第3話 マークの過去
「ただいま戻りました」
水源地の調査を終え、町の役場に戻って来たのは夕方近くになった頃だった。
早くマリアを迎えに行かないと1人で寂しい思いをしていないか心配だ。
「あれ?」
ここで役場に誰も居ない事に気づく。
おかしい、いつも町長か残っている筈なのに。
「まあ、良いか」
汚れた作業着を鞄に詰め普段着へと着替える。
そのまま帰っても良いのだけど汚れた格好だとマリアが可哀想だ。
「おや?」
役場を出ると町長が慌てた様子で走るのが見えた。
「町長!」
「あ、おおマークか、お疲れ様。
すまんな、誰も居なくて」
汗を拭きながらか町長は俺の前に来るが何処かそわそわしていた。
「それは構いませんけど、何かあったんですか?」
「いや、その...」
歯切れが悪い、いやな予感がする。
「言いにくいならマキナに聞きますけど」
「ま、待て!話す、話すから!」
町長は真っ赤な顔をして俺の腕を掴む、こんな狼狽えた姿を見たのは初めてだ、
「実はA級パーティーがこの町に来る事になってな」
「A級パーティー?」
冒険者パーティーの事かな?
何かギルドに依頼が...いや今日マキナはそんな事言って無かった。
「それでマルニータが帰って来るそうだ」
「........」
町長の言葉に頭が真っ白になる。
何も考えられない。
「マーク?」
「...その事をマキナは?」
「家の娘が言っちまったんだ。
すまん!マルニータはお前の彼女だったから不味かったな!」
不味い所の騒ぎでは無い。
マルニータと俺の間に起こった事情を話して無かったからカミーラを安易に責められない。
「それじゃマキナは?」
「ギルドで暴れてな、建物が半壊しちまったよ」
「そうですか」
よく半壊にとどまったな。
マキナも丸くなって来たのかな?
「そう言う事だ、儂は今からカミーラの見舞いに行ってくる」
「見舞い?」
「気を失って療養所で伸びてるんだよ」
「...それはすみません」
マキナの殺気に中てられたんだな、普通の人間が耐えられる筈無い。
「すまん、それじゃな!」
走り去る町長を見ながら俺はマリアの迎えに急いだ。
「遅くなりました」
学校に着くといつもの教師が出てきた。
「マークさん、マリアならお婆ちゃんがさっき」
「母さんが?」
「ええ、何か焦ってましたよ」
「そうですか、ありがとうございました」
これは不味い、マルニータが帰って来るのを知ってるって事か。
母さんにもマルニータと別れた理由を詳しく話して無かったし。
とにかく家に一旦帰ろう。
「ただいま」
「パパお帰り!」
「ただいまマリア」
扉を開けるとマリアが元気良く飛びつく。
この子に動揺を覚らせる訳に行かない。
「ママは?」
いつもならマキナも来る所だが...
「ママまだだよ」
「そうなのか?」
「うんお婆ちゃんがママの仕事場に行ったんだって。
『お仕事で今日は遅くなります』って」
「そうか」
ギルドの後片付けかな?
「パパ寂しい?」
娘を不安にさせては駄目だ。
「大丈夫だよ、マリアが居るからね」
「うん!」
マリアを抱き抱え家に入る。
父さんと母さんは宿の仕事で忙しいからマリアとご飯を作り、出来るだけゆっくり過ごした。
マリアを寝かし1人リビングに行き、棚から酒瓶とグラスを取り出す。
「マルニータか」
冒険者を辞めて以来酒は余り飲まないが今日は飲みたい気分だ。
「今さらなんだ?」
思い出したくも無い悪夢。
幼馴染みで育った俺達は自然と付き合う様になった。
『冒険者になりたい』
最初に言ったのは俺だった。
マルニータは俺に着いて来ただけだったが、冒険者としてすぐに頭角を表したのはマルニータの方だった。
マルニータと才能の差をいきなり痛感した。
駆け出しの冒険者でありながら凄まじいまでの格闘センス。
しかもまだ10代の小娘、あいつが天狗になるのは仕方なかったと言える。
最初はマルニータも俺を支え励ましたが、ギルドは夢のS級冒険者誕生に期待した。
次々と難しい依頼を俺達に、いやマルニータに回した。
当然俺は足手まといになる。
マルニータが冷たくなってきたのはその頃からだ。
そしてあいつが来た。
サンプレス、忘れもしない屑野郎。
あいつは俺に稽古と称して連日リンチを加えた。
当然俺は酷い怪我をしたまま依頼を受ける事になる。
活躍なんか出来る訳無い。
情けないがマルニータに訴えた『サンプレスの稽古を止めさせてくれ』って。
『何言ってるの?マークの為にサンプレスさんが貴重な時間を割いてくれてるのに!』
あの言葉は効いた、実際俺は弱かったし。
寝取られた事に気づいたのもその頃だ。
宿から出てくる2人を見た時は気が狂いそうだった。
俺の視線に気づいた2人はいやらしい笑みを浮かべてキスを...
「ふう」
いかん、まだ胸の苦しみを感じるのか。
マルニータの事は仕方ない、弱かった俺が悪いんだ。
命を預けるのが冒険者パーティー。
恋人だ、寝取られだは日常茶飯事、そう実家の宿の手伝いで見てきたのに。
別れなかったのは俺の意地だった。
マルニータの事は完全に諦めていた。
あんな物を見てはどんな事情が有っても人間として失望するさ。
ちょうどその頃だ、マキナと知り合ったのは。
ある日俺はサンプレスに初めて勝った。
奴は悔しそうな顔で、
『やるじゃねえか』そう言った。
マルニータも意外な顔で俺を見ていた。
その夜俺は2人にパーティーを辞める事を言った。
意地は果たしたから悔いは無かった。
『最後にダンジョンに行こう』
マルニータか言った。
何か企んでいるとは思ったが、
まさか殺す気とは思わなかった。
(実際には殺され無かったんだが)
手足の筋を切られたのは不意打ち。
いきなりサンプレスに羽交い締めされ、マルニータに切られ、蹴り落とされ奈落の底。
「あの時偶然マキナが居なかったら死んでいたな」
「偶然じゃないわ」
「マキナ?」
いつの間にかリビングに居たマキナは優しい瞳で俺を見ていた。
「偶然じゃないの」
「それはどういう...」
「私も良いかしら?」
マキナは棚からグラスを取り出し、隣に座ると微笑む。
その美しい横顔に魅入られる俺だった。