11.魔物ヲ殺スコト
森羅たちが訓練を始めてからおよそ二週間。今日はこの世界にやってきて初めて、実戦を行なう。
森羅たちがやってきたのは『メメントモリ大迷宮』と言われる、王家が管理している、王都の中に入り口が存在する迷宮である。
この世界における迷宮とは、強力な魔力が溜まった場合に自然に発生したり、はるか昔に力を持った者が作ったもので、内部で外部とは別の環境が形成されているものを指すらしい。
わかり易い例で言えば、周囲と自然につながっている洞窟は迷宮とは言わないが、その洞窟の内部に外部に存在しない植物が群生していたりする場合は迷宮とみなされる。
迷宮というのは本来いくつもの階層や段階に別れており、最深部に何らかの遺跡や宝物が存在する、または存在していたものを指していたが、しだいに最深部まで探索が行われていないものの何らかの異常が確認されるものを含めて総じて迷宮と呼ぶようになった。
その中でもメメントモリ大迷宮は自然発生ではなく何者かの手によって設置された迷宮である。
入り口は頑丈な扉に守られており、中もただの洞窟ではなく壁はある程度整えらられており、緑光石という光を発する鉱石が中を照らしているそうだ。
(ダンジョン、か。面白そうだな)
メメントモリ大迷宮は王都に存在し、王宮の管理下におかれていることもあって、王宮から管理を委託されている冒険者ギルドによって安全対策がなされている。
例えば、入口の門では入場したものと退場したものを記録しており、事前に申請無く長い間出てこないものがいた場合は冒険者ギルドから冒険者という迷宮や自然の探索及び魔物の討伐を仕事とする人たちに依頼が行き、救出活動が行われることになっている。
また同時に、入り口ではトラップの魔力に反応して音を出しながら光るトラップセンサーや、マジックバッグと呼ばれる中身が見た目よりも遥かに入る魔道具などが貸し出される。
冒険者ギルド側にメリットがないように思えるが、メメントモリ大迷宮では退場の際に獲得したものを一度全て提出させ、そのうち一部を徴収した上で後日変換するという制度をとっているため、冒険者ギルド側にも儲けは出ているようだ。
そうした、安全に関しては他の迷宮と比べてかなり環境が良いので、好んで潜る冒険者も多いようだ。魔物を倒した際に落とす素材や発掘される鉱石がかなり高値で売れるので稼ぎが良いのである。
森羅たちは事前にそうした説明を受けていたので、騎士からトラップセンサーをパーティーごとに受け取って先に進む。
「綺麗…」
「すごい、こんなに光るんだ…」
茜と日向子が思わずと言ったように呟く。他のパーティーもそれぞれに足を止めて天井を見上げたり壁にふれたりしている。ところどころに人工で設置された緑鉱石に加えて、天然で存在する緑鉱石は完全に壁と一体化しており、壁が光っているという神秘的な様子を醸し出しているのだ。
少し広めのトンネルを5分ほど進むと、大きな広間に出る。
この迷宮は、こうした広場があちこちにあり、幾股にも分岐して広がっているらしい。現在は森羅たちの修行を行うために、そのうちの一つのルートを王宮の命令によって貸し切り状態にしているそうだ。
広間に入ってすぐにオキド団長が声を出す。
「魔物が出現するぞ!構えろ!」
すぐに、地面と壁から染み出すように犬ほどの大きさのある毛玉が飛び出してくる。ファーラットという名前の魔物だ。戦いの心得があるものなら遅れを取ることはそうないが、森羅含めて生徒は全員敵意を剥き出しにしてせまってくる魔物と戦うのは初めてだ。さらに、ファーラットの顔の部分に覗く目と、時折開かれる口から覗く歪んだ牙が恐怖を煽る。
「よし、ヒロのパーティーを中心にして戦え!騎士に止められているパーティーは後ろから戦いというものをよく見ておけよ!」
「行くぞ!みんな!」
オキド団長の指示とほぼ同時に比呂のパーティーが前に出る。同様に召喚されたとはいえ、それぞれのパーティーの成長具合には大きな差がある。
