1.現実
この作品は基本的に三人称です。三人称は慣れていないので、おかしなところが会った場合には教えていただけるとありがたいです。主人公以外の気持ちなどを書く場合には一人称になるかもしれません。
10話あたりまでテンプレの異世界召喚に近い形で進みます。好きでない方は読み飛ばしていただけるとありがたいです。
「ふっふっふっ」
浅く息を吐きながら階段を駆け上がる。時間ギリギリまで打ち込んでしまった。森羅の悪い癖である。したいことがあると、たとえ次にすることがあっても時間を目いっぱいに使ってしまうのだ。午後一つ目の授業がクーラーの効いた教室であるとは言え、しばらくは体は火照ったままだろう。
廊下を走った勢いのまま教室の扉を上げて飛び込む。勢いがついているとはいえ、毎日こんなことをしていれば森羅とて慣れる。開ける際には極力音を立てないようにするぐらいの分別はあるのだ。
「またバスケしてたのか?」
席について次の授業の教科書を出していると、一つ前の席の龍陽が、後ろを向いて森羅にそう話しかける。森羅は教室内でも他のクラスメイトから少し敬遠されており、雑談程度の会話をするのは龍二ぐらいだ。勉強を教えてくれと話しかけるものはいるが、用が済めばすぐに去ってしまう程度の交友関係しか無い。
「おん、当たり前だろ。せっかく長い時間あるのに練習しないともったいないしな」
「好きだな、お前も」
いつもどおり呆れたように龍陽は言う。この問答もほとんど毎日繰り返されたものだ。二年生になって初めて同じクラスになったが、初日からこの問答を繰り返している。はじめは隣同士だった席が前後になっても、それは変わっていない。
「バスケはやったらやるだけ力になるからな。個人で磨ける能力が多いし、極めたいんだよな」
「はいはい。それより、次の予習してるか?」
「今からやる」
すでに授業が始まる2分前である。
「だろうな。俺もやってないわ」
森羅の方はまだやる気はあるが、龍陽はやる気すら無い。互いに適当なところが多い二人だからこそ会って初日で妙に意気投合し、気兼ねなく話すことができるのだ。
5限目の授業は数学である。予習といっても、5分程度で解ける問題が一問だ。周りの雑音を聞きながら森羅は流れるように問題を解く。前で龍陽が寝始めているが森羅は気にしない。龍陽が授業中に寝ているのはいつものことだからだ。
森羅が考え方とストイックさで周りから敬遠されているように、龍陽はあまりの適当さで周りから敬遠されている。本人が適当さをなんとも思わず笑い話にするのが特に周囲から疎まれている原因だ。まがりなりにも進学校であるので、多少なりと真面目な生徒が多い分、龍陽の適当さが浮いてしまうのだ。
問題を解き終えてから森羅は時計を確認する。授業開始には絶対間に合わないと思っていたので、教師が教室に入ってこないことが気になったのだ。とはいえ、この授業を担当している教師は開始時間に遅れがちであり、だからこそ周囲の生徒も雑談をしているので、時計を見たことには軽い確認程度の意味合いしかなかった。
「ん?時計止まってないか?」
森羅は視力はそこそこ良いほうなので、時計の針もしっかり見えている。その森羅の目には、今の時刻が12:49分とうつった。森羅が問題を解き始めたのが48分頃なので、解いている間に止まったのだろう。
森羅は腕時計を邪魔になるのでリュックの中にしまったままだ。わざわざ腕時計を取り出すのもめんどくさいし、森羅自身は遅れた教師を呼びに行くかかりでもない。時間の確認を必要ないと判断して、机の中から本を取り出して読み始めた。
