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6.魔法ト文字ト

二人が食堂を出ると、メイドの控室から出てきたサーヤとアリサが待っていた。特に声をかけたりはしていないのだが、どうやって二人が出てくるのを待っていたのだろうか。


「給仕の人が教えてくれるんですよ。誰々と誰々が席を立つって。そしたらそれを聞いて外で待っているというわけです」


「なるほど、俺の心を読んだ返事をどうも」


森羅が尋ねる前に疑問に答えたサーヤは、少しだけドヤ顔をする。本来ならメイドがそんなことをするのは許されないのだが、森羅がフレンドリーに接してくれと言ったのでなるべく素を出そうと心がけているのだ。


「これからどうされますか?」


(アリサはサーヤと比べて随分と落ち着いた雰囲気をしているな。龍陽とはタイプが合いそうだ)


そんなことをアリサを見ながら思った瞬間に、森羅はかすかに殺気を感じる。サーヤの方を振り返ると、ニコリと、一部の隙もない笑顔でサーヤがこちらを見ていた。


「どうしましたか?」


「…なんでも無い」


サーヤの悪口は心のなかでも言わないほうが良さそうである。


「どうする?」


「部屋に帰ってトレーニングとか色々」


「はいよ」


再び、サーヤとアリサの案内で部屋へと戻る。二人以外のクラスメイトはまだ食堂で雑談をしている。


(情報の共有とか頑張ってはいるが、やっぱりあの辺りは変わらんな)


森羅は部屋までの道のりをすでに覚えてしまったが、龍陽はまだらしい。なんでも食堂に行くときは眠たくて全く周りが見えていなかったようだ。


「それで、何からトレーニングするの?」


「ん、俺はトレーニングと言うよりは技能に関して修練するのを先にしたい。筋トレにかんして軽く教えとくから、それを覚えて自分でやってくれ」


それから、龍陽に筋トレの仕方を教える。体つきを見たところ、ほとんど筋肉がついておらず、龍陽が鍛えていないのがわかったので、大まかな話ではなく何処を意識して負荷をかけるのが良いのかを丁寧に説明する。


龍陽が自分で確認しながらトレーニングをしている間、森羅はサーヤを呼ぶ。


「なんでしょうか。夜伽ならもう少し暗くしていただきたいのですが」


「夜伽はいらない。それより技能、とくに魔法の使い方を教えてくれ」


「いらないは失礼じゃない…」


「何か言ったか?」


「いいえ。そうですね。まずは魔法の使い方ですが、技能に〇〇適正というのがですね…」


この世界における魔法とは、ただ魔法名を唱えれば発動するような便利なものではなく、しっかりと体系化された技術である。適切な魔法陣と詠唱を伴って発動されるものだ。魔法陣は基本的に、それぞれ属性・威力・射程・範囲・魔力収集の五種類の情報を持ったパーツの組み合わせでできる円形の模様である。この魔方陣に魔力を通すために必要となるのが魔法の効果を説明した詠唱である。この詠唱がながければ長くなるほど魔法陣にこめる魔力は高くなり魔法の威力は上がっていくが、適正な魔力量を超えると一気に効率が悪くなる。


また、魔法陣に関しては上記の五種類の情報はあくまで最低限の、例えば火球を直線上に放つような初級魔法を使用するのに必要となるものであり、これに対象や誘導性、持続時間や回避対象、魔法の拡散率、収束率、空気との干渉など様々な情報をつめて書くので、初級の火球を直線に放つような魔法でも魔法陣だけで使用するには直径1メートル以上の魔法陣を用いて詠唱を行う必要がある。


そこで役に立つのが、技能にある〇〇属性適正というものだ。この技能があることで、魔法陣に書き込み必要がある情報を極端に減らすことができる。そして、その減らした結果必要になるのが最初の五種類の情報というわけである。五種類の情報だけですむ場合の魔法陣の大きさは直径10センチ以下に収まり、魔法の行為を容易にすることができる。


