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13.旅立チ

長らくおまたせしました。ようやく旅の始まりです。ここまでも書いていて楽しかったですが、やはり自分の中ではテンプレに近いということもあって早くこの話の先へと進みたかったです。ようやく進めます。

「今日の訓練はここまでだ!地上に帰還するぞ!」


昼休憩を挟んで戦闘を続け、26層まで進んだところで地上へと帰還する。一つ下の階層まで探索できたことに加えて、森羅たちは分岐した通路を探索しているときにジオライト石という希少な鉱石を発見することができた。この探索の間は発見したものは発見者に所有権があると決められているので、この鉱石を売るのも自分の武器に使うのも森羅たちの自由だ。


下層まで降りている分、まっすぐ戻っても地上に出るにはそこそこ時間がかかる。訓練の時間もその分短くなってしまっているが、比呂たちや森羅たちを除く他のパーティーの疲労具合を考えると丁度いい。


地上に戻った後は用意されている馬車で王城へと戻る。勇者として召喚されているだけあって、休日に街に出たときには英雄を見るかのような目で見られ、森羅としては少し居心地が悪い。


一方で勇者を狙った暗殺者などの襲撃も危惧されており、そうしたものをまとめて避けるために移動の際には馬車を利用することが決められたらしい。


馬車の中には森羅と龍陽、日向子と茜がそれぞれ並んで座っている。大迷宮での訓練が始まったばかりの頃は、身体的疲労と緊張による精神的疲労も相まって茜と日向子は帰りの馬車では眠っていたものだが、訓練にも慣れたもので疲れた表情をしながらも眠ることはない。


「森羅くんは、明日本当に出発するの?」


ためらいがちに日向子が尋ねる。


「ああ。アイトの言っている傭兵団が街に滞在している間に出ないと入りそこねるからな」


森羅は、明日王宮を出て傭兵団に入る。前々から決めていたことだ。そしてそれをアイトとオキド団長に相談した結果、秘密裏に話を進め、アイトの元々所属していた傭兵団に所属して時々報告を送ることを条件に団長から許可されたのだ。勇者、召喚者の扱いに関してはオキド団長に主な権限が与えられていたのでできたことでもある。


一方で、龍陽にそのことを話すのは当然として他に誰に伝えておくかというのはオキド団長と森羅の間で大きく揉めた。


オキド団長及びアイトと相談した結果今回の森羅の行動は休日の戦闘訓練中における脱走、行方不明として扱うと決めてあり、事実を知っていた場合ばれたときにどのようなお咎めがあるかわからない。だからこそこのことを伝えるのはなるべく少ない人数にすべきだと森羅は主張していたが、オキド団長はパーティーメンバーにだけは伝えるべきだと主張していた。


森羅が王宮から出た真実を知っていれば罰を受ける危険性はあるが、龍陽意外の二人は森羅たちほど心が強くなく、突然森羅がいなくなってしまうと精神が不安定になる可能性が高いとオキド団長は懸念を示していたのだ。森羅は二人がそれほど弱いとは思っていなかったが、2ヶ月ほど前に説明したときの二人の取り乱しようを考えると、オキド団長の懸念は正しかったようだ。


龍陽に相談したときは『やっぱり森羅は俺より人の心がわかってないな』と笑いながら言われ少し凹んだものだ。


「そっ、か。たまに連絡してくるんだよね」


日向子も茜も、この半年の間に随分と龍陽と森羅との間にあった心の壁を越えている。初めはためらうように使っていた敬語を使わなくなっているのがいい例だ。


「どれぐらいの頻度になるかはわからないが、連絡はするつもりだ。そういう約束だしな」


「寂しくなっちゃうよね。三人で戦うのも訓練したけどまだ不安だし。いつ帰ってくるかもわからないんだよね」


「基本的に戻ってくるつもりはないからな。休暇で会いに来ることはあるだろうが、一時的にだ」


すでに幾度も説明した話である。確かに、この半年龍陽意外にも日向子や茜、そして他のクラスメイトと話したり共に訓練したりして森羅にも情は湧いている。だが、それよりも遥かに戦を知りたいという思いが強いのだ。戦を全て知ったと思えばその先はまた考えるつもりだが、そもそも戦の全てを知ることなど不可能な話だと森羅は思っている。


