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戦神楽  作者: 早村友裕
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CASE 01 九条恭而 SECT.5 凶人

 密閉された空間から、一気に解放され、眼下に赤茶けた平原が広がった――最初、この緋檻に来た時に見た景色を上から見下ろしていた。

 目の前には、遠かったはずの漆黒の城が迫っている。飾り気のない、ただ、遠くを見渡すために建てた塔の集合でしかないその城は、頑丈には見えなかったし、複雑にも見えなかった。

 足元には何もない。

 手にしていた剣は落さなかったが、全身の血がざっと引いた。

 が、落下する様子はなかった。

 自分の体が安定していることを確認してから辺りを存分に見渡した。

 赤茶けた地面は途切れず続き、その果ての海はなく、天を支える支柱も見当たらなかった。見渡す限りに続く赤茶けた大地は、なんとなくではあるが弧を描いているように見えた。

 不思議な光景だ。

 まるで、天ではなく大地の方が動いているような――

「これはヌシサマの城だ」

ヌシサマの城である」

 両側から聞こえた声ではっとした。

 すると、目の前には漆黒の城が迫っていた。

 ヌシサマ。それは、もしかすると、契約の時のあの凶人マガツビトの主か?

 だとすれば、このただ赤茶けただけの大地は、刻鍵の主に与えられた土地というわけだ。オレも、この二人もあの細長いメガネ男、凶人マガツビトの軍だという事だろうか。

 もしかすると、奪う以外の手段で情報を得られるかもしれない。

「……おい、オマエら」

「何だ、人間」

「何であるか、人間」

「……オマエらは凶人マガツビトの軍か?」

「そうだ。鷹爪ヨウソウだ」

「そうである。鷲牙シュウガである」

 左右から挟み込むように二人が答える。

 ここでオレが空中に浮いていられるのもこの二人の仕業なのか?

 じわりと自分の額に汗が滲み、腹から血が滲むのが分かった。

「キサマは何者だ」

「キサマは何者であるか」

 左右から問われて、一瞬口を噤む。

 何者か。

 いったいオレは、何者なんだろうな。

 九条恭而クジョウキョウジ、何ていう名は何の意味も持たないだろう。この緋檻へ到着した瞬間から、オレは名もなき一兵士。

 口元に笑みが浮かぶ――緋檻に来てから初めてのことかもしれない。

凶人マガツビトを奪いに来た、殺戮者だよ」

「ふむ、ならば己と同じだ」

「同じであるな」

 やっぱりそうか。

 凶人との契約条件は、主に対して殺意を抱く事。

 つまり、軍の全員が刻鍵を狙っていてもおかしくない。

「キサマは誰にも教えられずセンを使った」

「キサマは誰にも教わらず紅蓮の炎を操った」

「キサマは強い」

「キサマは強いのである」

「だからヌシサマの元へ行け」

「だからヌシサマの元へ行くのである」

 この二人が何を考えているのかはわからないが、もし獣女から奪って使った何かが『セン』と呼ばれるもので、それが刻鍵のアルジから与えられるものだとしたら、このままついていくのが得策だ。

 アレさえあればなにも恐れるモノはない。

 獣女から流れ込んできたあのエネルギーさえあれば……!