さらに、属性適正系統の技能を持った状態でその属性魔法を使っていると、属性魔法陣破棄という技能が派生して発生し、魔法陣を一切必要とせず詠唱のみで魔法を使えるようになることがある。この技能を取得することが単独で臨機応変に戦闘可能な魔法使いの条件だ。


適正がないと実戦で魔法を使うことは魔法陣の大きさ的には不可能だが、適正があったとしても大抵の人間は小さな魔法陣を必要とする。それをどのようにして持ち運んでいるかというと、二種類の方法があるようだ。


一つ目は、紙や布の表面に特殊な鉱石をとかした塗料で魔法陣を書く方法。こちらの方法は生産が手軽で出先や戦場でも簡単に作ることができるが、一度の仕様で魔法陣が魔力の作用によって剥離してしまい使い捨てにするしか無いようだ。


もう一つの方法は、宝石や魔物から取れる魔石という鉱石に刻みつける方法だ。この方法であれば魔法陣が剥離することはないので、幾度でも使用が可能である。魔法の杖や錫杖というのもこの類に当たるらしい。この方法でも一つの媒体で使用できる魔法はせいぜい二つか三つだがさらに上級の魔法媒体として、魔石や宝石の内部に特殊な技能を用いて魔法陣を幾重にも書き込み、大量の魔法をそれ一つで発動可能にする媒体もあるという。


「そして、次に魔法とは違って属性を持たない技能なんですが、こっちは基本的に魔法陣を必要としません。一応魔力の効率を高めるための魔法陣というのも考案されているんですが、なくても問題ありません。普通の属性魔法使いは魔法陣を使うことで魔法の使い方を覚えていくんですが、魔力を使うが属性魔法ではない技能、ときに無属性魔法なんて言う人もいますが、これを使う人は自らの魔力の感覚を知った上で、自分の能力に慣れるしか無いです。基本的には技能というのは体が知っているものなので、魔力を感じても技能の使い方がわからない場合は、瞑想をして自分のそこに眠る力に意識を向けるしか無いですね。この世界で育った者なら育っていくうちに気づいていくんですけど」


細かく説明してくれたが、サーヤの説明は要点をついて非常に論理だったわかりやすいものだった。


(王宮に仕えているとなると教養も相当あるんだな)


「なるほど。じゃあ俺は後者だな」


自分の技能を考えながら森羅はそう答える。そもそも属性の文字が無いのに、“暴血”や“武具創造(漢)”などと言ったオキド団長ですら知らないような技能を持っているのである。稀有な例だろう。


「そうですか。じゃあとりあえず魔力を感じるところからですね。手を出してくれますか?」


「どうするんだ?」


疑問に思ったことを尋ねながらも、森羅はサーヤの指示に従って手を出す。


「今から私の魔力を手の平に集めます。それと反発しているシンラ様の中の力を把握してください。それがシンラ様の魔力です。一度認識してしまえば後は感覚をたどって呼び起こすことが出来ます」


そう言いながらサーヤは森羅の手をとる。熱心に教えてくれているサーヤには悪いが、柔らかい女性の手だな、と益体もないことを考えてしまう。


「どうしましたか?」


「いや…なんでもない」


「では、行きますよ」


そうサーヤが言ってすぐ、森羅はサーヤの手と接している方の手の平に違和感を感じる。熱いように感じる、でも熱くない、押されているように感じるが、押されていない。


「私の手から出ているものではなく、それと押し合っているシンラ様のうちから出ているモノに注目してください」


サーヤの言うとおりに自らのうちに意識を向け、手のひらでサーヤからの魔力とぶつかっているものを探す。


(見つけた。この白い…いや、それはなんとなく、か。このもやもやしたのが俺の魔力か。いや、時々、何かの形を…?)


