であれば、戦力としては十分だ。約束通り我々の代表者に引き合わせよう」


 358がミサと、オーディット、タクヤに向けて言い放った。気がつくと、358も元のトレンチコートに身を包み、ミサも先ほどの戦闘服から普段着へと姿格好が戻っていた。戦闘に入る前に358は「テスト」といっていたが、状況の収まり具合を見る限り本当にテストのつもりで戦っていたようだ。とはいえ、オーディットの目には二人が手加減しながら戦っていたようには見えなかった。少なくとも、あの戦いから発せられていたオーラは本物の戦いのものに感じられた。オーディットは聖騎士としてそれなりの修羅場をくぐってきた自負はあった。だが、どうやら神話生物の争いについては人間の常識、そして自らの知る神学における神と悪魔の常識では到底測れないものであることを認めざるを得ない。


 そんなオーディットをよそに358は続けて言った。


「我々の代表者はここ数十年、この地球上でもっとも力を持った国家と交渉をしている」


 それを聞いてオーディットは思わず反応してしまった。


「まさか、合衆国か…!」


 そのオーディットの声には見向きもせず358が続けた。


「およそ八十年前、合衆国南西部に月棲獣の船が墜落した。そして、それを当時の米国空軍が回収したのだ。その際に複数のレンの民及び一人の月棲獣の死体が米国空軍の保護下に入った。その状況を憂いだとある月棲獣が連邦政府にコンタクトをとった…」


 そこまで聞いてオーディットが口を挟んだ。


「それは… ロズウェル事件か? あれはデマか都市伝説の類だと思っていたのだが、まさか本当にあった出来事だというのか… とても信じられん」


「連邦政府と接触した月棲獸は、宇宙全権大使クリルと名乗った。そして、彼こそが今回お前たちに紹介する我々の代表者だ」


 こうして、検邪聖省の聖騎士オーディットとレンの民、そして月棲獣との同盟関係が成立した。


 


  ところ変わって


 アメリカ合衆国ニューメキシコ州ロスアラモス。ロッキー山脈の麓にある美しい森林の中を一台のオフロードバイクが駆け抜けていた。一見何もないように見える大森林だが、そのバイクが向かう先に一箇所だけ開けた土地があった。それほど大きくはないが、異様に広い駐車場を備えた建物の近くに、その男はバイクを停めた。メットを取って建物の入り口と思しき場所へと向かう。明らかにガラスで出来ている自動ドアがあるが、特殊な加工がなされており外から中の様子を確認することは出来ない。その自動ドアが開くと、受付に一人だけ人間がいた。


「いらっしゃいませ。ご予約はいただいておりますでしょうか?」


 本心かどうかわからない笑顔を浮かべる受付の男性に向けて、男は答えた。


「予約ではなく招待ですね。私の名前はゾハル・シモンズ・枢木と言います。デトレフ・ブロンク博士の紹介で来ました」


 それを聞いて受付の男性は素早く端末にタイピングして確認する。


「お待たせしました。確認が取れましたので、いま案内の者が参ります。少々お待ちください」


 と言い終わるか否かというタイミングで、いかにもといった服装の女性が現れた。そして、自分の後に付いて来るように促す。ゾハル・シモンズ・枢木と名乗った男は黙って従った。ほんの数歩歩いて右に曲がるとそこにはエレベーターがあった。案内の女性がボタンに触れようとした矢先、エレベーターのドアが開いて白髪の男性が姿を現した。


「やあ、君がゾハル君だね。待っていたよ」


 年齢にして六十代後半に見える男性は、そういうとゾハルに右手を差し出した。


「偉大なるカントリークラブに招待していただきありがとうございます、デトレフ・ブロンク博士」


 ゾハルが口にした名前は、米国科学アカデミーの会長のものである。元ロックフェラー医学研究所の学長で、米国哲学協会や芸術アカデミーの会長も歴任している。専門は生物物理学だが、合衆国の教育と研究の理念の追求に尽力した偉大な研究者であった。


「君がもたらした新たな発見は合衆国、いや、人類の未来を永久に変えてくれる可能性を秘めている。それだけで我々の仲間に加わるに値するよ」


 気がつけば、案内役の女性はとっくに姿を消していた。ゾハルはブロンク博士の隣に立ち、博士がエレベーターのボタンを押すのを見届けた。そして、ブロンク博士はゾハルに再度挨拶をした。


「魔術師ゾハル・シモンズ・枢木くん。ようこそ、マジェスティックトウェルブへ」


誤字が多くてすみません…

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