~地元じゃ負け知らず、通称「赤鬼&青鬼コンビ」~
まるで現実味の無い光景が僕の眼前で繰り広げられている。と言うのも、先程までこの僕からカツアゲをしていた十数人の不良達が、今はたった二人の強者により、一人また一人となぎ倒されているからである。
――そう、話はほんの数時間前に遡る。
まずは軽く僕のプロフィールをば失礼つかまつり。本名は一本気進。中肉中背(身体測定の結果では身長159センチと計測されていたが、自身は160センチであると強く主張)。突然の不幸により死亡したりしない限り、来年の今頃には高校生となる予定の、そこいら辺にごまんと居る平凡な中学二年生である。
一応高校は有名進学校へと進路希望は出しているものの、単に家から近場だと言う理由のみであって、特別にやりたい事orなりたい職業がある訳でも無い。ただ、他の事よりも少しだけ興味がある物と言えば、アニメや漫画や映画やゲーム等々の、所謂サブカルチャーくらいか。だからと言って、自分で作品を作ってみたいとも思わないし、その様なスキルも持ち合わせておらぬ、単なる陰キャのキモヲタである。
こんなもんであるからして、今の今まで友達の一人も出来ないボッチマンであるし、当然であるが部活動なんぞもしておりませぬもので、んまあ、キラキラとした青春とは縁遠い、空っぽな根暗人生を謳歌しているってな寸法なのですな。とは言え、僕的には特段イジメなんぞを受けている訳でも無いですし、正直に言ってしまうと、断然おひとりさまで居る方が気楽だったりするんですわい。
はいはい、そいでもって、本日はこの僕も在学しておりまする、我が「都立普通乃中学校(略して「フツ中」)」で卒業式が執り行われた訳なのでありますが、ここで我が校出身の超絶有名人に触れておかねばなりますまい。
こげな僕でさえお名前を存じ上げておる、喧嘩最強の中学三年生不良タッグ……真っ赤な頭髪に健康的な褐色肌の眞田蘭丸先輩に、真っ青な頭髪に日本人離れした白皙の美貌を持つ綾小路響輝先輩……通称「赤鬼&青鬼コンビ」で御座います。ここいら界隈では、今や敵無しである問題児二人が、遂に揃って本校を去る日が来たと言う訳である。
当然でありますが、彼ら「赤鬼&青鬼コンビ」と僕は一切接点が御座いませぬ。しかし、何処からか耳にした数多の武勇伝を聞く限りでは、相当のやんちゃっぷりだった模様である。例えば、暴走族のチームを幾つも潰してきただとか、複数のヤクザの事務所に殴り込みをかけて壊滅させただとか云々、二人の伝説を挙げると枚挙に暇がない。
しかしながら、彼らは飽くまで「悪い奴ら」、或いは「強い奴ら」と喧嘩をしていると言うだけで、弱い者イジメ等は絶対にしないとの話も聞き及んでいる。それは結果的に悪漢どもを懲らしめる形となっている訳で、個人的には二人がそこまで極悪人であるとは思えないのである。
だがしかし、それでも当校の教員連中一同は、目に見えて安堵の表情を浮かべっぱなしの式典だったのが印象的であった。
こんな感じである当の彼らだが、学校には殆ど来ていなかったご様子ですし、思えば僕自身も、偶々登校した二人を奇跡的に遠目から目撃した事が数回ある程度である。最早実際に存在しているのかさえも疑わしいってなレベルの彼らであり、僕の感覚としては都市伝説か、もしくは未確認動物・UMAに近い生命体なのである。
そして、結局二人は卒業式の本番にも姿を現さなかった次第である。
