8.数百人、いや数十人、数人は……あれ?
「夢?」
「私が八歳の頃に見た膨大な夢。数千数万というたくさんの幼馴染みと出会い、共に成長する夢です」
「幼馴染みは『あの方』のほかにも、いたのか?」
「はい。数える事も出来ない程多くの方が、私の幼馴染みとなりました。その中の一人が『あの方』……」
こっちが夢なら、むこうも夢。
なんてデタラメだ……大吉は飲み終えた缶コーヒーをホルダーに入れ、信号で停車していた車を発進させた。
大吉が十年間というゲーム時間を一年で寝周回しまくれたのも夢だからこそ。
夢に現実と同じような制限があるなら四歳の誕生日でサービスが終了。何も出来ないまま終わってしまうだろう。
夢だからこそのデタラメ。
そしてそれはエルフィンにとっても同じ事。
いや、プレイヤーは数百万もいるのにエルフィンは一人なのだからもっと酷い事になるだろう。
それが出来たのも、夢だから。
大吉ははじめエルフィンが『あの方』のゲーム世界から抜け出たものだと思っていたがどうやら違うらしい。
もしそうなら夢とは言わないし、他のプレイヤーの事も知らないだろう。
「これまで見た事のない膨大で奇妙な夢に、私もはじめは戸惑いました。何かの病気と思って親に頼み、医師を訪ねて回った事もあります。ですがある時気付いたのです。夢の中の出来事が私を変えている事に」
エルフィンは先程大吉がホルダーに入れたコーヒー缶を手に取った。
それをエルフィンは指先でくにゃっと、潰す。
大吉の目の前で、スチール缶がまるでスポンジように指先で折りたたまれていく。
何度も何度も折りたたんでサイコロのような塊にしたエルフィンは、手の平でそれを転がして笑った。
「すげえな」
「夢を見る前は、ぶるるんを投げられるような力持ちじゃなかったのですよ?」
ゲーム開始の時点のエルフィンは普通の三歳の幼女。
そのまま成長すれば今頃はどこかの貴族に嫁いでいただろう。
そんな彼女の運命を特別にしたのは幼馴染みである大吉らプレイヤーだ。
「そして私の変化のみならず、世界も変わっていきました」
エルフィンの言葉が続く。
「私達の世界は一枚岩ではありません。力を持つ者がたくさん現れた事で国家間の勢力均衡が崩れました」
持った力は使うもの。
それはエルフィン達の世界も変わらない。似たもの同士だ。
「戦いになったのか?」
「いえ……我々人族の敵である怪物達も急速に力をつけましたので、うやむやになりました」
「あー……」
軍団戦略ゲー『ストラテジ』だな。
トラックで山道を進みながら大吉は思う。
強大な敵を前にして、互いを警戒しなからも協調姿勢を取った。
大吉の住むこの世界でも同じような事はよく起こる。
敵の敵は味方という奴だ。本当に似たもの同士な世界だ。
「怪物達が急速に力を得たのは強力な指導者が現れたからと言われています。その者の正体は不明ですがおそらく『あの方』と同じ……この世界での私達はゲーム、遊びなのでしょう?」
「……知っていたのか?」
「そりゃわかりますよ。これは遊びだと言う方はたくさんいましたから」
驚く大吉にエルフィンが笑う。
世界とキャラクターの圧倒的な現実感で確固たる地位を確立した『エクソダス』。
現実と変わらないとまで言わしめたキャラクター達だ。プレイヤー達の行動からそう結論するのもおかしくはない。
何とも言えないバツの悪さに、大吉は軽く頭を下げ謝罪した。
「すまんな」
「とんでもない。私は感謝しているんです」
そんな大吉にエルフィンは慌てて手を振った。
「このような力が無い頃も私達の世界は人族国家同士で牽制し合い、怪物達とは敵対していました。紛争や全面戦争が起こる状況を打開してくれたのは、夢の世界が与えてくれた力のおかげです」
「どうやって打開したんだ?」
「力比べしたんですよ」
「力比べ?」
「はい。人族国家からは私の他数名が、怪物達からは金剛竜ブリリアントら竜や要塞世界樹バウルなど名だたる怪物が参加し互いの力を誇示した結果、戦えば互いどころか世界が滅びるという事で不可侵条約が締結されました」
砲艦外交だな。人だけど。
にこやかに答えるエルフィンに大吉は呆れて笑う。
まったくもって似たもの同士な世界だと思ったからだ。
「まるで核兵器だな」
「カクヘイキ?」
「この世界にある一撃で何十万人も殺せる武器だよ。強すぎる武器を撃ち合うと互いに大損するから直接対決しなくなった」
「なるほど。こちらの世界にもそんなものがあるのですね」
核兵器が実戦配備された後の世界は代理戦争に終始した。
直接戦えばどちらかが核を使い、使えば報復で核を使われる。
戦わなかったのは互いにとって致命的になるからこそ。
大損が確定している戦争など東西どちらもやりたく無かったのだ。
「こうして私達は、世界を滅ぼすほどの力を与えられた為に互いに戦う事が出来なくなりました。自ら得た力ではないので均衡は崩れず、いつ力を得て反撃されるかわからないので力の無い者に力でゴリ押しも出来ません。緊張は今もありますが、十年前に比べれば楽なものですよ」
「そうか」
「はい。自ら得た力ではこうはいきません。他力本願万歳です」
ぺっか。
輝き笑うエルフィンを見るに本心からそう思っているのだろう。
何とも平和な緊張状態に大吉は笑い、なんとも『エクソダス』らしいなとハマっていた当時を思い出す。
この『エクソダス』、戦闘描写は沢山あるのに死や残酷な描写がまるで無い。
だいたい『こてんぱんにされ泣いて故郷に逃げ帰った』となる。
はじめは妙なヌルさを感じたものだが『エクソダス』の圧倒的な現実感を思えば、仕方の無い事だろう。生々しい血や肉の臭いや腐敗した死体が一面に広がる様を五感で体験したいと思う者が多いとは思えない……
と、当時の大吉は思っていたのだが、エルフィンと話をしていると彼女の世界に配慮したという感じを受けてしまう。
『エクソダス』ってゲーム機器じゃないのかよ?
