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3.王ト教皇ト勇者候補タチ

一同が扉をくぐると、そこは長い机に椅子が置かれた食堂のような場所だった。ただ、食堂と言ってしまうにはあまりにも豪華であり、調度品のどれもが、白を基調としてシンプルでありながらも高価であることは一目瞭然である。


生徒がその妙に現実に似た光景に足を止めるなか、王女は部屋の奥へと足をすすめる。森羅はそこで、ハイリがいなくなっている事に気づいた。この部屋には、侍女である彼女は入ることは出来ない。ということは、奥にいるのがそうか、と森羅は今一度心を引き締める。


「お父様、勇者様方をお連れしました」


「うむ、大儀であった。ナーナよ。勇者様方、まずはお座りくだされ。ナーナ、お前も座りなさい」


その声は、肉声とは違って離れた場所までそれほど大きな音でないにも関わらず響いた。その言葉を聞いた一同が、戸惑って止まっていると、壁際からハイリと似た衣装を着た女性が数名彼らに歩み寄る。


「勇者様、こちらにお座りください」


女性たちは、一人ひとりを机へと案内する。一人が席に座ると、案内されること無く皆が座り始める。全員が席につくと、すぐに飲み物の入ったカップが配られた。


それを見て真っ先に席についていた森羅は、陶器で食器を作る技術はあるのか、と納得していた。ガラスらしきものは一切城内に見当たらなかったが、調度品は陶器のようだったので、どの程度技術が進んでいるかと考えていたのだ。


匂いと見た目からして、カップの中に入っているのは紅茶のようだ。他の生徒は緊張と異変の連続で喉が乾いているのか、早速口にしているものも数名いる。


「龍陽、飲むなよ」


「知ってる」


ならいい、と森羅は顔を前に向ける。ここまでの待遇を見ていると、王女や国王には森羅たちをどれにように扱ったり、危害を加えようという意思は見受けられない。森羅としても、もう警戒を解いてもよいとは思っているが、今から始まるであろう説明が終わるまでは緊張感を保っておくべきだと思い、紅茶を口にしないようにしているのだ。


一方龍陽は、森羅同様に警戒しているというのもあるが、そもそも紅茶が好きではないので手をつける気はないのだ。


全員、とはいかなくともほとんどの生徒が一息ついたところで、国王が話し始める。その声はやはり、音の発生点があちこちにあるスピーカーのように全員の耳に同じように聞こえた。


「勇者様方、まずは余から自己紹介をさせてもらいたい。余はこの国の国王、グスタフ・イル・カンランテである。以後よしなに頼む」


国王はそこで言葉を切り、少し間を取る。しかし、生徒は皆国王の次の言葉を息を殺して待つばかりである。それを確認した王は、言葉を続ける。


「そなたらをこの世界に呼んだのは、他でもないこの国の力になってもらうためである。まずはこの世界の現状を説明させよう。宰相」


「はっ」


国王が呼びかけると、国王の後ろに控えていた一人の男が進み出る。国王ががっしりとしたまだ40代ほどの若い外見をしているのに対して、宰相は初老で細身の男性だ。その声は渋く重く、積み重ねた年齢を感じさせる。


「では、勇者様方、これよりこのカンランテ王国がどのような状況に置かれているか説明させていただきます」


それからは、かなり長々と口頭で説明が行われた。森羅はメモを取る道具を持っていなかったので、頭の中で整理しながら話を聞く。


この世界には、今いる王国の人のように森羅達とおなじ人間であるイミセン族の他に、メルキド族という強大な魔力と身体能力を持った種族と、ペト族という獣の特徴を持った種族がいるようだ。


もともと神に造られこの世界に存在したのはイミセン族であったが、後からやってきた二つの種族が世界を奪おうとしているらしい。


これらの種族は互いにいがみ合っており、今もなお国境付近では紛争が絶えないらしい。ペト族は身体能力が高くイミセン族は常にわずかながら劣勢にあり、さらにメルキド族に至っては、種族そのものの数が少ないものの魔物と呼ばれる変異し魔力と特殊能力を有した野生動物を使役する技術を開発したため、最近になって一気にイミセン族が劣勢に陥っているようだ。これらの2種族は世界に仇なす敵であり、イミセン族はこれに負けるわけにはいかない、と。


さらに、イミセン族は数が多すぎるあまり複数の国に分かれており、国同士でも争う状況に陥っているようだ。そのため、他と比べて規模が大きいわけではないカンランテ王国はかなり危ない状況にあるらしい。


