CASE 01 九条恭而 SECT.6 紅蓮
愛刀『蓮華』が一閃し、敵の武器を斬撃ごと分断した。
焔を纏った刃は、分断した敵の武器をそのまま紅蓮の炎で焼き尽くす。
返しざまの一太刀で敵本体を業火に染めた。
悲鳴を上げる間もなく昇華した敵に向ける感情は生憎と持ち合わせていない。
「次は誰だ?」
オレが蓮華の切っ先を向けると、敵の軍はざっと退いた。
そのままぐるりと一周させると、オレの周りに人のいない円形の空間ができた。周囲を囲む、各々武器を構えた兵士が逡巡している。
凶人配下最強の駒、紅蓮。
おいそれと攻撃を仕掛けられる相手ではない事は分かっているはずだ。
装備と呼べる装備はなく、薄汚れたシャツにぼろぼろになった学ランを羽織り、手に一振りの刀だけ。漆黒の髪が風に靡き、額の刻印を時折ちらつかせる。血の色をした濃い瞳は裏腹に涼しげで、ただ奪う事のみを欲している。
拮抗する力の中に、さらに二つの影が飛び込んできた。
「楽しそうだな、紅蓮」
「己らにも殺らせるのである、紅蓮」
「鷹爪、鷲牙」
上空から乱入したのは、凶人軍最厄の駒。
「弱いモノばかりか」
「弱いモノは消していいであろう」
にぃと笑った鷹爪が翼を翻す。
にぃと笑った鷲牙が翼を翻す。
二人一対、金眼と銀眼の猛禽。
二対の翼が敵兵の間を一瞬で駆け抜ける。
その鉤爪は鎧すらも破壊し、手にした風の刃がすべてを切り刻んでいく。
「はははは! 弱い弱い!」
「ひひひひ! 弱い弱い!」
刹那ののち、その場に立っているのはオレと二人の狂戦士だけ――
「詰めが甘い」
最後に一人残った兵士を蓮華が分断した。
敵の死体はすべて、紅蓮の炎に焼かれて無に還る。
「焼けろ!」
「燃えろ!」
鷹爪と鷲牙の風がさらに炎を煽る。
戦場が炎に染まる。
いつものように高みから戦場を見下ろしていた凶人の主は、満足げに戦場を見渡した。
いつもと同じ、裂けるような笑みを湛えたまま。
「これで終わりです。力はすべて」
凶人を一振り、戦場全体が揺れ動いた。
「凶人のモノです」
戦が終わる。
敵の終焉を告げるように、凶人が啼いた。
戦が終わればまた、赤茶けた凶人の大地へと戻ってくる。
神が充たす珀葵と違い、天は廻らず円い大地が廻る乾いた土地には、漆黒の城だけが天を指している。生き物の気配はなく、ただ冷淡な空気だけが満ちていた。
オレが緋檻に堕ちてから、いったいどれだけの時間が経ったのかわからない。
ただ戦闘を繰り返し、殺戮を繰り返し、いつしか愛刀を手に入れ、凶人配下最強とまで呼ばれるようになっていた。
目の前にあるすべてを破壊し、殺戮し、何もかもを奪ってきた。
部屋の窓縁に腰掛けて足を外に向かって投げ出し、蓮華を抱え込むように頬にあてた。
「あと少し」
凄まじい力がオレと蓮華に内在している。
居住は主の部屋と同じ高さを選び、殺戮に賭けて自らの力を磨き、ただ殺意を肥やし、殺気を研ぎ澄まし……いつの日か、刻鍵を奪う日の為に。
と、ふと羽織った上着の裾が揺れた。
翼が起こす風を受けたからだ。
「……鷲牙」
「そこにいると己を誘っているようにしか見えないのである」
そんな台詞と共に、上から鷲牙が降りてきた。先程の戦闘の血をまだ洗い流していないようで、爪にも顔にも大量の血痕が付着している。
「まだオマエと戦う気はない」
「そうであるか? 紅蓮は常に敵を欲していると見受けるのであるが?」
「無論だ。強くなるために、オレは出来る限り多くの敵を殺したいからな」
「キサマはいつもそうであるな」
鷲牙は首を傾げる。
純粋に殺戮のみを好む金眼の鷹爪と違い、銀眼の鷲牙は時に問答を好む。
「主サマを殺すためにすべてを捧げているよう見受けられるのである」
「ああ、そうだ」
最初は小さな殺意だった――凶人との契約を促すほどのものだから、小さいとは言えないのだが、今から考えればあんなもの、殺意の内にも入らない。
今、胸の内で渦巻くこの感情に比べれば、あんなもの契約の足掛けでしかない。
「紅蓮、やはりキサマは面白いのである。あの時、生かしたのは正解だったのである」
「……ふふ」
思わず口から笑みが漏れた。
「殺戮以上に可笑しなモノがあるとは思いもしなかったのである」
「オレにとってはオマエの方が不思議だよ、鷲牙」
コイツは、今も主の命を狙っているとみて相違ないだろう。
長きにわたる戦の果てに契約時の殺意を忘れ、単純な戦を楽しむためだけにこの場所へ留まる兵士たちも多いというのに。
それは、非常に不思議な事だ。
コイツの興味の方向が分らない。
いつも対で行動する鷹爪とは少し違い、妙に落ち着いた空気を持つ鷲牙がいったい何に興味を持ち、どんな目的を持って、何を目指しているのか。幾度か尋ねてはみたのだが、本人にもよく分からないらしく、分からぬ、としか答えなかった。
そこまで考えて、ふっと気づく。
ワカラナイ――そうか、分からないんだ。
この深淵の世界へ堕ちて、まさかイキモノ相手に興味を持つとは思わなかったが。
「なるほど、人間というのは正体の分からないモノに興味を持つんだな」
半分は鷲牙に、もう半分は自分に向けて呟いた。
「正体の分からない? では、己が紅蓮に興味を持つのもキサマの事が分からぬからか」
「ああ、ひょっとするとそうかもしれないな」
戦場では血も死も恐れぬ狂戦士と化すこの銀眼の猛禽が首を傾げる姿は妙に滑稽で、オレは思わず笑みをこぼしていた。
そうだ、オレには何故あの主がこれほどまでに憎いのかが分からない。
最初は単純に奪うつもりだった。あの銀髪を椅子から引きずりおろし、自分があの場に座る気だった。
しかし、今は違う。
心の底からあの主を手にかけたい。
何故だろう。何故これほどまでの妄執をアイツに持ってしまったんだ?
