4.力と器 開クトキ
森羅と龍陽をのぞく全員が比呂に賛同して、この世界のために戦うことを選択した後、森羅たちは、教皇が連れてきた教会のものによって城の別の部屋へと案内された。
道中で出会った侍女や執事らしき人たちや、衛兵たちが森羅たちを見て憧れの目を向けたり、頭を下げたりするのを見ると、森羅たちの存在はある程度周知されているのだろう。
少し歩くと、目的の部屋についた。そこに入ると、教会の人間、ヤシュタルが振り返って皆に声をかける。
「皆様に、こちらの部屋でステータスプレートを作成していただきます」
そう言うと、ヤシュタルはその部屋で準備していたものからカードを受け取る。
「これがステータスプレートといいます。先程も言ったとおり、何かしらの職業についている人間はたいてい持っています。偽ることが出来ないので身分証代わりに使えますので。さて、使い方を説明したいのですが、どなたか率先してためしてくださる方はいらっしゃいますか」
そう言われて、生徒は互いに顔を見合わせる。いくら自らが強い力を持っていると言われたとはいえ、実際に確認してみるのは怖いのだ。そんな中、やはり真っ先に進み出たのは比呂だった。
「俺がやります」
「わかりました。ではこちらへ」
比呂がヤシュタルのところまで行くと、彼は小さなナイフを取り出した。
「このステータスプレートを初めて使用する際には、血を垂らすことで所有者を覚えさせる必要があります」
「それで切るんですか?」
比呂に怯えた様子はない。あくまで確認のため、といった様子だ。
「ええ、ですがご安心ください」
そう言うやいなや、ヤシュタルは自らの指先を切った。
「なっ…」
「《ヒーリング》」
生徒が驚きの声を上げる中で、ヤシュタルがそう唱えると、緑色の光が地が出ている指先に集まり、光が晴れると傷口がふさがっていた。
「このように、私を含めてここにいる者は皆という、傷を癒やすスキルが使えます。ですので、切っていただいてもすぐに回復しますのでご安心ください」
それを聞いた比呂が、覚悟を決めたように手を差し出す。
「お願いします」
「わかりました」
ヤシュタルは比呂の手のひらを下に向けさせると、わずかに指先をきり、ステータスプレートに一滴血がたれたところでヒーリングを使って傷を治す。
「できました。これを持って、《ステータスオープン》と、唱えてください」
そのとおりに比呂がすると、プレートの色が黄色みが買った白色に変化する。
「これは…」
「それが、比呂様の魔力の色です。ひとりひとりの魔力は異なる波長を持っており、それがステータスプレートの色で表されます」
比呂が驚きの声を上げると、すぐにヤシュタルが補足する。
「説明のために、他の皆様にお見せしても?」
比呂のステータスプレートを見たヤシュタルがそう確認を取る。
「構いません」
「ありがとうございます」
比呂のステータスプレートを他の生徒に見せながら、ヤシュタルが説明を続ける。
「ここにかかれている数値がステータスです。これは皆さんの基本的な身体能力を示したものになります。筋力は文字通り力を、体力は体の頑丈さを、魔力はスキルなどで使用する魔力の量を、物耐は物理的なダメージに対する耐性力、防御力を、敏捷は素早さを、魔耐は魔法攻撃に対する耐性をそれぞれ数値として示したものになります。また、こちらの技能というのが、個人個人の有している特殊な技能を示しています。この技能と、こちらに書かれている天職を判断した上でそれぞれにあった戦い方を見出すことが出来ます。そしてこちらのレベルというのが、個人としてどれだけ訓練しているかを示す指標となります」
その後細かい説明をしてくれたヤシュタルによると、天職というのが個人の才能を示すものであり、それに関連のあるスキルが後々派生して獲得することができるようだ。ただ、天職といっても本人の器を示すものであり、その職業しかつけないというわけではないらしい。例えばヤシュタル自身は先程を使ったように、天職は“治癒師”だが、エンデ教の神官の中でもかなり高い身分にあるらしい。
「っと、私の役目はここまでです」
説明を中断して、ヤシュタルがプレートを比呂に返す。突然のことに皆はキョトンとした顔だ。