まあ、何だかんだ長ったらしい儀式も差し障り無く閉会致しまして、この僕はと言うと、予約しておった本日発売のゲームソフト、タイトルは「どきどきトゥンクハート(略称は「どきハト」)」を、とっとと専門ショップで購入したい一心で下校していた訳である。そう、敢えてネット通販を利用しなかった理由を申し上げますと、予約特典+店舗特典が豪華だったに他ならない。何とメインヒロインの1/8スケールフィギュアと、撮り下ろしドラマCDを漏れなくプレゼントってな大盤振る舞いっぷりである。因みに、このゲームは元々18歳未満の購入禁止なゲーム、所謂エロゲーが全年齢対象版にリメイクされた、ちょっとエッチな男性向けフルボイス学園恋愛アドベンチャーゲームである。ゲーム劇中に登場する様々なヒロイン達との疑似恋愛が楽しめ、正に僕らの様なモテない男連中のバイブル的作品なのだ。
……ええ、そうですよ。僕みたいなバリバリ童貞の根暗もんは、この様な作品で若さ溢れる情熱を発散しておりますっちゅう話ですがな。文句あっか。
……と、こんな日に限って災厄に見舞われるのが世の常で御座いまして、僕の人生に於いて最大級の事件が、この直後に勃発してしまったのである。
それは、ゲーム店まであと数メートルで到着と言った地点での事。この僕が徒歩にてこのまま進行方向を変えずに突き進めば、ざっと見て十人以上の不良集団とエンカウントしてしまう状況が、目と鼻の先に状態なのでありんした。
……うわぁ、しかも不良集団が纏っている学生服(灰色を基調としたファスナー式学ラン。ここでの女子生徒はセーラー服だよ♡)を拝見するに、ここいら一帯では頗る悪評で名高い「死立夜刃㋼☍業高等学校」、通称「ヤバ校」ですわい。全校生徒の実に九割が不良学生であり、偏差値は奇跡のマイナス数値を叩き出すと言った、名実共にヤバい学校だ。かく言う僕も、ここの高校へ進学する事だけは、心底御免蒙りたいと思っている程度にはヤバい学び舎である。
ふぅ、やれやれ、触らぬ滓に何とやらだ。因縁をつけられても鬱陶しいし、暫く別場所にて時間を潰したのち、再度ここへ足を運べば良いだけの事よ。
うむ、そうと決まれば善は急げだ。さあ、道を変えると致しましょったら、そうしましょ。
「うおおおぃ、そこの中坊ぉ! てめぇ、ちょっとこっち来いやぁ!」
およよ、何やら不良集団の先頭に立っておりまする、リーダー格っぽいデブ野郎さんが大声を張り上げておりまするよ。うーむ、顔もぶっさいし、口だって獣臭そうだわね。「人は見かけによらぬもの」とは言うけれど、僕は「内面は人相に現れる」信奉者であるからして、このリーダー格っぽいデブ野郎さんは十中八九ダークサイド側の人間だと見受けられるわ。
それにつけても、あれまあ、哀れなり。あんな低脳連中にいちゃもんをつけられてしまった不幸な中学生ってどちら様なのでしょうかね? ふうむ、どれどれ、せめてもの情けだ。とくと、その御尊顔を拝見しておいてやりましょうぞ。そいで、この僕の目にしかと焼き付けて、君の事は生涯忘れないでいてやろう。安心して逝ッテQ!
「うおおおぃ、キョロキョロしやがってぇ、何をチンタラやってやがんだよぉ、てめぇ、こらぁ! さっき道を変えようと方向転換しやがったぁ、「都立普通乃中学校」の制服を着用していてぇ、これから本日発売の家庭用ゲームソフトの「どきどきトゥンクハート」でも買って帰ろうかって考えていやがるぅ、そこのおめぇのこったよぉ、くらぁ!」
「ぷへぇ!」
うーわ、怖っ! あのリーダー格っぽいデブ野郎さんは読心術の心得でもあるのかしらん。余りの驚きからか、「ぷへぇ!」なる奇妙な擬音が僕の口から飛び出してしまう動揺っぷりですよ。いやはや、この先の人生で「ぷへぇ!」等と発する場面なぞ来たるのであろうか。……いや、そんなどうでも良い事よりも、つい今しがた「ヤバ校」にご指名を受けた中学生って、もしかしなくても僕の事ですよな!