分からないから、さらに殺意を募らせる。
永久に続く負のループだ。
考えてみても分からない、分らないからさらに憎い。
――ならば、狩ってしまえばいい。
「嬉しそうであるな、紅蓮」
「笑うからといって嬉しいとは限らないぞ、鷲牙」
さらに首を傾げた鷲牙は、眉をひそめて呟いた。
「やはりキサマは難解である」
奪う事が目的である戦で、オレが得るのは力だけではなかった。
少しずつ、緋檻の情報も収集していた。
その情報を総合しても、凶人の軍は果てしなく強い。
本来ならば、自らの領地を肥やす事に使うようにと神から与えられた力である『仙』をほぼすべて戦闘に回すからだ。噂によると刻鍵『鋼皇』の土地などはかなり肥沃で、民も多いとのことだ。それに引き換え、凶人の土地はいつまでたっても赤茶けた大地のまま。水と食料と、最低限だけ確保するが、それは兵士同士で奪いあうほどに最低限だ。
しかし代わりに、殺戮そのものを目的とする凶人の軍は、個々の戦闘力がずば抜けていた。戦略など何もない、ただ全員が殺戮の限りを尽くすだけという破滅的な戦術だというのに、オレが来てから連戦負けなし。
聞いた話によると、オレがここへ来る直前に、一度だけ刻鍵『月髪』の率いる軍と引き分けたようだが、それ以外は皆が覚えている限り、一度も負けていないようだった。
もっとも、敗北は死を意味する緋檻において、軍の敗北は主の死を意味するのだが。
しかしながらここのところの凶人は、紅蓮、鷹爪、鷲牙という3枚看板が想像を絶する殺戮を繰り返しているため、凶人の主の出る幕すらも奪ってしまっていた。
もう、あの主に出番はない。
オレは、凶人を奪う事を視野に入れ始めていた。
そして、その時は唐突に訪れた。
あれほどオレが切望したその瞬間は、案外呆気なくやってくるものだ。
――何の前兆もなく、オレたち3人が戦の前線から外された。
変化は切っ掛け、何かの契機だ。
オレがここにきてから一度も軍から外されていない鷹爪、鷲牙、オレの3人が選ばれなかったのは、主が何かを警戒したのか、それとも何か考えがあってのことか。相手は以前引き分けた月髪の軍勢だと言うが、何かしらの遺恨があるのだろうか。
まあ、細かい事は関係ない。
切っ掛けは変化でさえあればいい。
可笑しな事になっているものだとオレのところへグチに来た鷹爪と鷲牙に、首獲りを宣言すると。
「それなら己も行く」
「己も行くのである」
嬉しそうに笑った鷹爪と鷲牙は翼を広げた。
いつだったか、鷲牙が言っていたな。
凶人は非常に特異な刻鍵であると。
まさにその通りだ。
こんな真正面から堂々と刻鍵を奪いに行くなど、他では有り得ない事だろう。
配下になったあの日と同じように、鷹爪と鷲牙の間から飛び降り、主の部屋の磨り硝子へと飛び込んで。
この日の為に内に秘めていた仙を開放し、蓮華を鞘から引き抜いた。
凄まじい音を立てて硝子の欠片と共に着地したオレを出迎えた主に剣を突き付けて。
「奪いに来たぜ、主サマ」
宣言すると、凶人の主は、まるで待っていたとでも言わんばかりに破顔した。
額の紋章が、熱くなった。
奪ってやる。
オマエのすべてを奪い取ってやる。
嬲り、裂き、削り、千切り、壊し。
死。
内に秘めたる業火で以て、すべてを焼き尽くしてやろう。
オレの胸の内に澱みある限り。




