5.曲ガラヌ意志ト友ノ决意
全員がオキド団長に報告を終えたところで、訓練は明日から行われることと、これからは一人ひとりに侍女がついて食事や訓練場への案内をしてくれるということをオキド団長が説明し、そこで解散することとなった。
オキド団長が声をかけると、一人の女性が現れて森羅たちを案内してくれる。方向は、先程王や教皇と話した場所と反対の方向だ。あの場所は通常の食堂などではなく、王族が食事を取る場所のようだったので、いくら勇者とはいえ得体のしれない人間を近くに置きたくないのも道理である。
森羅たちに与えられる部屋は、王宮から少し離れたところにある離宮のようだった。直線の通路に、いくつもの部屋が並んでいる。その中かから二人で一部屋が与えられるようだった。
比呂や星夜、雫が中心となって部屋を決めていく中で、森羅と龍陽はさっさと離宮の入り口に一番近い部屋を選んで入る。
部屋に入ると、オキド団長が言っていたとおり部屋には2名の侍女が待っていた。客人として森羅たちを待たせるためには行かないと、彼らが来るよりも前からずっと待っていたのだろう。
「アリサと申します」
「サーヤと申します。私達二人が、お二人のお世話をさせていただきます」
一糸乱れぬ所作で二人の侍女、いや、服装をふまえて言うならメイドが頭を下げる。森羅たちをここまで案内した侍女よりも年齢が低く森羅たちと同年代に見えるが、容姿が淡麗であり勇者の世話を任されていることから、かなり上級のメイドであるのだろう。
「俺は森羅、こっちは龍陽と言います。よろしくおねがいします」
「よろしくおねがいします」
ペコリ、と、二人のメイドと比べれば遥かに雑な動作だが、二人も頭を下げる。
「お二人は、私達のどちらを望みますか?」
「俺はどちらでも…」
「俺もどちらでも良いです」
二人は特に女性の容姿や好みにそれほど興味がないし、そもそもアリサとサーヤは黒髪のショートカットと金髪のロングヘアーという髪型の違いはあれど、どちらも負けず劣らずの美しい容姿をしているため、特に選ぶこともない。
二人がどちらかを選択しないととわかると、二人のメイドは自ら担当する方を決める。
「では、私がシンラ様のお世話をさせていただきます」
とアリサが、
「私はリュウヒさまのお世話をさせていただきます」
とサーヤが宣言する。
「わかりました。よろしくおねがいします」
「よろしくおねがいします~」
龍陽は、先程までの緊張感は何処へ行ったのかもういつもの眠たげな様子に戻っている。
「お二人にお伝えしておきたいのですが、私達に丁寧に接することは不要です。一時的にではありますが、私達はお二人にお仕えする身でありますから。どのような命令でも承ります」
メイドを代表してアリサがそう述べる。確かに、二人の接し方は、龍陽の気が抜けていることを除けば王女と接したときとほとんど変わらない。
「わかりました。龍陽、ちょっと出てくるぞ」
「おう、何処に行く?」
「図書館があるならそれと、訓練場の場所の把握だ」
「りょうかい、俺は夕食まで一眠りしとく」
早速ベッドに飛び込んでいく龍陽とアリサを置いて森羅は部屋をでる。軽く部屋の中を眺めたところ、客室と言うだけあってかなりの広さがあり、ベッド以外にも明かりらしきものと、トレーニングをできそうな開けたスペースがあった。ベッドが天蓋付きだというのは予想外の豪華さだったが、この際堪能させてもらうことにする。
「サーヤさん、王宮に図書館のような場所はありますか?」
部屋を出てから森羅はそうサーヤに話しかける。
「大書庫ならあります。案内いたします」
「ありがとうございます」
大書庫は離宮ではなく王宮の方にあるようで、一度離宮を出て王宮へと戻る。
「シンラ様、先程も申しましたが、私達に丁寧に接する必要はありません」
「一つ、言っておきますが、俺達は元の世界ではただの一般人です。あなたよりも遥かに身分の低い。ですから、丁寧に接してくる相手に対して横着に接することを違和感に感じる者もいるんですよ。他の者は知りませんがね。ですから、サーヤさんが話し方を改めてくれれば俺も改めますが、そうでなければこのまま話させてください」
森羅がそう返すと、サーヤは深くため息をつく。勇者の世話など厄介な仕事を回されたものだと思っていたが、思っていたのと別のベクトルでめんどくさかったのだ。