かくしてこの僕は、無事に人通りの少ない裏路地へと連れ込まれ、数十人のヤンキー軍団に取り囲まれてしまうってな流れである。
……あーあ、もしもコイツらチンピラ共が「どきどきトゥンクハート」のヒロイン達だったのならば、ハーレムルート確定で、どんだけ幸せなひと時であったろうか。あはっ、これじゃあ「どきどきトゥンクハート」じゃなくって「どきどきドキュンハート」だい! って、やかましいわ! 言うてる場合か!!
そうやって引き続き、リーダー格っぽいデブ野郎さんが喚き散らして来やがりますのよ。
「うおおおぃ、やい、こらぁ、てめぇ! 何だって俺らにメンチ切ってやがったんだよぉ、くらぁ! 俺らが「ヤバ校」の学徒と知っての狼藉かよぉ、あぁん、ごらぁ?」
「……ええっと、メンチとはメンチカツの事ですよね? アレってとっても美味しくて好きなのですけれど、食べるとゲップが止まらなくなるのは僕だけなのでしょうかね? ちな、僕はたっぷりキャベツ入りのチキンメンチカツだとモアベター」
「うおおおぃ、随分とおちょくってくれんじゃねぇかぁ、てめぇ、こらぁ! メッチャ良い度胸してんなクソガキがぁ、くらぁ!」←コロッケ派
「これはこれは、大絶賛して頂き、ありがとう存じます」
「うおおおぃ、褒めてねぇぞぉ、てめぇ、こらぁ! まぁ、それは別に良いとしてぇ(ええんかい)、俺らはこれからファミレスに飯でも食いに行きてぇって思ってるんだけんどもよぉ、生憎パチ屋で全額つぎ込んじまって所持金ゼロなんだわぁ! そこで物は相談なんだがよぉ、おめぇのお小遣いを丸っと俺らに恵んじゃってはくれねぇかよぉ、てめぇ、くらぁ!」←揚げ物だけにカツアゲってか(笑)
うぬ、法律により18歳未満の方はパチンコ店に入店する事は出来ません。又、18歳でも高校生の方は入店と遊技が出来ません。ダメ、ゼッタイ、だよ! ……てか、そうじゃなくってだな! か、勘違いしないでよねっ! べ、別に上述によってこやつらがポリスメンに補導されようが、それが切っ掛けで学校の先生にこっ酷く叱られた挙げ句、あまつさえ停学か退学となりて親御さんが悲しみに暮れようが、僕的には心底どうだって良いんだからねっ! ……ぐぬぬぅ、今日に限って「どきどきトゥンクハート」の為の持ち合わせがたんまりあるってんだよ畜生めが。
しかれども、この軍資金をあっさり渡すには余りにも忍びないのである。何せ、この日の為に親から一日500円を頂いているお昼代を限界まで削ってコツコツと貯金してきた、まさに血と汗と涙の結晶であるからしてね。
なので、僕は勇気をもってして、リーダー格っぽいデブ野郎さんに面と向かい、きっぱりと断る決意をした訳である。
「すみませんけれど、これはとても大切なお金なんです。お断りしま――」
僕がその台詞を最後まで言い終える前に、リーダー格っぽいデブ野郎さんにグーで、それもまあまあのガチ殴りにて、僕はドタマを一発どつかれてしまう。
……ああ、そうでしたよね。この手の人種は様々な物事に於いて、高確率で暴力に訴える輩ですものね。ははっ、頭では分かっていたのに、殴られたのは頭でしたとか洒落にもならぬ! ……んぁ、何かちょっと鼻血も出てきちゃってるし、この人の腕力ヤバぁ……。
ううっ、しかし真面目な話、一体全体どうしたものか。今この場で有り金を全て奪い去られようものならば、僕の今晩のオカズはどうするおつもりなのよさって事なのよね!