手のひらへと集まっている魔力の存在を認識すると同時に、森羅の、技能の使い方が自然と思い浮かぶ。


「わかりましたか?」


「ああ、技能の使い方も、わかったみたいだ」


早速指の先に魔力を宿し、空中をゆっくりとなぞる。


「それが、シンラ様の技能ですか?随分と不思議な技能ですね」


次第に空中に描かれていく黒い模様を見て、サーヤがそう尋ねる。


「王宮のメイドの前でやってる時点で秘密にするのは難しいだろうが、できることなら黙っておいてくれよ。生命線だからな。特にステータスの悲惨な俺にとっては」


「上から命令されたら断りませんからね、私は」


「だろ。まあこの技能ばっかりは見ててもわからないと思うがな」


見ていてもわからない。当たり前だ。森羅が今ゆっくりと書いているのは、漢字、なのだから。やはり、“武器創造(漢)”の技能は、森羅の想像していたとおり漢字を書いて組み合わせ、武器とするというものだった。


ただ、想像していなかったのはその不便さ。


「まだ技能の行使中ですか?」


「あと20分かかる」


「なが…大魔法か何かですか?」


「いや、紋様書くだけ」


「…使い物に」


「なりません」


きっぱりと森羅は断言する。そう、それほど使い物になるとは思えないのだ。漢字を組み合わせて武器を成す。だが、森羅の中の力が言っている。まだ、今の森羅では三文字を組み合わせるのが限界であり、ただの武器しか作れないと。それは裏を返せば、この技能をもっと使いこなせるようになれば多い文字を組み合わせる事ができ、ただの武器以上の何かを作れるということでもある。


問題は、それまでにどれだけ訓練がいるのかということだ。そもそも文字を書くのに一文字30分かかるとは、なかなかにシャレにならない技能である。速く書こうにも、指が先に進まないのだ。だからといって、力を抜くと文字が消えそうになる。厄介な力だ。


「よし、っと」


「出来たんですか?」


「ああ、こいつを…」


文字を維持していた魔力を切断すると、ふっと文字が消える。


「あっ、消え、え?」


一度書いた文字はストックしておいて出したり引っ込めたりすることが可能なようだ。それを出し入れしてみせると、サーヤが目を白黒させる。


「とりあえず、続きを書くか。それと、よいしょ」


指先への集中を切らさないように気をつけながら立ち上がり、机について借りて来た本を開く。


「サーヤ、何か書くものがほしい、それとこの1ページの文章を全部読み上げてくれ。全部メモするから」


「わかりました。技能を使いながら他の作業ができるんですね」


「魔力を維持してこれだけの紋様を想像し続けるだけだからな。少し集中してれば問題ない」


自分の中にある魔力を体の一部のように扱うことを意識する。意識して引っ張り続けるのではない。なんとなく、で動かせるようにするために、今は意識して魔力を操るのだ。はじめはもやもやと存在しているように感じた魔力は、森羅自身が認識したからか、淀んだ状態からより体全体をめぐる渦のように流れているのがわかる。


文字を書いているうちに、体中を流れているようだった魔力がどんどん少なくなっていくのを森羅は感じる。森羅自身の魔力総量が一般人並みというのもあり、それほど連続して技能を行使できるわけではないようだ。


「持ってきました」


「ありがとう」


サーヤから受け取った紙を置き左手に羽ペンを持つ。羽ペンの扱いなど森羅に経験はないが、万年筆と同じ要領だと決めて適当にやってみることにした。インクを適量だけつけ、余分な分を落としてから構える。右利きではあるが、左手でも書けるように練習をしているのでさして問題はない。


「じゃあ読み上げますよ」


「ああ」


サーヤが読み上げる通りに紙に日本げで記していく。


「これで全部です」


「ありがとう」


技能は維持できているかを確認してから、サーヤから受け取った昔の初等用の教科書と日本語を見比べる。見るのは一致している部分としていない部分、そしてそこからわかるそれぞれの文章の順番。