首を傾げる大吉だ。
異世界の存在が実証されたなんて話を大吉は聞いた事が無いが、エルフィンの言葉を聞く限り世界どうしを夢で繋げているような感じである。
まったくもってオカルトだ。
後であやめさんに聞いてみようかと大吉は考え、教えてくれないだろうなぁとため息を吐く。どう考えても社外秘だからだ。
「そして、今の私を導いてくださったのが『あの方』」
そんな大吉の隣でエルフィンは販促音楽を奏でるスマホを胸に抱き、頬を染めた。
「『あの方』は夢の中の私に対し別れの瞬間まで真摯に向き合い、究極の高みへと導いてくれました」
エルフィンの表情は恋する少女だ。
「そして『あの方』との夢が終わった後の私の生き方を示してくれました。今の私があるのは『あの方』のおかげ。新たな世界の均衡を支える一人となったのも『あの方』のおかげです」
「夢にずいぶん入れ込むんだな」
「夢が現実に反映されるなら、入れ込んでも良いのではありませんか?」
「それは……そうだな」
じいさんの家に着き、大吉はトラックを止めた。
「そして、私は夢を掴みました」
日はもう沈み、月が世界を照らしはじめている。
エルフィンと大吉がトラックから降りた。
エンジン音を聞いたのだろう、じいさんが玄関の扉を開いてこちらに歩いてくる。
エルフィンは月を見上げ、呟く。
「ひと月ほど前、久しぶりに『あの方』が夢に現れました」
「現れた?」
「はい。すぐに途切れてしまったのですが私と『あの方』は、十年ぶりに繋がったのです。その時に聞いたのがぶるるん音」
「トラックのエンジン音か」
「はい。ぶるるんの音です」
スマホゲーのガチャトラブルがひと月前くらいだったような気がするなぁ……
と、大吉はあの頃の戦々恐々としていた自分を思い出す。
画面とメールのあまりのウザさにしばらくスマホ電源を切ってしまっていたのだが、『あの方』もそんな一人に違い無い。
あのスマホゲーも全国規模だ。同じような境遇の者が数十人いても不思議はない。
「私は願いました。強く願いました。どこでもいい。どんな形でもいい。『あの方』ともういちど巡り会える事を強く願い、そして私はこの世界への扉を開いたのです……全ては『あの方』と共に歩むため。十年の悔恨を晴らすため。『あの方』との結婚式を果たす為に」
結婚式?
いやいや、やった奴がたまたま掲示板に書き込んでいないだけかもしれない。
エルフィンは俺の嫁とか書き込んでいた者も多いのだ。数人くらいは結婚までこぎ着けた者がいるかもしれない……よな?
「そして、ギリギリアウトだった誓いの口づけを今度こそ果たす為に」
ギリギリアウト?
あれ?
大吉が首を傾げる。
エルフィンが月に吠えた。
「あと数秒あれば誓いは果たされたのです……三歳の夢の私に言ってやりたい。もっと早くデレろと、最初から押せ押せで行けと小突き倒したい! ただの幼馴染みとか余裕ぶっこいてるからギリギリアウトになるのです! 私のバカーッ!」
ばかーっ、ばかーっ、ばかーっ……エルフィンの叫びが木霊する。
木霊が静かになった頃、エルフィンはスマホを両手で包み込み、月に願った。
「もう一度、巡り会いたい……」
そして……ぽーん。
エルフィンが手に持つ大吉のスマホが、メール着信音を奏でた。
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