こんな世界にやってきて、今はとにかく戦を知りたいという思いが強い。この思いが薄れるときはいつか来るのだろうか、と森羅は幾度も自問した。そのたびに絶対に同じ答えが帰ってくる。


『一度戦に関わった以上、飽きたからと離れるのは失礼だ』という答えだ。戦そのものに対してなのか、その中で死んでいくであろう人々に対してなのか、それは定かではない。ただ、申し訳ないだろうと心が言うのだ。戦をこれから知りに行く身でそんなことを思うのは傲慢なのかもしれない。だが、それでも戦に関わった以上は、どのような形であれ関わり続けなければいけないと森羅は思うのだ。


「そう、よね。私達も、きっといつか…」


不安そうに日向子が下を向く。今は騎士たちに守られ、森羅達召喚者は安全に訓練をし、レベルもこの世界の殆どの冒険者に比べて遥かに早く上昇している。だが、それは全ていつかやってくる戦いのためなのだ。


半年間、オキド団長から伝えられる情報や森羅が書庫や街で自ら収集した情報によると、この国、ひいてはイミセン族全体はまだそれほどの危機には瀕してはいないらしい。


三つの種族による三つ巴の戦争は百年以上の昔から続いており、長く続いていることでむしろ膠着状態に陥っているようだ。国境線付近では常に互いの軍が小競り合いを起こしてはいるが、どちらかが大規模に攻め込むことはなく穏やかな戦争が続いているようだ。


そんな中で森羅たちが召喚されたのは、ペト族及びメルキド族がそれぞれに戦力を増強しているという情報が教会からもたらされたためらしい。それを信用した王家は教会の手を借りて召喚を決行したようだ。まだ余裕がある今のうちに勇者を育て上げ、来る戦いに備えているのだ。


「そうだなぁ。俺たちもいつかは戦うことになるんだろうな。できればそんな日は来てほしくないけど」


龍陽は森羅と一緒に鍛えてはいるが、森羅のように戦いを知りたいと言うわけではない。ただ、生きるためには強くなることが必要だと知っているだけだ。


龍陽の言葉を聞いて、二人の日向子と茜の表情が沈む。森羅はそれを黙ってみている。かけられる言葉がないのだ。どんな言葉をかけたところで、彼女らがやがて戦わなければならない事実は変わらないし、戦いに向かう者の心構えなんてわからない。わからないから戦を知りたいと思っているのだ。


しんみりとした空気を振り払うように茜が声を上げる。


「きょ、今日は、みんなで御飯食べない?」


「そうだな」


「そうね。このメンバーでいられるのも最後だし、今日はみんなで話しながら食べよう」


どれだけ言葉を費やそうと、友と分かれるのは辛く不安で、寂しい。戦に大きく興味を寄せているというのと、友人との仲を対右折にするというのはまた別の話だ。どちらも森羅にとっては譲り難いもので、それでも選びたい方を選んだ。ならばせめて今夜だけは、皆で仲良く明るく食事をしよう。


異世界に来て、初めて戦を知ることができると息巻いていた森羅だが、こんなところでも得ることができるものがあったのだと、友人がいる暖かさを噛み締めた。


******


「よし、これで持っていくものは十分だな」


半年の間過ごしたとはいえ、王宮にあるもので森羅たちのものは少ない。だいたいのものは王宮からの貸与という形で与えられるので、実質自分たちのものだと言えるのはそれぞれの武器防具と、休日に街で買ってきたものぐらいだ。森羅が購入しているのは着替え一式とマントぐらいであり、あとは金を入れた小袋と自分で様々なことをメモしたノート、一冊の本をズタ袋に詰めて背負う。森羅自身が大迷宮で獲得したものは売却して資金にしたり、龍陽や茜、日向子に譲っている。