「私の役目は皆様をここまで導くこと。この城で皆様の訓練の指導及び日常生活の手助けをする方がいらっしゃったので、その方に後のことはおまかせしたいと思います。オキド団長」
「おう!」
ヤシュタルが呼びかけると、森羅たちが入ってきた入口の方から大きな返事が聞こえる。生徒がそちらを振り返ろうとすると、振り返る視線と入れ違うように一人の男が前へと歩いていく。全身に鎧を着込み、腰に剣をつっていながらも動きに重さを感じさせないことから、かなりの手練だということが見て取れる。
「今後皆様の訓練の指導をしてくださる、王宮騎士団のオキド団長です。オキド団長と、かれの率いる王宮騎士団の方々が皆様の指導にあたってくれますので、相談することがある際には彼らにご相談ください。それでは団長、あとはよろしくお願いします」
そう言うと、ヤシュタルはあっという間に去ってしまった。ヤシュタルの去っていった扉の方に皆が目を向けていると、パンパンと、オキド団長が手を叩く。
「おし、とりあえず俺の自己紹介からするぞ。名前はオキド、王宮騎士団の団長をやってる。腕はかなり立つから、何か行き詰まりを感じたら相談してくれ。それと、俺含めて騎士団の連中にはお前たちに対して敬語を使わないように言ってあるからな。王族の方々や教会の連中とは違って、俺達は戦友になる立場だからな。以後よろしく!」
王宮騎士団の団長と言う割には、オキドはかなりフランクな人物のようだ。森羅たちとしても、妙に丁寧に接してくる王女や王、教皇などはやりづらかったので、オキドぐらいに楽に話してくれたほうが話しやすかったりする。禿頭で日焼けした四十代というなかなかいかつい見た目をしているが、話し方一つで接しやすい陽気な人物に思える。
「それにしても、ヒロ、といったか。お前はすごい才能を持っているな!」
比呂の肩をばしばしと叩きながらオキドは言う。
「そう、なんですか?あんまり基準がわからないので凄いかどうかわからないんですけど」
「なに、それも説明してないのか、そうだな…」
それから、オキド団長がこの世界での一般的なステータスと技能について教えてくれた。そ彼によると、この世界の一般的なステータスでいえば一般人がレベル1の段階で20以下、兵士になってレベルの上がったものでも50ぐらいのものが多いらしい。オキド団長はこの国でも最強クラスの人間らしく、全ステータスが300ほどあるようだ。
それを踏まえて比呂のステータスがこれである。
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十束 比呂 17歳 男
天職:勇者
レベル:1
筋力:100
体力:100
魔力:100
魔耐:100
物耐:100
敏捷:100
《技能》
鋼の心・勇者の心・縮地・限界突破・全属性適正・全属性耐性・状態異常耐性・物理耐性・高速移動・剣術・金剛身・勇者の気・魔力高速回復・詠唱短縮・魔力探知・気配探知・先読・言語理解
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先程ヤシュタルの見せたステータスを思い出しながら森羅は珍しく苦笑を漏らす。
(本当にチートなのか。死ななくて良いかもしれないがそれはそれでおもしろくないんだよな)
自分を鍛える、極めるのが好きな森羅からしてみれば、元から力があるというのは面白くはない。もちろん命がかかっているので完全に弱いのが良いというわけではないが、鍛える余地ぐらいはあってほしいものだと思う。ただ、比呂の天職は勇者だったので、クラスメイトの中でも比呂が飛び抜けて化け物なのかもしれない。
「ステータスも凄まじいが技能の量も凄まじいぞ。普通なら3つぐらいなんだが、ヒロは強力なスキルばかり大量に持っているからな。おそらく、戦い方さえわかれば、地方の騎士団長は敵じゃないだろうな」
頼もしい限りだ、と、オキドは大きな声で笑う。彼のフランクな話し方に惹かれたのか、他の生徒のこわばっていた顔も和らいでいく。
「それでは、残りのメンバーもステータスプレートを作っていこう。ああそれと、一つ注意しておくが、ステータスは簡単に人に見せるなよ?戦う者からしたら生命線だからな」
「友達に、見せるのは良いんですか?