「では入れ」

「入るのである」

「……は?」

 間抜けな声の直後、オレは空中に放り出されていた。

 これまで支えていた力がふっと消失したのを感じる。

「なっ――!」

 抗う術もなく落下した。

 真下には大きく張られたり硝子。

 四の五の言っている場合ではない。

 身体を丸めて背中から硝子に突っ込んだ。

 オレは凄まじい音を立てて硝子に突っ込み、きらきらと光る硝子の欠片とともに城の中に飛び込む形になった。

「ここへ来る時は静かに、と言ってあるでしょう?」

 聞き覚えのある声がオレを出迎えた。

 ついでに、硝子と共に床へ叩きつけられるという衝撃も襲ってこなかった。

 周囲の硝子と共に、オレはふわりと宙に浮いた。

 体勢を整え、着地する。

九条クジョウ恭而キョウジくん……でしたか?」

 この声。

 オレをこんな場所に引き入れ、契約ケイヤクし、配下にしやがったヤツの声。

「そう、鷹爪ヨウソウ鷲牙シュウガが連れてきましたか」

 反射的に、手にしていた細剣を突き付ける。

「君は最初に会った時から全く変わっていませんね。素晴らしい。ここへ来るまでにそれ相応の目に遭っているはずですが」

 黒スーツに包んだ細身、薄いレンズの眼鏡、不健康な白い肌に柔らかそうな銀髪、そして力の抜けるような笑い顔。

 甲高い音で凶人マガツビトが啼いている。

 恐ろしいほどの圧力が伝わってくる。

 が、オレはそれも関せず、身体の中に残った力を剣先に集中させる。

「そうですね、君の名前は……紅蓮グレンがいい。既に奪ったセンで焔を扱っているようです。きっと君はいい焔使いになる」

 紅蓮グレン

 好きでもない相手から、勝手に名を決められたというのに、オレはなぜかそれをすんなりと受け入れた。

 九条恭而という名に、未練はなかった。むしろ、新たな名をいただいた事で、ようやく緋檻へと迎え入れられた気がした。

「そうそう、センというのはですね……まあ、既に使った君にはもう分っているでしょう。今さら説明は要りませんね?」

「ああ、もちろんだ」

「では、君にもセンをあげましょう。きっと、君は強くなるでしょうから」

「いいのか? その力を手に入れれば、オレはオマエを殺すぞ?」

 まっすぐに剣を突き付けてそう言うと、凶人の主はにこにこと笑った。

「ええ、大丈夫です。僕、こう見えても結構強いですから」

「言ってろ」

 虚勢を張っているが、腹に穴が開いたままで出血も激しく、もはや体力は限界だ。

 剣を突き付ける手はとうにふるえていた。

 それもすべて分っているだろうに、凶人の主は相変わらず笑っていた。

「では、与えましょう」

 主は、笑顔のままに大鎌を振りまわした。

 剣を持つ手が震える。

 もう限界だ。

「受け取りなさい。主からの施しです」

 まるで、珀葵で神から様々なモノが与えられていたように、この緋檻では主がすべて。主は配下に様々、与える。

 武器も防具も、チカラでさえも。

 凶人からオレの中に熱い何かが流れ込んできた。

 塞がりきっていなかった腹の傷がみるみる治っていく。痺れていた手足が軽くなる。剣を持つ手にも力が入ってくる。


 しかし、そのチカラを得た瞬間にオレは悟ってしまった。

 オレは、この男に決して敵わない。

 禍々しいほど濃い密度のセンがヤツを取り巻いている。凶人はそのエネルギーにさらされてなお一層黒々と輝き、部屋全体を威圧せんと圧してくる。

 背筋が凍るほどの凄まじい力に、思わず突き付けていた剣先をアルジから外した。

 剣を鞘におさめ、それでもオレは睨みつける。

 相変わらずにこにこと、何を考えているかわからない笑顔の裏に、とんでもない力を隠し持ってやがる。

「ご理解いただけましたか、紅蓮グレン。こう見えても僕は結構強いんです」

「……ああ、分かった。今のオレじゃどう頑張ったって勝てないってことが」

 悔しい。

 もうすぐ届く距離にいるというのに、まったく届かない世界にいやがる。

――奪い取れ。

 額が熱い。

 おそらくオレの額にも、あの獣女や鷹爪ヨウソウ鷲牙シュウガと同じように凶人の刻印が記されているんだろう。

「きっと次の戦には君を呼びますよ、紅蓮グレン

「ああ……願ってもない……」

「だから、それまではおとなしくしていてください。僕はどうやら君の事が気に入ったようですから」

 額を抑えながら、ヤツを睨みつけながら。

 オレは、煮えたぎる感情を必死に抑え込んでいた。