「うおおおぃ、もう面倒臭ぇから力尽くで行かせて貰うぜぇ、てめぇ、こらぁ! これよりぃ、てめぇをサンドバックに見立ててぇ、俺ら全員でフルボッコからのぉ、推定全治三か月と三日の怪我を負わせちゃいますぜぇっつーのぉ、くらぁ! もう軽度の鼻出血だけじゃ済まされねぇからよぉ、ごらぁ! モチのロン、てめぇの銭こも残さず貰っといてやるから感謝するこったぜぇ、うえっへっへっへぇ!」
むかつく笑い方だし、理不尽極まりなしだし、まさに外道なのではあるが、斯様なひ弱き僕では為す術がないのである。
くっ、マジに最悪である。これから僕に対する無慈悲なリンチが始まってしまうのであろう。そして、これが紛れもない現実の出来事であると認識してしまった途端に、その場で僕はへなへなとへたり込んでしまったのである。
「うおおおぃ、恐怖のあまりにこの中坊めがぁ、ついに腰が抜けちまったってかぁ、てめぇ、こらぁ! ぐわっはっはっはぁ!」
リーダー格っぽいデブ野郎さんにつられて、他のゴロツキ共も一斉に大笑いしまくりんぐの「ヤバ校」一団である。
……くそぉ、こんな事になるならば、護身術の一つでもマスターしておくべきだったと激しく悔やまれるのである。
ううう……この様な時、普通ならば神様やら仏様に祈りを捧げ、救いを求めるシーンなのであろうが、この時の僕は、何故か「赤鬼&青鬼コンビ」の姿が脳裏に浮かんでいたのである。
しこうして、この僕の切実なる願いは通じまくっちゃいまして、何とまあ、奇跡は起こってしまったので御座いますですよ。
そう、ここで突如として、僕と「ヤバ校」連中との間に割って入る様に、お声掛けをして来なさった人物が約二名でありまする。
「あれあれあれれー? もしやもしやー? うちんトコの「フツ中」の後輩っちがちょっかいを出されたりなんかしちゃってなーい? いやー、誰がどう見たってそう見えるっしょー。だよなー、響輝ー?」
「ふふっ、そうですね、蘭丸。難癖をつけられている子は、「フツ中」の制服を着用した生徒さん、延いては我々の後輩さんで間違いないですよ。そして毎度のごとく、相手はあの「ヤバ校」みたいですね(微笑)」
「だなー。おまけに多勢に無勢だしよー、どっちが悪いかコンスタントに明確なのが「ヤバ校」の特徴だよなー」
僕達の居る場所より数メートル離れた位置で、にこやかなる余裕の表情共々、堂々たる態度にてそびえ立っておりましたのは、紛れもなくあの「赤鬼&青鬼コンビ」だと確認出来ました。【ほんとだもん! ほんとに二人はいたんだもん! うそじゃないもん!】ってな声が脳内でメイちゃん(知る人は少ないかもしれませんが、となりのトト〇と言うアニメーション映画に登場するキャラクターです)ボイスにて再生されたその瞬間、僕は間髪を入れずに「助けて下さい!」と、恥も外聞も尊厳もかなぐり捨てて叫んだのでありますよ。
「だってよ、響輝ー。シンプルで分かりやすくて助かるよなー。んじゃまー、いっちょお助けしますかいねー」
「ふふっ、そうですね。可愛い後輩さんが救いを求めているのを、見て見ぬ振りはコンビの名が廃ると言うものですよ」
そう言いながら、二人はゆっくりと僕らに向かって近付いてきます。
「うおおおぃ! 何なんだよぉ、おめぇら二匹はよおおおぉ、ああぁぁん!」
ここへ来て「ヤバ校」一団の取り巻き雑魚共が「おいおいおい……」「あいつらってまさか……」「……モノホンか?」等々と、にわかにざわつき始めたのである。そして、その中の一人が「こ、こいつはマジにヤバいっすよ! あの髪色に肌色! 「フツ中」の喧嘩最強「赤鬼&青鬼コンビ」に間違いないですぜ! リーダー格っぽいデブ野郎さん!?」と言い放ったのだ。いや、「ヤバ校」の身内からも、まんまリーダー格っぽいデブ野郎さんって呼ばれとるんかーい!
