14.せふてとノ手
「案外根性あるじゃねえか、新人」
「別に体を動かすのが初めてというわけじゃない」
「ふん、可愛げのねえやつだ」
森羅に話しかけていた巨体の男が離れていく。傭兵と言うだけあって、移動も隊列を組むわけではなく、ひとかたまりになって移動するだけである。移動を初めた昨日から、新人の森羅が珍しいのか多くの団員が声をかけてきた。
現在、森羅の所属することになった傭兵団『セフテトの手』は、国境線沿いへと向かっている。イミセン族とメルキド族の国の国境線では常に小競り合いが繰り返されており、そこで自国の兵士を消費しすぎるわけにはいかないので、使い捨て安い傭兵団が雇われているようだ。小競り合いと言っても、互いにその戦場より先に無理に進もうとしないだけで決して穏やかなにらみ合いなどではない。
朝、森羅が傭兵団に合流してすぐに街を発ち、行軍を初めて10時間以上が経つ。『セフテトの手』の団長とアイトの間で話はついていたようで、挨拶もほとんどせずに出発となったのだ。急速のために一時的に街に戻っていただけで今日には戦場へと戻る予定だったらしい。
夜、行軍をやめて全員でテントを張る。飼育の不便さと高価さから普通の傭兵団には馬はいないか、いても荷車を引くようの数匹だが、『セフテトの手は』50人という団員の人数に対して荷車を引く用の馬とは別に軍馬が10匹いる。団の先輩に聞きながらその世話をしている森羅のところに、昼間何かとつけて話しかけてきた巨体の男がやってきた。
「新入り、団長が呼んでるぜ」
「わかった。キトさん、すまないが…」
「あー、わかったわかった。行って来い。だいたい説明終わったから、次からは頼むぞ」
「了解」
一応団において馬の世話をする担当はキトという細身の男に決まっているが、新入りの森羅は一通りの雑務を覚えさせられるらしい。誰もが通ってきた道だそうだ。
巨体の男、カザンに連れられて、森羅は団長と幹部のいる場所へと着く。
「団長、連れてきましたぜ」
「おう、お前はもう戻っていいぞ。酒は一人一杯までだ。破るなよ」
「はいよ」
森羅を天幕の前に置いてカザンが去っていく。
「入っていいぞ」
天幕の中から声をかけられて森羅は中にはいる。中には簡素な机が一つと人が三人椅子に座っている。机の上には小さな酒瓶が一つとコップが三つ。
「朝はあまり挨拶ができなくてすまなかったな」
まあ座れ、と眼帯の男が空いている椅子を示す。白髪の多い髪型に反して顔つきはまだ40代ほどの若さに見える。
「俺は『セフテトの手』の団長、イシュタル・アーリックだ。以後よろしく。こいつはカレン、そっちはリンド。俺の両腕だ。明後日からの戦いでは基本的にお前もどちらかの指揮下に入って戦うことになる」
「よろしく」
「死ぬも死なぬもお前次第だ。気を抜かぬことだ」
「上地森羅だ。よろしく」
カレンとリンドの簡単な言葉に、森羅も簡潔に挨拶を返す。気難しいというよりは、ふたりとも森羅にはそれほど興味がないようだ。
「カレンとリンドももう休んでくれて構わねえぞ。二人は顔合わせをしてほしかっただけだ」
「承知」
リンドは簡潔に言葉を返して、足元に置いてあった大剣を背負って出ていく。一方のカレンは動こうとしない。それがいつものことなのか、イシュタルは気にすることなく話を続ける。
「お前さんはもう少し付き合ってくれ」
森羅はこくりと、頷き、イシュタルの次の言葉を待つ。
「アイトの坊主からは軽く話を聞いたが、お前さんのことを聞きたくてな」
「俺のこと、か。具体的には何だ?」
「どこからやってきたのか。なぜうちに入りたいと思ったか。どれぐらい戦えるか、だな」
それを聞いて、森羅は一瞬考える。森羅が異世界の出身であるということを素直に言っても良いものだろうか。だが、王宮で読んだ本には、召喚以外の手段でこの世界にやってきた異世界人もある程度はいると書いていた。言っても問題は無いだろう。
