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風封亭で三食の食事をとり、空いた時間は街中を見て回ると言う感じで日々を過ごした。しかし、一週間程経った頃、フィオは自分の体の異変に気づいた。
(筋力が……落ちている……)
日中はアヴィと一緒に街中を見て回っているだけである。ハードな鍛錬で鍛えた筋力は、みるみる落ちていった。
(しまった!!! せっかくアーヴィンドさんが、鍛えてくれた筋肉が!!!)
子供の彼の世話に集中するあまり、冒険者としての本分を疎かにしてしまっていた。
(アーヴィンドさんが元に戻った時に、呆れられないように、鍛えとかないと!!!)
フィンはその日の夜から、筋トレを再開した。宿屋に帰ってから、腕立て、腹筋、スクワットをこなす。
「ふっ、ふっ、ふっ」
そんな、突如筋トレを始めたフィオを、アヴィはベッドの上で見ている。
「お父さん、なにしてるの?」
「筋トレだよ!」
「なんで?」
「俺は冒険者だから、常に鍛えておかないといけないんだ!」
「お父さん、冒険者なの?」
「そうだよ!!!」
腕立て三百回目の俺は、声を張り上げる。
「冒険者ってなにする人なの?」
「この街にあるダンジョンに潜るんだよ!」
「ダンジョンって?」
「魔物が作ったとされる、地下の建造物だよ!」
「それじゃ、怖い怪物と戦うの?」
「うん!!!」
(まぁ、まだ新米のペーペーだけどね!!!)
「お父さんすごーい!」
アヴィは嬉しそうに手を叩く。
「僕、お父さんが戦ってるとこ見てみたいな」
「ダ、ダンジョンには連れて行けないよ!」
「どうして?」
「アヴィは子供で危ないからだよ!」
するとアヴィは、きょとんとした顔をした。
「き、君は竜族で、子供でも強いかもしれないけど……、保護者役の俺としては、危険な場所には連れて行けない」
アヴィは枕をいじって、もじもじとした様子を見せる。
「お父さん、もしかして、僕の事が心配なの?」
フィンは腕立てを止めた。
「あたりまえだよ!」
竜族とは言え、アヴィはまだ小さな子供である。危険な目に合わせたくない。
するとアヴィは枕で顔を隠して、ベッドに倒れてしまった。しばらくパタパタと足をばたつかせた後、動かなくなった。
(う、嬉しかったのかな……?)
腕立てを再開しながら、フィンはアヴィの様子を見守った。アヴィは結局、フィオの筋トレが終わるまで起きていた。
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フィオはアヴィの面倒を見つつ、日課の筋トレを行った。アヴィはお菓子を食べながら、そんなフィンの様子を眺めていた。たまに一緒に筋トレする時もあるのだが、彼は同じ量をこなしても、ケロリとしていた。
(さすが竜族……)
アヴィとの日々も二週間目に入った。最近は、街中の簡単な依頼をこなしたりもしている。鍛冶屋の届け物を、冒険者に渡しに行ったりなどの簡単な依頼である。それにアヴィも付いて来た。
依頼を終えて、手を繋いで宿屋に戻る。しかし、アヴィの様子がおかしい。
「アヴィ、どうかしたの?」
最近はよく喋るようになった彼が、先ほどからずっと黙っている。
「アヴィ?」
「…………お父さんは、オレのせいで仕事に行けないの?」
彼はどこか、拗ねたような表情で尋ねる。
「え、それは、まぁ、うん」
(俺の今の最優先依頼は、アーヴィンドの面倒を見る事だしなぁ)
「俺、一人でも大丈夫だよ……」
アヴィが俯く。
(アヴィ……俺に気を使ってくれてるのか……)
良い大人が、仕事もせずにずっと子供の面倒にかかりきりなのは、子供のアヴィから見たら奇妙に思えるのだろう。
「んーーーいや、俺は今、お休み中なんだ」
「お休み?」
「そう、冒険者はお休み中。だからアヴィは気にしなくて良いんだよ」
「けど……」
「大丈夫、あと一週間も経ったら冒険者に戻ってるから!」
アヴィがフィオの顔を不安気に見上げる。
「……どうして、一週間後なの……?」
「どうしてって……一週間後には、アヴィが帰れるからだよ」
「帰る?」
「そう、アヴィの故郷に帰れる。今はいろいろ不安だろうけど、あと一週間の辛抱だよ」
アヴィは口を開けて、フィオから手を離した。
「オレを捨てるの……?」
「違う! 捨てるんじゃんなくて、帰すんだよ、君のあるべきところに」
「そう言って、またオレの事を捨てるんでしょ!」
アヴィは目に涙を滲ませる。
(また捨てる?)
