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ぱたり、とディナが絵本を閉じて机に置いた。短い絵本とはいっても、何か思うところがあったのだろう、二度三度と読み返していたようで三十分以上が経過していた。読み終わったことに気が付いたリオが淹れなおしましょうか、と言って立ち上がり奥の部屋に消えていった。その途中でフォルト教授の肩を軽くゆすり、夢の世界から戻すことも忘れずに。
リオが新たな紅茶を三杯手にして、ことりと二人の前に置いてから再び椅子に座る。湯気が立っているカップは二つ、フォルト教授の前には程よく冷められた紅茶が置かれていた。
ありがとうございます、と口にしてからディナが紅茶を一口飲み一息をつく。少し眠たげな眼のままで教授がディナに問いかけた。
「読んだ感想はどうかな。表情を見る限り、何かしら思うところがあったようだがね」
「そう、ですね。いくら異形の、蛙るの姿だと言っても、望みを叶えると一度約束したのならば、王女さまは責任を持つべきだと思いました。でも、この童話のどこが相談内容と関係しているんですか?教授が初めに仰っていた蛙化現象ともかけ離れているように思います」
ディナが読んだ童話はありきたりな恋愛話だ。王女と王子が恋に落ちて最終的に結ばれる。珍しいことと言えば、ディナが言っていたように、王子が魔女に魔法をかけられて蛙の姿になってしまうことだろうか。王女は蛙に助けられ、その対価として寝食を共にすると約束するが、いざ就寝するとなるとあまりの嫌悪感に王子を壁に投げつけてしまった。その衝撃で魔法は解け、王女と王子は結ばれる。
「いいや、蛙化現象のもととなった童話で間違いないよ。確かに、少しばかり異なる内容に思うかもしれない。しかし、人の心はかくも移ろいやすい、という点がよく似ているとも思わないかね」
そう言われると、と納得しかけているディナに、リオがはぁ、と一つため息を吐いてから言葉を付け足す。
「教授、また言葉が足りてませんよ。サラブレードさんが気にしていることは、相談内容とどう関係しているのか。説明が足りないから、何を考えているのか分からない!っていつもいつも皆さんに飽きられるんです」
「分かってほしい人に分かってもらえたら、私はそれでいいさ。さて、蛙化現象とどう関係しているのか、だね。それは、」
童話自体は君が読んだ通りだ。蛙化現象と童話の繫がりも先ほど言った通り。君の相談内容は、恋人が自分を見る目が恐ろしい。そして、恋人のことが好きだということにも関わらず嫌悪感や恐怖心を抱き始めている自分が許せない、と。
蛙化現象の発症条件はもう話しただろう、片思い相手が振り向いた時だね。症状としては、相手と思いが通じ合った瞬間に興味を失ったり、生理的な嫌悪感を抱いてしまったりと様々だ。心理的な現象であるゆえに原因ははっきりとしていないが、片思い中の過度な相手への憧れが挙げられる。恋は盲目、とも言えるからね、相手の欠点なんてあって無いようなものさ。そして、憧れから理想的な恋人像を創造し、いざ恋人として近づいた瞬間に理想と現実の格差に落胆する。これが蛙化現象だ。
ディナくんたちも付き合い始めたばかりだと言っていたね。聞けば、君の長い長い片思いがようやく実ったのだろう?片思いをしていたのは君で、恐ろしい目で見つめてきたのは恋人だが、蛙化現象と似通った箇所は多い。案外、両片思い、とでも今は言うのかな、互いに思いを寄せていたということも考えられる。
ところで、初めから疑問に思っていたのだけれど、どうして恋人に問いたださなかったのだい?なぜ私をそのような目で見つめるのだ、と。
リオに説明が足りないと言われたからか、フォルト教授は流暢に話す。ディナに疑問を投げかけた後、少しばかり疲労を感じたのか冷めきった紅茶を口にする。猫舌の教授にとっては最適な温度だったようで、口元には笑みを浮かべていた。