「俺は異世界の出身だ。異世界では学生という、若い学問をする者の集団に属していた。カンランテ王国の勇者召喚の儀式に呼ばれてこの世界にやってきた。この団に入ろうと思ったのはアイトの進めだ。戦を知りたいと言う俺の希望に答えてもらっただけで、別に他の団でも良かった。一歩兵としてある程度は戦えるが、召喚者としては俺の力は弱く制限が大きい。過度な戦果を上げるのは困難だと思う」
「なるほど。異世界の出身なら、召喚者ではないがうちにも何人かいる。確かリゼやフレン、ハヤトがそうだったはずだ。後で話してみろ。それより、俺が気になってるのは、お前が人を殺せるかだ」
「殺せるつもりだ」
断言した森羅に対して、イシュタルは更に追及する。
「メルセン族とて化け物じゃない。ほとんど俺たちと同じ人間だ。それに奴らは個体の性能が俺たちより高く性別によらないから女子供だって兵器で戦場に出てくる。お前に女子供が殺せるのか?」
「それを知るために俺はここに来ている」
「ほう?」
興味深そうにイシュタルが問い返す。森羅は静かに、自分の心のうちを語った。
「俺たちの世界、俺達の国で最後に戦争があったのは70年以上前だ。それからは俺たちにとって戦争や殺すこと殺されることは全て未知だ。だから、歴史を学び物語を読む中で、なぜ彼らは死ぬ可能性がある戦争に行けたのか。何を考えて敵を殺していたのかを知りたいと思った。それだけだ」
「なるほど。どうだ?カレン」
そこで初めて、イシュタルは隣で黙って聞いていたカレンに尋ねる。
「戦わせてみないことには話にならないでしょう。敵を殺せたら普通に使うだけですし、殺せないなら実力を見た上で判断するだけです」
「じゃあ、こいつはお前のところに任せるぞ」
「わかりました」
二人で相談を終えた後、イシュタルは森羅の方を向き直る。
「森羅、お前はこの団においてはまだただの一団員だ。使えるならそのまま雇うし使えないなら解雇する」
「わかっている」
「戦果をしっかり挙げれるようであれば昇給もある。後は、そうだな。カレン」
「はっ」
その直後、カレンが机を飛び越えて森羅に飛びかかる。森羅は剣を抜き払ってそれを迎え撃った。
上段からの切りつけを腰の直剣で受け、弾きあげようとして中断する。カレンの力が森羅より遥かに強く、弾くのは難しいと判断したのだ。
押し込まれるように一歩下がって剣をいなし、距離をとる。カレンはそれに構うこと無く距離をつめて斬りかかる。その斬撃を森羅は必死にいなそうとするがカレンの斬撃は強力であり、三度目の斬撃を受けた時点で剣が上へと弾き飛ばされる。
そして森羅に剣を突きつけようとしたカレンは、そこで動きを止めた。その首元には、森羅が短剣を突きつけている。
「貴様、わざと剣を棄てたな?」
「正面から殴り合うのが不利だったからだ。力が違いすぎる」
打ち合っても圧倒的に不利だと判断した森羅は、最も隙が大きくなる振り上げに合わせて剣を吹き飛ばさせ、カレンの剣が止まるまでの間にカレンの首元に『短』『剣』の二文字を集めて発動し突きつけたのだ。
「見事だ」
突きつけられた短剣を意に介さずカレンは納刀し身を翻す。
「使えそうではあるな」
「はい。一兵士としては十分かと」
「そうだな。森羅、もう戻っていいぞ。明日も強行軍だ。英気を養っておけ」
「わかった」
天幕を離れ、森羅は自分の野営地に戻った。
天幕の中、森羅が離れていったことを確認した二人は相談を始める。
「後2年もすれば使えるようになるでしょう」
「2年か。奴らが動き出すまでに間に合うかどうかってところか」
「他の団員は十分に成長しています。数は少ないですが」
「それは今更どうにもならん。これ以上数を増やしても管理しきれないしな」
「あなたが直々に動けば邪神とて他愛もないと思いますが、勇者様」
「いつの話をしている。俺は遺物だ。今更世界の行末に手を出してどうする」
「いえ、まどろっこしいことをなさるなら、と思ったまでです」
「くどいぞ」
「失礼致しました」
「もう下がれ」
「はっ」
カレンも天幕を出て去っていく。
一人残されたイシュタルは酒を片手に、ポツリとつぶやく。
「なあ、セレーネよ。今更俺たちが世界に関わろうなどと…。どうするべきなのだろうな」
そして酒を一気に飲み干し、ジョッキを机に置いて立ち上がった。