第6話 レンの民
(自作の挿絵が完成次第適宜挿入していく予定です)
「これが、聖ヶ丘学園か」
真っ暗な景色の中に浮かび上がるように聳え立つ、空飛ぶ円盤のような巨大な建物。初めてこの聖ヶ丘市にやってきた日に、暇つぶしに見ていたパンフレットに書いてあった、この計画都市のランドマークを前に、枢木オーディットは、そんな至極当たり前な言葉を口にすることしか出来なかった。それほどまでに、この学校と呼ぶにはあまりにも不釣り合いな建物に圧倒されていたのだ。
時計の針はもう夜の11時を回っていた。今日は枢木オーディットが日本に来る原因となった、兄ゾハルの残した謎の金属「トゥクル」についてのさらなる情報を得る為に、古書店「セラエノ」の店員であり、「異教の神 ヌトセ=カアンブル」と名乗る女性、夢見マキナの紹介で、ある人物と会うことになっていた。彼らは以前マキナに保護されたらしく、その時は奴隷の身分であったという。正直現代で「奴隷」という言葉を聞くことになるとは思っても見なかったが、自分の肩書きが「検邪聖省の聖騎士」である事を思い出し、一般市民から見ればどちらも大差ないと考え直すことにした。そう、オーディットは元より常識では測れない世界に身を置く存在なのだ。
目の前の景色に感嘆した後に黙り込んだ様子を見て、何か不思議に思ったのか隣にいた輝咲ミサはオーディットの顔を覗き込んで言った。
「そ。これがアタシたちの通う最新の学園都市、聖ヶ丘学園だよ。凄いっしょ」
市のパンフレットによればこの学校の受験難易度は日本でも上位三位に入るのだという。オーディットからすればまだまだ年端もいかない子供で、しかも普段の言動からはそこまで頭脳明晰とは感じられないミサだが、ここに通えているという事は、かなりの学力があるということなのだろう。などと考えている事を悟られたのか、ミサは不機嫌そうに頰を膨らませた。
「オーディット、アンタが今考えてる事当ててやろうか?」
両の拳をグッと握りしめてわざと振るわせるようなリアクションをしてからわざとらしく声のトーンを落としてミサは抗議してきた。
「い、いや、人は見かけにならないものだと感心していたんだ。他意はない」
オーディットは苦し紛れに、しかし明らかに悪手な返答をした。そして、その後すぐにそれに気がついたが、ミサはそれ以上追求はしてこなかった。
「なーんてね。ジョークだよジョーク。アタシもここにはかなり無理をして入学したからね。おまけに今はこんな夜中に出歩いてるもんだから成績なんて下がる一方だよ」
オーディットはセラエノでマキナが言っていた話を思い出した。聞けば、ミサは何らかの理由があって強くならねばならないのだという。この、どう見ても治安が良く、基本的には国民全体がモラルの高さを誇り、薬物中毒者による大量殺人や政治的なテロ活動が起きる気配すらないこの国で、一体どんな理由があってそんな目標を、明らかに戦士とは言えない中学生が掲げなければならないのだろう。オーディットは、だがその疑問の答えをある程度予想できていた。
神話生物。
オーディットが日本に着いて早々出会った異形の存在。聞けば、人類に対して脅威となるような、言ってみれば上位存在のような怪物、検邪聖省の神学者ならば間違いなく「悪魔」に分類するであろう存在を倒す為なのだろう。固有の結界のような「神話空間」を持ち、まずそこに犠牲者を引き摺り込んでから殺したり廃人にしたり、あるいは神話生物が必要とする資源や栄養素、果ては血液や肉体、それに類する代償を要求してきたり、単に興味本位で宇宙に放り出すことすらあるという。精神的な鍛錬を積んだり、元々の才能で確かな自我を保つことができない脆弱な一般人は、神話生物の姿を見ただけで底知れぬ恐怖を感じ、指先一つ動かすことすら叶わなくなるという、
そして、マキナの計らいで今夜会うことになっている「協力者」もまた神話生物である。
「レンの商人」