「私も何度も聞こうとしました!直接会うのは少し怖かったから、手紙を通してですけど、どうして私を睨むのって。でも彼はいつも「君が気に病むことはない、俺の心の弱さが原因だ」と言って教えてくれないんです。彼一人の問題じゃないんだから、私にも教えてほしいのに…」
そう言いつつ、ディナが手紙を数通二人に差し出した。どれもこれも宛名書きにはThe one whom I love mostと書かれ、ディナを恐ろしい目で見つめてくるような恋人にはとうてい思えない。
ディナに確認を取ってから、フォルト教授とリオは手紙を読み始めた。ディナの言う通り、俺が弱いから、だとか酷い態度をとって済まない、しかし俺は君を愛しているだとかが数枚に渡って書かれているだけで睨む理由は書かれていない。似た者同士と言ったところだろうか。二人ともに自分を責める悪い癖があるようだ。
「すごいなぁ、これほどまでに情熱的な手紙は初めて見ますよ。きっと、サラブレードさんのことが本当に大好きなんですね。そう言えば、今更なんですけど恋人さんのお名前を教えてもらっても?」
リオが少しばかり羨ましそうな雰囲気でディナに訊ねる。手紙から伝わる甘い恋人関係にあてられたのか、頬がうっすらと紅潮していた。教授はと言うと、手紙というある種の物語に惹きつけられ、二人の会話など興味もない様子だった。
「あれ、言ってませんでしたか。彼の名前は、アルベルト・ギガンティーノです。お二人も名前は聞いたことがあるんじゃないですか?彼、武術に優れていて、先日の剣術大会でもあのショークス家の令息にも勝利したんです!」
ここ、トゥインクル王国は大陸の南部に位置し、王族であるトゥインクル家を中心に四大勢力が国の主体となっている。四大勢力とは言うものの、格の差は少なからずある。
序列一位は王族のトゥインクル家で、政治の一切を執り行う。名君と名高い国王に傾国の美女と呼ばれた王妃。そんな二人から誕生した第一王子と第一王女が現在、このフェリミナ大学の付属高等部に通っている。
序列二位はガルバン家で、建国当初から続く宰相の家系だ。代々王家に仕え、王位継承権を持つ王子と王女に側近として寄り添い、育つことを習わしとしている。その習わしに従い、第一王子と第一王女の側近を務める双子もまた、付属高等部に所属している。
序列三位はキール家。多くの研究者を輩出している家系で、大学の教授であったり研究所に所属している研究者だったりは大抵キール家と関わりがあることが多い。実際、フェリミナ大学の教授のうち、半数以上が多かれ少なかれキール家の血を受け継いでいることだろう。
ショークス家は武術、特に剣術に秀でている家系だ。序列こそ四位ではあるが、平和な世であるゆえに過度な武術が不必要とされつつあるだけで、世が世ならば王族に次ぐ権力を持っていたはずだ。
ぱたり、とディナが絵本を閉じて机に置いた。短い絵本とはいっても、何か思うところがあったのだろう、二度三度と読み返していたようで三十分以上が経過していた。読み終わったことに気が付いたリオが淹れなおしましょうか、と言って立ち上がり奥の部屋に消えていった。その途中でフォルト教授の肩を軽くゆすり、夢の世界から戻すことも忘れずに。
リオが新たな紅茶を三杯手にして、ことりと二人の前に置いてから再び椅子に座る。湯気が立っているカップは二つ、フォルト教授の前には程よく冷められた紅茶が置かれていた。
ありがとうございます、と口にしてからディナが紅茶を一口飲み一息をつく。少し眠たげな眼のままで教授がディナに問いかけた。
「読んだ感想はどうかな。表情を見る限り、何かしら思うところがあったようだがね」
「そう、ですね。いくら異形の、蛙るの姿だと言っても、望みを叶えると一度約束したのならば、王女さまは責任を持つべきだと思いました。でも、この童話のどこが相談内容と関係しているんですか?教授が初めに仰っていた蛙化現象ともかけ離れているように思います」