朝早く、まだ日の登らないうちに出立の用意を整え、荷物を背負う。茜と日向子とはすでに別れの挨拶をすませてきた。龍陽にも朝は起こさないと伝えている。


今回の森羅の脱走計画に置いて最も注意を払ったのは、サーヤとアリサの二人にばれないようにすることだった。二人は森羅と龍陽のお世話役でありながらも所属は王宮であり、ことを知ったときにどう対応されるかはわからない。だから二人にはこのことを伝えていないのだ。


入り口付近、二人の眠る部屋のドアを森羅はそっとノックする。


「何かありましたか?こんな朝早くに」


眠気を感じさせない表情でサーヤが扉を開け顔を出す。


「いつもどおりアイトと遠出する。今夜は遅くなる」


「わかりました。くれぐれも怪我だけはしないでくださいね」


脱走の日に不自然に思わせないように森羅たちが考えたのが、休日恒例の遠方での戦闘訓練の最中に行方不明となる、というシナリオだ。


計画が決まったときから休日は大抵このようにアイトと森羅は遠方にでかけ、そこの魔物を相手に戦闘訓練を行っては夜遅くに戻って来ることにしている。今日もいつもどおりに森羅はアイトと共に遠方にでかけ、そして行方不明になる。


森羅の外出を管理しているサーヤに不自然に思わせないためにあえて普段から外出を繰り返しておき、今日もいつもどおりに挨拶をして外に出ることを決めていたのだ。


「ああ」


森羅とて、半年の間常に側で仕えてくれ、話し相手として、また文字や魔法の師として関わってきたサーヤに何も伝えずにいなくなるのは少しばかりこみあげるものがある。それを押し隠して森羅は身を翻し部屋から出る。離宮から王宮へ、そしてアイトの待つ正面の門まで歩く。


サーヤあての事情を説明する手紙を龍陽にあずけてきた。夜、森羅たちが街を離れて別の街に向かっている頃にはサーヤの手に渡るはずだ。


「来たな」


「ああ」


「行くか」


短い言葉を交わして、二人は歩き始める。いつものように門番に声をかけて通してもらい、まだ薄暗い街を歩く。王宮から十分に離れたところでアイクが森羅に声をかけた。


「別れはちゃんと済ませてきたのか?」


「ああ」


「そうか。まあ、また生きていれば会えるさ」


「あいつらを死なせてくれるなよ」


「お前の方が死にそうだろうが。あいつらはまだしばらく大迷宮で訓練をした後、ようやく実戦だ」


「…そうだな」


「今日は妙に素直だな」


いつもなら、自分は死ぬつもりはない、だの、危なくなったら逃げるに決まっている、だのと言い返してくる森羅がおとなしく頷いたので、アイトは不思議に思ってそう尋ねる。


「友人と別れるとあっては、俺も思うところがあっただけだ。死ぬつもりはない」


「ああ、それがお前らしい」


アイトはどこまでもいつもどおりに森羅と話す。この世界で生きているアイトにとって別れとは森羅の思うそれよりも遥かに身近にあったのかも知れない。いや、きっとそうなのだろう。この別れも、アイトにとっては数ある別れのうちの一つでしかなく、だからこそ普通に振る舞っているのだ。


目的の傭兵団が滞在している宿が近づいてきたところで、アイトがいつもより幾分真剣味のこもった言葉で森羅に話しかける。


「シンラ」


「何だ?」


アイトが今まで通り振る舞っているからこそ、森羅も今までどおり、別れの寂しさに声を震わすこともなく平然と返す。


「俺は、今日までの半年の訓練の間、一度もお前に負けていない」


「…ああ、そうだな」


「次戦うときには、お前のほうが強いかもしれないな」


次、と。アイトがひっそりと言葉に込めた再会の約束。それに気づいた森羅は驚いた顔をした後、少し頬を緩める。


「…ああ、そうだといいな」

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