マキナがそう呼んでいた存在に、これからこんな夜中に会おうというのだ。しかも、一緒にいるのは中学生のミサである。本来ならむしろオーディット1人で臨むべき会談であるが、ミサは「修行の一環」という名目で付いてきた。マキナが特に何も言ってこなかったことから、ミサもそこそこな実力を持っているのだろう。だが、いざとなったら自分がミサを守るとオーディットは心に誓っていた。そう、彼女は検邪聖省の聖騎士なのだから。教父様より賜りし聖剣カリバーンを持ってして、何があろうともミサを、そしてこの先自分が関わるであろう仲間を必ずや護りぬいてみせる。
そんなことを考えているうちに、オーディットは背後に誰かの気配を感じた。ほんの数舜前までは何も感じなかったが、今では明らかに背を取られている。油断していたつもりは微塵もなかったが、これは事実だ。だが、恐れることなくオーディットは意識を集中して、何があっても回避できる間を保てるように一瞬で振り向いた。果たして、そこに立っていたのはこれまた中学生と思しき少年だった。
「貴方が検邪聖省の聖騎士殿ですね?僕の気配を一瞬で感じ取り微塵のスキもない」
その少年は感情を露わにすることなく、だが、敵意を見せるわけでもなく、素直にオーディットの判断を称賛した。
「君は何者だ?」
警戒を解く素振りを見せずにオーディットは問うた。そこに、ミサが笑いながら割り込んできた。
「あー、こいつが今回のアタシ達の助っ人っていうか、なんつーの?オブザーバー的な感じ?とにかく、敵じゃなくて味方だから安心して」
そしてミサは少年を雑に指差しながら紹介した。
「こいつは神園タクヤ。アタシと同じこの聖ヶ丘学園中等部に通ってる、まあ同級生だね」
ミサが口にした苗字を聞いてオーディットは先日見た聖ヶ市のパンフレットを思い出した。そして、ふと思い浮かんだ疑問が口をついて出てしまった。
「神園…?まさか…」
それを言われるのはもう慣れていると言ったら感じの素振りで少年、神園タクヤは答える。
「ええ、この聖ヶ丘学園の創設者であり現理事長の神園大次郎は僕の祖父です」
親族経営の学校にその家族が通うのは、古今東西よくある事だが、それでもこの神園タクヤという少年は受け答えも理知的で、単なるコネでこの学校に入学したのではないのだろうと感じさせる知性があるのは明らかだった。しかし、神園一族の御曹司に今回の件でどんな協力が可能なのだろうか。そこのところの疑問は現段階ではあまりに情報不足すぎるので、オーディットは素直に聞くことにした。
「ちょっとよくわからないんだが、今回の件で君の役割というのは一体どういうものなのか教えてもらいたい。事と次第によっては、危険度が高いと判断すれば君のサポートを受けるのは心情的に憚られる」
至極当然の疑問を素直にぶつけられて、神園タクヤの顔も綻んだ。
「その疑問は当然のものです。ですが、僕にもいわゆる『特別な力』というものがありまして」
そういうより先に、神園タクヤは両手をオーディットとミサの前に出してきた。
「僕は触れたものを遠くに転移させることができる能力、いわば「瞬間移動」が可能なんです。そして、今回のボクのミッションは、貴方がたお二人をレンの民との交渉場所へと案内するためなのです。」
ミサは普段から慣れているのか、差し出された神園タクヤの手に軽く触れた。
「という訳で、こんな風に僕の手に触れていただきたいのです。百聞は一見にしかずということで」
笑顔で、だが少し申し訳なさそうな表情を見せた神園タクヤは、真っ直ぐにオーディットの目を見つめてきた。初めからそんな風には思っていなかったオーディットだったが、改めてこの少年が嘘をついているようには見えなかった。
「わかった。君の言う通りにしよう」
そう言って、オーディットはミサが触れているのとは別の手に軽く触れた。その刹那、目に見えている景色が歪み、そして変わった。
「こ、これは…」
そこは、闇だった。何で出来ているのかわからないが、恐ろしく透明なガラス状の床の上にオーディットたちは立っていた。そして、床だけではなく、周り全てがそのガラス状の物質に覆われている。広さにしてサッカーのピッチ一面分程度。ゆったりとした曲面をもった壁と、平らな床と高さがおよそ十数メートル程度の天井で構成されるその空間は、まるで闇に浮かぶ方舟のようでもあった。さらに、目が慣れてくると無数の光点が見えた。地上で見るそれとは違っていて、点滅のない光である。そして、その闇の中でも一際大きな光源があり、それは誰が見ても明らかな、地球と月であった。そう認識した後、オーディットは自分が今どこにいるのかを完全に理解した。