(魔族と獣人族と人間族といったところか。やっぱりこの世界でも人間が素の能力では劣るんだな)


さらに説明は続く。


メルキド族の放った魔物が野に増えることによって、本来自然に存在していた魔物が活性化して村や街が襲われる、多くの人の命が奪われる事件が増えているらしい。


そうした現状の中で、教会の巫女が神託を受けたことで、最後の希望として異世界から勇者、つまり森羅たちを召喚することが決まったらしい。


宰相が細かく説明することはなかったので森羅の想像に過ぎないが、神託が下ったという教会の報告によって森羅たちを召喚することが決まったということは、この世界では森羅たちのいた世界とは違って、神が概念上の存在ではなく確かに存在するものとしてあるのだろう。


(神、か。神が関与する戦争なんてろくなものじゃないと思うが、さて)


森羅は学んだ歴史を思い出す。キリスト教の迫害から始まり、イスラム教の台頭、十字軍、王と教会の争い、そして宗教に起因するテロへと至る歴史を。


森羅たちのいた、神の実在が確認されていない世界ですら、宗教と信じる神の違いによって多くの命が奪われたのだ。だが、この世界は更に歪かもしれない。なぜなら、神が実在しており、それが政治に影響を与え、世界の行末を定めているからだ。


さらにいえば、メルキド族やペト族はイミセン族とは信じる神が違うのだろう。同じならば今説明を受けたほど争うはずがない。少なくとも神が中心となっているこの世界では。


また、この世界の現状を説明し終えたところで宰相は、森羅たちに期待されていることも説明した。といってもそれは森羅の予想通り、魔物の影響を排除するとともに戦力として戦争に参戦してもらいたいというものだった。


(気に入らないな)


森羅はそう毒づく。森羅が聞いている限りでも、ペト族とメルキド族を世界の敵だと表現することが多かった。そして、イミセン族は世界を守る立場にあり、世界を守るために他の種族と戦わなければならないと。あくまでイミセン属を中心に世界があるのだと語るその言葉が気持ち悪く感じられたのだ。


「ま、待ってくれ。俺達が戦争で戦うのか?」


宰相が説明が終わるとすぐに、生徒からそう言う声が上がる。その発言をしたのは普段は雅人と一緒にふざけてばかりいる岡田浩暉という生徒だったが、今ばかりは真剣だ。


「私どもは、そう願っております」


宰相はあくまで愚直に、静かに話す。


呆然とその答えを聞く生徒がほとんどの中、森羅が様々なことに思いを巡らせていると、星夜が机を叩いて立ち上がる。


「ふざけんなよ!俺達は高校生だぞ!?だいたいなんで戦争なんてやってんだよ!俺達をもとの世界に戻してくれよ!」


当然と言えば当然の反応だが、いきなり叫んだ星夜に他の生徒も怯えた目を向ける。


「それは出来ぬ」


「なんでだよ!負けを認めれば戦わなくてすむだろ!」


「余は、この世界を守らねばならぬ。この世界に住む民の命と、未来を。故に、そなたらには申し訳なく思うが、なんとしても戦ってもらいたいと思っている」


国王が発した圧に押された星夜が、口を閉ざして座り込む。戦争は怖いものだ、恐ろしいものだ。それは、ここにいる誰もが知っていることだ。


だが、ここにいる者のうち殆どは、それでも戦わねばならない時があると知らないのだろう。


(戦わないですめばそうしてるだろうし、俺達もよばれてないだろ。それはいつの時代も変わらん)


合理的であれ非合理的であれ、戦う理由が存在する限り人は戦うのだ。例えそれが、森羅たちにははるかに意味のないものであっても。


「まず、いくつか余から確認しておく。そなたらの元いた世界への帰還だが、不可能だ」


しん、と静まり返った中で国王が衝撃的な発言をする。


「は?」


「え、帰れないの?」


「嘘、だよな?俺達に戦わせようって嘘だろ!?」


「いやああぁぁ!戦争なんて嫌よ!」


先程までは、突然の出来事と説明された状況の壮大さに口を開く生徒が少なかったが、一気に現実味を帯びた国王の言葉に、今度ばかりは多くのものが口々に文句を言い、そして悲鳴をあげる。


