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ギルドに呼び出されたので、アヴィを連れて行った。アーヴィンドが『子供帰り』の呪いを受けて二十日が経った。ヒーラーのハルネスがアーヴィンドの体を診る。他人に触れられる事をアヴィは最初嫌がったが、フィンが説得したら大人しくしてくれた。
「うん、彼の呪いも順調に解けていってるみたいだ。あと、一週間~十日ぐらいで解けるかな」
一度部屋から出て、アヴィのいない場所で説明される。
「そうなんですね」
良かったと安心しつつ、一つ不安が持ち上がる。
「あの……呪いが解けた後の記憶ってどうなんるんですか?」
「うーん、それは人によってマチマチなんです。完璧に記憶が残っている者もいれば、全く残っていない者もいる。または、しばらく記憶の混濁で大人になった後も子供帰りした意識が残る者もいます。こればかりは、呪いが解けてみないとわからないんですよね」
「そ、そうなんですね……」
(今の記憶が残ってたら、アーヴィンドさん気まずいだろうな……)
「まぁ、とにかく呪いは順調に解けてるから安心してください」
「はい……」
アヴィを連れて宿屋に帰った。しかし、連れ帰っている途中の道で二人は足止めをくらってしまう。
「うわっ」
大通りで夜市が開かれていて、人がごった返していた。
(子供を連れて、ここを通るのは危ないなぁ)
「裏の道を通ろうか」
「うん」
人の少ない裏通りを行く。
「おい」
暗がりから声をかけられる。
「おまえ、アーヴィンドだな?」
暗がりから、ガラの悪い男たちがぞろぞろと出て来る。
(ひっ!)
見るからにゴロツキと言う風情の男たちは目つきが悪い。
「本当に、このガキがアーヴィンドなのか? 確かに見た目は似てるけどよ」
「間違いないさ、アーヴィンドが呪いで子供化してるって、確かな筋から聞いたんだ。それに白い肌の竜族なんて、滅多にいないからな」
フィオはアヴィを背中の後ろに隠す。
「なんですか、あなた達!」
「おまえ新米だろ? 足が震えてるぞ。良いから、そのガキ置いてとっとと失せな」
「嫌です!」
フィオは腰の剣を抜く。
「お、やる気か?」
ゴロツキ達も武器を構える。
(六人……多いな! けど、やらないと!!)
切りかかって来る最初の一人を剣で受け止め、弾く。殴りかかって来る相手の顔面を殴る。後ろから羽交い締めにされたのっで、前から来る敵を蹴って、後ろに回って逃れた。アヴィに近づく男が居たので、すぐに走って行って剣で頭を殴った。カブトの上からだったが、男は倒れて失神する。
(あと三人!)
放たれる小規模魔法を避けて、懐に入り胴体を横凪にした。さすがに殺す気はない。切るのではなく、腹を叩いた。
投げられたナイフを避けて、壁に刺さったナイフを抜いて投げ返す。
「いっ!」
ナイフが腕に当たった男が呻く。
「くそっ!」
残り一人は暗がりに逃げて行った。
フィオはアヴィを抱えて、裏通りを走った。
「フィオ! 大丈夫!?」
アヴィが背中にしがみつく。
「大丈夫だよ!」
(アーヴィンドさんに鍛えて貰ったおかげでね!!)