例えば、比呂のパーティーは全員が天職やステータス、技能において最初から飛び抜けており、さらにそこからこの二週間の訓練でレベルも技術も大きく伸ばしており、すでに騎士の中でも弱い者たちには張り合う程度になっている。
一方、ステータスも天職も飛び抜けて優れているわけではなかった生徒で構成されているパーティーの中でも、訓練に対する意欲が薄かったり、この世界にまだ慣れていないパーティーは戦闘力が低く戦いにも慣れておらず、指導している騎士から今日は見学を主として参加するように言われている。
そんななか森羅のパーティーは、戦闘力自体は龍陽をのぞいて高くないもののアイトの説得もあって今日から戦闘に参加して良いことになった。もともと、戦闘をさせるとはいえ強力な騎士が常に見ており、危なくなり次第すぐに助けに入るので危険はない。戦闘に参加させないパーティーは精神的な問題も加味してのことだ。
森羅と龍陽も並んで前に飛び出す。茜と日向子は明らかに後衛の天職、技能を所持しているので、自然とパーティー内の役目はそう別れた。
ファーラットは飛び出してきた比呂や森羅たちを取り囲むように半円を描く。そこからしばらくにらみ合いが続く。
ズサッ
しびれを切らした星夜が一歩を踏み出す。それを皮切りとしてファーラットが襲いかかってきた。
森羅と龍陽は打ち合わせ通りに、互いに剣が当たらないように間合いをとって迎え撃つ。それぞれの危険度を察知しているのか、ファーラットの多くは比呂のパーティーに襲いかかっており、残りの個体が森羅のパーティーや他のパーティーに襲いかかっている。
「しっ」
森羅は飛びかかってきたファーラットを、小さな動きで切り裂く。すぐに次の動きに移れるように、剣は振り抜いたままにせず、振り抜いた先から次に振りやすい場所へとスライドさせる。
(心臓が重い、体が重い。これが、戦いか)
「はぁぁぁぁぁぁぁ…」
体を重くしているのは戦いに対する緊張。それを晴らそうと深く息を吐く。森羅の隣では龍陽が森羅よりも速く剣を振り、多くのファーラットを屠っている。
森羅は負けじと剣を振り、ファーラットを切り裂いていく。一撃で力尽きないやつには二撃目を、ときには突きを放って串刺しにしながら戦う。その生命を奪ったかどうかは、手元の感触が教えてくれる。
肉薄したファーラットを腕で弾き、上から剣を突き立てる。
「離れて!」
後ろから響く茜の声に、森羅と龍陽が飛び退る。直後、二人が居た位置に突っ込んできたファーラットの集団に、三発の“火球”が直撃する。爆炎が晴れた後に残っていたのは、瀕死でもがくファーラットが二匹といくつかの焼けた死体。それも龍陽がすぐに止めをさして初めての戦闘は終わった。
(魔物の体を、剣で切り裂く感触。骨にあたったみたいな硬い感触、それを叩き切る感触。不快じゃないな。これは)
それ、それは不快というよりはむしろ…。
「森羅、お疲れ」
「ああ、お疲れ」
龍陽に声をかけられ、ハイタッチをしながら茜と日向子の方へ戻る。森羅が傷を受けたのはファーラットを弾いた際に牙のかすった腕だけだ。
一方龍陽は全身に魔力の鎧をまとっているのもあってファーラット程度では傷をつける事はできない。現状での戦闘力でいえば、龍陽はこの階層では苦戦すらすることはないのだ。
「お疲れ様!すごかったね!」
「二人共お疲れ様。私の仕事がなかったな。早く結界を張れるようにならないと…」
茜は後方支援の火力役として自分の任務を果たしたが、治癒と結界を張ることしか出来ない日向子は出番がなかった。“結界魔法”を使いこなせれば森羅や龍陽に飛びかかったファーウルフを防いだり、戦いの支援を出来ただろうが、日向子はまだ“結界魔法”を使いこなせておらず、盾を発動させる場所を設定するのが苦手らしい。
「日向子さん、怪我したから治癒してもらえる?」
少し気落ちしている日向子に、森羅は左腕の地が出ている部分を見せる。