それに対して国王が答える。


「事実である。そのあたりの話は、まもなく教皇閣下が参ってお話になるであろう。それまでしばらく、ゆるりと過ごすが良い」


そう言うと、国王は口を閉ざし深く椅子にもたれこんだ。


(あれは玉座の間から持ってきたんだろうか。この部屋に常設のものではなさそうだが)


森羅が冷静にそう考えていると、隣に座る龍陽が話しかけてくる。


「落ち着いてんな?」


「あれほど取り乱しはしないだろ。まあ、取り乱せるということは状況が把握できたということだろうが。」


あれ、と森羅が指し示す先では、他のクラスメイトが思い思いに悲鳴を上げたり、互いに何かを言い合っている。中にはすすり泣いている者もいるようだ。


「そもそも胡散臭い話が多すぎてな」


「真実かと言われればわからんけど、筋は通ってなかったか?」


森羅の言葉に龍陽が首をかしげる。


「二種族が世界の敵だと聞いて、疑問に思わなかったのか?イミセン族の敵じゃなくて世界の敵だ」


森羅がそう答えると、龍陽はわずかに驚いた表情を浮かべる。


「確かに、そう言ってたが…。ああ、世界と人間の文明は違うって話か」


「ああ。王女様に悪意はなさそうだったけど、一国の長があんな言い方してるとな」


もともと森羅は、宗教をろくなものだと思っていない。己の信じるものを信じぬものに害を加えるような者たちの集団が、過去から今へと続いている信者の姿である。ろくなものだと思うほうが難しいだろう。だから宰相の話を聞いても、同情よりも混乱よりも先に、猜疑心が生まれたのだ。王女が騙している様子はなかったし、森羅たちの扱いは客人に対する丁寧なものだったので、直接似危害が加えられることはなさそうだが、警戒しておく必要はある。


そんな中で、珍しく黙っている比呂が森羅には気になった。周りが騒がしくなっていたり、クラスが乱れているときにはいつも率先して声を上げ、まとめようとしていた比呂が珍しく声を上げることなく、近くに座った星夜や、女子のリーダー格である氷月雫と何かしら相談しているのだ。


そんな状況がしばらく続いた後、突如先程森羅たちが入ってきた扉が開き、衛兵が大声を上げる。


「教皇閣下の御入場です!」


皆が一斉にそちらを向くと、法衣をまとった初老の男性がゆっくりと入ってきた。その男性は比呂たちの方にニコリと微笑みを向けながら国王のもとへと歩いていく。


国王は、立ち上がってその男性を迎え入れる。


「国王陛下においてはご機嫌麗しく」


「教皇閣下におかれましてもご健勝のようでうれしいかぎりですな」


がっしりと、二人は深く握手を交わす。


「少しばかり騒がしいようですが?」


「まだ勇者様方に戦うことを納得してもらえておりませんでな。教皇閣下のお力をお借りしたいと」


「なんと。ではこの私から説明しましょう。どうせあなたのことですから、彼らの力のことも説明してないのでしょう?」


「…おお、すっかり忘れておりました」


「まことあなたらしい」


「お恥ずかしい限りです」


「いえいえ、私の役目ということでしょう」


仲良く言葉を交わす二人の姿を、生徒は呆然と見つめる。


教皇と呼ばれた男性が、生徒の座っている机の方へと歩みを進める。


「皆様、はじめまして。私はエンデ教の教皇、ルーシ・エンデ・イシタルともうします。皆様はエンデ様の意思により、この世界に召喚されました。したがって、エンデ様の意思がない限りは、あなたたちの世界に戻ることは出来ません」


そこで教皇は言葉を切る。そして、生徒が反論の声をあげようとしたところで、それを遮るように言葉を続ける。


「あなたたちの言葉を聞いていると、どうやら不安に思っている方が多いようですね。しかし、ご安心を。あなたがたはこの世界では、彼の世界では封じられていた力を使うことが出来ます。その力はこの世界の者に比べれば遥かに強大なものであり、最低でも数十倍、優秀なかたならば数百倍の力を持っているでしょう。あなたがたが数年訓練すればおよそ負ける相手は存在しないでしょう」


その言葉に、生徒の顔にわずかに光が戻る。戦争に参加するといっても、負けない力があればそれほど心配することはない。、そう思っているものが多いのだろう。


そんなクラスメイトを見ながら森羅は鼻を鳴らす。


(うまい話の持っていきかたをするな。いっぺん絶望に放り込んでおいて救い船か)


