CASE 02 清玄寺沙羅 epilogue
目の前の映像が薄れていく。
戒離は月髪よりも先にグレンに命を奪われた。
私の手元には、まだ力を失っていない月髪がある。
「サラ、だいじょうぶ?!」
ヒナタの声ではっと我に返ると、私の手からはおびただしい量の血が流れ出していた。両目からも留まる事のない涙があふれ出していて、視界が滲んでいた。
戒離は、私の月髪で死ぬ事はなかった。
「大丈夫よ、ヒナタ。ありがとう」
仙を集中して指先の傷を癒し、月髪を回収した。
しゅるしゅる、と私の意のままに動く月髪が、今はなぜかとても空しい。
あの瞬間、私の手で戒離を殺害し、そして私も命を失うだろうと悟ったあの瞬間こそ、何もかもが充たされていた。
それなのに、グレンの一撃によって戒離が殺され、私は力を失わず、ここにいる。
渡さない。
誰にも渡さないわ。
たとえそれが、彼の大好きだった紅蓮だとしても。
「分かっているの。紅蓮を殺したって、戒離は私の物にならないって」
ふわふわと私の周囲を飛び回っていたヒナタは、それを聞いて、とん、と床に降りてかわいらしく首をかしげた。
「どうしたの、サラ?」
「それでも、私は諦められないのよ」
戒離の言った通り、グレンとヨウソウとシュウガを有する凶人の軍勢を相手に、私の月髪軍では勝てないだろう。
それでも、私の心は決まっていた。
「ヒナタ、貴方はカナイが好きだったのよね」
「うん」
「じゃあ、私の事は好きかしら?」
そう聞くと、素直なヒナタは羽をぱたぱたとさせながら一生懸命主張した。
「大好きだよ! ヒナタは、サラが好き!」
「それじゃあ、貴方はここへ置いていくわ。戦に負けて私が死んでも、いつか悲しかったと思い出して」
ぎゅっと小さな天使を抱きしめて、金色の髪を撫でた。
「サラ、さっきからちょっとだけヘンだよ?」
不思議そうなヒナタの声。
純粋なヒナタの声。
「でも、サラは今日も、キレイだ」
「……ありがとう、ヒナタ」
さあ、戦を申し込もう。
勝てない戦いだと分かってはいても。
どうしても、最期に手に入れたいモノを知ってしまったから。
鬨の声が上がる。
遠く、戦の音がする。
ここは緋檻、すべての業が渦巻く場所――
次から、伊折飛々樹編です。