今森羅が読んでいるのは経済の入門書のようなものだ。もともとありとあらゆることを学びたいと考えている森羅は、最近は経済に関心を持っているのである。中学生、そして高校1年の間は様々な物語を読んできており、それまでも多少は学んでいたものの、2年生になってから小説に出てきた知識などを本格的に学ぶようになったのだ。
しばらくそうして森羅が読書をしていると、他の生徒が、そろそろ教師を呼びに行ったほうが良いのではないか、と言い出す。
「授業の時間にいつまでも話してるのも良くないし、そろそろ呼びに行ってくるよ」
そう声を上げたのは十束比呂というクラスの中心メンバーの1人だ。進学校であるため、明確な力関係が存在する、というほど生徒間に差があるわけではないが、周囲に大きな影響を及ぼす人物がいるのも事実である。比呂はこのクラスで言えばその1人だった。
「比呂、もう少し遅くしようぜ。あと5分だけ」
そう声をかけたのは野球部の衛藤星夜だ。彼もクラスでは、明るく発言力が強い方向で中心人物の1人である。比呂に比べて真面目さにかけるが、誰とでも仲良くなりみなの注目をよく集める人物だ。
「僕の時計が壊れててわからないけど、多分もう始まってから10分近く立っているし、そろそろ行ったほうが良いよ。今日の日直は僕だし、行ってくるよ」
「いいじゃんかよお」
二人のこの会話もいつものことだ。星夜と比呂は中学来の友人であり、比呂が真面目なのは星夜にもわかっている。だから軽くじゃれ合うように言っているのだ。
「そうだよ比呂、まだいいだろ?」
「良いよ比呂くん。流石にそろそろ呼びに行かないと先生に怒られるちゃうよ」
クラスのお調子者の柊雅人と、学級委員長の静区陽音だ。
「じゃあ、行ってくるよ」
そう言って比呂は教室の出口へと歩いていく。森羅の隣を通るが、森羅はそれに気づきながらもまったく気にせずに読書を続ける。
教室の扉を開けようとした比呂が、違和感に気づいて声を上げる。
「あれ?開かないんだけど」
他の生徒は比呂が先生を呼びに行くものだと思っているので、今更ながらに授業の準備を始めるものや、昨日習った内容を隣の生徒と確認したりしている。
比呂はドアの鍵がかかっているのかと確認するが、そうではないようだ。ただ、ドアが開かない。
「比呂くんどうしたの?」
教室の一番前の女子生徒が比呂が未だにドアの前にいることに気づいて声をかける。
「ドアが開かないんだよね。鍵がかかってるわけじゃないんみたいなんだけど」
「ほんとに?」
その女子生徒も一緒になってドアを確認する。特に立て付けが悪いドアではなかったので、普通ならすっと開くはずなのだが。
森羅はそれを視界の隅に捉えながら読書を続ける。周囲の状況に常に気をつけているとはいえ、それがそのまま周囲で困っている者に手を貸すことにはつながらない。
「おかしいな。とりあえず後ろから出てみるよ」
比呂はそう言って教室の前から後ろへと移動する。途中で龍陽の机にぶつかり、その振動で龍陽が目をさます。
「おっと、すまない」
「あ、うん」
寝ぼけ眼の龍陽はなぜ謝られたかすら気づいていないだろう。比呂は分け隔てなく人に優しく接しようとする性格なので、皆に疎まれている龍陽にでもしっかりと謝るところは謝る。
教室の後ろまでたどり着いて比呂がドアに手をかけて引く。が、前と同じようにドアは動かない。
「やっぱり開かないね。どうしよっか」
少し悩んだ比呂は近くにいた近藤竜也に声をかける。
「近藤くん、少し手を貸してくれないか?」
「ああ、構わないが、さっきから何をしているんだ?」
竜也が立ち上がりながら比呂に尋ねる。
「どっちのドアも開かなくてね。多分たてつけか何かが挟まってると思うから、一旦外してみようと思って」
「なるほど、わかった。しかしそんなにドアの調子は悪くなかったと思うがな」