ディナが読んだ童話はありきたりな恋愛話だ。王女と王子が恋に落ちて最終的に結ばれる。珍しいことと言えば、ディナが言っていたように、王子が魔女に魔法をかけられて蛙の姿になってしまうことだろうか。王女は蛙に助けられ、その対価として寝食を共にすると約束するが、いざ就寝するとなるとあまりの嫌悪感に王子を壁に投げつけてしまった。その衝撃で魔法は解け、王女と王子は結ばれる。
「いいや、蛙化現象のもととなった童話で間違いないよ。確かに、少しばかり異なる内容に思うかもしれない。しかし、人の心はかくも移ろいやすい、という点がよく似ているとも思わないかね」
そう言われると、と納得しかけているディナに、リオがはぁ、と一つため息を吐いてから言葉を付け足す。
「教授、また言葉が足りてませんよ。サラブレードさんが気にしていることは、相談内容とどう関係しているのか。説明が足りないから、何を考えているのか分からない!っていつもいつも皆さんに飽きられるんです」
「分かってほしい人に分かってもらえたら、私はそれでいいさ。さて、蛙化現象とどう関係しているのか、だね。それは、」
童話自体は君が読んだ通りだ。蛙化現象と童話の繫がりも先ほど言った通り。君の相談内容は、恋人が自分を見る目が恐ろしい。そして、恋人のことが好きだということにも関わらず嫌悪感や恐怖心を抱き始めている自分が許せない、と。
蛙化現象の発症条件はもう話しただろう、片思い相手が振り向いた時だね。症状としては、相手と思いが通じ合った瞬間に興味を失ったり、生理的な嫌悪感を抱いてしまったりと様々だ。心理的な現象であるゆえに原因ははっきりとしていないが、片思い中の過度な相手への憧れが挙げられる。恋は盲目、とも言えるからね、相手の欠点なんてあって無いようなものさ。そして、憧れから理想的な恋人像を創造し、いざ恋人として近づいた瞬間に理想と現実の格差に落胆する。これが蛙化現象だ。
ディナくんたちも付き合い始めたばかりだと言っていたね。聞けば、君の長い長い片思いがようやく実ったのだろう?片思いをしていたのは君で、恐ろしい目で見つめてきたのは恋人だが、蛙化現象と似通った箇所は多い。案外両片思い、とでも今は言うのかな、互いに思いを寄せていたということも考えられる。
ところで、初めから疑問に思っていたのだけれど、どうして恋人に問いたださなかったのだい?なぜ私をそのような目で見つめるのだ、と。
リオに説明が足りないと言われたからか、フォルト教授は流暢に話す。ディナに疑問を投げかけた後、少しばかり疲労を感じたのか冷めきった紅茶を口にする。猫舌の教授にとっては最適な温度だったようで、口元には笑みを浮かべていた。
「私も何度も聞こうとしました!直接会うのは少し怖かったから、手紙を通してですけど、どうして私を睨むのって。でも彼はいつも「君が気に病むことはない、俺の心の弱さが原因だ」と言って教えてくれないんです。彼一人の問題じゃないんだから、私にも教えてほしいのに…」
そう言いつつ、ディナが手紙を数通二人に差し出した。どれもこれも宛名書きにはThe one whom I love mostと書かれ、ディナを恐ろしい目で見つめてくるような恋人にはとうてい思えない。
ディナに確認を取ってから、フォルト教授とリオは手紙を読み始めた。ディナの言う通り、俺が弱いから、だとか酷い態度をとって済まない、しかし俺は君を愛しているだとかが数枚に渡って書かれているだけで睨む理由は書かれていない。似た者同士と言ったところだろうか。二人ともに自分を責める悪い癖があるようだ。
「すごいなぁ、これほどまでに情熱的な手紙は初めて見ますよ。きっと、サラブレードさんのことが本当に大好きなんですね。そう言えば、今更なんですけど恋人さんのお名前を教えてもらっても?」
