8.競ウモノガイル歓ビ
「お前、ステータス詐欺ってないか…?」
おおよそのテストを終えたあと、森羅の身体能力を確認したアイトは呆れたようにそう言う。
「…そこそこ、あったろ?鍛えて、きた、からな」
乱れた息を整えながら答える。ステータスを得たことの恩恵を他のメンバーに比べて受けてない森羅にとってみれば、その身体能力は元の世界で鍛えた身体能力そのままだった。
「ステータスの割に相当動けるみたいだな。だが、それでもステータスが上の相手と戦うときは基本的に力負けすると思っておけよ」
「この世界じゃあ、鍛えたら鍛えるだけ身体能力は上がるんじゃないのか?」
「…ああ、そうか勇者の特性だ。それは異世界から来たお前たち限定のものだ。異世界から来た者たちには、成長の限界が存在しないらしい。ただ、それも才能次第らしいから、お前の成長速度は、勇者の比呂なんかには大きく劣るだろうよ」
「…なら、鍛え続ければいいってわけだ」
森羅がめげずにそう言うと、アイトは苦笑しながらうなずいた。
「まあ、そうなるな。けど、肉体を鍛え続けるだけで満足するなよ」
「わかってる。俺は剣士だからな。むしろアイトさんには、そっちを教えてもらいたい。一人でできる訓練の仕方も、対人でする訓練も」
「一人で、って、ああ、朝夕にしてるっていう訓練でするつもりか」
「あたり。基本的な素振り程度を教えてくれれば、ぶっ倒れるまで振り続けるよ」
「…倒れてもらっちゃあ俺が首になりかねんが、まあ、いいだろう。お前用の武器をとってくるから、息を整えとけ」
そう言ってアイトは、王宮に入っていく。森羅はあぐらを組み、目を閉じて瞑想しながら待つ。
少ししてアイトは一本の剣を持って帰ってきた。彼によると、森羅たち勇者にはそれぞれの天職や技能にあった武器が王宮の武器庫から渡されるらしい。比呂や星夜などの有力なものに渡されるそれはアーティファクトと呼ばれるただの武器ではなく魔法によって特別な力を与えられた武器らしいが、森羅は特に目立った能力もないので少々作りの良い鉄剣程度しかくれないそうだ。
「鎧も一応準備されてるが、それはまた今度でいい。とりあえず剣の振り方を練習するぞ」
「了解」
******
一通りの型を説明し終わったところで、森羅に声をかける。
「わかったか?」
「頭では理解した」
「じゃあ、今のをひたすら繰り返してやれ。身体能力はあるが、剣については素人だ。明日から実戦訓練をするから、今日のうちに最低限の動きを体に叩き込んでおけ」
「しばらく型を使った訓練をするんじゃないのか?」
「お前のステータスでのんびりやってる時間はないしな。それに、もうやってそうだから説明はしないが、お前の技能なら実戦の中で覚えたほうが早いんだよ」
やってたってのはこれのことか、と森羅はもう一度ゆっくりと剣を振り下ろす。その際に“身体把握”を使って自分の全身に集中し、体の動きを把握する。どの筋肉がどのように動いているか、動きを阻害されている筋肉はないか、関節はこの動きに対してどこまで動けるのか、骨は、体幹は。
一つの剣を振る動作に対して、どうするのが最適かを体に尋ねる。それが森羅のしていたことだ。元々はシュートフォームを最適化するために行っていたことである。足が伸び切ったときボールは何処にあるか、どのタイミングで伸び切るのか。そんなことを体と相談していたのだ。
「それを持っているやつは、理論的に聞いて真似をするより戦いながら覚えたほうが早いやつが多い。まあ、それを持ってて戦闘系の天職を持ってるやつは少ないんだがな」
「まあ、俺も実戦で体を慣らしたほうがやりやすいとは思ってるから、そうしてくれるならありがたいけどな」
答えや、最適な動きを経験の中から導き出す。それが森羅が慣れている手段であり、常に意識してきたことだ。学習においても運動においても。昨日の文字の解読に関してもそうである。正しい文法を探すのではなく、自分で最適解を探す。それのほうが、楽しいのだ。
「さて、それじゃあもう一回だ。スピードは落とすなよ。ちゃんとしたスピードの中で修正しろ」
「了解」
そしてまた、森羅は剣を振るうのだった。
******
「お疲れ。風呂どうする?」
「先に飯食ってくる。大浴場に行ってみたらどうだ?せっかく時間もあるんだし」
「は、まだ飯食ってないのか?訓練はいつ頃終わったんだ?」
ベッドの枕元に自分用の剣を立て掛けながら森羅は答える。
「5時ぐらいには終わったよ。それから自主練とトレーニングしてきた」