「ヤバ校」一団は、より一層どよめきの様相を呈していたのだが、そこへリーダー格っぽいデブ野郎さんが渾身の一喝を導入致します。
「うおおおぃ、野郎どもぉ、びびってんじゃねぇぞぉ、おいぃ、こらぁ! 赤鬼だろうが青鬼だろうが上等じゃねぇかよぉ、くらぁ! 鬼狩りのスペシャリスト・人呼んで「ヤバ校」の鬼殺隊(今思いついた)とは俺らの事だろうがよぉ、ごらぁ! 誰も彼も纏めてぶっ殺しだぜぇぁ、うおらぁあああぁぁ!!!」
そうやって、リーダー格っぽいデブ野郎さんが悠長に雄叫びを上げている合間にである。既に「赤鬼&青鬼コンビ」は僕達の間近にまで猛ダッシュで向かって来ており、真っ先にリーダー格っぽいデブ野郎さんの顔面に、蘭丸先輩の右ストレートが炸裂する。それと同時に、響輝先輩はリーダー格っぽいデブ野郎さんの一番近くに居た下っ端の一名を、飛び後ろ回し蹴りで吹っ飛ばしていた。
それからは、正に「赤鬼&青鬼コンビ」無双と言った様態で、信じられない場景が続いていくのである。二人の素晴らしきコンビネーション技etc.もさる事ながら、驚く勿れ、基本的に蘭丸先輩はパンチにて、逆に響輝先輩はキックにて、相手を一撃で完璧に仕留めて行くスタイルを確立しているのであった。
そう、「ヤバ校」のお歴々が小気味良くしばかれていく様は、さながらプロゲーマーか、乃至はアクションゲームが上手い人のプレイ動画を視聴しているみたいで、至りて爽快でありましたよ。因みに僕のゲームの腕前は中級クラスと言った所である……ええ、仰る通り。甚だ普通ってこった。言わせんなよ、恥ずかしい。
そんなで、あっという間に決着がついてしまった訳なのであるが、当然このリアルの世界ではゲームの世界と違い、負けた相手が自然と消えて無くなる事もなく、あとには「ヤバ校」生徒の死屍累々たる有様(笑)が広がっているのであった。
それより何より、勝利した「赤鬼&青鬼コンビ」が全くの無傷である事実が、今日で一番の衝撃であった事は言うまでもないだろう。
僕はこの幻のような情景に圧倒され、只々呆然と見つめているだけであったのだが、ここでいつの間にやら傍らに居た響輝先輩が僕に対して「ふふっ、大丈夫でしたか?」と手を差し出され、ハッと我に返る僕である。←今ここ(物語冒頭の僕)
さすればここに来て、完膚無きまでに鎮められていた筈のリーダー格っぽいデブ野郎さんがよろよろと立ち上がり、スタンガンを片手にこちらへと突進してくる姿が僕には見えたのだ。
なので咄嗟に「後ろです! 先輩方!!」と僕は声を張り上げたのである。
即座に僕の声に反応した二人は、まず響輝先輩が上段蹴りでリーダー格っぽいデブ野郎さんの手に持つスタンガンを上空へとはじき飛ばし、続いて速攻で蘭丸先輩渾身のボディブローが、リーダー格っぽいデブ野郎さんの腹部の奥深くを抉った。
「……ゔお゛お゛お゛ぃ゛、滅茶苦茶痛ぇじゃねぇかよぉ、てめぇ、こらぁ! ……そんでぇ、俺らの出番はと言うとだなぁ、これにて滞りなく終了じゃぁ、くらぁ! お先に失礼しますぅ、お疲れ様でしたぁ、ごらぁ! ……あとはなぁ、この俺の本名はと言うとだなぁ――」
そこまで言い放つと、急速に白目をむき、頭部からばったりと打っ倒れるリーダー格っぽいデブ野郎さんである。うおおおぃ、ここまで来たらアンタの実名が気になって仕方なくなっちまったじゃねぇかよぉ、おいぃ、こらぁ! せめて名乗ってからくたばれやぁ、てめぇ、くらぁ!!!