リオが少しばかり羨ましそうな雰囲気でディナに訊ねる。手紙から伝わる甘い恋人関係にあてられたのか、頬がうっすらと紅潮していた。教授はと言うと、手紙というある種の物語に惹きつけられ、二人の会話など興味もない様子だった。
「あれ、言ってませんでしたか。彼の名前は、アルベルト・ギガンティーノです。お二人も名前は聞いたことがあるんじゃないですか?彼、武術に優れていて、先日の剣術大会でもあのショークス家の令息にも勝利したんです!」
ここ、トゥインクル王国は大陸の南部に位置し、王族であるトゥインクル家を中心に四大勢力が国の主体となっている。四大勢力とは言うものの、格の差は少なからずある。
序列一位は王族のトゥインクル家で、政治の一切を執り行う。名君と名高い国王に傾国の美女と呼ばれた王妃。そんな二人から誕生した第一王子と第一王女が現在、このフェリミナ大学の付属高等部に通っている。
序列二位はガルバン家で、建国当初から続く宰相の家系だ。代々王家に仕え、王位継承権を持つ王子と王女に側近として寄り添い、育つことを習わしとしている。その習わしに従い、第一王子と第一王女の側近を務める双子もまた、付属高等部に所属している。
序列三位はキール家。多くの研究者を輩出している家系で、大学の教授であったり研究所に所属している研究者だったりは大抵キール家と関わりがあることが多い。実際、フェリミナ大学の教授のうち、半数以上が多かれ少なかれキール家の血を受け継いでいることだろう。
ショークス家は武術、特に剣術に秀でている家系だ。序列こそ四位ではあるが、平和な世であるゆえに過度な武術が不必要とされつつあるだけで、世が世ならば王族に次ぐ権力を持っていたはずだ。
それほどまでに武術に優れているショークス家の息子に勝つとは、ディナの恋人であるアルベルト・ギガンティーノはいったい何者なのだろう。そう疑問に思ったリオが興味津々とディナに訊ねた。
「へぇ、剣術で有名なショークス家のご令息にも勝ったんですね。それほど強いギガンティーノさんってどんな人ですか?お恥ずかしい話ですが、噂でしかギガンティーノさんのことを知る機会がなくて」
リオの質問にディナが答える前に、フォルト教授が口を開いた。
「ギガンティーノ家と言えば、大陸の北方に住む一族だね。北方は遺却魔法の使い手が、」
そう言えば、とでもいった様子で、ギガンティーノ家について話し始めたフォルト教授の言葉が遮られた。
「トゥインクル王国において、北方に住む民への差別意識が存在することは存じ上げておりました。遺却魔法は古代の龍種にも匹敵する強大な力です。遺却魔法が使えぬ私たちにとっては、大変な脅威であることに違いはありません。しかし、弱きを助け強きを挫く彼ら北方の民に対して、感謝すれども恐れを抱くとは何たる愚かな所業でございましょう」
「よもや、フォルト教授が謂われない差別意識をお持ちだったとは。本日のあなた様への数々の無礼をお詫び申し上げます。お忙しい中、お時間をいただき誠にありがとうございました」
怒りで声を戦慄かせながらディナが怒涛の勢いで話した。流石は貴族令嬢といったところか、激昂しながらも丁寧な言動を崩すことはなかった。
では、これにて失礼させていただきます。そう言葉を締めくくると、ディナは付属高等部の制服のスカートを軽くつまみ、二人に一礼してから部屋を出ていった。
「…使い手が多くて、国境の守りにとても貢献しているはずだ、と続けるつもりだったが、」
もしかして、誤解を招いてしまったかな。目を瞬かせながらフォルト教授はディナが出て行った扉を見つめる。その様子を見る限り、どうも差別意識は含まれていなかったらしい。リオが右手で額を抑え、長い長い溜息を吐く。
「ほんっとうに教授は言葉が足りませんね。サラブレードさんも言っていましたが、この国では北方の民に対する差別意識が根付いているんですよ。それなのに遺却魔法の話を出すなんて、誤解されても文句は言えません。まあ、いくら差別が横行しているからといって、話の途中で遮ってまで決めつけるのはどうかと思いますけど」