フィオは大した傷も無くゴロツキ達に勝ち、アヴィを無事守られた事を誇らしく思った。
宿屋に帰って、頬の切り傷にガーゼを貼る。
「フィオ……痛い?」
「大丈夫、これぐらい平気だよ」
アヴィと一緒にベッドに横になる。アヴィがくっついて来る。
「あの人達は誰?」
「悪い人達だよ」
「俺を捕まえようとしてた……」
「もう、大丈夫だよ。次また来ても、必ず守る……」
「……俺……俺の肌は珍しいから……人間達はみんな俺を捕まえようとするんだ……」
(アヴィは人に追われた事があるのか……)
最初に彼と会った時、酷く怯えて警戒していた理由がわかった。
「捕まったら首輪を付けられて、檻に入れられた……見せ物みたいに飾られたんだ……」
フィオはアヴィを強く抱きしめる。
「大丈夫、もう絶対に誰にもそんなマネはさせないから……」
アーヴィンドがこれまで生きて来た人生を思うと、とても辛くなった。
(親に捨てられて、誰も彼を助ける人はいなくて……しかも、見せ物にされていたなんて……)
「俺にはいないのかと思ってた」
唐突につぶやかれた言葉に、フィオは首を傾げる。
「俺には、俺を守ってくれる人はいないのかと思ってた……お父さんとか、お母さんとか……養い親とか……そういう人は」
もしかしたらアヴィは、優しい親のいる子供を羨む事もあったのかもしれない。自分に与えられなかった物を思って、辛くなる時もあったのだろう。
「アヴィ……」
アヴィが、フィンの腕を握る。
「けど、いたんだ」
アヴィがフィンを見上げて来る。竜族の目は暗闇でも光るらしい。暗闇でに二つの白い目が浮いて、フィンを見ていた。フィンはアヴィの頬を撫でる。
(大人になった時、アーヴィンドさんの記憶はどうなるんだろう……忘れてしまうのかな……)
「ありがとう、フィン」
アヴィが抱きついて来る。フィオはその小さな体を優しく抱く。
(忘れてしまうのだとしても……今は、全力で向き合おう)
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呪いが解けるまで、残り一週間ぐらいだろうか。
「アヴィ、何かやりたい事があったら言って良いよ」
極力、子供のアーヴィンドの願いを叶えてやりたかった。
「やりたい事?」
身支度を整えてベッドに座ったアヴィが首を傾げる。
「そう、やりたい事」
「……肩に乗せてほしい」
「肩車の事かな?」
アヴィが頷く。
「それじゃ、外に出てからやろう」
宿の外に出ると、アヴィを肩に乗せて肩車した。
「わぁ!」
上から明るい声が振ってくる。
「凄い! 高いね!」
「ふふっ、そうだね」
アヴィがフィオの頭をしがみつく。
「怖くない?」
「怖くないよ! フィオは俺を離さないから!」
その言葉に胸がジーンとする。
「あぁ! 離さないよ!」
肩車したまま、街を歩く。
「他に俺としたい事はない?」
「したい事? ……わからないよ……大人は子供といつも何をしているのかな……」
経験が全く無いアヴィには、具体的にやりた事が出て来ないようだ。フィオは自分の子供の頃を思い出す。
「うーん、そんなに特別な事はしないかな……一緒に家に住んで、ご飯を食べて、仕事を手伝って、たまに話をして……」
「なんの話をするの?」
「え、うんと……なんか、生きていくのに為になる話とかかな。馬の扱い方とか、道具が無い時の火のおこし方とか……」
フィオの父は寡黙なタイプだった。和気藹々と息子と話をする人ではなかった。それでも、生きて行く為の知識は彼から多く習った。
「火のおこし方は知ってる」
アヴィがフィオに指先を見せる。人差し指に小さな火が灯る。
「わぁ、凄いな」
こんなに小さい時から魔法を扱える事に、フィオは感心した。
「馬の扱いは知らない、どうやるの?」
「それじゃ、馬に乗りに行こうか」
街の中にある馬小屋から、馬を一匹借りて街の外に出た。馬に初めて乗ったらしいアヴィは、フィオの前方ではしゃぎながら馬を撫でていた。
「馬は賢い動物だから、人の送る合図に反応して動きを変えてくれるんだ」
馬のお腹を軽く踵で圧迫する。すると馬が小走りで走り出す。
「わぁ!」
「馬に乗る時は、垂直の姿勢を保って。胸を張って、肩の力は抜くんだ」
「止まる時は、馬のお腹を足で圧迫して、軽く手綱をひく。強く引きすぎちゃダメだよ。馬がびっくりしちゃうから」
馬が立ち止まった。
「すごい! 本当に言うことを聞いてる!」
魔法でも見ているように、アヴィは喜ぶ。
(馬の扱いなんて、子供の時に普通なら習うんだけどな……)
村に馬に乗れない子はいなかった。親のいない子でも、誰か大人が世話して教えてやっていた。
(誰もこの子に手を差し伸べなかったんだ……)
最初アヴィに会った時、『動物』のようだと思った。けれどそれは、彼が人権を持って育てられていなかったせいだ。
「ほら、やってごらん」
手綱を持たせて、馬を任せる。するとアヴィが馬の腹を軽く蹴る。馬が走り出す。
「見て! 走ってる!」
「あぁ凄いね」
嬉しげに笑うアヴィを見て、フィンは益々彼の為に何かしてやりたくなった。
(呪いが解けるまでの間、出来るだけ彼に良い思いを出を贈りたい)
例えそれを忘れてしまったとしても、心の隅に少しは暖かさが残れば良いと思った。
つづく




