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戦神楽  作者: 早村友裕
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CASE 03 伊折飛々樹 SECT.2 回想

 戦にはいつも通り大勝利。

 敵軍の『仙』と戦利品とを奪いきって、ボクらは凱旋した。


 しかし、帰るなり、コージとガシンは部屋に籠って何やら画策しはじめた。こうなると頭脳戦には慣れていないボクだけは除け者になる。

 冷静な印象のコージ、鋼の身体を持つ一角鬼のガシン、そしてボク。

 単純に3人並べば、戦闘を担当するのはガシンの方に見えるだろう。丈夫な皮膚と腕力、そして大きな体をした一角鬼のガシンは実際、強い。その辺の雑兵では相手にならないだろう。

 しかしながら現実は、参謀役をガシンが務め、ボクは数十人分の戦力として換算される単騎兵として大将の護衛を担当しているのだった。

 意地悪な親友には「ガシンの半分くらいしかないんじゃないか」と言われてしまう身長がコンプレックスだけれども、多人数相手の単純戦闘は鋼皇の配下で他の誰にも負けない。もちろんガシンにも負けたことはない。得意なのは棒術、槍術、長刀。もちろん剣術も使えるし、格闘系も大得意だけれど、体格が小柄な分、不利になる事も多い。

 だから、いつだったかどこかの軍と戦った時に敵兵から奪ったこの棍を主な武器としていた。

 その軍は武器・防具の精製に特化した文化を有しており、この棍も、非常に軽いが丈夫で、攻撃力も高かった。

 これは、鋼皇の土地にはない技術だった。

 欲しいモノは奪って手に入れるのが絶対規則ルールであるこの緋檻において、戦で奪えるのは仙だけではない。

 駒、武器、防具、情報。

 何もかもが戦場でやり取りされていた。

 ゲームにはルールが必要だ、と言ったのは懐かしい珀葵の物語に出てきた登場人物だっただろうか。

「ま、難しい事は全部、あの二人に任せとけばいいや」

 城にいても退屈なだけなので、街へと繰り出すことにした。



 城の門から出ると、眼下に鋼皇コウオウの大地が広がる。

 戦場以外での諍いは世界に認められていないので、この土地に侵略者が来るはずはないのだが、鋼皇コウオウの領地はコージの趣味で、攻め落としにくい盆地に近い地形になっていた。

 四方を、高くはないが草木が鬱蒼と生い茂る山に囲まれている。

 城はその山の中腹にあり、街は盆地の底に小ぢんまりといくつか転々としているが見える。その間を埋めるのはのどかな農地と草原だった。

 山ばっかりで淋しいからそのうち広い海でも作ろうか、とコージが言っていたのは前の戦の時だったか。

 アイツなら本気で創りかねない。

 この門からすぐのところには城下町も広がっていた。

 珀葵にいた時は物語の中の世界だったファンタジーが、ここでは具現化されている。

 灰色の石畳が敷き詰められた街道を歩けば、セピアな屋根色の家が並ぶ。兵士たちが戦以外の時に暮らす家だ。

 そこを通り過ぎると、武器や防具の工房が立ち並ぶ。

 カンカン、とトンカチの音が鳴り響くのが心地よい。

 工房が軒を連ねる職人街道を通り抜ければ、街の広場に辿り着く。

 広場では、ボクより少し年下の兵士が剣の稽古をしていた。

「飛々樹さん」

 彼らはボクに気づいて手を止めた。

 10代前半の少年が多いのに、ほとんど自分と目線が同じ高さなのが少々気に食わない。

「よ、元気にしてっか?」

「また戦で勝ったそうですね。大活躍だったって、飛鳥さんが言ってましたよ。すごいなあ。おれも早く戦場に行きたい」

「おう、がんばれよ」

 後輩たちを激励し、剣の稽古に混ぜてもらう。

 簡単に指導しながら全員を見て回ったところで、一息ついた。

 ふっと見上げた空は、あの日と同じ色。

 コージとボクが緋檻へとやってきたあの日の珀葵と――







 ボクとコージはいわゆる、幼馴染だった。

 向かいの家で、同じ年齢で、同じ小学校に通って、同じ中学校に通った。

 そして、ボクはコージを追いかけて同じ高校へと進学した。

 アイツはいつでも、何でも出来た。勉強、スポーツ、人当たりも良く、いつだって人の輪の真ん中にいた。大人がみんな驚くほどに機転が利いて、みんなが考えつかなかったようなアイディアを出して、信じられない行動力で周囲の人間を引っ張っていった。

 いつか世界をも手にするんじゃないかと、隣にいるボクなんかはずっと思っていたくらいだ。

 ボクがアイツに勝てるのなんて、持って生まれた運動神経くらいのものだ。酷く目立つアイツはたまに喧嘩を売られたりとかしていたけれど、それをいつも収拾付けるのはボクの役目だった。もちろんコージ本人もかなり強いのだけれど、喧嘩なんかしたら印象が悪くなってしまうから。

 いつの間にかボクには喧嘩好きのやんちゃ坊主、コージにはその悪ガキに手綱をつけるる保護者、という印象がついてしまっていたようだ。まるで古い物語の中で、暴れ者のサルを岩山に閉じ込めたり、金冠をつけて制御したりしたお釈迦様。

 ボクはコージの言う事だけは必ず守っていた。コージは絶対に間違わないから。

 神は不足なく珀葵の民に施しを与えると言うけれども、コージはその施しを受けすぎたんじゃないかと思う。

 それなのに、アイツはよく学校の屋上で、天の支持塔を見据えながらこんなことを言っていた。

「飛々樹」

「何だよ、コージ」

 そんな時、決まってボクは隣にいて、支持塔を視界から外して青空だけを見つめていた。

 何もない珀葵の青空は、見ていると吸い込まれてそのまま溶けて消えてしまうような感覚になるから好きだった。

 自分の体も心も全部、無に向かって吸い込まれていく。

 消えたい願望があるわけじゃないが、この世に未練も特にない。

 ただ、隣にいるコージがどこまでいけるのかを知りたかった。

「何かが邪魔だと思わないか? この世界にはさ。何かこう……いつも消化不良でも起こしそうな感じがする」

「邪魔? 何が?」

「それが分かったら苦労しないさ」

「ホントか? コージにも分からない事があるんだな」

 そう言うと、親友は笑う。

「ああ、そうだな。その事については、神も教えてはくれないらしい。ま、教えて貰わなくても自分で考えるよ」

「そうだな。コージならなんでも出来るもんな。世界を滅ぼすことだって出来るんじゃねえの?」

 コージはそれを聞いてぽつりと言った。

「……その滅ぶ世界はお前だけのモノだよ」

「は? どういう意味だ?」

「俺がどうにかなったところで何か思ってくれるのはお前だけだってことさ。気にしなくていいよ」

「……コージ、オマエはたまに意味の分からない事を言うんだな」

 首をかしげても、コージは笑うばかりだ。

「分からなくていい。お前の能力は難しい事を考える処じゃない、もっと別の処にあるんだから」

 肩を竦めた親友は、ボクの頭にぽん、と手を置いて笑う。

「期待してるよ、俺の『斉天大聖』」

 そんな時のコージの目はものすごく遠くを見ていて、いつかここからいなくなってしまうのではないかという不安にかられてしまうのだ。

 だから、混沌から迎えが来たときだって――遅かったな、なんて思ってしまったんだ。


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