「まさかここは… 宇宙… なのか…?」
その言葉を聞いて、目の前にいる神園タクヤがほんの少しの笑顔を浮かべながら肯定した。
「ええ、そうです。ここは月と地球のトロヤ点。そしてこれは、人類の手によらない軌道物体として一万三千年前より存在する特異な人工衛星、『黒騎士衛星』です」
黒騎士衛星。オーディットはその名を聞いたことはなかった。神園タクヤはさも常識であるように口にしたが、残念ながら天文学には全く明るくないオーディットには何を言っているかわからなかった。そんな様子を見かねたのかミサが助け舟を出してきた。
「あのさ、アンタ人をここに連れてきて驚かせるのいつものパターンになってるけど、普通の人は黒騎士衛星とか言われても知らないんだから、そんなドヤ顔するのやめな?」
そういうと、ミサはオーディットの方を見て補足説明を始めた。
「悪いね、こいつの悪い癖で。オーディットにもわかるようにいうと、ここは宇宙空間にあるこいつの隠れ家みたいなもんなんだ。神園がアタシたちをここに連れてきたのは、今回の一件を何も知らない一般人に見られるわけにはいかないし、何かまずいことが起きてもアタシたちに有利な状況で対処できるメリットもあるんだよ」
「隠れ家… 宇宙にか…」
ミサの説明で何を言わんとするかは理解したのだが、それでもこんな少年がやることにしてはスケールが大きすぎるので、正直実際にこの状況を見せられなかったら到底信じられない話だった。だが、この街に来てから自分に起きたことを考えると、もはや何が起きてもおかしくはなかった。そして、一瞬の間をおいてオーディットは自分を落ち着かせ、頭を切り替えた。
「それで、ここには我々3人しかいないように思えるのだが、交渉相手のレンの商人とやらはどこにいる?」
それを聞いて、神園タクヤはまたあのニヒリスティックな笑顔を浮かべた後に、オーディットに向かってこれからの計画について説明を始めた。
「さっきミサも言った通り、ここを交渉場所にしたのはボクたちの安全を担保するためです。ボクはこれからレンの民の待つ場所へと瞬間移動をし、ここへ連れてきます。ミサとオーディットさんは今のうちに戦う準備をしていて欲しいんです。必ずしもそうなるとは限りませんが、相手は神話生物です。用心はするに越したことはありません」
それを聞いて、おそらく神話生物の扱いに慣れているであろう神園タクヤやミサから見ても、自分と同程度かあるいはそれ以上に警戒しているのだと、そして警戒するべき存在であるのだとオーディットは認識を新たにした。
「わかった。最大限の準備を持って臨もう」
その言葉を聞いて、神園タクヤは目の前から消えた。映画やフィクションの世界でならよく見かける能力ではあるが、実際に目の当たりにするとやはりなんとも不可思議な力だ。そして、それほど間をおかずにまた彼は現れた。隣には、身の丈二メートルはあろうかという、トレンチコートを着て深々とハットを被った男が立っていた。
「お待たせしました。彼が今回の商談の相手です」
神園タクヤはそういって右手を差し出して「レンの商人」と思しき存在を紹介した。
レンの商人は背の高さに対して異様に痩せ細っているように見えた。息が苦しいのかなんなのか、肩をかなり大きく上下させ、大きな呼吸音を出している。そして、これが最も大きな特徴であるのだが、獣臭い。相手が神話生物だと知っていなければ、少なくとも一般人であればこの時点で恐怖を覚えてしまうだろう。だがオーディットは臆することなく口を開いた。
「わたしは枢木オーディット。この度、とある相談があって貴方を紹介してもらった者だ。貴方のことはなんと呼べばいいだろうか?」
レンの商人はその質問にほんの少し考えるようなそぶりを見せた後、恐ろしく野太い声で答えた。
