7.そいつは俺みたいな奴だな
「いらっしゃいま、せ……?」
昼、店からちょっと歩いた所にあるレストラン。
ランチタイムで盛況なレストランの店員の尻すぼみな歓迎に、大吉は苦笑した。
気持ちはよくわかる。
平日の昼間に鎧を着た女が入店したら誰もが戸惑うだろう。
しかし日本は漫画大国。
宣伝のコスプレですと大吉がでっちあげると店員はあっさりと納得し、席へと案内してくれた。
最初は驚いていた周囲の客も、ああコスプレかと納得する。
漫画大国万歳。大吉はそんな風に思いながらエルフィンとテーブルについた。
「大吉さん、コスプレって何ですか?」
「あとでな」
知って怒られても困る。
そんな事を考えながら、大吉はメニューを開く。
「エルフィン、じいさんの所で何を食べていた?」
「昨夜は仕留めた猪でぼたん鍋を作って頂きました」
じいさん、すげえな。
「今朝はご飯に納豆におばあさんの漬け物に味噌汁でした」
そしてエルフィン、馴染むの早いな。
納豆や漬け物が食べられるならレストランの料理も大丈夫だろう。
そんな事を大吉が考えていると、興奮したエルフィンが大吉の服を掴んできた。
「大吉さん。黒い! あの黒い料理は何ですか!」
「ああ、イカスミパスタね」
「あれ食べたい! 食べたいです!」
ぺっかぺっかぺっか……
輝くのやめなさい。そして人の食事を指さすのやめなさい。
衆目を集めるエルフィンに心で呟く大吉だ。
それにしてもエルフィン、やたらと黒にこだわる。
黒か……俺も昔は、やたらと黒にこだわっていたものだ。
エルフィンのはしゃぎっぷりに大吉は昔を思い出す。
だからエルフィンメイカーでの名前はクロノ。
他のゲームもブラック、ノワール、シュバルツ、ネーロと、とにかく黒。
振り返ると特に意味の無いこだわりだが、皆そんなものだろう。
大吉は店員を呼び、料理を注文した。
「ご注文は?」
「イカスミパスタをふたつ」
「黒つゆだくで!」
ぺっか!
エルフィンの輝きに目を細める大吉と店員だ。
「ずいぶん黒にこだわりがあるんだな」
「黒はあの方の色なのです」
「……そっか」
料理はすぐにやって来た。
「黒い! 私の黒の力が満たされる!」
「よかったな」
ぺっかぺっか!
エルフィンがイカスミパスタを貪り食べる。
まあ、黒にこだわりのあるプレイヤーも数千人はいただろう。
大吉はエルフィンとの昼食を終え、午後の仕事に繰り出した。
集荷先を回り、他の配達会社を回り、道路を走りながらトラックの音を聞く。
「ぶるるん……」
「ここら辺にはいないのかもなぁ」
しかしどこにもエルフィンの求めるぶるるんは無い。
輝かなくなったエルフィンを乗せて大吉はトラックを走らせたが求めるぶるるんは見つからず、夕方になった。
「すみません。お仕事なのに」
「いや、エルフィンが怪力でずいぶん楽だったよ」
配達は体力勝負。
客が頼む荷物は軽い荷物だけではない。何が入ってるんだよと思うほど重い段ボールや適当な梱包のソファー等、重かったり大きかったりする。
荷物によってはフォークリフトを使わなければ積めない荷物もある。
しかし百キロだろうが一トンだろうが大型トラックに比べれば軽いもの。エルフィンはどんな荷物もひょいひょいと運んでくれて、大吉はいつもより早く仕事を終わらせる事が出来た。
まったく、オカルト様々だ。
「じいさんにスーパーで買い物を頼まれてたよな。寄って帰ろう」
「はい……」
しかしそんなオカルトでも、あまり帰りが遅いとじいさんが心配するだろう。
大吉はトラックでスーパーに入り、入り口近くで停車する。
エルフィンが反応した。
「この曲は!」
助手席から飛び出したエルフィンが店内へと駆けていく。
彼女の駆けた先にあるのはテレビでも話題になった事のある、スーパーでよく聞く謎販促音楽を奏でる機械。
何の曲は知らないが、耳に残る曲である。
ぽっぽっぽっぽっぽー、ぽっぽっぽっぽっぽー、ぽぽぽぽぽん、ぽん、ぽん……
「この曲! あの方が良く口ずさんでいた神曲です!」
「そ、そうか……でも全国のお店で聞ける曲だから探すのは難しいな」
ぺっぺっぺっぺっかー、ぺっぺっぺっぺっかー、ぺぺぺぺぺか、ぺか、ぺか……
曲にあわせて輝くのやめなさい。
輝きまくるエルフィンに心でツッコミを入れながら、大吉も昔を懐かしむ。
大吉もよく口ずさんでいたものだ。
まあ、この音楽もトラックと同じく全国展開だ。
数百人くらいはゲーム世界に持ち込んだ奴がいてもおかしく……ないよな?
俺みたいな奴だと、『あの方』に胸騒ぎをおぼえる大吉だ。
「これ、欲しいです」
「これは売り物じゃないから」
「では売っている場所を教えて下さい」
「知らん」
売り場も値段も知らない品をねだられても困る。
仕方無い。
大吉はポケットからスマホを取り出し電源を入れ、録音アプリで曲が一巡するまで録音してエルフィンに渡した。
画面の再生ボタンを押すと、スマホから曲が流れる。
エルフィンが輝いた。
「スマホの録音で我慢しろ」
「ありがとうございます。ありがとうございます!」
ぺっぺっぺっぺっかー。
曲を聞きながらエルフィンが頭を下げる。
二人はじいさんに頼まれた買い物をすませ、トラックで帰路についた。
「まあ、明日があるさ」
「はい……」
エルフィンは大吉のスマホを手に、力無く頷いた。
販促音楽が車内にエンドレスに流れる。
「国内にトラックは山とあるからな。その曲を知っているならそいつもきっと国内にいる。世界中を探すよりだいぶ楽だぞ」
「はい……」
すっかり夜になった山道をトラックが登る。
一日だけの捜索なのにこの落ち込みよう。
手がかりだけで『あの方』にたどり着く事が難しい事を理解したのだろう。
「ところで、『あの方』ってのは、どんな奴なんだ?」
「……」
大吉の問いに、エルフィンは販促音楽を聴きながらポツポツと語りはじめた。
「今から十年前、あの夢で私の世界は変わったのです」
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