それを聞いて龍陽は呆れたように言う。
「もう8時過ぎてんぞ」
「剣の練習も入ったからな。明日からも長引きそうだ」
ぬけぬけと森羅がそう言うのを聞いて、龍陽は大きくため息をつく。こいつはそんなやつだったな、と。
(己を極める、か。高めるじゃないもんな。こいつの場合は。ステータスに関しては俺が上でも勝てる気がしないわ)
「どうした?」
「なんでもないよ。それより、明日からは夜の訓練にも俺を混ぜろよ」
「俺が好きでやってることだぞ?別にお前が付き合う必要はないと思うがな」
「付き合ってやるとか言ってねえよ。俺だってこの世界に来て、自分を鍛えようと考えたって言ったろ?お前についていっときゃそれができるってだけだ。てことで、よろしく」
「…了解。まあ、とりあえず飯食ってくるよ」
「先に大浴場行っとく。来れるなら来いよ」
了解、と答えながら森羅はシャツを着替える。着替え終わる頃には龍陽はすでに出ていった後だった。先程まで部屋の隅で待機していたアリサもいなくなっている。
森羅が部屋を出るとサーヤもついてくる。
「もう道は覚えてるんですか?」
「ああ、覚えた」
普段から周囲へ目を向けているので、徒歩で二回も通れば森羅は道を覚えれるのだ。
「なんか、嬉しそうですね」
歩いているとサーヤが森羅に話しかけてくる。
「そうか?」
「はい。嬉しそうな顔をしています。何か良いことがあったんですか?」
「そんな嬉しそうな顔してるか、俺」
自分の頬を触ってみる。確かに、口角と頬が少し上がっている。確かに、それだけ嬉しかったのかもしれない。
「あいつが、やる気を出してくれたのが本当に嬉しくてな」
「あいつ、というとリュウヒ様ですか?」
「ああ」
森羅と龍陽が出会ったのは、高校二年生になってからである。つまり二人が友人になってからまだ3ヶ月ほどしか立っていない。
初めて話したのは始業式の日である。教室で周りの生徒と自己紹介をすることもなく一人で森羅が本を読んでいると隣の席の龍陽が話しかけてきたのだ。
森羅が黙々と本を読んでいるので興味を持ったという。森羅の方としては別に親しくなるつもりはなかったが、色々と話しかけてくるので、答えているうちに気がつけばいつも一緒にいるようになっていた。
授業中は大半が寝ており、昼休みになると動き出す。そんな適当なことをしているのに成績は常に森羅の後ろについてきた。また、何かを真剣に学ぼうとしていたわけではなかったが、森羅がふった話題に自分なりの考えを返してくれた。一人で学んできた森羅にとっては、初めていろいろなことを議論できる友人であり、そして同時に初めて天才だと思える人物だった。勉強ができるとか覚えるのが早いとかそういうのではなく、とにかくなんでも柔軟に吸い込んでしまい、自分の考えを生み出すという意味での天才だ。
そんな龍陽だが、決して何かに真剣に取り組むということをしなかった。授業には一切真面目に取り組まず、予習もしてこない。だからといって、自分で学びたい何かを持っているというわけではない。才能のあるこいつならこれでもいいな、と思うと同時に、彼が真剣になることがないというのは何か寂しかったのだ。
真剣になにかに取り組み、張り合える友がいないというのが、森羅にとっては最も寂しいことだった。
そんな龍陽が、彼の得意な考えるという分野ではなく体を鍛えるという分野であるとはいえ、真剣になった。森羅に張り合ってくれると言った。
これほど嬉しいことはあるだろうか。
森羅とて、まだ若い少年である。己を極めることを目指しているとは言え、隣に立つ、あるいは正面からぶつかれる者がほしかったのだ。
「あいつは天才だからな。あいつが張り合ってくれるなら、楽しくなる」
「…?まあ、ステータスでは負けてますけど。あんな方法で文章の読み方を勉強する人を初めて見ましたよ。私は、そういう意味ではシンラ様のほうが天才だと思いますけどね」
「…そうだな」
森羅を持ち上げるサーヤの言葉に、森羅は苦笑しながら返す。
ただ、龍陽なら、やり方を見つければ森羅と同じことをやってしまうのではないだろうか。森羅は、彼が本気になったところを見たことがない。つまり、彼の天井を知らない。そして森羅の中での彼の天井は、はるか彼方にあるのだ。わずかな期待もあって、森羅はそう思っていた。
そんな龍陽が、あれほど真剣に、やる気になったと語ってくれた。張り合わなくてどうする。
「楽しみだな」
「…?」
疑問の表情を浮かべるサーヤに答えることなく、森羅は食堂に向かうのであった。