「そうなんだよね。まあとりあえず外したら原因もわかるんじゃないかな」
「そうだな」
竜也と比呂が一緒にドアに手をかける。竜也は普段から柔道部で鍛えている力自慢であり、比呂も剣道で鍛えているのでかなり力はある。二人でドアに力をかけようとする。
そこで、二人は後ろがざわついているのに気づいた。
「ねえ、床光ってない?」
「え、マジ?ほんとだ。なにこれ」
「なんか変な模様、だね。なんで光ってるの?」
「わかるわけ無いでしょ」
二人は自分たちがドアを外そうとしていることについて皆が話しているのかと思ったが、違った。二人が慌てて振り返ると、足元が確かに光を発している。それも、明るく見えるというレベルではなく、明らかに床から光が発しているのだ。
森羅は、わずかに床が光り始めた段階、つまり、比呂が後ろへ移動し始めたあたりで異変に気づいていた。とりあえず再び寝ようとしている龍陽に声をかける。
「起きろ龍陽、なんかおかしいぞ」
「うん?どした?」
「光ってる」
寝ぼけ眼の龍陽に、森羅は下を指しながらそう伝える。その頃には最初はぼんやりとしていた光は、明らかに天井の電気と同じぐらいの明かりに変わっていた。
「ほんとだ。なんだこれ」
「わからん、いや、いうなら魔法陣だろうが」
「確かに、そう見えるな」
「一応警戒しておけよ」
ファンタジー小説などをたくさん読んでいる森羅は、その一場面を想像して龍陽にそう言う。
「何をだよ」
「召喚だ」
森羅は大真面目にそう言った。床に発光するような仕組みがないというのは当たり前の話だ。それが光っているのだから、尋常のことではないのは森羅には明らかである。そうなれば、異世界の存在を当然と思っている森羅にとって、ファンタジーにつきものな召喚を警戒するというのも当然のことだ。
「まじかよ」
龍陽もそう返していながら、ちゃかす雰囲気はない。森羅の言葉がいつもどおり真剣だったからだ。冗談で言っているのではない、何かが起きる、そう悟らせる声だ。そして確かに輝きを増していく床の光も、その思いに拍車をかける。
「この光は一体何だ!?星夜!」
「わからねえ!誰かが仕掛けたものなわけ無いだろ、この明るさ!」
はじめは電球程度の明かりだった光が、今は目もくらむほどの光を発している。
「本当になんなの!?これ!?」
その得体のしれない光に、1人の生徒が悲鳴のような声を上げる。得体のしれないものに恐怖を感じてつい叫んだ彼女だが、他の生徒はそれに答えること無く隣の生徒と互いに、なんだよこれ、という言葉を交わしている。
誰も答えられない光景に、先程と別の生徒が叫びをあげようとした瞬間、突如としてその光は消え、いつもの教室の光景に戻った。
「今、たしかに光ってたよね?」
「ああ、俺も見ている」
比呂がボソリとそう呟き、隣りにいた竜也が答える。森羅はそんな言葉を耳にしながらまだ警戒している。何を、とはわからない。ただ、今見た光は確かに存在した。ならば、そこで終わるはずがない。
「森羅…」
「来た」
龍陽の言葉に森羅は端的に返した。再び発光を始める足元を見ながら。
直後、再び光が溢れ出す。今度は目がくらむほどの明るさはない。だが、明らかに光というよりは形を保った紫の粒子が、床に、そして空中へと模様を描きながらその領域を広げていく。
「また…!」
誰かの叫びが最後まで放たれる前にそれは完成した。明らかに魔法陣。床から天井へと一定の間隔を持ってつながる立体的なそれは、最後に一瞬光りを放ち、そして消えた。そこにいたはずの生徒とともに。
一話目はある程度他との関連性が薄いのでそのまま出しましたが、2話目以降はその後の話との関連を見て方向性をしっかりするためにある程度溜まったら出します。
つまり、しばらくお待ち下さい。