「俺達に、この国で訓練をさせてもらえるんですか?」


教皇の話が終わったところで、確認するように比呂が口を開いた。それを聞いた他の生徒は、教皇の話の最中も小さな声で話していたにもかかわらず、静かに比呂の言葉に聞きいる。比呂のカリスマ性とリーダーシップがなせるわざだ。


普段の比呂といえば、ひねくれたものでなければ誰でも親しみを感じるような性格をしている。


文化祭や、遠足などはっちゃける行事では、輪の中心になる星夜のような人物と一緒に盛り上がると同時に、輪に加わりにくそうにしている人に声をかけ、普段の生活ではそういった一面は残しながらも、何事も率先して真面目に取り組む。そういった行動を素でできるのが十束比呂という人間だった。


だから、彼が話せばクラスの皆が耳を傾けるし、率先して引っ張ればとりあえずついていく。そう言う人間だ。


「そうです。いくら神に選ばれし戦士とはいえ、才能だけでは戦うことは出来ません。だからこそ、皆さんにはこの城に住んでもらい、その才能を開花させる訓練をしてもらいます」


そこで、ふと気づいたように教皇は続ける。


「そうそう、皆さんはまだステータスを見たことがないでしょうから、才能の確認も含めてこの後確認を行わせていただきます。国王陛下」


「ええ、準備は出来ています」


それを聞いてうなずくと、教皇は再び比呂の方を向き直る。


(あいつが中心だときづいたな)


明らかに、クラス全員というよりは比呂に向かって語りかけている教皇の強かさに、森羅は警戒心を抱く。思えば、今あえてステータスなどといったのも、生徒の背中を後押しして、強力な力があるなら戦ってもよいのではないか、と思わせるためのものだろう。そのあたりも含めて、教皇は人心掌握に長けた人物のようだ。伊達に組織の長をしているわけではないということだ。森羅自身は戦うことに否定的ではないが、教皇個人を要注意人物として記憶しておく。


「どうですかな。エンデ様の御心に従い、私達のために力を貸していただけないでしょうか」


ゆっくりと、心に語りかけるように教皇は話す。


「俺達の力がこの世界には必要なんですね?そして、俺達にはその力があるんですね?」


比呂の問に教皇はゆっくりとうなずく。


「はい」


「わかりました」


そして比呂はクラスメイトの方を振り返る。


「みんな、俺は、この人達のために戦いたいと思っている。現状、俺達があちらの世界に戻ることは出来ない。でも、俺達には力がある。そして、目の前に滅亡の危機にひんしている人たちがいるんだ。それにルーシさん」


「なんでしょう」


比呂と教皇の会話を全員が固唾を飲んで見守る。


「あなたは、エンデ様の意思がない限りは俺達はあちらの世界に戻れ無いと言いました」


「そうです、ですが…」


「この世界を救えば、エンデ様も俺達をあちらの世界に戻してくれる可能性がある、ということですよね?」


「さすが勇者様、そのとおりです」


教皇のその言葉で、クラスが一気に沸き立つ。


単純だが、うまい話し方をする教皇にのせられたな、と森羅は他の生徒を観察しながら思う。突然の事態にまだ思考が混乱しているところへ、後出し後出しで良い情報を伝える。それによって、今クラスメイトの頭の中にあるのは、自分たちは強い力があってそれを使えば帰れる、ということだろう。


さらに、クラスの中心で正義感にあつい比呂の特徴を読んでそれに語りかけることで周りの生徒に声をかけさせた。


「みんな、この世界の人達のために戦わないか?この世界を俺達の手で救おう!そして、俺達の世界に帰るんだ!」


「…ふん、やっぱ比呂は比呂らしいな。戦うのは怖いっちゃ怖いが、俺もやってやるよ」


「そうね、それが一番いい方法かしら。逆らっても意味はなさそうだし」


「私達で、この世界を救いましょう」


星夜、雫が追従し、珍しく委員長が乗り気である。妙なカリスマ性のある比呂が語った上で、クラスの中心人物である彼らが賛同すれば後は決まったようなものだ。他の生徒の意思も固まったようで、それぞれに肯定の答えを返している。


「ルーシさん、よろしくおねがいします」


「はい、勇者様方」


ルーシと比呂が握手を交わす。誰からともなく、拍手が飛び出す。それを龍陽とただ二人座したまま見つめる森羅は、苦い顔をするのだった。


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