11
■
目を開けると、白い壁があった。
(あ?)
白い壁はよく見ると、広い胸板だった。フィオが恐る恐る顔を上げると、そこにはアーヴィンドの顔があった。
(おわあああ!!!)
大人アーヴィンドである。その大人アーヴィンドに抱き寄せられている。
(これは! これは非常にまずい!!)
どうやらアーヴィンドの呪いは夜の内解けて、無事に元の姿に戻れたらしい。それは大変喜ばしい事だが、今の状況は危うかった。
(目を覚ましたアーヴィンドさんの目の前に俺がいたら、絶対アーヴィンドさん不機嫌になる!!!)
ただでさえ人嫌いな人なのに、後輩と同じベッドで目なんか覚ました日には、どんな顔をされるかわからない。
フィオはゆっくりとアーヴィンドの腕を解いて、彼の腕の中から抜け出した。
ベッドを下りて、防具と荷物を手に取って、どうにか彼が目を覚ます前に部屋を出る事ができた。
■
アーヴィンドは目を開ける。やけに、気分の良い夢を見ていた気がする。
(あ?)
右腕を動かして、何かを探すような動作をしてしまった。しかし、手に触れる物はない。自分のその動作の理由がわからず、首を傾げる。
「ここ、どこだ」
起きあがった部屋は知らない場所だった。ベッドはデカいが、おそらく安宿だろう。アーヴィンドがねぐらにしている部屋ではない。記憶を思いだそうとするが、どうにも霞がかかって思い出せない事が多い。
「……確か、あいつらとダンジョンに潜ったはず……」
同じSクラス冒険者達と、『未階』に潜ったところで記憶は途切れていた。何があったのか、考えても思い出せそうになかったので、棚に置かれた服を来て部屋を出た。一階に下りて店主に尋ねる。
「おい、二階の端の部屋は誰が借りてるんだ」
「フィオ=クルージュさんですよ」
(フィオ?)
なぜ、新米冒険者のフィオの名が出て来るのだろうか。
「そうか」
宿屋を出て、ギルドに向かう。
「おい、どういう事だ」
受付のドニに尋ねる。
「うわぁ、起きて早々不機嫌! そんなだから、敵を作るんですよ」
「良いから、説明しろ。俺に何があった」
ドニが辺りを見渡して、声を潜める。
「アーヴィンドさんは、ダンジョンで呪いを受けちゃったんですよ」
「俺がか?」
「他の方達もです。二人だけ呪いにかからずにすんだので、どうにか帰って来れたそうです」
これだから『未階』はやっかいなのだ。
「なんの呪いだ」
「『子供帰り』の呪いです」
「あっ!?」
「睨まないでくださいよ!」
「俺が子供になってたって言うのか」
「はい」
ドニは頷く。
「どれくらいの期間だ」
「一ヶ月です」
「いっ」
(一ヶ月だと!)
「おい、その事は誰が知ってる」
「あの時一緒に潜った人達と、呪いの診察をしたヒーラーのハルネスさん。それから、私とギルド長です」
「それだけか」
「いえ、あともう一人……」
ドニが言いにくそうにアーヴィンドを見る。その時、不意にフィオの顔が思い浮かんだ。
「あの新米に頼んだのか!?」
「だ、だってー! アーヴィンドさんの面倒頼める人がいなくて! 昔からの知り合いの冒険者に頼むより、新米のあの子に頼んだ方が、まだダメージは少ないかなって……」
確かに、これで仲の悪い冒険者になど預けられていたら、きっと一生の弱みを握られただろう。
「フィオはどこにいる」
「あ、フィオさんなら、買い物に行くって言ってましたよ」
アーヴィンドは舌打ちをして駆けだした。ギルドを出て商店の並ぶ通りに行く。人込みの中、背の高いアーヴィントはすぐにフィオを見つけた。
「おい!」
低く叫ぶと、フィオが振り向く。目を見開き、驚いた顔をする。
「ア、アーヴィントさん!」
アーヴィントは、フィオの腕を握って路地裏に連れ込む。
「おおおおお、お久しぶりですアーヴィントさん!」
フィオは視線をせわしなくキョロキョロさせながら言う。
「嘘つくな」
睨むとフィオは、肩を跳ねさせて固まる。
顔を寄せて睨む。
「……良いか。アノ事をバラしたら、殺すからな」
「ひっ!」
フィオは涙目で、何度も頷いた。
肩に手を置き、爪を食い込ませる。
「絶対に言うんじゃねぇぞ」
「はいぃ!!」
フィオは震えながら返事をした。
「ふん」
手を離して、その場を離れた。コレだけ脅しておけば、口を滑らす事も無いだろう。
それからアーヴィントは、この事をすっかり忘れてしまう事にした。
つづく