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気が付けば、犯罪的結果になっていた

作者: 広野狼



 政略結婚だった。

紛うことなき、徹頭徹尾、政略だった。

この婚約の理由は、隣領にも関わってくる大がかりな工事らしい。さすがに詳しい内容までは教えて貰ってはいないが、王家鳴り物入りのものであるとは聞いた。

そのため、愛とか恋とかそう言う、甘酸っぱいものを期待はしてない。そうではないな。期待して、それが裏切られるのがいやだった。

人間として尊重できれば、夜のお勤めも何とかこなせるのではと、楽観までは行かないが、そのように、軽く考えていた。

婚約期間は短く、その間、数度会い、いくつかの贈り物を贈り合った。

義務とはまさにこれだと言わんばかりの関係で、愛や恋どころか、人間関係そのものが危うい気はしていた。

そんな危うい関係を継続することが出来るのか、そんな疑問がもたげたが、その答え合わせをする前に、婚約者の父親が急逝した。

そう、急逝してしまったのだ。

その結果、彼が爵位を継ぐことになった。いずれは継ぐものであったけれど、予定よりずいぶんと早まった。

最悪な中での良かったことは、彼が成人していたことだろう。なんの抵抗もなく、爵位を継げる。

ただ、爵位を継ぐのには婚姻が必要になる。ようは、早急に次代を産まなくてはならないと言うことだ。

人間関係の構築から躓いていた婚約であったが、婚約している以上、婚約者である私がそのまま婚姻することになるのは必然。

理解は出来るが、心情的に、無理と思いつつも、粛々と進められていく。全くもって、心の準備もなく決定事項で婚姻となった。

しかしながら、父親が亡くなって喪中である今、式を挙げるわけにも行かず、書面だけで婚姻を済ませることになった。

何とも味気ないことではあったし、婚姻したのだと実感が湧かないまま、書類上では、夫婦ということになってしまった。

さらには、当主交代でごたごたしているところに、新参者が乗り込めるわけもなく、婚姻はしたものの、一年後の披露の式を済ますまでは、自宅で待つことになった。

言い分も分からなくはないので、受け入れたが、微妙だった。

私だって、婚約者の家の一員になるのだ。家に住まないまでも、使用人と顔合わせくらいしても良いはずだと思った。

まあ、ここまででも分かるとおり、前当主の葬儀は、王都で行ったものだけに出席し、埋葬する領地には呼ばれなかったのだ。

もう、なんというか、不信感しかなかった。何か裏があるのではと母と共にうがっていた。

あくまで、噂話程度のはずだったけれど。

 「私には愛する人が居たのだ」

一年経って、式を挙げて、正真正銘の初夜の時。旦那様は、至極真面目な顔をして、阿呆なことを言い出した。

思わず、

 「はー」

と、気のない返事をしながら、私は、書面上の旦那を見る。

一年。待てと言われた一年。一度も会いにもこず、手紙の一通もなかった。

腹立たしさを隠しながら、それでも、突然の当主交代は本人が一番大変だろうとおとなしく待っていた。

情もなにも湧かない上に、利用されただけではないのかと、そう思っていたのだが、それより酷い事態になりそうだ。

 「私は父に、婚約を取りやめて欲しいと頼んでいた。なのに」

あー。はい。死に逃げされたと言いたいわけですね。死んでしまった以上、反故に出来ない。するには当主になるしかなく、当主になるには婚姻するしかない。

