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フィオは子供の頃から冒険者に憧れていた。南のアリーシアには、巨大なダンジョンがあり、冒険者達は日々そこに潜って宝を持って帰って来るらしい。子供の時に、何度となく聞かされたダンジョンの物語にフィオは一四の成人を迎えても憧れ続けた。フィオは一四歳になってから、毎月コツコツとお金を貯めた。家の農業の手伝いをし、更に空いた時間で籠を編んで売りに行った。フィオの作籠は作りが綺麗なのに、丈夫で壊れないと市場でも評判で良く売れた。
六年間貯めた金で剣と防具を買った。剣の使い方は、近所の元騎士の爺さんに習った。
それで、貯めた旅費を懐に入れて家を出たのだった。両親には反対されていたが、兄妹達は喜んで送り出してくれた。
『立派な冒険者になれよ!』
兄にかけらた言葉を胸に、フィオは故郷の地を出た。
南のアリーシアへの旅は三か月もかかった。徒歩と馬車を使い、時に知らない人と連れ合いながら向かった。
「兄さん、あんたもダンジョンに行くのかい」
馬車で隣あった男が声をかけて来る。大きな荷物を持っていて、商人と言う風体だった。
「えぇ、そうなんです」
もう少しでダンジョンに着く。そう思うと、フィオの心は自然と高鳴った。
「目がキラキラしてるねぇ。新人冒険者の目だ」
商人は笑う。
「あんたは、なんでダンジョンに挑もうなんて思ったんだい?」
フィオは少し考える。子供の頃から何度もダンジョンの話は聞いた。大金持ちになった者もいれば、無残に命を落とした者もいる。
「オレは未知の物を見たいんです」
フィオの村はとても小さな村だった。近くの村もあまり大差が無い。何も無くて、平和だった。それが良いと大人達は言い、それがフィオにはつまらなかった。
「そうかい、そうかい。なら、アリーシアはあんたにうってつけだ。何しろ、あそこにはこの大陸の新しい物が集まっている」
商人が遠くを見る。視線の先に、大きな門があった。
「ほら、着いたよ。ここがアリーシアだ」
そこは、高い石壁に囲まれた町だった。門をくぐると、巨大な建造物が目に入る。フィオはぽかんと口を開けた。
「驚いたかい?」
フィオは何度も頷く。縦に長い建造物がいくつもある。おまけに、その造形も豪奢だ。壁は色とりどりで、綺麗な彫刻が施されている。フィオの村の土壁の建物と大きくかけ離れた技術で建てられている。
馬車が止まる。フィオは戸惑いながら馬車を下りる。
「そんな大口開けてると、カモにされるぜ」
商人に小突かれ、口を閉じる。
「冒険者になりたいんなら、まずあそこの冒険者ギルドに登録して来た。ダンジョンに潜る冒険者はみんなあそこのギルドに登録してるんだ」
フィオは頷いた。
「ありがとうございます」
「なぁに、良いさ」
商人がフィオの手に何か押し付けて来る。
「これは俺からの選別だ」
綺麗な紙の小箱に入った、何かを渡された。
「え、い、良いんですか」
「俺はマティだ。あんたが立派な冒険者になったら、俺の店を贔屓にしてくれ。」
商人は愛想の良い笑みを見せて、手を振って去って行った。
フィオも、大通りを横切って冒険者ギルドに向かう。人の多い道に戸惑う。馬車も多く走っているので、気をつけなければいけない。
冒険者ギルドに入り、カウンターで手続きをした。受付の耳の長い娘は、慣れた様子で説明をした。
(エルフだ……)
話を聞きながら、フィオは彼女の姿をチラチラと見た。狭い村で暮らしていたフィオは、エルフを見たのが初めてだった。種族の違う者は、普通それぞれの種族同士で暮らしていて、殆ど関わる事が無い。けれど、ここアリーシアではあらゆる種族が混在して暮らしている。ダンジョンの周りに出来た町では、多様な仕事があり、種族を超えて交流が行われていた。
紙に記入を終えると、すぐに冒険者の証である透明な石の付いたネックレスを貰った。
(わぁ)
「大事な石ですから、けして無くさないでくださいね。再発行には、一万ドニーかかりますよ」
それは、フィオの一年分の稼ぎである。フィオは透明な石を首にかけて、服の下に入れる。
「フィオさんは新米冒険者ですから、まずは技術試験を受けてください」
俺は頷いて、試験場に向かった。その間も、すれ違う人達を見る。背中に羽根の生えたハーピー族、雄々しいたてがみの生えた獅子族、ピンと立った耳とゆらゆら揺れる尻尾を持った猫族が歩いて行く。
(これ、これだよ! 俺が見たかったのはコレだ!)
見た事の無い珍しい種族を次々見て、フィオは感動に打ち震えた。
剣の試験場で、試験官から試験を受けた。
「ん、C+ってとこかな」
フィオと一通り手合わせした試験官が紙に記入する。
「これ受付に持って行って、石のランクを更新して来い」
言われて、フィオは再び受付に戻る。
「では、石を更新しますね」
石のネックレスを渡すと、彼女がそれを鉄の台座に乗せて何か操作している。ふんわり宙に浮いた石の色が、透明から黄色に変わった。この石の色は冒険者のランクによって変わる。ちなみに一番凄いのは紫である。紫の冒険者はSランク冒険者なのだ。そして一番下は、黒である。黒は何か罪を犯した者が、一時的に冒険者活動を自粛させる為に施される色である。
「どうぞ」
黄色に輝く石をフィオは恭しく受け取って首にかけた。
(俺はCランク冒険者!)
初めてとしては、上々の結果だろう。ここから、実績を重ねて上に登って行くのだ。ランクが上がる程に名が売れて、町でも一目置かれるよになる。その分、難しい仕事も入って来るのだが。
自分の未来を想像して、フィオは目を輝かせた。
つづく
短いお話です。