7
警戒したアーヴィンドは出て来る気配が無い。
「うーん」
少し考えて、フィオは良い事を思いつく。
(子供が好きな物と言えばお菓子だ!)
腰のポシェットから、小さな箱を取り出した。その箱の中には楕円の飴が入っている。この街に来たばかりの時に商人に貰って、それから気に入ってフィオはこの飴を常にストックしていた。
「ほら、飴だよぉ」
飴を手に持って差し出す。
「シャーー!!!!」
威嚇される。
飴をソファの下に投げる。すると子供の体がビクッと震える。
「怖くないよ、それお菓子だから甘いよ」
子供は近くに転がった飴を指でつついて、臭いをかいだ。
(まるで、動物みたいだな)
舌を出してペロリと舐める。ひと舐めした後に、驚いた顔をした。フィオはその様子を見守る。子供は、再び舌を出して飴をペロリと舐める。舐めて固まる。
(まるで、生まれて初めて甘い物を食べたみたいな顔をするなぁ)
ペロペロと何度か飴を舐めたあと、子供は飴を口に含んだ。しばらくすると、ガリゴリと言う堅い飴をかみ砕く音がした。
(あぁ、噛んじゃった)
飴を食べ終わった後、子供を見つめると、子供は丸い目でフィオを見ていた。フィオがなんなのか見極めようとする目だった。しかし、最初よりは警戒されていない。
フィオは再び飴を投げる。すると子供は指でそれをつついた後、臭いをかいで口に入れた。バリボリとかみ砕く様子を見ながら、先ほどより遠い位置に飴を投げる。今度は子供は戸惑いなく飴を拾って口に入れる。フィオは飴を少しずつソファの外寄りに投げた。子供は飴を追いかけて、少しずつ体をずらす。ソファの外に飴を置くと、子供の白い手が伸びて来た。手に付いた黒い爪は鋭く、手の甲から腕の辺りに黒い鱗が見えた。
更に離れた場所に、点々と飴を置いていく。子供はゆっくりとソファの外に出て来て、飴をボリボリと食べた。
(やった、ようやく外に出てくれた!)
ソファの外に出て飴を食べる子供を眺める。
黒髪は長く胸の辺りまで伸びっぱなしになっている。頭には立派な二本の角が生えていて、お尻から黒い鱗の付いた尻尾が生えていた。
(これが、アーヴィンドさんの子供の時……)
年の頃は十才ぐらいだろうか。飴を食べ終わった子供が、フィオを見上げる。
(さ、さて、どうしよう……)
子供としばらくにらみ合った後、フィオは口を開いた。
「お、俺はフィオだ。今日から君の世話係りになった」
「せわ、ががり……」
すると子供は、牙を見せて威嚇の表情を見せる。しかしそれは、フィオを攻撃しようとしているのではなく、自分の身を守っているように見えた。まるで、今にもフィオが彼を殴ると思っているように感じた。
「つ、つまり、保護者だよ! 保護者! 俺は君の事を傷つけたりしない!」
顔の上に手をあげて体を庇う動作をしていた子供が、フィオが探るような目で見る。
「ほご…しゃ……?」
「俺の言ってる意味わかる……? えっと、君のパパやママの代わりを俺がするって事なんだけど……」
すると子供は目を丸くして驚いた表情をした。
「オレの…父親……?」
「そう! その役を俺がするんだ!」
フィオは子供の手を握った。
「俺じゃ役不足かもしれないけど、君が両親の元に戻るまで、面倒を見させてほしい」
今のアーヴィンドは、記憶も子供の状態に戻っている。きっと両親がいなくて寂しいだろう。