んまあ、それはともかくとして、一連のリーダー格っぽいデブ野郎さんの挙動は、完全に「赤鬼&青鬼コンビ」の勝利確定を意味する訳なのですな。
「いよっしっ! 今日も絶好調っ! いやー、それにしても相変わらず響輝の蹴撃技は切れ味最高だなー!」
「ふふっ、いえいえ、強烈な蘭丸の殴打技には、到底適わないですよ」
「あっはっは、響輝はいっつも謙虚だよなー。てかさー、今回は割とヤバかったよなー。このリーダー格っぽいブタ野郎さん? だっけか? 「赤鬼&青鬼コンビ」の打撃をもってして、一発で仕留められなかったのって、何気にコイツが初めてだったんじゃね?」
「ふふっ、そう言えばそうだったのかもしれません。復活したリーダー格っぽいデブ野郎さんの気配にも全く気付けませんでしたし、油断大敵とはまさにこの事です。つまり、我々はまだまだ未熟者であるからして、これからも日々精進せよと言う戒めと捉えるべきでしょうね」
「だなー。調子こいて、無敗のワンパン伝説に酔ってた感あったしなー。ちょい悔い改めるわー」
「ふふっ、そうですね。お互い、初心忘るべからずで、常に上昇志向で参りましょうぞ」
すると、お二人は僕の方を振り向きつつ話し掛けて下さいます。
「ふふっ、それよりも、そこな後輩さんや。さっきの相手方の攻撃を告げ知らせてくれて、有難う御座います」
「それなー、むっちゃ助かったぜー」
そうやって僕の方へと近寄って来た蘭丸先輩と響輝先輩に感謝の言葉を述べられて「……い、いえいえ、お、お礼を言うのは、ぼ、僕の方ですよ! あああ、危ない所を助けて頂き、本当に有難うごじゃいましゅた!」と、緊張からのどもりまくり&噛みまくりで、そう答える僕なのであった。
かくの如き僕の様子を見たお二人は「何たる著しき動揺よ(笑)」とニッコリと微笑みながら、「立てるかい?」と同時に手を差し伸べてくれた。
あんれまあ、お二人(特に響輝先輩)の物腰が物凄く柔らかい事におったまげる。そうして、僕がお二人の手を取り、その温もりを感じ取った時には、既にお二人に対する「畏れ」の様な感情は、僕の中からは完全に消失していたのである。うん、やっぱ噂通り、お二人はお優しい人達だった訳ですな。……つか、お二人とも至近距離で見たら超美形だなオイ!