「わかりました。そのかわり、様をつけるのと多少丁寧に話すのぐらいは許してくださいよ。じゃないと私が処罰されちゃうかもしれないんですから」
先程よりもはるかにフランクにサーヤは話す。意識して普段は丁寧に話しているだけで、メイド同士であればフランクな話し方をしているのだ。
「わかった。ありがとう。それぐらいのほうが俺もありがたいよ」
「そんなことを言う客人は初めてです」
「まあ、普通はこの城に来る客人といえば偉い人だろうからな。俺達みたいな一般人が来たのが初めてなんだろ」
そんな話をしながらしばらく歩くと、大書庫の前に到達した。扉自体はこじんまりとした小さなものだ。
「こちらです」
サーヤに案内されるまま扉をくぐる。扉の向こうは、たしかに巨大な本棚と、そこに収まった本で埋め尽くされていた。入口のあたりには大きな机があり、そこに一人の男性が座って本の山に埋もれながら編纂作業に勤しんでいる。
「これは第七章八項の内容…、いや、九項に入れるべきか…」
「マホロデ様、お客様をお連れしました」
「ん、僕の客ではないな、とすると書庫の利用者か。名前と身分を教えていただけるかな?」
本の山から抜け出すようにマホロデが立ち上がる。外見を一言で形容するなら、細くて長い、といったところだろうか。しかもその体にローブを纏っているものだから、魔法使い感が半端ない。
森羅が答えようとするのを制して、サーヤが代わりに答える。
「本日勇者召喚が行われたのをご存知ですか?彼はその一人で、シンラ様といいます。書物に興味があるということでお連れしました」
サーヤの紹介に合わせてペコリと頭を下げると、マホロデは目を輝かせる。
「ほほう、異界の者か。異界の書物について訪ねたいところではあるが、さてさて、どのような書物をお望みかな?それと、そこのメイド君は丁寧に話しているが、僕には友人にするように話してくれて構わないよ。そこのメイド君は仕事上聞いてくれないと思うけど」
「わかった。とりあえず、この世界の歴史やおとぎ話といった類のものと、ゆくゆくは戦術教本のような物も読みたいんだが、まずは字を読めるかという問題がある。とりあえず、何でも良いから文字を見せてほしい。それから何を読むかは考えたい」
「なるほど、異界の者故に言葉は通じても文字は読めない可能性があると。ふむ。伝承の通りか。ではとりあえずこれはどうかね」
マホロデが腕を一振りすると、いつの間にかその手の中に一冊の本が収まっていた。
「これは過去に異界から訪れたと思われる者たちの記録がまとめられた本だね。書かれたのはざっと500年は前の代物だが書物として読むのに問題はない。君の助けになる情報も書かれているかもしれないしね」
「過去にも異世界から来たやつがいたのか…。それが俺達の世界かはわからないが、面白そうだ。ありがとう」
「礼には及ばない。僕は、すべての書を求めるものの友だからね。座りたいならそっちの机を利用してくれ。どうせそれほど人の訪れない部屋だ、好きに使ってくれて構わない」
そう伝えてマホロデは書物の編纂作業に戻る。彼にとっては、異界の者に対する興味も、書物に比べれば優先度は下なのだ。
さっそく席についた森羅は、正面に嫌がるサーヤを座らせて本を開く。自分の世話するものと同じ席につくのはメイドとしてまずいとサーヤはごねたが、後ろや正面に立たれるのも気が散るので無理を言って座ってもらったのだ。
「やっぱり、一文字も読めないな」
「そうですか。そもそも何で言葉が通じるんでしょうね。シンラ様は異世界の勇者なんでしょ?」
「言語理解という技能を召喚された人間は共通して持っているみたいでな。音声会話なら通じるみたいだ」
「なるほど、そんな便利なものがあるんですね。それよりシンラ様、そろそろ食事の時間ですよ」
「何、もう?」
「一応勇者様方は食事を同時にとったほうが良いだろうということで、時間が設定されているんです。まあそれに参加しないのも自由なのですが」
「わかった。それじゃあ、何か文字を読む勉強になるような本を借りて帰れないか訪ねてもらえないか?できれば初歩的な文法を学んだあとで、実際の簡単な文を読みながら練習したい」
「わかりました。ちょっと待っていてくださいね」
そう言うと、サーヤはマホロデのところへ話に行って少ししてから戻ってくる。
