6.省略するなら光! 絶対に光です!
「ぶるるん、ぶるるん!」
運転する大吉の横で、彼女が笑う。
エルフィンメイカーのヒロイン、エルフィン・グランティーナ。
ゲームはグランティーナ子爵家の一人娘エルフィンと使用人の子であるプレイヤーの出会いから始まる。
開始時は共に三歳。
そこから十年の間、プレイヤーはある時は幼馴染み、またある時は召使い、またまたある時はライバルとして彼女と過ごす。
このゲームは肩書きこそ育成ゲームだが、身分が上のエルフィンに何かを強制する事は出来ない。
あくまで彼女の興味を引き、導き、成長させていくのがプレイヤーの役割だ。
だからプレイヤーは強くなり、賢くなり、見識を広めてエルフィンを導くのだ。
大吉は彼女との毎日にハマった。ハマリまくった。
サービス終了までの一年間、昼も夜も寝まくって可能性を追求したものだ。
名はクロノ。
開始時こそクロノを家来扱いする彼女だが、クロノが学問を究め、武術を究め、魔法を究め、竜や巨人を討伐して名声を上げていく程に関係が変わっていく。
そしてエルフィンの将来もクロノの道によって変わっていく。教授になったり、戦士になったり、魔法使いになったり、冒険者になったりするのだ。
エンディングの華麗なエルフィンに大吉は憧れ、究極のエルフィンを見る為に起きる間も惜しんで寝ゲーした。
VR世界で効率の良いルートを構築し、音楽で踊るようにゲームで踊る。
時間、場所、姿勢、口調、呼吸、視線……十年間にも及ぶゲーム時間を正確に踊りきる様はゲームではなく執念。もはや遊びではない。
遊びで寝てるんじゃないんだ!
と、あの頃の大吉は親に叫んでいたものだ。父さん母さんごめんなさい。
そんなこんなで告知されたサービス終了日、大吉はラストプレイで最高のクロノを作り、エルフィンを導いた。
その結果がラストプレイの結婚式に繋がったのだろう。導いたエルフィンは何でもハイレベルにこなす万能エルフィンという反則キャラだった。
あれが大吉に、そしてクロノに出来た最高の二人。
しかし完璧では無かったのだろう。誓いの口づけには数秒足りなかった。
そこだけが心残りな大吉だ。
「ぶるるん!」
完璧だったら……こんな風になったのかな?
大吉は助手席をちらと見る。
「あんた、いくつだ?」
「十八になります」
「十八でぶるるん連呼は恥ずかしくないのか?」
「これもあの方に出会う為。数少ない手がかりですから恥ずかしくありません」
あの方、か……
ゲーム終了時のエルフィンは十三歳。
大吉はあの調子で導いたエルフィンが五年経過したらどうなるかを考え、ここまでにはならんなと首を振った。
助手席のエルフィンは、たぶん大吉が届かなかった完璧なエルフィンだ。
『エルフィンメイカー』の次に大吉がハマった軍団戦略ゲー『ストラテジ』に出て来たラスボス、一人で一軍をぶちのめすエルフィン・グランティーナの方がずっと近い。
それにしても、最近オカルト多いな……大吉は自分のスマホの入った胸ポケットに触れる。
トラックが空を舞ったあの日から、スマホの電源は落としたまま。
オカルトが怖いからだ。
システムを戻したにも関わらず存在するスマホゲーキャラに隣のぶるるん女騎士。
何か呼び合っている気がしないでもない。
……いやいや、ないない。
スマホゲーのオカルトはバグだろう。
それにエルフィンメイカーはエクソダスと同じ日に発売され一世を風靡したゲーム。呆れるほど乱発された後続のゲームによって瞬く間に埋もれたが、プレイした者は百万人以上はいるはずだ。
と、大吉はオカルト心を吹き飛ばしながら午前の配達をこなしていく。
エルフィンが手伝ってくれた事もあり配達はあっさり終わり、大吉は予定よりもずいぶん早く店に戻った。
「ぶるるん、あまりいませんね」
「今は午前の配達をしてるからな。そのうち戻ってくる」
「ぶるるん!」
「トラックな」
ぺっか。
輝くエルフィンに大吉はツッコミを入れ、店長に部外者を案内する断りを入れて敷地に停車している大型トラックのエンジン音を聞かせてみた。
「どうだ?」
「大吉さんのぶるるんが一番近い気がします」
「エンジン音な。大型トラックじゃないのかぁ」
まあ、大吉の乗っているエンジンを積んだトラックは全国にごまんとある。
少なくとも数万台は存在するだろう。
大吉がそんな事を考えていると、エルフィンにぶん投げられた大型トラックの運転手がやってきた。
「あんたのおかげで一生ものの後悔を背負わずに済んだよ。ありがとう」
「当然の事をしたまでです」
ぺっか。
頭を下げる運転手にエルフィンは輝き胸を張る。
「あんた、名前は?」
「私は光の黒騎士エルフィン・グランティーナ」
「光の黒騎士? 光の騎士じゃダメなのか?」
「ダメです!」
ぺっかーっ。
謎ワードをスルーしなかった大型トラックの運転手に、エルフィンが輝き叫んだ。
「光は外しても良いですが黒は、黒は絶対に外せません!」
ぺっかぺっかぺっか……
輝きながら黒を主張する女騎士。まったくわけわからん。
「大吉……彼女、黒に何かあるのか?」
「知りませんが怒らせると怖そうなので、黒を抜くのはやめましょう」
「あ、ああ……」
話が通じても大型トラックをぶん投げる女だ。
光だの黒だので機嫌を損ねたらアホ過ぎる。
他の者にも注意しておこうと大吉は思い、入り口でエルフィンと待つ。
正午の鐘が鳴ると午前の配達を終えたトラックが次々と店に戻ってきた。
「どうだ?」
「うーん、やっぱり大吉さんのぶるるんが一番ですね」
「そうか」
どうやら空振りらしい。
そういえば……大吉はじいさんが言っていた事を思い出す。
お礼だからコンビニおにぎりではなくレストランで食べる事にしよう。
大吉は財布の中身を確かめ、エルフィンに声をかけた。
「じゃ、飯を食いに行くか」
「ご飯! ご飯ですね!」
ぺっか!
「まぶしっ!」
光の黒騎士エルフィン・グランティーナ。
今日一番の輝きだった。
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