「オレたちには個人を区別する名前はない。どうしても呼びたければ奴隷だった時に使われていた番号が358だから、そう呼んでくれていい」
本人からの要求とはいえ、奴隷時代の番号で呼べというのはさすがに憚られるが、その声には特に自虐的な感情は感じられなかった。とはいえ、彼らレンの商人にとって、自分たちと同じような感覚で感情を判断していいのかは甚だ疑問ではあるが…
「わかった。君が不快ではないのならそう呼ばせてもらおう」
オーディットは、とりあえずわからないことだらけの交渉なのだと割り切った上で、あえて相手の出方に乗ってみることにした。少なくともマキナが協力してくれると保証した相手なのだ。出会って早々交渉決裂などということにはならないだろう。半ば願望も含まれてはいるが、とにかくオーディットはこのまま話を進めてみることにした。まずは先日その名前が判明したばかりの、ミ=ゴのテクノロジー、脳缶の一部であるトゥクルだ。オーディットは肩からかけている大きめのバッグの中からそれを取り出し、両手で持ってレンの商人…358に見せた。間髪入れずに358が口を開く。
「ほう。脳缶か。どこで手に入れた?」
「私の兄がこれを研究していたようだ。他にも、父から奪った魔導書を調べていたようだが、あいにくとその魔導書がなんなのかはわたしにはわからない。兄は行方を眩ましてしまったのだ。この金属を残してな」
先ほどとは明らかに違う、興味を持った態度で358は話しかけてくる。
「あるのはそれだけか?脳缶の筒の部分は大きいから持ち運ぶのは無理だろうが、お前の兄は蓋だけを手に入れたのか?」
「そうだ。少なくとも兄の研究室に残されていたのはこれだけだった。わたしは兄とは離れて暮らしていたから日常的に何を研究室に持ち運んでいたのかまでは把握できていないんだ」
358は、次に至極当然な質問を口にした。
「お前の兄は何者だ?狂信者か、あるいは魔術師か、それとも科学者か?」
絶対に聞かれるだろうと思っていた質問が来た。普段なら魔術師であるなどと言う回答は絶対にしないのだが、相手は神話生物である。世間体も一族の秘密も、そして常識をも気にする必要はない。
「わたしの兄、ゾハル・シモンズ・枢木は魔術師だ。古典的な魔術の使い手で、どちらかと言うと闇の系統の魔法を研究しがちではある」
それを聞いて、358は少し考えを巡らせているようだった。よく考えれば、商人であるのが事実だとして、人類の言葉をずいぶん巧みに操っている。初めの頃に抱いていた警戒心が次第に解けつつあるオーディットだが、横に立って黙って見ているミサは一瞬たりとも気を抜いていなかった。何かあったらすぐに動けるように神経を研ぎ澄ましていたのだ。そして、気の緩みを見せたオーディットを膝で小突く。その時、オーディットは自分が358のペースに持ち込まれそうになっていることに気づき、また気を引き締め直した。ある程度仕方ないとはいえ、随分こちらの情報を開示してしまっている。
「ふふふ… 隣の小娘の方が随分と俺たちのような存在を扱い慣れているようだな。だが、今回に限っては俺は基本的にお前たちの味方だ。なぜなら、今回の商談はヌトセ=カアンブルだけでなく、俺たちの代表者からもなるべくなら上手くまとめるように言われているからな」
その言葉を聞いて、レンの商人がここに一人で赴いた理由が分かった気がした。どう考えてもアウェー的な場所に一人で来るのはそれなりの勇気が必要なはずだ。だが、目の前の男には随分と余裕があった。初めからここで全てを解決するのではなく、その代表者とやらの仲介人として358は来ているのだろう。
「ただし、俺たちからしても、すんなり代表者に引き合わせるわけにはいかない。少しテストさせてもらう」
358の体が少し震えたかと思うと、羽織っていたトレンチコートが激しくはためいた。その服の下にはおよそ人間とは程遠い、酷く痩せ細った、山羊や羊を思わせる獣の体があった。かぶっていたハットも吹き飛び、これまた山羊のように後方に大きく湾曲した一対の角が姿を現した。佇まいはまるで古代の悪魔バフォメットのようだった。ただ一つ違いがあるとすれば、358は獣ではなく、人と同じように直立二足歩行をしている。そして、彼は人語を解する。一通り変化が終わった後、358は再び語りかけてきた。
