第2話 ギルド会長スチュワート
フレスト王国、王都フレストン。
世界最大の都市を謳うだけの事はある。
この街には世界中の富と野心が集まっていると言っても良いだろう。
それは冒険者達も同じ、この王都にある中央ギルドには世界中から依頼が届く。
魔竜退治や盗賊団の殲滅、傭兵の仕事まで。
賭けるは己が命。
先にあるのは栄光のS級か、物言わぬ骸か...
馬車の窓から流れる景色を見ながらそんな事を考える。
冒険者に憧れ、実家の公爵家を飛び出したのは20年前になるだろうか?
15年間、楽しい事ばかりでは無かった。
死が常に隣り合わせの冒険者稼業、親友や愛する人を護れず何度も涙を流した。
そうしてS級になれたし、世界で唯一のS級冒険者パーティーも作った。
メンバーの1人が5年前に冒険者を辞めてパーティーは解散、私も一線を退いた。
気づけば35歳、すっかり落ち着いたな。
「おはようございます会長」
「うむ、おはよう」
馬車の扉が開き、1人の女性が頭を下げた。
彼女は私の筆頭秘書ユイナール‐ロンバッハ25歳。
とても優秀な女性で王立アカデミーを首席で卒業し、僅か3年で筆頭秘書に抜擢された、私の婚約者でもある。
「本日のスケジュールです」
「ありがとう」
数枚の紙が挟まれたファイルが手渡される。
彼女はいちいち予定を読み上げ無い。
必要事項はこの紙に全て書き込んであり、内容に自信があるのだろう。
「ふむ」
予定表を見ながら執務室まで歩く。
少々危険な行為に映るが私の前に人は居ない、皆避けるのだ。
扉に近づくと職員が開けるし、足元の障害物も然り(もちろん躓くようなヘマをしない自信がある)
「宜しいでしょうか?」
「ああOKだ」
一通り目を通し書類を秘書に渡す。
執務室の椅子に座り今度は山積みにされた書類と格闘する。
「疲れた...」
一時間もしない内に弱音が口をつく。
本当はこんな仕事したくない。
冒険者としてまた活動したいのが本音だ。
またマキナの所からヘルプが来ないかな?
そしたら私も同行してストレス発散が出来るのに。
「会長」
「いやなんでもない」
秘書の言葉に慌てて咳払ををする。
いかん、前回楽しすぎて1週間ギルドを留守にし、大混乱をさせたのだった。
「そうではありません」
筆頭秘書のユイナールが1枚の書類を差し出す。
それはある冒険者パーティーが王都を離れた報告書だった。
「これは?」
A級パーティーが王都を離れたくらい別に珍しい事では無い。
冒険者は基本根なし草、依頼があれば仕事をこなすし、金があれば休む。
勝手気ままな集まりなのだ。
「家の専属じゃないから問題は無いだろ」
何故ユイナールはこの書類を私に?
「いえ、パーティー名が」
気まずそうに彼女は書類に書かれたパーティー名を指差した。
「漆黒の薔薇?」
「はい」
その名前を見た瞬間、背中から汗が吹き出す。
血の気も失せ眩暈すら感じた。
「連中はどこに向かった?
いつ出ていったんだ?」
「落ち着いて下さい、今確認してます」
思わず立ち上がり怒鳴る私にユイナールは努めて冷静に答えるが、彼女の額にも大量の汗が滲んでいた。
彼女もマキナと私の因縁を知っている。
なぜならユイナールの父親も私達の冒険者パーティーの一員だった。
「失礼します、漆黒の薔薇は5日前に王都を出ました」
別の秘書が報告した。
「5日前?行き先は?」
「ナンダーレの避暑地とありましたが」
「嘘だ」
即座に否定する。
ナンダーレの避暑地はこの時期は雨季で行く者は居ない。
「会長...ナンダーレの先には確か....」
「ああ、サイキシの町がある」
私の言葉にユイナールは倒れそうになっている。
私も倒れたいぞ!