アーヴィンドは目を丸くしてフィオを見た。口までぽかんと開けて、驚いた表情をしている。開いた口から、小さな八重歯が覗いて、なんだかかわいかった。
「父さん……」
「うん……」
すると驚く事にアーヴィンドが近づいて来て、フィオの胸に抱きついた。
(よっぽど心細かったんだな……)
フィオはその小さな体を抱き留めて、頭を撫でた。
(暖かい……竜族って、体温は人と同じなんだ……)
フィオはぎゅーっとしがみついたまま離れない。なんだかそんなに必死に求められると、男ながらも母性のようなものが湧いてしまう。
(一月間、俺がちゃんと面倒を見るぞ……絶対に寂しい思いはさせない…)
フィオは子供を抱いて立ち上がる。
「ねぇ、お腹空いてないかい?」
子供が顔をあげて、フィオを見る。返事をするように、お腹がきゅるきゅる鳴る。
「あはは、空いてるみたいだね。良い料理屋を知ってるんだ。きっと、気に入るはずだよ」
アーヴィンドを抱えて、フィオは風封亭に向かった。
風封亭で、子供はよく食べた。
「美味しい?」
聞くと、うんうんと頷いて、シチュー皿を空にした。カゴに入れられたパンを口に突っ込んで水で飲み下す。
(食欲は子供の時から凄いんだな)
フィオはアーヴィンドの胃袋が満たされるのを静かに待った。
大きなゲップをして、アーヴィンドはようやく食べるのを止めた。テーブルの上には、大量の皿が並んでいる。大人の時の彼と大差無いくらい食べていたように思う。
「お腹いっぱいになった?」
アーヴィンドは頷く。そして、フィンの皿を見る。
「父さんは、それだけしか食べないのか……?」
「あぁ、俺は人間だから、これくらいで十分なんだ」
「にんげん……」
アーヴィンドは小さく頷いた。
「それじゃ、少し腹ごなしに散歩しようか」
「うん!」
子供は嬉しそうに笑い、椅子から下りてフィンの腕にしがみついた。フィンはアーヴィンドと手を繋ぎながら、外に出た。
街の中を歩きながら、フィオはアーヴィンドに話かける。
「アーヴィンド。君の事は、アヴィと呼んで良いかな?」
「アヴィ?」
「愛称だよ」
するとアーヴィンドはくすぐったそうに、嬉しげに笑った。
「いいよ!」
「ありがとう」
実はドニから、アーヴィンドが子供化した事を言いふらさないように注意されていた。大人のアーヴィンドは口が悪ければ態度も悪い冒険者だったので、いろいろと敵が多いらしい。なので、子供化したと知れれば仕返しして来る危険があるらしい。
(これも、アーヴィンドを守る為だ……)
とはいえ、本人はこの愛称を気に入っているようなので、安心した。
アヴィを連れて街を散歩した後、夕飯を食べて宿屋に戻った。宿の店主に子供を預かる事になった事を告げて、少し広めの部屋に移して貰った。ドニに前金で金貨を五枚貰っているので、宿代や食費に困る事はない。
部屋に移った後、フィンは荷物を下ろし、防具を外した。扉の前に立っているアヴィに声をかける。
「少し早いけど、今日は寝ようか」
するとアヴィは頷いて部屋の隅の床に横になった。
「アヴィ! 君の寝床はこっちだよ!」
アヴィが驚いた顔をする。
「そ、そっちのベッドで寝るの……?」
「そうだよ、おいで」
するとアヴィは落ち着きの無い、おどおどした様子を見せる。
(どうしたんだろう……)
この部屋にはベッドが一つしかない。子供と寝れるように、大きなベッドにして貰ったので二人でも十分に眠れる。
(もしかして、一緒に寝るのが嫌なのかな?)