「借りて帰るのは自由にしていいらしいですよ。ちゃんと返すなら。それと、読む練習ならこれを使うと良いと言われました。昔の勇者様もこれを使っていたという記述がその本にあるらしいですよ」
そう言いながらサーヤが差し出したのは、小さな古びた本だ。
「これは?」
「学院の初等部で使われていた本です。今は文字の読み方から文法まで丁寧に解説するんですが、この本はちょっと特殊で似た形の文がいくつも並んでて、それぞれの違いを見ることで文の読み方を覚えるらしいです。異界の者なら話した言葉は伝わるからこれのほうがいいだろうと言ってました」
「それは、助かるな。それじゃあ、その本とこれを借りて、訓練場を経由して離宮に戻ろうか。案内よろしく」
「訓練場の案内はさっきも言ってたからわかりますが、本を部屋に置きに行くんですか?それなら私がしておきますよ」
「食堂はどうせ離宮にあるんだろう?なら別に部屋に戻っても構わないと思ったんだが…」
大書庫を出ながら、そんな会話をする。森羅としては、王族の住む場所に勇者を近づけたくないだろうから食事をする場所も離宮にあるのだろうなとふんでいたのだが、どうやらそれは違うらしい。
「聞いた話によると、王女様も出席なさるそうですよ。勇者様方との交流を深めるらしいです」
「まじか、割と信頼されてるんだな」
「異世界から呼んでおいて信頼しないほうがどうかと思いますよ」
「そういうことじゃなくてだな…」
会話をしながらだと、そこそこある大書庫からの道のりも大したことはないと感じられた。
「こちらが訓練場です。一応王宮内の騎士も訓練に使用しているので好きなときに使用できます。シンラ様は明日専用の武器を受け取るかもしれませんが、いちおう刃を潰した武器ならそこの部屋にあります」
「わかった。好きなときに使えるというのはありがたいな」
「といっても、毎日そこそこ訓練はあると思いますよ」
「どうせ、俺達は大切に扱われるだろうから、訓練もそんなハードにしないだろ。俺にとってはそれじゃあつまらんからな」
「鍛えてるんですか?」
「まあ、な…」
食堂に向かう道中もそこそこ話ははずんだ。森羅がフランクに接してくれと伝えたので、サーヤもなるべく雑談をするように意識してくれたのだろう。プロ意識と言ってしまえばそれまでだが、森羅は優しい人だなと感じた。
一度部屋に戻ってアリサが龍陽を起こすのを手伝った後、四人は食堂に向かった。先程王と対面した部屋とは別の部屋だ。
食事の際は、勇者同士が気兼ねなく話せるようにしてくれるということでサーヤたちは別室で待機をしているらしい。食事もついでに取るようだった。それぞれの部屋にもメイドが控えておく小さな部屋がついており、メイドの二人は夜はそこで寝て、森羅たちが呼んだときにすぐに反応できるようにするらしい。なんとも徹底して森羅たちに良い待遇を提供しようとしてくれているようだ。
食堂にはいくつも丸机が用意されており、それぞれに6人程度が座って中央にある大皿から食べ物をとって食事をしている。森羅たちが他の生徒から離れた机につくと、侍女らしき女性が大皿に盛られたいくつもの料理を持ってきてくれた。人数が少ないことを配慮して他の机よりは小さな皿にしてくれているようだ。
「図書館は行けた?」
「大書庫と言うらしい。本を借りるの自体は自由だったから借りてきた。とりあえず読めるようになるところからだな」
「あー、言葉は通じても文字は読めない感じか。またすさまじいことに取り組むな」
「本から得られる情報ってのはでかいし、自分の知りたいことを知りたい速度で知れるからな。正直そっちのほうが学ぶならもってこいだと思ってるからな」
皿に肉やパスタをとって食事をしながら、森羅と龍陽はいつものように会話をする。
「…俺もやってみるか」
会話がふと途切れたときに、ポツリとつぶやいたのは龍陽だった。
「お前も本の読み方練習するのか?正直そうとうめんどくさいし、お前がやると言うとは思ってなかったな」
「いや、それもあるけど、まあ色々やってみようかってことだよ。トレーニングとか読書とか」
普段はほとんどのことに対して無気力な龍陽だが、今は珍しくやる気のある表情をしている。森羅は、彼を基本的に才能はあるが無気力な人間だと思っていたので、珍しくやる気を出している姿に驚いた。
「どういう心況の変化だ?」