それから響輝先輩は懐から医療用ガーゼを取り出した後に、僕の身体をグッと片手で抱き寄せたかと思えば、そっと優しく僕の鼻に丸めたガーゼを詰めてくれる。……う~ぬ、リーダー格っぽいデブ野郎さんに殴られたのが原因の鼻負傷でしたが、ホントほんのちょびっと出血しただけで、もうとっくの昔に止血済だったんですけどね……。でもって直後に、響輝先輩の「ふふっ、お大事にね♡」との決め台詞が炸裂する訳なのですな。……やだぁ、こんなん、まんまメルヘンの世界の王子様じゃん。正に胸が「どきどきトゥンクハート」やん。ああん、何なのかしら、この未だ嘗て味わった事のない新感覚ぅ。何かに目覚めそうだわ、あちしぃ……。
そうやって、もう暫くお姫様気分に浸っていたかったけれども、次に僕は透かさず「あの、これ、せめてものお礼として、どうぞお納めくださいまし」と、千円札をお二人に向けて差し出していた。
「あー、良いって×2ー、そう言うのはさー。そんなつもりで助けた訳じゃねーし。それに、きっと後輩っちの大事な物を手に入れる為の大切な元金なんだろ? 無駄にしたら駄目だって。むしろ、中学生活の最期に楽しい運動が出来て、こっちがお礼をする次元だっつのー」
「ふふっ、そうですよ。お金って本当に大事ですからね。そうそうやすやすと手放してはいけませんよ」
いやーん、このお金の使い道がほんのりエッチなゲームなだけに、少しだけ……いや、大分恥ずかしいわよーん、あちきぃ。
「それにまあ、響輝の実家ってばムチャクチャお金持ちだしなー。そんなはした金なんぞいらねーよってな感じだべー?」
「……真面目に怒りますよ、蘭丸。断じてその様な下衆い事を言いたかった訳ではないのです。たとえ一円であったとしても、金銭を稼ぐ事がどれだけ大変であるかと言う事を伝えたかったのですよ。大体蘭丸は何を購入するにしてもどんぶり勘定な所があってですね――」
「あー、はい×2ー、まーた、響輝のお金に関するお小言が始まりやがったよー。その件に関しちゃ、今ではもう、大いに理解しちゃっておりますよーだ。すんげえ耳にタコが出来てるっつーの!」
「んもう、そうやって自身が煩わしくなってくると、何時だって蘭丸は話をはぐらかすのだから、全くもって困ったものですよ」
「まあ×2ー、今日はもうそんな話は良いじゃんよー。何はともあれ、後輩っちのピンチも救えた事だし、めでたし×2っつー事でよー」
「ふふっ、それもそうですね。それならば、今回のお説教はこのくらいで勘弁しといてあげましょうか」
「うい×2ー。そんじゃま、そろそろ帰ろうぜー、響輝ー」
「ふふっ、そうしましょうか。それでは後輩さん。又候「ヤバ校」関連で揉めたりしたのであれば、再び我々を頼って来て下さいな。私達「赤鬼&青鬼コンビ」は今春より、「私立㋢㋗㋨㋜学園高等学校」に在学しておりますのでね」
「まあ、そう言うこったねー。じゃあな後輩っちー、気を付けて帰りなよー」
……ふむ、「私立㋢㋗㋨㋜学園高等学校」ですか……確か男女共学で、通称「テク校」と呼ばれておる高校でしたよな。「テク校」の新制服であるブレザーが、男女ともに人気の学校で有名でありまする。さりとて、ここの旧学生服である学ラン&セーラー服の人気も根強い為に、学園に申請をすれば、どちらの通学服でも着用可能らしいのだ。加えて「テク校」の方針として、きちんと学校指定制服さえ身に着けておれば、後はどの様なファッションで登校しても差し支えないってな、こと身なりに関しては自由な校風が売りの素敵ハイスクールどすな。
僕がそんな事をぼんやりと考えている合間に、何事も無かった様に去り行く「赤鬼&青鬼コンビ」のお二人である。
しかも、夕陽の光に当てられたお二人のその後ろ姿が、尚一層神々しく輝いて見えて、僕は人生で初めて、他者を「格好良い」と思っちまった訳なのです。