と言うわけでもないんですけどね。

 「それでしたら、お母上に一時当主を渡して、婚約を辞めれば良かったではありませんか」

そう。なんにでも逃げ道はある。奥方なら、代理として、一年は当主の座を守れるのだ。だって、急死とかしたら、大変なので、応急措置として。

諸々の処理を終えた後、当主は子供にする。成人していないのであれば、その後も代理として務めることは出来る。

私と婚約をなくするには、そう言う手が取れたはずなのだ。

 「心労の母に、これ以上負担をかけられるかっ」

母を労うんだったら、婚約白紙にしろよ。こんなところで、こんな言い合いしてる方が心労たまるよ。

 「いや、書面上だけでも婚姻させられた私の方が、よっぽど精神的苦痛ですけれど」

一年も放置して、家に入れば開口一番「私には愛する人が居たのだ」とか、気が狂ってるのかと。

 「父が死んだ以上、婚約によって結ばれていた契約を結び直すことが出来なかったからだ」

 「まあ、そうでしょうね。でも、それ、私に関係ありますか?」

全くもって、私には関係ない。政略と割り切っていたけど、私の所為みたいに言って欲しくない。

別に私が気に入って、結婚したいって言ったわけではない。家の関係だけの話だ。

なのに、まるで自分が悲劇の主人公みたいに浸って欲しくない。愛する人が居るなら、婚約を無かったことにして、それと結婚すれば良いだけの話だ。

そうしたら、私は、別の人と婚姻していただろう。その人とは、もしかしたら、素敵な関係になれたかも知れないのに。

なにが悲しくて、歩み寄りもせず、被害者面している男の嫁にならなければならないのか。

 「とにかくだ。お前とは白い結婚にする」

 「了承いたしました」

こんなやつに純潔捧げるくらいなら、三年後に離婚した方がマシだわ。

と言うわけで、早々お話し合いを放棄して、旦那らしき人物を部屋から追い出すと、念入りに施錠して、すぐに戸を開けられないように椅子を扉の前におくと、広いベッドを占拠して、安らかな眠りに就いた。





 ここで終わっていれば、まあ、よくある話ではあったのですけど、ここで終わらなかった。

 「奥様、旦那様がっ」

慌てて飛び込んできた侍女に急き立てられるように着替えさせられ、応接室に呼び出された。ちなみに侍女は、私の部屋側の扉から入ってきたので、椅子には引っかかっていない。

 「申し訳ございません。先ほど起きたばかりで、状況が全く分かっておりません」

物々しい場所に説明なしで呼び出されたとあっては、どう対応して良いか分からない。

侍女が急いだせいで、少しばかり乱れているのが、焦っている演出になっていてなんとも。

 「ご当主様が亡くなられました」

応接室にいた、騎士らしき人の一人が、重々しく告げた。

 「ああ。昨年のお話ですよね」

既に私の旦那が当主だけど、どうしてそんな昔の話をと思っていれば、騎士らしき人はゆるゆると首を横に振った。

 「え?」

思わず変な声が出てしまいました。もしかしなくとも、死んだのは、私の旦那様でしょうか。

 「昨夜は大変お元気そうだったのですが」

もしかして、殺されたんですかね。急展開過ぎるし。

 「まだ、死因は分かっておりませんが、外傷はありませんでした」

一番ありそうなのは、私が毒殺したとかでしょうかね。まあ、既に結婚してますし、未亡人になって、少々お金を貰って、実家に帰るのは、実に合理的で良い。離婚と違って外聞もよろしいですしね。

