5.(過去編)王女エマ追放
これは小生ことファルシオンが、エマの前に現れる10分ほど前の話である。
エマと妹のミツボーは、遺跡の一室に監禁されていた。なぜ、この様子をファルシオンが語っているのかと言えば、エマに膝枕を頼んだからだ。
一角獣はこうやって眠っていると、相手の記憶に入り込んで過去を見ることがある。
記憶の中でエマは時折、心配そうに妹に視線を向けていたが、妹はツンとした表情のまま部屋の隅を眺めている。この姉妹の関係は、大人しいが気配りのできるエマと、姉に一方的に敵意を向けるミツボーという状況のようだ。
ふむ、この様子だと妹はバストサイズが大きいだけで、姉の方がスタイル的にも顔でも圧勝だな。
ミツボーが姉であるエマに敵意を向ける理由は、母親が違うからだろう。
父親である国王には数人の子供はいたが、なぜか男子は産まれておらず、最近では子作りも諦めて、婿養子を取って次の王を決めるという話が有力視されている。
3女以降の王女たちの年齢は10歳以下なので、実質的に女王となるのはエマかミツボーの2人に絞られていると貴族たちも考えているようだ。
そんな折に魔王は現れて、2人の世継ぎ候補をさらっていったという訳である。
さて、とんでもないことに巻き込まれてしまった2人の王女だが、彼女たちを救うべく向こう見ずな男が乗り込んできた。
年は30くらいで、冒険者の間ではイモヅラで通っている勇者の子孫イキリッチスキー。作者よ……まあ、先に進もう。
このイキリッチスキーという男。勇者の子孫だけあり腕っぷしだけは強いようだ。次々と単身で魔物を蹴散らして進み、遂にエマとミツボーを隔離しているゴーレムさえ、数回の攻撃で撃退してみせた。
これほど獅子奮迅の戦いぶりを見せれば、ツーノッパ地域なら大抵の女が惚れるだろう。もはや強すぎて恵まれすぎるから、ブサイクかつヒドイ名前したのではないかと思える男だ。
さて、このブサイクだが強い男。エマとミツボーを見ると迷わずミツボーに歩み寄った。
「ああ、ミツボー……逢いたかったぞ!」
「ああ、勇者様……どんなに貴方様がいらっしゃることを待ち望んだか……」
2人がハグしあっていると、姉であるエマもスカートの裾を上げてお辞儀をした。
「イキリッチスキーさま。妹ともども助けていただいたこと、感謝いたします」
今まで満面の笑みでミツボーとハグしあっていたイキリッチスキーだったが、エマが話しかけると表情を曇らせた。
「ああ、エマさま……ご無事で何よりです」
勇者の表情を見たエマは、ごくりと唾を呑んだ。
妹がイキリッチスキーと密通しているという噂は以前から聞いていたが、今の反応で確信したということだろう。
「ずいぶん、妹と親しいのですね」
そう言うとミツボーは罰が悪そうに視線を逸らしたが、イキリッチスキーは言った。
「ああ、お前は確かに美人だが夜は誘ってくれないしつまんなそうだ。だがミツボーはちがう。頼めばいつ……あいた!」
ミツボーは恥ずかしそうに顔を赤らめたままイキリッチスキーの靴を踏んでいた。
「ゴホン……あれだ、俺様はバストフェチなんだ。お前より妹の方がおっきい……それがすべてだ!」
ミツボーは嫌らしい視線を姉に向け、苦し紛れという様子で言った。
「勇者様。実は姉は……魔王に密通していました。ここにいるのも……私が逃げ出さないように監視するためにございます」
唐突な一言にエマは動揺した。
救出されたと思った直後に、妹がいきなり謀略を仕掛けてくるとは夢にも思わなかったのだろう。
「そ、そんなことはありません!」
「ははーん。なるほど……」
イキリッチスキーはミツボーの言葉の意味を察したらしく、剣を抜いた。
「魔王のスパイが、こんな身近にいたのなら……賢い王女がさらわれることもあり得るな~」
その言葉をミツボーは小気味良さそうに聞いていた。将来邪魔者になる政敵を倒し、自分は武器となる婚約者を奪って結ばれる。客観的に見ればこれ以上ないほど効果的な一手だろう。
窮地に立たされたエマは、怯えながらも叫んだ。
「勇者様のお力は神から与えられたもの……証拠もなく私のような小娘を斬れば、大きく精度が落ちるとは思いませんか!」
「こざかしい小娘が……証拠は、お前の妹の証言だけで十分だ!」
エマは機転を用いて勇者に思いとどまらせようとしたが、愚かな暴力の前では何の意味もなかった。イキリッチスキーが剣を振り上げたとき、洞窟の奥から駆け足で近づいてくる足音が響いていた。
今までは残虐で暴力的な笑みを浮かべていたミツボーとイキリッチスキーは、表情を一変させると小部屋にエマを残して逃げ出していく。
「こ、この魔力……やべえぞ!」
「ま、待ってください勇者様!」
小部屋に置いていかれたエマは、身を震わせたまま泣き崩れた。
婚約者と妹には裏切られた上に暗殺されそうになっていたところに、今度は恐怖の本命である魔王を思わせる存在が近づいてきている。
まさに泣きっ面に蜂という状況のなか、彼女にできることはもはやない。それでも泣き出したのは、こんな状況でもせめて自分の主張をしたいという気持ちの表れなのだろう。
情け容赦なく足音は近づいてきて、入り口から声をかけられた。
『そこの娘。こんなところで何をしている?』
エマはこの時、はじめて足音が脚音であることに気が付いた。そのまま視線を上げていくと、真っ黒な姿が目に飛び込んできたが魔王とはシルエットが違う。
脚がムダに長く、胸の辺りには筋肉がたっぷりと付いており、額には赤々としたドリルのような角が生えている4つ脚の動物が自分を見ていた。
「真っ黒で……赤角の……一角獣?」
これは、しどろもどろな答えになっても仕方ないと思えた。婚約者と妹の裏切りで混乱した後に、こんな生き物に声をかけられたら、誰だってワケがわからなくなるだろう。
ゆっくりと目を開けると、小生はレンチの自宅裏の庭で昼寝をしたことを思い出した。
膝を貸してくれていたエマも横になって眠っており、なんだか申し訳なく思った。ユニコーンに膝枕ができることを喜んではいたが、本人も疲れがたまっていたのだろう。
エマもゆっくりと目を開けると、欠伸と共に背伸びをしていた。
『ありがとう。おかげでよく眠れた』
そう伝えると、エマも嬉しそうに笑った。
「どういたしまして。それから……久しぶりにいい夢を見ました」
それはこちらとしても嬉しい。と言おうとしたがなんだかエマにしては吹き出しそうになるのを堪えているように見える。一体、どんな夢をみたのだ。
『どんな夢を?』
「お子さんの夢です……それも黒毛で四白の可愛らしい男の仔(四白=脚先の毛が4本とも真っ白なこと)」
その一言を聞いた小生の脳内には、警鐘が何度も響き渡っていた。
それは紛れもなくアタオカ息子の特徴と一致している。小生の悪いところを凝縮して、さらに斜め上に進化させたような存在だ。
たまたま、一緒に寝ていたから記憶を共有しただけだよな。まさか、出てきたりはしないだろうな。すっごく……不安だ……
「そんなに照れなくても、後ろに……」
【作者からの挨拶】
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
ここで一つ、アホ話をします。実はレンチをペンチと打ち間違いをしていたことに気が付きました。どちらも工具の名前ですが、代物は全然別物ですよね。
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