オキドがステータスの扱いに関して注意すると、委員長が勇気を出して尋ねる。
「それは大いに結構だ。むしろ、実力でいえばお前らとともに戦うのは友人になることが多いだろうからな。仲の良いもの同士ではある程度共有しておいたほうが良いぞ」
実力でいえば、とは、森羅たちは素質が高いことがわかっているので、彼らが育ってしまえばこの世界の人間では肩を並べるのが難しいということだろう。
その後、部屋の中にいる《ヒーリング》を使える人に手伝ってもらいながら、生徒全員がステータスプレートを起動する。森羅達一人ひとりに担当の教官が王宮騎士団から着いた上で訓練を行うらしいが、紹介は明日になるらしいので、ステータスの報告はオキド団長に行なうように指示された。オキド団長自身ステータスを秘密にするように言っておいて言いにくいらしいが、担当の教官の選抜に必要だそうだ。
「よろしくおねがいします」
「こちらに手をお出しください」
森羅は神官らしき女性の指示に従って手を出す。さきほどヤシュタルがしたことと同様のことを女性の神官がすると、森羅の指から垂れた血がステータスプレートに染み込み、プレートが変色していく。先程比呂のプレートが変色したときその色は黄色みがかった白だった。それに対して森羅のプレートは、赤黒く、凝固した血の色へと変わっていく。
「黒い…」
「魔力の色の持つ意味はまだ研究が行われているテーマですから、黒いからと言って不安に思わなくて大丈夫ですよ」
森羅がポツリと呟くと慰めるように神官の女性が言ってくれる。別に気にしているわけではなかったが、何かしらの意味があるというむしろ興味深いことを聞けて森羅は少しばかりワクワクした。
「ありがとうございます」
「勇者様に、エンデ様の御加護があらんことを」
神官の女性が森羅のために祈ってくれる。自らは神を崇めていないとは言え、自分のために祈ってくれた女性には心の中で感謝する。
神官の女性から離れて森羅は早速自分のステータスを確認する。
「《ステータスオープン》」
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上地 森羅 17歳 男
天職:剣士
レベル:1
筋力:10
体力:10
魔力:10
魔耐:10
物耐:10
敏捷:10
《技能》
武具創造(漢)・暴血・読破・身体把握・言語理解
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(ん、剣士、といえば普通の天職じゃないのか?しかもステータスは明らかに一般人のそれだし。技能はあまりよくわからないのが多いが、俺は対して強くない、のか?)
森羅の持っている技能の数は圧倒的に比呂に劣っており、ステータスもお話にならない。
(武具創造(漢)は、多分漢字を使って武具を作るものだろう。言語理解は十束も持っていたはず。だが読破と暴血はなんだ?そもそも剣士なのに十束の持っていた剣術はないのか?)
疑問を持ちながらも森羅はオキド団長のところへ報告に行く。今ならまだ他のクラスメイトは互いにステータスの見せあいをしており目立たずに住むのだ。比呂の他にも星夜や雫など高い能力を持っていたメンバーが数人いたようで、今はクラスの目が完全にそちらを向いている。
「オキド団長」
「おう、君は…」
森羅が声をかけると、比呂たちの方へ目を向けながらも森羅が近づいていることに気づいていたオキド団長はすばやく森羅の方へ向き直る。
「上地森羅といいます。森羅と読んでください」
「ああ、それでシンラ、ステータスの報告か?」
「まあ、そんなところです」
そう言ってから森羅はオキド団長にステータスプレートを見せる。
それを見た団長は、一瞬驚いた顔をすると、目をゴシゴシこすったりプレートを叩いたりする。
「見間違いではないですよ。それぞれの技能に心あたりがあればお尋ねしたいのと、明日からついていただく教官について相談がありまして」
「お、おお。しかし…、いや、そうだな。まずは技能だが、前の二つはわからない。まあ大体勇者は珍しい技能を持っているから、よくあることだ。次の“読破”はまあ珍しい程度の技能で、文字を読む速度がかなり速くなるものだな。それに“身体把握”は治癒師や医者が持ってる、体の構造を把握するもので、正直言ってどっちも戦闘に役立つかは疑問だ。…それと、教官のことだったな?」
森羅に説明するほどにオキド団長の歯切れが悪くなっていく。森羅のステータスが厳しい戦いに挑むであろう勇者一向のものとしては遥かに心もとないものであるのを申し訳なく思っているのだ。もともとオキドは、この国のために戦うのは自分たちであるべきだと思っており、異世界から来た、力があるとはいえ幼い少年少女の頼るのには反対の立場であったのだ。だが、こうして呼ばれてしまった以上は、力の限り指導して、彼らが命を落とすことがないようにしたいとも考えている。
だからこそオキド団長は森羅に対して申し訳なく思っているのだ。