 凶人を一振り、その場から消え去った主の代わりに、上から鷲牙シュウガが降りてきた。

「理解出来るであろう。凶人マガツビトがいかに特殊な刻鍵であるかという事が」

 凶人マガツビトの契約条件は主に殺意を抱く事。

 叉姫は、アルジに反逆した瞬間、兵士が終焉を迎えると言っていた。とすれば、剣を向けたオレはとっくに死んでいてもおかしくない。

「要するに、殺意を向けることは、凶人にとって反逆ではないということだな」

「そうなのである。だから凶人の主は、最も強く在ることが求められるのである。狙われる事も多く、狙う輩も多いのである」

「オマエも鷹爪ヨウソウも、その一人なんだろう?」

紅蓮グレン、キサマもな」

 鷲牙シュウガはにぃ、と笑った。

 知らず、オレも笑い返していた。

 職務怠慢な導き手のおかげでずいぶん苦労したが、ここからが始まりだ。

 奪って、奪って、奪い尽くせ。

 それがここの絶対規則ルール


 生き残って、刻鍵を奪い取り、すべてを支配してやろう。

 それが、オレの存在理由だ。




 アルジと会うための場所だ、と鷲牙シュウガが言ったあのり硝子張りの部屋は、城の最上階。

 あの部屋が主のモノである以外にこの城の所有者はいないらしく、居場所に関しては勝手に自分で選べばいいらしい。この城の外に広がる荒野に住む兵士もいるという。

 オレが獣女に囚われていたのも城のどこからしいが、もはやそれがどこか分からない。

 そこからオレを連れ出した鷹爪と鷲牙も特に思い入れはないらしく、いつも適当に出入りして適当に暮らしているらしい。オレを見つけたのもたまたまだと言った。

 それが幸運か不幸かまだ判別は付かないが。特に当てもなく城の中をうろうろ彷徨うオレにその二人がついてきているところを見ると、殺意ではない興味を抱いているらしかった。

 しかし、主の部屋をでてからほんの数刻後。

 どうやら神のいない緋檻では、オレの体力回復を待つとかいう発想のあるヤツがいないらしい。

 額に穿たれた紋章が急に熱くなったかと思うと、頭の中にアルジの声が響き渡った。

イクサを始めます」

 何だと?!

 すると、オレの左右を固めるようにしていた鷹爪ヨウソウ鷲牙シュウガが嬉しそうに笑った。

イクサだ」

イクサである」

 探検もここまでだ。

 戦がこれほど早く始まるのなら、どこか適当に見繕って休んでおけばよかった。

 耳の奥がきぃんと貫かれるような感覚があって、隣にいるはずの鷹爪ヨウソウの姿が霞んだ。

 あの地下から抜け出した時と同じ感覚だ。

 おそらく、この場所から、チカラで強制的に飛ばされる(・・・・・)

 思わず腰に差した剣の柄を握り締めていた。

 目の前の景色が薄らぐ。

 代わりに、少しずつ別の空間が現れた。

 最初に反応したのは嗅覚だ。

 焦げ臭い。

 獣女を焼いた時と同じ匂いがする。

 そして、血の匂い。

 空気が変わった。

「戦だ」

「戦である」

 狂気を隠しきれない鷹爪ヨウソウ鷲牙シュウガは、隣にいた。

 しかし、その姿は先程までと全く違う。

 翼は二倍ほどに膨れ上がり、服で隠されていた猛禽の爪があらわになる。顔の刺青は腕にまで広がり、裂けた口からは長い犬歯が飛び出した。

「はははは! 戦だ!」

「ひひひひ! 戦である!」

 狂戦士パーサーカーと化した二人にオノノく間もなく、近くで次々と歓喜の声が上がった。

 鷹爪らのような有翼人、額に角を持つ者、半分獣の姿をしている者、重苦しい装備に身を包んだ人間など、その姿は様々だ。

 しかし、求める処はみな同じ、敵の殲滅。

 最初に見た荒野に最もよく似た光景――何もない、つるりとした床面が広がる場所だった。素材が全く分からない。ただ、黒くも見えるし白くも見える、不思議なモノが足元を覆い、天は真紅に染まっていた。

 何者かの強大な気配にはっと振り向くと、そこには、凶人マガツビトを手にした主の姿があった。

 椅子のような形をした、床と同じ素材の何かに腰掛け、オレたち兵士を見下ろしていた。

 主は微笑ワラった。

 口が裂けそうなほどに歪め、内に秘めていた狂気を隠すことなくサラけ出して。

「敵を倒しなさい。殺しなさい。叩き潰して、切り刻んで、捻り消して、完膚なきまでに奪いなさい」


 ウバい合いが始まる。

 コロし合いが始まる。



――鬨の声が、あがる。




ここで九条恭而編の前半終了です。




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