「なるほど、これがあれで…」


魔力の供給を切らすこと無く森羅は読解に没頭していく。“魔力操作”の技能もなく、他の技能も優れていない。だが森羅には、類まれな想像力がある。そして、自分たちが知らない技能、魔力を動かすには、心で強く想像するしかない。少なくともステータスなどで他のクラスメイトの劣っている森羅が誇れる部分である。


「できた」


二文字目を消してすぐに次の文字に入る。文字を書いている最中に再びサーヤに声をかけて次のページを読み上げてもらう。そうしているうちに、三文字目を書き終わる。


「…ん、一日に三文字が限界か」


魔力はまだ十分に残っている。だが、文字を書こうと指を滑らしても、その跡が先程までのように空中に残ることはない。回数制限だろう。


「よし、あとはトレーニングをして寝よう」


明日の朝も、早くから起きてトレーニングをするつもりである。オキド団長の話では8時に訓練場に集合すればよいという話だったが、わざわざそんな遅くまで待つつもりは森羅にはない。


「後はトレーニングして寝るだけだから、サーヤも寝てていいぞ」


「ありがとうございます。まだなにかするんですか?もうずいぶん遅いですが」


時計を見ると、午前0時を回っているようだ。この世界も24時間制であるということを今知ったが、それはさておき。


「時間は有限だ。だから限られている限り全力で使う。寝るときは全力で寝る。今日はまだ体力を使ってないしな」


「普通は魔力を使ったら倦怠感に襲われるものなんですけどね。おやすみなさいませ」


森羅に休みをつげて、部屋の隣りにあるという小部屋に入っていく。扉が壁と一体化して見えるのは、客人に気づかせないための配慮だろう。


「さて、一動きしてから寝るか」


全身の筋肉をくまなく使ってトレーニングをする。30分以上かけて最低限の一通りをかけたところで、森羅はつい今アリサを見送った龍陽に声をかける。


「随分頑張ってたな」


「随分丁寧に教えてくれたからな。あれだけ教えられたらやらないわけにいかないだろ。それに俺は、技能の方はもう動かせるし」


龍陽がそう言うと、掲げた指先から魔力が立ち上り、丸の形を作る。


「速いな。ずっと筋トレしてるかと思ったが」


「まあ、ステータス見た段階でわかったからね。昼寝しようと思ったときも結局できなきてこれ練習してたし」


そう言って龍陽は魔力を散らす。


龍陽は魔力のエキスパートだ。魔力そのものを自在に操り、武器とし、身体を強化する。極めれば純粋に強い、そんな力だ。さらに魔力関係の技能を大量に持っているおかげで魔力そのものにはじめから気づくことが出来、簡単に操ることが出来たのだ。


「チートだな」


苦笑しながら森羅は龍陽にそう言う。龍陽は体中が痛くて動けないようだ。


「お前に比べればな」


その後は部屋についていた浴槽を使って体を流す。サーヤやアリサから大浴場があるという話は聞いていたが、時間を使い切ってしまったので部屋で入ったのだ。


「おやすみ~」


「おやすみ。明日は朝5時からトレーニングに行くつもりだが、どうする?」


「筋肉痛がな…」


「“身体把握”を持ってるからわかるが、この世界ではオーバーワークは存在しないようだ。ステータス制がある恩恵かもな」


暗に、筋肉痛痛くても鍛えたらこの世界では確実に成長するよ、と森羅は龍陽に伝える。


「…俺も起こしてくれ」


「わかった」


用意されていた服は、現実世界と遜色ないほど着心地がいい。


(どうやら、筋繊維が壊れた上から鍛えると、体が対応しようとして回復が増進されるようだな)


“身体把握”でわかったのは、この世界では鍛えるだけ強くなれるということ。もちろん限度と効率はあるだろうが。だが、それがわかっただけで十分だ。


鍛えるほど強くなれる。これほど心躍ることはない。


こんな非常事態ではあるが、期待にワクワクしながら眠りについた。

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