「はい。私は、単純に戦闘の仕方を学ぶだけでなく、戦争について知りたいと考えています。ですので、できれば従軍経験のある方を指導に当てていただきたいです」
「なに?戦争について知りたい…?お前は一体…。まあ、その詮索はまた今度にしようか。そうだな、それなら心当たりはある。というよりは、お前のステータスではそいつぐらいしか人員をさけないから、どちらにしろそいつがお前の教官になる予定だったがな」
「ステータスによって教官が判断されるのですか?」
森羅が鋭くそう尋ねると、オキド団長は苦い顔をする。
「…ああ。お前はその影響を一番受けそうだから先に伝えておくが、国からは見込みのあるものほど手をかけろと言われている。もちろん、お前のように一般人とそれほど変わらないものでもちゃんと対応をするつもりだ。だが、他の者と比べると国からの扱いは雑になるだろう。俺達も、何でもかんでもできるわけではないからな」
「わかりました。教官の希望さえ叶えば十分です。ありがとうございます。では…」
「あ、おい…」
話を切り上げ離れていく森羅をオキド団長が引き留めようとする。
「団長、ステータス見てくれよ!」
「あ、ああ」
だが、星夜以下互いにステータスを見せあい終わったクラスメイトが集ってしまい、オキド団長はそちらの対応に追われたせいで森羅に声をかけるタイミングを失った。オキド自身は、森羅達が元の世界では戦士ではなかったことを聞いているので、星夜や比呂のように能力に恵まれた生徒を育てると同時に、森羅のように恵まれなかった生徒を絶望させないように語りかけ、生きる術を教えるつもりであったので、自らの能力に関して一切どうじていない森羅が不思議な人物にうつったのだ。
「どうだった?」
オキド団長のところに詰めかけた集団から離れた森羅に、龍陽が声をかける。
「ほい」
「おう、俺のもみてみろ」
森羅が自分のプレートを放ると、龍陽がそれをキャッチしながら自分のを投げて返す。どす黒い赤色の森羅のものとはちがって、海を思わせる深い青色のプレートだ。
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早坂 龍陽 17歳 男
天職:魔装士
レベル:1
筋力:50
体力:50
魔力:150
魔耐:100
物耐:50
敏捷:50
《技能》
魔力操作・魔力探知・魔力武装・魔力圧縮・魔力高速回復・魔力顕現・無詠唱・魔力付与・魔法付与・言語理解
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「何というか、これは…随分とお前のテンションが上がりそうなステータスしてるな」
「よくわかってるな」
龍陽のステータスプレートを彼に返しながら森羅は答える。
「もともと、こういう状況に置かれて何も持ってないところからスタートするっていうのは、一番やってみたかったことだしな。そこから全力でできることを努力するのってたまらないだろ」
様々なことを極めたいと言っても、もちろん森羅にとっての優先順位は存在する。その中でも一番してみたかったのは、現実ではない、魔法と剣の世界で、戦いに身をおいて生きてみたい、というものだった。戦いを知って後悔するかもしれない、穏やかに生きられているからそんな考えが浮かんでしまうのだ。そう考えようとしても、戦いと異世界に焦がれる森羅の思いが薄れることはなかったのだ。
その、最も極めたい事ができないからこそ、森羅は元いた世界にあることをすべて極めてみようとした。それだけの話しだった。だから、召喚された最初は警戒心を最大限に発揮していたのだ。そうしなければ、求める状況にいたれるという喜びに盲目になってしまいそうだったから。
「お前の方は、なかなか尖っているが強そうだな」
「想像で決めちまうのはどうかと思うけど、まあ強い気はするな」
魔法ではなく魔力の扱いに特化した技能に天職のようだが、技能の数は比呂に迫るものがあるし、ステータスも大半は比呂の半分、魔力に関しては越えている。そのくせして魔法の適性がないというのがなんとも面白いところだが。龍陽は、森羅ほど弱さを求めていない。だから、自分に力があるということを純粋に喜んでいた。
「団長に報告してこいよ」
「はいよ」
オキド団長のもとに集まっていたクラスメイトが多少離れたところで、龍陽は報告に行く。それを後ろから見送りながら、森羅は心が踊るのを抑えることが出来なかった。
(戦い、戦える。やっと、ほんとに戦うことを知ることができる。俺がどれほど強くなれるのか。自分を極めることができる)
森羅は、戦いに憧れていた。だから、自らでさまざまなことを考えた上で、本当に戦いを知りたいと願った。戦ってみたいと思った。楽しそうだとすら、思ってしまった。そして神は、森羅に舞台を与えてしまった。だから、森羅は己を極め、戦うことを選ぶのだ。
周りのレベルとしては、龍陽ほどではないが、それぞれの得意な分野でそれに近いか、比呂のように龍陽よりもさらに強いレベルです。