私が犯人であるのが、一番しっくりくる状況ではありますね。さて、どうしたものか。

第一容疑者として対応するべきか。

 「この子は違います。息子とも大変良い関係を築いておりました。毎日のように手紙をやり取りし、月に一度は、息子が会いに行っていたほどです」

もの凄い嘘の援護射撃が来たのですけど。誰でしょう。毎日手紙をやり取りしていた人って。しかも、月に一度会っていたとか。

少なくとも、私ではないですけど、私ということにしておかないと、諸々問題が大きくなる上に、私が殺した説の補強になりますね。

 「初夜も昨日ではなかったもので。少しケンカをして、閉め出してしまいました」

これで、扉の前の椅子も説明できるし、ベッドが乱れてないことも説明できる。

うっかりしてたけど、部屋の状況を説明できないと、大変だったな。ありがとうございます。夫人。

問題は、私が処女だとばれることだけれど、今この場で純潔を確かめられることはないだろう。別に暴漢もいなかったし。まして、昨日が初めてではないって事になったし。

その後騎士らしき人は夫人と話をしたり、私に昨夜の状況を更に詳しくたずねたりした後、一応、死因を調べるとのことで、遺体をしばらく預かると言われ、快く了承した。





 旦那様は、心不全という、よくあるグレーゾーンの死因となり、私は未亡人として家に帰ってきた。

まあ、確実に妊娠はしていないけど、しばらくは妊娠しているか分からないので、身ぎれいにしておいて欲しいと夫人から言われた。

出来てるはずがないけど、それは言えないので、神妙に頷いておいた。

しかし、本当の問題は、処女だってことだ。

旦那様のお家は、もともと夫人の家だったので、夫人が新たな旦那様を迎えることになった。

まだ、頑張ればもうお一人二人くらいは出産できるだろうから、私の妊娠はなくても大丈夫なのが、本当にありがたい。


 自宅でだらっとしていたときに、ふっと、思い立って、自分になにかと降りかかったらいやだと、旦那の家を徹底的に調べたところ、どうにも旦那が夫人の子じゃないかも説が出てきたんだよね。

旦那が死んだけど、契約は家の話だしって事で、提携はそのまま残されたし、旦那が死んだことによる不利益が、夫人にはなにもない。

元より、夫人の家だから、一時的に夫人が差配するのも問題ない。

たださあ、夫人の旦那が死んで、一年経って、息子も死んだって言う事実だけ見ると、なかなかに黒いものがはみ出そうだよね。

そういえば、と旦那様の愛していた人、報告に上がってこなかったなって気が付いて、さらなる闇を掘り起こしそうになり、もう綺麗さっぱりあのお家のことは忘れることにした。

こんなこと、両親にも言えないので、そっと私の胸の裡に仕舞う。

なにより、夫人には助けられたし。その借りを返す意味でも、沈黙するのはやぶさかではない。

まあ、もう余所事となったお家の黒い部分を掘り下げるより、処女をどう偽って結婚するかが、私的死活問題と言うのも多大にあるんだけど。二、三年空けたら行けるかな。久々だったからって言う言い訳。

それとも未亡人になったってことで、適当に男遊びしとくべきなのか。

いやでも、必然一人目にばれるか。難しい。

ちなみに、口止め料込みなのか、なかなかの金額を頂いたので、家でしばらくぼうっとする分には文句は言われないし、もういっそ、再婚は諦めて、貰ったお金で屋敷でも買って、悠々自適に暮らすのもありかも、なんて考える。

意外に未来は明るいかも、なんて、暢気に考えながら、ふわりと香ってきた甘い匂いに、にんまりと笑みを作った。




まあ、言わぬが花な感じの結末。

いや、夫人視点とか書けたら楽しいのだと思うんですけど、ミステリーは本当ロジック考えられないので、無理。

旦那様の恋人は、果たして居たのか居ないのか。

と言う、謎残りまくりで申し訳ない。


そして、書き上がって、全く誰の名前も家名も出ずに終わっていた。

一応貴族社会。てのすら文中になかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 展開面白いです 私は好きな内容です >そして、書き上がって、全く誰の名前も家名も出ずに終わっていた。 短編なんだから「そこが良い!」んです 余計な設定を省いて話に集中させて、一気に結末…
[気になる点] まさかまさか、旦那さまの「恋人」ってお義母さまだったりしたら………… いや余計なことは考えないほうがいいのだ。
[良い点] 冷静な主人公。 初夜に書類上の旦那を追い出したこと。 やぶへびをつつかない、安全志向(笑) [気になる点] 主人公の両親兄弟も、婚家先の真っ黒疑惑に口をつぐんでくれたのかな、と。 [一言]…
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