アヴィが走って逃げて行く。
(あ、やはい!)
フィオは慌てて追いかけた。
(また捨てるってどう言う事だ?)
フィオはアヴィに当たり前に両親が居たのだと思って、これまで接していた。
(もしかして、アヴィは孤児だったのか……?)
彼は親に捨てられた経験があって、そして再びフィオにも捨てられると思いこんでいるのかもしれない。
(そんな! 違うよ! そうじゃないんだ!!)
フィオは全力でアヴィの後を追いかけた。
街外れの空き地で、どうにかアヴィを捕まえられた。
「はぁ、はぁ、はぁ、アヴィ聞いてくれ。俺は君を捨てるつもりはないんだ」
アヴィの腕を強く握って語りかける。
「君とずっと一緒にいる。だから、さっきの言葉は忘れてくれ」
顔を反らしていたアヴィが見上げて来る。
「本当……?」
「あぁ、ずっと一緒にいる」
彼が本来の姿を取り戻すまで、フィンはずっと一緒にいる。
(捨てられるなんて思わせくない……)
アヴィを抱きしめた。
「アヴィ、宿屋に帰ろう」
アヴィがフィンの腰を抱き返して、頷いた。
宿屋に帰って、湯で体を洗い流してから寝床に入った。
アヴィはフィンの体に抱きついたまま、しばらく眠る様子はなかった。
「ねぇ、お父さん……お父さんは、どうして俺を捨てたの?」
その問いかけは、フィンではなく、アヴィの本当の父親に向けられた物だった。
(もしかしてアヴィは、俺を本当の父親だと思っていたのかな……? 本当の父親が迎えに来たんだと……)
「アヴィ……俺は君の保護者だが、本当の父親ではないんだ」
アヴィが顔を上げる気配がする。
「お父さんじゃないの?」
「あぁ……けど、君の事は大事に思っているよ」
フィンには、子を捨てる親の気持ちはわからなかった。
(どうして、こんなかわいい子を捨てたりしたんだ……)
「オレの……肌の色は不吉なんだって……白い肌は災いの子だって言われた……」
初めて聞く話だった。しかし確かに竜族は本来、黒や紫などの濃い肌の色をしている。淡い肌の色をした者は少なく、アーヴィンドのように真っ白な肌の竜族を街中でも一度も見た事は無かった。
「だから、お父さんとお母さんは俺を捨てたんだ……」
アヴィの言葉に胸が痛む。
(酷い事をする……実の親なのに……迷信を信じて子を捨てるなんて……)
フィンはアヴィを抱き寄せる。
(俺がこの子を守るんだ……アヴィが元の姿に戻るまで、彼を必ず守ってみせる……)
「フィン」
不意に名前を呼ばれた。アヴィに名前を呼ばれたのは、初めてだった。「俺を捨てないでね……」
アヴィの悲しげに呟く言葉に俺の胸は苦しくて、辛くなった。
強く抱きしめる。
「絶対に、捨てたりするもんか」
孤独に震える小さな子供を、あらゆる痛みから守ってやりたかった。
つづく




