CASE 03 伊折飛々樹 SECT.6 疑念
月髪との戦闘を終えてから、ボクはずっとぐるぐると考えていた。
頭を使う事なんて普段ないものだから、考えたって考えがまとまるはずも、答えが出るはずもなかった。
キモチワルイ。
考え続けること、答えが出ないことは、とにかく気持ち悪かった。
「ボクは……」
伊折飛々樹。
鋼皇の斉天大聖。
人間。
ただ敵を倒すだけの駒。
ただ前に進む人形。何度壊されても、命を失くしても――
あれはヒトなのか?
じゃあ、ヒトって何だ?
ボクは……人間なのか……?
「何だよ……!」
糸で操られる傀儡とボクはいったい何が違うというんだろう?
足が自然に主の部屋に向かっていた。
とにかくコージに聞いてみようと思った。コージは絶対に答えを間違えないから。
あれ、でもコージに聞いていいのか? ボクがコージの人形なのかって、聞いたらコージはいったいなんて答えるんだ?
殴っても殴っても進んでくる兵士たち。
きもちわるい。
ボクはいったい、何なんだろう?
「おい、飛々樹。先程からそこで何をしている?」
ガシンの声ではっとした。
どうやらボクはずっとコージの部屋の入口でぐるぐる回っていたようだ。
「主に相談? そんな事で主の手を煩わすな。私で十分だ」
不機嫌そうに、ガシンは言った。
少し迷ったけれど、ガシンはボクが嫉妬するほどコージと一緒にいるし、信頼されている参謀だ。
ボクは正直に話してみる事にした。
ガシンの顔はとても怖い。
それは本人のせいじゃないと分かっているし、ボクもずいぶん慣れたと思ったんだけれど、今回ばかりは勘弁してほしかった。
座ってもずいぶん見上げる位置にあるガシンの鈍色の顔を一瞥し、ボクはため息をついた。
「あのさ、ボクはあんまりしゃべるの得意じゃないからうまく伝えられるか分かんないんだけどさ」
「そんな事は分かっている」
うう、そんなきつい言い方しなくてもいいじゃないか。
ボクは自分の中のもやもやした感情を、少しずつ縒り合せていった。
「この間、月髪と戦ったじゃん。あの時さ、実はボク、すげぇ怖かったんだ。あいつら壊しても壊しても向かってきて……これまでは人間と戦って、人間を殺してる気がしてたのに、初めて駒が人間じゃないように思えたんだ」
「人間ではないモノを破壊して恐怖した? どういうことだ?」
「だって、ボクがこれまで人間だと信じてたものが人間じゃないかもしれないんだぜ? 殺してると思った相手をずっと壊してたかもしれないって思ったら怖かった」
それを聞いたガシンは、怖い顔をますます凶悪面にしてぼそりと言った。
「正直、私にはお前が人間を殺している方がマシだという感情は分からん。相手が人間であるからこそ人を殺める事に悩むのなら分かるが」
「何言ってんだ? 相手も人間だから殺し合うんだろ? 殺さなきゃ殺されるんだぜ? ボクだけじゃなくコージまで」
眉を寄せたガシンは、ため息とともに呟いた。
「これが緋檻適合者と珀葵適合者の違いであると言うのか? 充たされた珀葵を当たり前と思う者とそれを疎ましく思う者と……だとすれば、私の感覚は緋檻の感覚だという事になるのか……? 珀葵が匣艇だというのなら、神はいったいどのような人間を欲しているのだ……?」
長い台詞に、途中から全く意味が分からなくなっていた。
「は? どういう意味だ?」
「分からずともよい」
険しい顔をしたガシンは、首を横に振った。
「続けろ、飛々樹」
「あ、ああ」
言われて、考えながら再び言葉を紡ぎ始めた。
「そう考えたらさ、ボクっていったい何なんだろうと思って」
「どういう意味だ?」
「月髪の駒が人間じゃないみたいだっていうんだったら、コージの言う事を聞いて、コージの為だけに戦うボクまで、人間じゃないみたいだな、と思って……」
そう言うと、ガシンはますます眉を寄せた。
「だって、ボクに出来る事は戦う事だけで、でもそんなの駒がいっぱいいたら代わりになるじゃないか。だったらボクは」
「それは違う」
ガシンはきっぱりと言い切った。
「主はお前の事を必要としている。今はまだ、使うべき時ではないだけだ」
「だってボクなんていなくてもコージは強いよ。コージ一人だって、どんな刻鍵の主にも負けやしない。だってコージはボクにしかできない事なんて頼んだ事ない」
そう言うと、ガシンは寄せていた眉を吊り上げた。
「馬鹿な事を言うな。あれが主の本気だとでも思っているのか?」
「だって」
口答えしようとすると、あの怖い顔でボクを睨みつけた。
「雑魚共相手に切り札を使うとでも? 飛々樹、貴様が真にそう思っているとしたら、今すぐに考えを改めろ」
厳しい言葉だった。
「貴様を使わぬのは、まだ使うまでの敵に出会っていないだけだ。主は、貴様を非常に信頼している。それは戦闘能力の事だけではない」
「戦う以外、ボクに何が出来るって言うんだよ……わかんねー……っ」
ボクはずっとコージの盾だった。
それは、ここへ来てからも変わっていないし、それで満足していた。
でも――
「一回でいいから、ここから逃げてぇよ。コージの傍から離れてみたいんだ……」
「ふざけるな。貴様がこれまで主の何を見てきたが知らんが、鋼皇から逃亡する事だけは許さん。これは私の為ではない、貴様の為に忠告する。鋼皇から抜ければ、確実に貴様は世界の理に反して死ぬ」
死ぬ。
ガシンの言葉が、そこだけ何度も頭の中で響き渡った。
もうガシンの顔が見られなかった。
「貴様のように、緋檻へと堕ちる素養のなかった者は時に自ら命を絶つという。しかし、主は決してそれを望んではおらん」
頭の上から声が降ってくる。
そうだ、ボクとガシンの身長差はコージが『半分しかないように見えるな』というほどに絶望的なのだ。
「もし貴様が主に全く未練などないのならそのまま死ね。だが、少しでも思うなら……踏み留まれ」
強い語気の奥にある感情を読むなんて高等技術はボクになかった。
だからガシンが去るまでずっとうつむいて胸の内の苦しさと一人で格闘していた。
それ以上ガシンに相談も出来ず、もちろんコージに何か尋ねる事も出来ず、ボクはその感情を心の奥底へと押しやった。