1.王女とアタオカユニコーン
遺跡の中を歩いていると、誰かが言い争う声が響いてきた。
無警戒に言い合っているようなので、足早に近づいてみると「やべっ……」という声と共に2人分の足音が遠ざかっていく。
小生は警戒しながらも、現場と思われる小部屋を覗いてみると、部屋の片隅にうずくまっている人間。それも少女がいた。
その姿を見た瞬間に、悪い人間ではないことがわかった。
なぜかと言えば、それは小生がユニコーンだからだ。悪女には角を突き付け、心清らかな少女には膝枕をせがむユニコーンは、善人と悪人を瞬時に区別することができるのである。
『そこの娘。こんなところで何をしている?』
そう問いかけると、うずくまっていた娘は恐る恐るという感じで顔を上げた。
「真っ黒で……赤角の……一角獣?」
銀色の髪に、まだあどけなさの残る顔、美しい肌に澄んだ瞳。恐らく高貴な生まれであろう彼女は、頬を腫らしたままぎこちなく答えた。
「私は……妹と共に悪魔の長に捕まっていたのですが……勇者さまが助けに来て……」
どうやら気が動転しているらしく、落ち着いて説明がてきないようだ。
小生はゆっくりと近づくと、彼女の前で腰を落ち着けた。
『どうした。もっと落ち着いて話をしてみろ』
少女は頷くと、ポソポソと話をはじめた。
どうやら彼女は王族の長女のようだ。勇者の子孫と婚約を結んでいたが、魔王の襲撃を受けて妹と共にこの遺跡に監禁されることになってしまった。
勇者の子孫にも、英雄の血が流れていたのだろう。数々の試練を乗り越え単独でここまで来て、彼女たちを自由にした……ところまでは良かったのだが、問題はその後に起こった。
なんと妹は、勇者と密通していたのである。
勇者は長女で正室の子である彼女よりも、側室の子である妹の方を愛しており、本来妻になるべき長女を置き去りにして次女だけを連れ帰った。
もちろん長女も抗議したら、帰ってきた答えは、妹の方がバストサイズが大きく俺好みだから……なのだそうだ。次女というのがどんな女かは知らんが、牡としては長女の腰のクビレを見逃したことが遺憾である。
まあ、冗談は脇に退けて本音を言わせて貰えば、見た目の美しさは、心の清らかさに比べれば大した問題ではない。この者のようにひざ枕をさせても確実に目覚められる女こそ至高であり、寝首をかく女ならどんなに容姿が優れていても話にならない。
『宮殿に送り届けてやろうか?』
そう提案したら、長女は首を横に振ってこたえた。
「妹のことです。勇者と結託して私が悪魔と内通していた……という噂をばらまくでしょう。私はここで死ぬ以外に、身の潔白を証明する手段がないのです!」
その言葉を聞き、小生は思わず身を引いた。
この娘は完全に自暴自棄になっている。このままでは本当に何をやるかわからない。小生は少し考えてから言った。
『そんなことをしても不埒者2人を喜ばせるだけだ……どうせ悪と言われるのなら、大悪党になってみないか?』
「だ、大悪党……?」
彼女はキョトンとしたままこちらを見ていたので、小生は淡々と答えた。
『その通りだ。海賊になろう……小生は森に住んでいたのだが、精霊たちから追放された』
「どうして?」
彼女はそっと小生に手を伸ばすと、頬を撫でてきた。
『穏やかな大地に、炎使いのユニコーンはいらないのだそうだ』
小生は不敵に笑った。
『だから出ていく。適当に船を人間から奪い取って大海原へと乗り出す。身勝手な精霊も権力者もいない、我々だけの楽園を手に入れるのだ!』
そう。これこそ小生が同族から、頭がおかしいと言われるゆえんである。
そもそも一角獣はウマであり草食であり、海に行きたがるような動物ではない。そんな生き物のクセに人間から船を奪い取って大海原を目指そうなどと言い出すのだから、友人は皆が逃げてしまった。
今の言葉を聞いた少女も、笑みを消した。
「待ってください。船には大勢の人がいます。その人たちは?」
『逆らう者は海に叩き落せばいい。お前たち人間が動物から森を取り上げるように、鮮やかにやってみせるさ』
「そ、そんな恐ろしいことをしてはいけません……神はその行いを必ず見ていますよ」
神という言葉を聞いて、小生は思わず失笑した。
動物が人間から何万年に渡って虐待を受けていても見て見ぬふりをし、人間同士のいざこざにも関与しない傍観者が見ていることが何だというのだろう。
宗教家の中には、人類最期の日とやらでまとめて裁きを下すという者もいるが、今まで働かなかった者が急に働く宣言をするとでも思っているのだろうか。
『お前は人が好過ぎる。よく考えてみろ……神とやらはお前の妹と婚約者が裏切り行為をしていたことも、見て見ぬふりをしていたのだぞ? 我々の行いにだけ罰を下すのなら……それこそ敵以外の何でもない』
完全に論破したと思ったが、コイツはすぐに言葉を返してきた。
「私は神とは……この世界そのものだと思っています。確かに悪事を働いて逃げ延びる者もいるかもしれません。ですが、この世は我々の想像以上に複雑で不可解なつくりをしていると思いませんか?」
小生は思わず『ほう……』と呟いていた。
宗教家がこの話を聞いて、どんな反応をするのかはわからないが、最低でも巷でよく聞く宗教話よりは、小生を説得するには十分な気がする。
「ユニコーンが海賊になるということは……知らない世界に身一つで飛び込むようなものですよね。ならばなおさら……慎重に行動すべきではないでしょうか?」
『つまり、海賊になりたければ、なるべくことを荒立てずに船を手に入れろ……ということか』
彼女は満足したように微笑むと「はい」と答えた。
少し元気が出てきたようなので、少し誘いをかけてみることにした。
『小生に荒っぽいことをさせたくなければ、お前が同行して監視するがいい』
「そ……それは……」
『言っておくが小生は、人間が死ぬことなどなんとも思っていないぞ。友人だけでなく愛すべき妻や初仔まで……人の手によって命を奪われているからな』
少女は喉を動かすと、しっかりと小生を見た。
「私の名はエマニュエル……貴方が道を踏み外さないように、ささやかながらお手伝いすることにしましょう」
その答えには、小生も少しだけ安心した。
さすがに、ここまで純粋な心を持つ少女は珍しい。小生は本能的に、この少女だけは見捨てずに天寿を全うさせようと決意した。
『我が名はファルシオン。アタオカ一角獣と呼んでくれ』
小生が左前脚を少女に向けると、少女エマニュエルは一瞬だけ戸惑ったが、すぐに左手で小生の差し出した前脚を握った。
「承知いたしました。私のことはエマと呼んでください」
※2月20日。物語の冒頭部を修正しました。
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