「会長」
執務室の扉が開きまた別の秘書が入って来た。
「なんだ?」
「ギルド通信が入っております」
「ギルド通信?」
各ギルドに設置されている通信装置。
大量の魔力を消費するので緊急の際にしか(厄災級の魔物の出現等)使用しないが。
「まさか...」
「はいサイキシのギルドからです」
「...分かった、後で掛け直すと伝えてくれ」
「畏まりました」
気づけばユイナールは気を失っていた。
慌てて他の秘書達に介抱されているが私はそれ所では無い。
通信室に入り1人椅子に座る。
紙を取り出し、まずは情報を整理する。
マルニータはマキナの夫マークの恋人だった。
15年前、13歳でF級冒険者になった2人、剣の才能溢れるマルニータは僅か2年でB級冒険者になったがマークは同じ頃まだD級。
しかしマークの成長が遅かった訳では無い、マルニータの成長が異常に早かっただけだ。
マークはマルニータに追い付こうと必死に努力を重ねていた。
そんなある日、野心溢れるマルニータは2人のパーティーに1人の男を入れた。
サンプレス、当時A級の冒険者として知られていた男。
実力はあるが悪い噂の絶えない奴だった。
それは弱い者虐めと女癖の悪さ。
当時の俺達は別のパーティーの事だから特に意識もしなかったがマルニータのパーティーの悪評は聞こえていた。
マークを魔物の囮にしたり、役立たずと罵ったり等だ。
パーティー内で実力差から虐めが横行するのは珍しい事では無い。
嫌ならパーティーを辞めれば良いし、反対に追放すれば良いだけの話。
しかしマークは辞めなかった。
必死に鍛え、マルニータに追い付こうと更に努力を重ねた。
それがサンプレスには面白く無かったのだろう。
マルニータにマークは役立たずと言い続け、とうとうマルニータを寝取ってしまった。
マークと俺達が出逢ったのはその頃だ、確か10年前だったな。
俺達があるダンジョン攻略中にマークが落ちて来たのだ。
本来なら奈落の底で死ぬ筈だったがマークだが奴は助かった。
突然落ちてきたマークをマキナが受け止めたからだ。
(あれのどこが運命の出逢いなのか未だに分からん)
瀕死の重傷のマークを背負ってダンジョンを出た俺達はサンプレスとマルニータに事情を聞こうとして...
大体の事は想像が着いた。
なぜならマークの両手両足の筋は斬られた痕があったからだ。
しかしサンプレスは惚けた、マルニータも必死に奴を庇い、マークは口を閉ざした。
その後姿を消したサンプレスとマルニータ。
あれだけの事をしたら罪に問われなくても悪評から居られないのは当然だろう。
その後傷の癒えたマークは俺達の仲間になりマキナと結ばれ2人は冒険者を辞めた、か。
最後は端折ろう。
マークには悪いがな。
紙に記憶している事を書いて通信室の機器に魔力を込める。
次第に浮かび上がって来たのはマキナの顔、いかん怒ってるな。
「...遅い」
赤い髪が少し逆立っている。
切れ長な瞳は相変わらず激しい気性が衰えて無い事を表していた。
「すまんな、何かと忙しいんだ、だが少し落ち着いただろ?」
マキナが居る通信室の背後に映る壁が穴だらけだ、相当暴れたな。
「まあな、また依頼を受けねばならなくなったよ」
少し笑うマキナ、相変わらず美しいって何を考えてる俺は。
「マルニータが来るそうだ」
「らしいな」
「何の用だと思う?」
「分からん、故郷が恋しくなったのか?」
「そんな訳あるか!!」
マキナがテーブルを叩く、激しい振動に画面が揺れた。
「落ち着け、また修理代が増えるぞ。
何が聞きたい?」
「漆黒の薔薇について詳しく教えてくれ」
「分かった」
俺はファイルを取り出す。
ギルドには全てのパーティーについての記録が残されている。
「漆黒の薔薇は4年前に結成されたパーティーだ。
リーダーは知っての通りマルニータで彼女は現在A級冒険者だ。
メンバーは彼女を含め3人、全てA級冒険者で固められている」
「以前訳有りの連中と言ったな、どんな訳有りなんだ?」
「それは...」
言うべきなんだろうが少し躊躇うな。
「教えろ」
「分かった、彼女達は全てサンプレスの仲間だった連中だ」
「サンプレスの?」
「ああ、皆サンプレスに人間関係を滅茶苦茶にされた集まりだよ」
「ふーん」
マキナは腕を組み何か考えている。
「マークに何をする気だ?」
「分からん、単に謝罪って訳じゃないだろ」
「だろうな、マルニータは実家に手紙1つ送って無いそうだ」
「そうか」
マキナはマルニータの実家と交流があるのか、意外だな。
マルニータのした事を秘密にしているって訳だな。
「もし私の生活を脅かすなら...」
「よせ!」
「...殺す」
マキナはそう言うと通信を切った。
「マキナ、マキナ!」
慌てて通信機に魔力を送るが何も映らない、壊しやがったな。
「仕方ない、世話がやけるぜ」
通信室を出た俺はギルドにある馬小屋に向かう。
ここからサイキシまで全力で飛ばせば2日。
(間に合ってくれよ)
そう願わずにいられない俺だった。