「いや、あっちでやる気なかったのはやる必要性がなかったからで、こっちだとそういうのは命に直結しそうだし、いつまでも適当じゃいられんでしょ。まあ、せっかくそういう機会だし本気でやってみたいなと思っただけ」
龍陽とて、ファンタジーに興味がある以上こういった世界の想像をしてみた事はあるし、だからこそこんな世界では真剣に生きないと厳しい事が多いのはわかっているのだ。真剣にやって見るなら、目の前に何でも真剣にしないと気がすまないという変人もいる。参考にするものには事欠かないのだ。
「なるほど。まあ、やる気になったことは良いことだな。なんなら、俺とトレーニングするか?」
「それを夜にでも頼もうと思ったんだよ。まあ俺の体力を想像してくれると嬉しいけど」
「任せておけ。みっちりしごいてやる」
「お手柔らかに…」
雑談をしながらも今後の方針だったりを話していく。方針と言っても、森羅がどのように読書の練習をしたりトレーニングをするつもりなのかを龍陽に伝えて、龍陽がどの程度それについてくるのかを確認するだけだが。
二人が会話をしながら食事を終えようとしていると、委員長が机に近づいてくる。
「どうした、委員長」
明らかに森羅たちに用があって近づいてきているようだったので、森羅から先に声をかける。
「あ、その、二人共みんなとステータスを見せ合ってないじゃない?どうかな、って」
それを聞いて森羅と龍陽は顔を合わせる。つい先程まで、こういう緊急事態に置かれるた場合の人は、それぞれの集団にこもりがちだが、他のクラスメイトはどうだろうか、という話をしていたのだ。自分の集団は安心できるだろうか、他の集団ともつながったほうが安全だろう、だが、それをできるものは少ないだろうな、などと意見を交わしていたのである。それが、普段クラスの輪から外れたところにいる自分たちにも声をかけてきたのだ。予想は面白い方向に外れるものだと思った。
だが、それとステータスを伝えるというのは別の話である。
「委員長、悪いが俺はステータスを教える気はない。教えればクラスの輪に巻き込まれるだろうし、そもそも俺のステータスは最低クラスにしょぼいらしい。だから身の安全のためにも見せないでおきたい」
「俺もパスで。もともとそんなに仲良くなかったし。当面は森羅と一緒にいるだろうから他のメンツのは知らなくていいや」
「え、ちょ…、ほんとに?みんなで協力しあわないと命が危ないんだよ?」
「やれるところまでやってみたい。それに、さっきも言ったが俺はクラスメイトだからといって完全に信頼しているわけじゃない。そんな相手に自分の生命線を見せることは出来ない」
「そもそも、俺と森羅はクラスでも浮いてたからな~。こういう状況でいきなり仲良くしようってのも無理があるよ。それほどみんなと関わるつもりはないしね」
「すまないな、委員長。わざわざ気をかけてもらって。オキド団長いわく俺の力は最弱らしいから力になれることもないと思うが、まあ、他の奴らで解決できないことがあったら相談してくれ」
「ありがとな~」
「え、ほんとに…??」
呆然とする委員長を置いて、森羅と龍陽は席を立つ。委員長が珍しく二人に話しかけたことで、他の生徒から注目を集めてしまった。
もともと森羅は、クラスメイトがそれほど好きではないのである。毎日をただダラダラと生き、ある程度努力すればいい程度にしか考えていない、もしくは才能だなんだとひねくれたふりをして諦めたふりをする。そんな彼らの考え方が好きではなかったのだ。だから、他のクラスメイトと多少の雑談をすることはあれど本当に仲良くなったのは龍陽ぐらいだし、自らのしたいことに没頭することで彼らとの関係を絶ってきたのだ
「お前は俺と違って、ちゃんとやればあの集団の中でも生きていけると思うがな」
「別に仲良くしなくてもな、って感じはするしな。どうせ一緒に戦うんだろうし、そのときに考えれば良いだろ」
「そうだな…」
龍陽にはそう答えながら、森羅は頭の中では違うことを考えていた。
(やっぱり、この場所にいても、大事に訓練させられるだけだ。俺は、せっかく多少なりと力があるんだから、戦いの中で鍛えたい。傭兵、なんてのはないんだろうか。魔物もいるとは言ってたが、俺はそれと戦う冒険者よりも、戦に明け暮れる傭兵になりたい)
親切すぎる王宮の待遇が、森羅にそんな決意をさせた。世界の、泥臭い野の中でもまれたい。そんな思いが、森羅の中で大きくなっていく。