忘年会で使った牛の被り物が取れなくなった瀧川課長
丑年ということもあり、私は流行に乗ることにした。
「牛之助、参上!」
メタボリックボディも何のその。忘年会の余興は実に盛り上がり、私は久々に満ち足りた気分で酒を飲んだ。やはり飲み会はこうでなくては。
「二次会行く人いるー?」
1次会の居酒屋を出ると、少し寒気がした。流石にと思い上着だけは着る。
「いつまで牛被ってるんすかー?」
「いや、結構気に入ってな~」
二次会はオシャレ組とオッサン組に別れたので、我々オッサン組は少々大人のお店へと向かった。
大人の女性がお酒の相手をしてくれる、ちょっとした楽園だ。
「いらっしゃいませ~♡ 何名様でしょうか~?」
「三人と、牛一頭!」
「あらやだ可愛い~♪」
やたら胸を露出した女が、私に擦り寄ってきた。
私には妻子がいる。控えめに言ってたまらん!!
「皆さん焼酎で良いですか~?」
「はーい」
「ういっす」
「ええ」
「ブモー」
「やだ可愛い~♡」
既に酒の入っている女が、私の膝をスリスリした。
私には妻子がいる。ハッキリ言って心地よい!!
牛の被り物が功を奏し、二次会も非常に気分が良い。これだといくら胸を見ようが周りからは気付かれない。実に良く出来たステルスシステムだ。
「ちょいとトイレ……と」
流石にコケると困るので、トイレでは被り物を外す。
「あ、お疲れさまです」
「ええ」
ついクセで咄嗟に挨拶が出てしまう。
「あ、そうだ。これ被ってみません? 皆ビックリしますよ?」
「そうかな? では」
瀧川課長が席に戻るのを、遠くからコッソリと見守った。皆気が付くだろうか?
「重原、課長は?」
課長がトイレの方を指差した。
「ったく歳のせいか課長もトイレ長いねぇ。説教も長いしウンコも長い。最悪だよ」
同期の下柳が地雷を踏んだ。さらば友よ。
──プルルルル
ヤバ、取引先から電話だ。
「はい、重原です。あ、お世話になっております! 今年もお世話になりましたぁ!」
仕方なく電話対応を急ぎ、早めに切り上げる。
電話が終わり席に戻る頃には課長は寝入っていて、同期の下柳達が悪ふざけでマスクの隙間に自社製品の接着剤を流し込んでいた。
「お、おい……!!」
「ん? あれ? 重原ぁ?」
皆酔っていて、すぐには気が付かなかったが、やがて事の重大さに気がつき始め、酔いは一気に冷めていった。
「やあ、明けましておめでとう。今年も色々と宜しくね」
年始め、牛の被り物が取れないまま出社した瀧川課長は、何処か人が違ったかのように明るかった。
「課長、家に入れて貰えなくて、ネカフェで年末年始過ごしたみたいだぞ。SNSに牛男の話が上がってた」
「どーすんだよあれ、課長が可哀想だろ?」
「いいんだ、僕のことなら別にこれで。皆が幸せならそれでいいんだ……」
牛の被り物から流れる雫には、酷く哀愁が立ちこめていた。