天国じゃないの?ここは・・
目を開くと白い壁が目に映った。寝ながら辺りを見渡してみる。するとベッドに横たわって眠っている人がずらっと並んでいた。
「なにここ?」
私は体を起こすとそこは病室のようだった。
「なんだ。死ねなかったのね。」
窓の外を見ると青空が広がっている。死のうとした証拠はたくさん残して来たからここは、精神科の閉鎖病棟であろうか。それにしては普通の病室に見えるが。そう考えながら私はしばらくぼーっと眺めていると白衣を着た医者が現れた。
「お疲れさまでした。」医者は私にそう言う。
“お疲れさまでした?”普通の医者であればそんなことを言うはずがない。私は違和感を覚えた。医者に目を向けるとかなり年をとっているように見えた。でもよく考えるとこんな大広間になん十人もの人がいる病室なんて見たことはない。
「あの。ここは病院なんですよね。」と私は医者に聞いてみた。
医者は椅子を持ってきてベッドのそばに座った。
「ここは実験室だよ。」
「実験室?」
この年配の者は医者ではないのか?私はよく言っている意味が分からなかった。
「君が今までいた世界はフェイクの世界だったんだ。ここは本当の世界なのさ。」
医者は淡々と私にそう告げたけれど、何を言っているのかさっぱりわからない。それなのに、のんきにその医者は煙草をふかしている。
「確かに私は死んだってことですか。だったらここは天国のようなところってこと?」
「君がいたという世界はフェイクの世界と言うんだよ。天国はフェイクの世界で生きている者たちが考えた空想の世界だ。自分が現世にいなくなるのを恐れた人間が作った何も根拠のないもの。」
医者の言っている意味がなおさら分からない。しかし、ここが今まで私が生きていた世界とは違う場所と言うことはなんとなく察した。
「さてと。さっそく説明をしようとするか。」
医者は何かが書いてある紙を私に差し出した。そこには文字がびっしり書いてある。その一番下には直筆で「シュオン・フルイ」と書いてあった。「シュオン・フルイ・・。」誰の名前だろう、聞いたことのないな。私はなんとなく気になったので呟いてみた。
「それは、君の名前だよ。」
「え?私の名前は黒木唯よ。」私は首をかしげた。
「一からゆっくりと説明しますね。」医者は少し曲がっている腰を伸ばした。
「君がいた世界は、この世界が管理している刑務所なんだよ。だから君は最初はこの世界で住んでいた人間なのさ。この世界では悪いことをして刑務所行きの判決を受けるとまずはここでの記憶をすべて消して、フェイクの世界で人生の続きをおくることになる。フェイクの世界で、そこで赤ん坊からやり直すんだ。」医者は真っ白い紙に分かりやすく図を描いて私に見せた。
「じゃあ、私が生きていた世界は皆、刑務所に入っていたってこと?」
「そうだね。君がいた世界では宇宙と言うものがあっただろう?宇宙は果てしなく続いているとフェイクの世界の者は語っているが、本当はこの世界と宇宙はつながっているのさ。」
「宇宙が?どういうこと?」
「ここの広間で眠っている人、一人一人の意識の中につながっているんだよ。」医者は手を広げて見せた。私はもう一度周りをキョロキョロ見渡してみた。
なんだかわかってきたような気がした。確かにこの世界は私がいた世界とは違う。だからこの医者が言うことが確かなら私は死んだのではなく元居た場所に戻ってきたんだ。我ながら状況を飲み込むのが早いみたいだ。
「これから私はどうなるのですか?」
「最終試験に挑んでもらうよ。」
「最終試験?」
「君がこの試験に合格したら刑務所から出ることができる。しかし、もし不合格であったら、君はこの世界でも君が生きていた世界でも一つの命として存在できなくなる。つまり、消滅するんだ。」
「消滅・・。」
こんな大それたことになっていたなんて思いもしなかった。死ねば楽になれるなんて、そんなの間違っていたのかもしれない。私は初めて少し後悔したような気持になった。
「さあ、あまり長話をしていたら教官に怒られてしまうからね。ささっと最終試験について話すと、これから四十九日、君が生きていた世界に戻ってもらう。何て言ったっけ?君の名前は・・。」
「黒木唯です。」
「そうだ、そうだ。」医者は咳払いをして
「黒木唯として生きてもらうよ。」と言った。
「待ってください。私はもうあの世界では死んだという扱いになっているのではないのですか?」
「君は昏睡状態ということになっているから大丈夫。」医者は掛け時計を見て「もう時間がない。さあ、ベッドに寝て。」そう言って私の体をベッドに押し付けた。
「待ってください。どうすれば最終試験で合格できるのですか?」
医者の口から出た情報だけでは全く足りないと思い内心焦った。
「それは僕が決めることじゃないな。まあ四十九日間、君らしくやればいいんじゃないかな。」
医者は適当なことを言う。私は少し腹が立った。それに死にたいと思ったから死んだと思ったのにどうしてまたあの世界で生きなきゃいけないんだという怒りというか混乱が頭の中を支配していく。でも、なんとなく消滅するのは怖い気もする。
(え?消滅するのが怖い?)まあいいや。今はなんだかやってみるしかないかもしれない。だから、何も根拠はないが、やってやろうと決心してみた。
「いいかい?君はきっと目が覚めたら病室で眠っているところだろう。さあ、お休み。応援しているぞ。」
医者はそう言った。私は覚悟を決め、ゆっくりと目を閉じた。