親代わりだと言ったものの、知らない大人の男と一緒に寝るのは抵抗があるのは頷けた。
(俺って、デリカシーがないなぁ……)
フィオはベッドから下りて、シーツを床に敷き、枕を置いた。
「それじゃ俺が床に寝るから、アヴィがベッドに寝てくれ。それなら、良いだろ?」
アヴィが目を大きな目を、パチパチまたたく。彼の白い目は薄暗い部屋で見ると、とても綺麗だった。
「なんで?」
「アヴィは俺と一緒に寝るの嫌なんだろ? 明日からは、ベッドが二つある部屋に変えて貰うから、今日は、床とベッドで別れて寝よう」
アヴィは狼狽えた表情を見せる。ベッドとフィオを何度も交互に見た後に、部屋の隅の床に丸くなった。
「えっ」
背を向けてしまった。
「アヴィー、ベッド使わないのか?」
「・・・・」
返事は無い。
(子供心って難しいなぁ)
フィオはベッドから毛布を持って来て、アヴィの体にかける。それから、ベッド横の床に横になって眠った。
朝、起きると体の横がポカポカしていた。手を動かすと、固い物が手にあたる。
「ん……」
目を開けると、隣で眠るアヴィの姿が目に入った。
(わ)
手に触れていたのは、彼の尻尾だった。慌てて手を離す。竜族は尻尾を触れられるのをとても嫌がると聞いた事があった。
アヴィはまだすやすやと寝ている。
(いつの間に横に来たんだろう……)
夜の記憶は全く無かった。
(寒かったのかな……それとも……)
そっと引き寄せると、アヴィはすり寄るようにフィオの肩に頭を押しつけた。
(警戒を解いてくれたって事なのかな?)
暖かな子供の体を抱きながら、フィオは嬉しい気持ちになった。
アヴィはフィオの横で目を覚ますと伸びをして、『お腹が空いた』とうったえた。二人は身支度を整えて、宿屋の階段を下りる。宿屋を出る前に、フィオは店主に部屋を代えてくれるように頼もうと思った。しかし、それをアヴィが止める。
「このままで良い」
「そうなの?」
「うん」
「そっか……じゃあ、このままで」
部屋はそのままにして、二人は風封亭に向かった。風封亭で、今日もアヴィがお腹いっぱい食べるのを見守った。どの料理も食べる度に彼は驚いた顔をして、両頬いっぱいに頬張った。大人の彼と同じで、余程ここの料理が口に合うのだろう。
朝食を食べたら、街中を歩いた。さすがにアヴィを預かった今、別の依頼を受ける事は出来ない。そうするとフィオは暇になってしまうので、アテも無くアヴィと一緒に町中をウロつく事になる。
「お父さん! アレはなに?」
「アレは噴水だよ。時間になると、水が吹き出て面白い形を作るんだ」
「どういう事?」
「見ればわかるよ。少し待ってて」
五分程待つと、噴水の水が上に吹き上がり空中に形を作った。大きな魚の形になったり、人魚に姿を変えたりした。それをアヴィは口をあんぐりと開けて見ている。
(そうそう、俺も最初見た時、驚いたんだ)
噴水の水が落ちて、ショーが終わる。
「お父さん凄いね! あれ、どうなってるの?」
「んー、俺もよくわからないんだけど。魔法石でやってる事らしい」
「魔法って凄いんだね」
「本当だな」
うんうんと二人頷いた後、再び街中を歩く。
「お父さん、アレなに!?」
アヴィが指さしたのは、屋台だった。屋台の中には、鳥の形をした笛が売っている。
「鳥笛だよ。吹いてみたい?」
期待の眼差しで見上げて来るアヴィが頷く。そんな目で見られたら、買うしかない。
「どれが良い?」
アヴィは屋台の中を見回して、真っ白な鳥笛を手に取った。
「これ!」
店主に代金を渡して鳥笛を買った。アヴィは鳥笛の紐を首から下げて、尾のところを口にくわえて鳴らした。ピーっと高い音が鳴る。鳴らした後にアヴィが見上げて来る。その様子がかわいらしかったので、フィオはアヴィの頭を撫でた。するとアヴィは、頬を赤く染めて笑顔を浮かべた。アヴィの鳴らす鳥笛の音を聞きながら、街中を見て回った。子供のアヴィにとってこの街は初めての街なので、見た事ない物ばかりで、とても楽しそうにしていた。
(良かった……)
彼が寂しがりはしないかとフィンは不安だったので、今日の様子を見て安心した。
夜に宿屋に帰ると、フィンの座ったベッドにアヴィがおずおずと登って来た。毛布の中に入って、フィンを見ている。今夜は一緒に寝てくれるようだ。フィンはアヴィの頭を撫でてから、毛布に入って明かりを消した。しばらくすると、アヴィがフィンの体にぴたりとくっついて来たので、フィンは抱き寄せて眠った。
つづく




