CASE 03 伊折飛々樹 SECT.5 不安
戦場に、鋼皇軍と月髪軍が対峙した。
「で? ガシン、今回の作戦は?」
「ない」
「……はぁ?」
「ない、のだ。やつらは死ぬまで向かってくる、下手をすれば死んでもいくらかは動くという死霊の軍団だという。確実に一つずつ停止させていくより他に方法はあるまい」
ガシンはきっぱりと言った。
隣でコージはため息をついた。
「まさかここで月髪が仕掛けてくるとは……飛々樹には最初に月髪へ行って欲しかったんだがな」
「でも、叩き潰すんだろ?」
「当たり前だ。飛々樹、お前は一人で突っ込んで暴れて来い。そうしたら敵はお前の方に駒を集めるだろう。ガシン、そうなったら周囲を固めて一つずつ駒を破壊しろ」
「御意」
「確実に一つずつを潰していけ。絶対に油断するな。いつ起き上がって動き出すか分からない。『死霊軍団』と呼ばれるのがなぜか、よく考えろ」
コージがそこまで一気に指示を出すと、珍しく椅子から立ち上がった。
「あれ? 今日はコージも参加するのか?」
「ああ、たまには鋼皇を充電しないとな」
そう言いながらコージはばさりと天鵞絨のマントを脱ぎ、頭の王冠を外した。
「いいけど、あんまり危ない所に行くなよ?」
「分かってる」
コージはいつも軍の後ろに控えているだけであまり戦わない。
それは、断じてコージが弱いというわけではない。まあ、単純戦闘ならさすがにボクが勝つだろうし、単純な腕力でいえば人間であるコージは一角鬼のガシンに勝てはしない。
しかし、コージは頭がいい。そして勘がいい。
仙を交えた戦闘能力でいえば、コージは一角鬼のガシンをも凌駕していた。
鋼皇の能力が、受けた衝撃の分、硬度と攻撃力に加算されるという特殊なものであるため、コージはたまにこうして戦場に出るのだった。
「飛々樹、お前が引きつけてくれれば俺も戦いやすいんだが」
「分かってる。せいぜい敵の真ん中で暴れてくるよ」
「頼むぜ、俺の『斉天大聖』」
いつもの呼び名で締めくくって、コージは進軍を告げた。
コージの号令を聞くや否や、ボクは軍の誰より先に飛び出した。
真正面から進んでくるのは、一糸乱れぬ行進を見せる月髪軍だ。がちゃがちゃと鳴る鎧の音が一定の間隔で響いている。まるでそれは酔いそうなリズムの音楽のようで。
一瞬視界がぐらついた。
危ない。
ボクは頭を振って気を引き締める――油断するなってコージに言われたばかりじゃないか。
額に刻まれた鋼皇の紋章に手を当て、心を落ち着ける。
「さあ、来い」
表情のない、動きもぎこちない月髪の駒が、がしゃがしゃと鎧の音を立てながら進軍してくる。
その中でも、最も不可思議な動きをしている駒に狙いを定め、棍を振り下ろした。
がしゃあん、と鎧の砕ける音。
衝撃は多少減ったが、棍が確実に敵の脳天を捉えた。
頭蓋骨の形が変形し、脳髄が飛び散った。
「1人目っ!」
返しざま、隣の駒を突き刺した。
「2人目っ」
確実に腹部分を貫通した怪我は致命傷。多少ながらえる事はあれど、もはや動けないほどの怪我のはずだった。
しかし。
腹を貫かれた駒は、一瞬立ち止まっただけですぐに進軍を開始した。
人間らしからぬその動きに、全身の血がざぁっとひいた。
反射的に棍を引き抜き、再び、今度は頭を狙って突きを繰り出した。
ごしゃ、と手に感触が伝わり、頭蓋が割れる。
一瞬ふらついたその駒は、ゆらぁりと体勢を整え、再びボクの方へと歩み寄ってきた。
「ひっ……」
思わず、喉の奥から抑えた悲鳴が漏れた。
死霊軍団、と言ったコージの言葉が蘇った。
全身が総毛立つ。
叩き潰せ。完膚なきまでに叩き潰せ。
真っ赤な血をまき散らしながらも一歩一歩ボクに向かって近づいてくる死霊軍団を見て、ボクの中で何かが切れた。
「ぁぁああああ!」
はちゃめちゃに武器を振り回した。
とても人間を倒す時の動きではない。
藪の中で、木々を次々切り倒していくような、すべてをなぎ払う動きに似ていた。
もちろん一人一人の力は話にならない。
しかし、倒しても倒しても迫ってくる相手がこれだけの数、周囲を取り囲んだとなるとその疲労は身体的なものだけではない。
人間の形状を残さぬほどに破壊し、踏みにじり、完膚なきまでに叩き潰していく。
永久とも思える時間だった。
「……飛々樹!」
気付けば、完全に崩れ落ちた月髪の駒に向かって只管に棍を振り下ろしていた。
「飛々樹、終戦だ」
「……コージ」
息が切れていた。
戦闘で息を切らしたのはいつ以来だろう。
「月髪は墜ちた」
はっとして見渡すと、戦場に立っているのは自軍の兵士ばかりだった。
「お前のおかげだ、飛々樹。ずいぶん暴れたみたいだな」
ボクは自分の足元を見て驚いた。
気付かぬうち、足元は床の見えぬほどの死体で埋め尽くされていたのだった。
息切れがおさまらない。
「コージ……あれ、人間だったのか……?」
「ああ、人間だよ。階序五柱の刻鍵『月髪』に絡め取られ、操られていた人間だ」
「人間、なんだ……」
ボクがそう言って俯いたからだろう。
コージは首を傾げて覗きこんだ。
「どうした?」
全身を支配した恐怖を口に出そうとして、言葉に出来ない事に気づいた。
「……何でもない」
コージが笑ったのを見て、少しだけ呼吸が落ち着いてきた。
でもきっとコージには、ボクの動揺も恐怖も、何もかもお見通しなんだろうけど。
ボクの心の片隅に疑念がわいていた。
もし、壊されても壊されても主の為に戦い続けるあの傀儡たちが本当に人間だというのなら。
ボクは、コージの為だけに戦い続けるボクは、もしかしたら人間から逸脱してきているのかもしれない、と――