疲れ切った様子でリオが言葉を紡いだ。リオは北方の民への差別があることを知っていたようだ。
だが、他人の相談話までも「物語」と認識して、嬉々として聞きたがる教授が差別の存在を知らなかったとはどうにもおかしい。そのことに、はたと気が付いたリオは教授に訊ねた。
「まさか、教授は差別の存在自体に気が付いていなかったのですか?王都を中心にかなり有名な話ですよ。北方の民は野蛮で品位の欠片も見られない民族だと。といっても、実際は教授の言うように素晴らしい民族ですけどね」
「…そんなまさか。そもそも差別が生じること自体がおかしい。北方の民が人情味あふれる者たちだということは大陸の共通認識だ。トゥインクル王国も例外なく、国境の警備に協力要請を送っているはずだ」
フォルト教授が考え込むようにぶつぶつと呟く。いつからそのような差別意識が誕生したのか、どのように広まったのか、などと思考の深みにはまる教授にリオが少しでも情報をと声をかける。
「差別が広がったのはここ最近だと思います。でも、なぜか昔から続く悪習のように人々の意識に根付いているのも確かです。ああ、そう言えば、差別が横行しているのは王都が中心で、王都から離れるほど差別意識は薄れていますね」
リオの言葉のどこかにヒントがあったのか、支離滅裂としていた教授の言葉が止み、バッとリオの方を見つめてきた。
「差別が始まった原因に心当たりがある。あと、ディナくんの問題に関わるかもしれないことにも思い当たった。どちらも解決までには少し時間がかかるが、まあ仕方がないことだろう。さっそくだが、行動に移そうか。リオ、悪いが今からディナくんを追いかけて伝言を頼む。いつでもいいから、恋人と一緒に訪れておくれ、と」
いつも冷静沈着なフォルト教授にしては珍しく、少しばかり早口で教授がリオに頼む。誤解を早く解きたい、ディナからの相談を早く解決したいという理由の他にも、何かがありそうなほどに焦っている世に見えた。その勢いに押される様に、リオが反射的にこくりと頷く。直後、ハッとした様子で首を左右にぶんぶんと振りつつ答える。
「今からサラブレードさんに追いつくのは無理がありますって!出て行った後すぐならまだしも、少し時間が経ってますよ?明日、手紙でも書いて送りますから、今日のところはもう諦めませんか」
確かに、ディナが部屋を出てから少し時が経ち過ぎている。今から追いかけるとなると、この広い大学内、果ては付属高等部まで探す必要があるだろう。リオの言い分はあまりにも正しかった。
「ここは本館から遠く離れた西館だ、まだそう遠くまでは行っていないだろう。本館に続く通りなんて限られているのだから、探すことは容易いはず。私は急用ができたため、頼んだよ」
リオの正論をばっさりと切り捨て、フォルト教授は簡単に身支度を整えて慌ただしく外へ出かけてしまった。愛用しているステッキやシルクハットを身に着けることもなく出て行った様子を見るに、本当に急用ができたのだろう。
引き止める間もなく出て行ってしまった教授に、とっさに伸ばした腕をだらんと体の横に垂らしながら、リオはえぇ…、と小さく呟いた。文句を言おうにも、本人がいないのならば仕方がない。がっくりと肩を落としてリオはカップの片づけを始めた。
カチャカチャと小さな音を立てつつ、カップとソーサーを洗う。少し時間が経ち過ぎたからか、ポットに少量残っていた紅茶は冷めきっていた。もったいないとは思いつつ、時間も量もないことだし、と洗い場に流した。水と混ざり合って薄い赤色となった紅茶を視界に入れつつ、どうやって怒りに満ちたディナを説得するのかを考える。
いっそ、この紅茶のように、さっきの会話も水に流せたらいいのに。そう思いつつも、恋人が侮辱されたんだから無理だよなあとリオは思い直した。