そう、この春、僕こと「赤鬼&青鬼コンビ」信者が一人、人知れず爆誕していたってな些細なるお話である。
「お二人とも、本日は助けて頂いて、誠に有難う御座いました! そして、ご卒業おめでとう御座います!」
お二人を見送る僕は、力いっぱいの声で改めてお礼の言葉を口にしながら、深々と頭を下げていた。えっへん、今度は噛まなかったぞい。
そして、この僕にも新たなる目標が出来た訳である。言わずもがな「赤鬼&青鬼コンビ」のお二人が在籍しておる「テク校」への進学に決まっておろうがよ。
その日の帰宅後、早速僕はその旨を両親に伝える。突然の進路変更に大反対をされてしまうのかと思いきや、むしろこの僕が積極的に物事を決めてくれた事に感激し、二人揃って大喜び&大号泣してしまう始末である。大丈夫かなこの人達? 実の親であるだけに心配になって来るわよ。
因みに、今は遠方で一人暮らしをしている大学生の実姉 (ちょっぴりやんちゃ) にも、メッセンジャーアプリの長文メッセージにて事の全容を報告したならば、「草」と一言だけ返ってきてそれきりでしたよ……。
さてさて、あの「赤鬼&青鬼コンビ」に憧れを抱いてしまったその日からは、まことにもって光陰矢の如しってな言葉がぴったり当てはまる。んまあ、現代はスピード社会、延いてはタイパ至上主義の時代であるからして、昨今は動画視聴や音楽鑑賞も倍速再生がデフォでありますから致し方ない事ですわな。てな訳で、僕の残りの中学校生活一年間の経緯をダラダラとお送りしてもかったるいと思われますので、ただ今より本章の最期までは、倍速機能ONにてお届け致しとう存じます。ポチっとな。〔▶▶〕
であるからして、僕自身も「赤鬼&青鬼コンビ」みたいな人間に出来るだけ近づけるべく、是非にも高校デビューを果たさねばと思い立つ。うむ、皆まで言わなくて宜しいぞ。これから僕が足を踏み入れる日常は、スリルとバイオレンスが入り乱れる修羅の世界である。当の然、喧嘩の面も抜かりない。古今東西、有りと有らゆるヤンキー漫画やバトル漫画を数万冊読み漁り、対戦型格闘ゲームのオンラインを通じて世界中の猛者と死闘を繰り広げたり、Y〇uTube(伏字の意味よ)で近接格闘術を学び、腕立てや腹筋ダンベルの筋トレで筋力を付け、毎日のジョギングで体力作りに勤しみつつ、ついでに「テク校」合格も難なくクリアしたのであった。んまあ、元々は僕自身が有名進学校志望だった事も有りまして、そいつに比べれば「テク校」のお受験なんぞは超楽勝案件でありましたとさ。ただここに至りて、未だに喧嘩の実戦が未経験なのはちょびっとだけ不安要素ではあるのだけれども、そこは「何とかなるんじゃね?」と謎の楽観的思考が頭の中を見る見るうちに浸食していったので、そのうち僕は考えるのをやめた。それから「自身」に気合を入れて「自信」を得ると言う二重の意味合いも込めまして、頭髪も金髪に染めたりました。反省も後悔もしていない。無論、制服も「テク校」の旧学生服である学ランを選択し、変形学生服の短ランとボンタンをフル装備にて戦場へと赴きますぞ。あ、そうそう、それとですね、これを機に脱オタも考えたのだけれども、やっぱりサブカルは面白いコンテンツですし、趣味に罪は無いだろうってな感じで、んまあ、程々に継続するってな結論に達しやした。おっと、それから御心配召されるな諸君。あの時の「どきどきトゥンクハート」ですが、首尾よくゲット出来まして御座候。控えめに言って神ゲーでした。すっごく気持ち良かったです。今でも一日一回はお世話になっています。すっごく気持ち良かったです。大事な事なので二度言いました。敬具。
さぁ、憧れの先輩方、「赤鬼&青鬼コンビ」に続けと、僕が生まれて初めて能動的に動いた出来事である。期待と不安を胸に、明日から僕は「私立㋢㋗㋨㋜学園高等学校」の一年生となる。ワクワクとドキドキで夜しか眠れない。そんな前日夜なのでありまする。