比呂や星夜、他の前衛で攻撃を受け止める役目を担う天職を持つ生徒は強力な全身鎧を王宮の武器庫で受け取っているが、森羅や他の武器で攻撃する中衛の生徒は心臓や膝など局所のみを守る鎧しか与えられなかった。しかも森羅に至っては期待されていないらしく、市販で購入できる普通の革鎧だそうだ。なんともわかりやすい区別である。
そのため、腕でファーラットを弾いた際に、牙が薄い布の服を突き破って肌を切り裂いたのだ。傷は浅いが、体を斬られることに慣れていない森羅にとっては、無視し難い痛みを発している。戦場に立ちたいと願っているのだから痛みにも慣れなければいけないのだろうが、今はとりあえず治癒したい。
先程まで戦闘が行われていた位置では、騎士が森羅たちの代わりにファーラットを抑え込んで時間を稼いでいる。森羅たちが担当の騎士から助言をもらって準備ができたら、単独のパーティーで戦闘の訓練を行なうつもりなのだ。最初の戦闘のみは全体で行い、その後余裕そうであれば個々のパーティーで戦闘訓練を行なうというのは説明されていた。
それを思い出したのか日向子も、落ち込んでいる暇は無いと気合を入れ直す。
「わかった。ちょっとまってね」
杖を構え、呪文を唱える。
「偉大なる癒やしの力を、我が友の傷を癒せ“回復”」
すると、森羅の腕に開いていた傷口が自然とふさがり血が止まる。流れ出た血はかばーできないため服に染み込んでいるが、今の森羅にはそれほど気にならない。
「ありがとう」
「それじゃあ、先生たちのところに行こう!」
茜は担当の騎士たちのことを先生と呼んでいる。他の三人は名前で呼んでいるが、彼女が先生と言えば騎士のことをさすので伝わるのだ。
「そうね。次の戦いに備えましょう」
「せんせー!」
茜が真っ先に先生の、騎士の方へと駆け寄っていく。それを微笑ましく思って笑いながら、森羅たちも歩いて騎士の方へと向かう。
戦いのない世界からやってきた森羅たちは、戦いに慣れていない。しかし、森羅と龍陽は戦いを恐れない性格ゆえに、そして茜と日向子は後衛であり直接生物に手をかけないという戦い方ゆえに、戦いをそれほど忌避すること無く、助言を受けて再び訓練に向かうのだった。
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「あんまり、怖くなかったな」
「お前はあたってもきかないだろ」
「いや、それもあるんだろうけど、魔物の目の前で剣を持っても緊張しなかったんだよな」
「俺は最初は緊張したがな。体が重くなっているのがわかった」
「めずらしいな。お前が緊張するってのも」
「普段は隠してるだけだ。ささいなことでよく緊張している」
王宮に戻る馬車の中、二人はそんな会話をかわす。他の二人は、疲れているのか眠ってしまった。その二人を起こさないように静かに会話する。
「まあ、全く問題ないように見えたけどな。俺には」
「俺のステータスでも楽な相手だっただけだ。まだ全く鍛え方が足りない。明日からもっと厳しくやる」
確かにファーラット相手には数箇所牙や爪がかすった傷を負いながらも、一匹ずつなら十分に対処できた。だが、それでは全く足りない。比呂は一撃で数匹のファーラットを叩き切っていたし、より洗練された動きをしていた雫や龍陽は同時に襲いかかられても苦もなく対応できていた。あちらの世界で剣道をしていた雫はまだしも、はじめは素人であった龍陽ですらそのレベルに達しているのである。
いくら、勇者としての素質によって成長の度合いの差はあるといえど、森羅は納得しない。
ステータスが劣っているなら何倍も何十倍も剣を振って、最適の動きを見出し身につけるのだ。
「できる限り真似させてもらうよ」
「お前に真似されたらいつまでたっても追いつかんだろうが」
「追いつかれたくないからやってやるさ」
龍陽に至っては、こう言って森羅との訓練量の差を同じにしようとしてくるのだ。たまったものではない。が、だからこそ、やりがいがある。
「負けんぞ。お前が倒れても剣を振り続けてやる」
「望むところ」
互いにニヤリと笑いながら、互いこそが好敵手と宣言するのだった。