「俺たちレンの民は、今でも大多数が月棲獣と呼ばれる存在の奴隷のままだ。俺はたまたまヌトセ=カアンブルに助けられたが、単に幸運だったにすぎない。だが、俺が自分の神話空間を展開すれば、たちまち月棲獣に気が付かれてしまうだろう。万が一、そんなことになった時に、お前たちがどれほど戦える人間なのかを知っておきたい。俺に勝てないようでは月棲獣にはまるで太刀打ちできないだろうからな」
なるほど、とオーディットは思った。協力してくれるという意思はありながらも、「元の主人」に再び囚われてしまうのはゴメンだというわけだ。奴隷という身分が、ましてやそれが人ならざるものであるのなら尚更、オーディットの想像を遥かに超えた苦難なのだろうことは直感で理解できた。オーディットは、この正々堂々挑んできた神話生物を相手にとって不足なしと考え、そして検邪聖省の教父様より賜りし聖剣カリバーンを召喚しようとした。だが、その時、ミサが間に割って入ってきた。
「ちょっと待った。オーディット、今日はアタシの出番だよ」
自信満々だが、決して油断しているわけでもなく、凛とした表情でミサはオーディットの目を真っ直ぐに見据えていた。
「アタシだって戦えるってことを、オーディットにもそろそろ見せておきたいんだよ。オーディットからしてみれば、アタシはただの中学生にしか思えないんだろうけど、案外そうでもないって事を知って欲しいしね」
ミサの決心は硬い。少なくとも、オーディットの目にはそう見えた。考えてみればマキナが自分の代わりにオーディットの相方として指名したのだ。おそらく心配する必要はないだろう。
「わかった。ミサ、今日はお前に任せよう」
その言葉を聞いたミサは、年相応の笑顔を見せた後に、358の方へ振り返った。そして、次の瞬間にミサの体が眩いばかりの光に包まれたと思ったら、いくつかの光輪に別れ、そしてバラバラだったブロックが組み上がるかのようにミサの体が変化していった。数瞬の後、ミサは先ほどまで着ていたのとはまるで違う服装になっていた。オーディットは思わず口にしてしまった。
「へ、変身… したのか…?」
およそ日常で着る服とはまるで違う、不思議な構造の服だった。手足はピッタリとした黒いインナーに覆われ、その上に赤い服を特徴的な刻印の入ったキルトピンのようなもので留めてある。便宜上「服」と言っているが、一瞬で現れたアレを果たして服と言っていいのかどうか、オーディットは答えを持ち合わせてはいなかった。袖やブーツにも同じような刻印が施されており、一目見て動きやすそうに思えた。つまり、これが何であるか全く知らなくても、戦闘の為の装いであることは明らかだった。そして、そんなミサを見た358は即座に言い放った。
「なるほど。ただものではないと思っていたが、お前は夜鬼だったのか」
夜鬼_ 確かにそう聞こえた。オーディットは理解が追いつかず、神園タクヤの方を見て言った。
「夜鬼とは、一体何のことだ?」
神園タクヤは顔色ひとつ変えずに答える。
「輝咲ミサは厳密にはもう人間ではありません。とある目的のために、人であることを捨てたんです」
それを聞いたオーディットはギョッとした。
「一体、何があればそんな選択をする気になるんだ。ミサはまだ十三歳だろう…」
神園タクヤは構わずに続けた。
「親友を守るためです。ミサにとってはそれが人であることを捨て去るに足るものだったんですよ。これより先は本人に聞いてください。ボクが話していい内容じゃない」
その刹那、ミサと358がいる方向から、とてつもない圧力が迫ってきた。オーディットが急いで振り返ると、ミサの手がエネルギーの刃のようなものに変わり、そして背中には羽根が生えていた。黒く、コウモリのような薄い皮膜を持った一対の羽根。よく見るとそれもなんらかのエネルギー体のようだったが、そんな事よりオーディットにはその羽根が子供の頃からよく知る禍々しい存在を想起させた。
そう、悪魔_である。




