7.どこにも馬鹿はいる
男は、動画を見ていた。
動画は最近配信された黒島オカルトスローライフのものだ。要塞世界樹がイカを養殖し、金剛竜ブリリアントが畑を耕して今日もよく働いたと額の汗をぬぐう。
『黒豆の実りはどうですか?』『良い出来だ』
世界中で行われている事を、怪獣が行う動画。
暗い部屋の中、男が呟いた。
「読みは、見事に外れたな……いや、外されたというべきか」
「はい」
男の背後に立つ秘書が頷く。
男は、投資家だった。
男はオカルトが出て来た時、世界は荒れると予想した。
あれはまさしく世界の脅威。
そして人は驚異を前に財産を守ろうと動くもの。
男はそういった資産の動きを読み、安く手に入れ高く売る事で財産を築いてきた。
人の不幸は蜜の味。その為なら汚い手も使う。
これはきっと、とんでもない儲けになる……男は小躍りして儲かりそうな株や貴金属を買いあさった。
しかし世界は、男が思った通りに混乱しなかった。
理由は二つ。
一つは誰もが抗う事を止めてしまう程の超絶ハイパワーだった為。
そしてもう一つは怪獣達がとんでもなくフレンドリーだった為だ。
怪獣達は怪獣映画のように人類を踏み潰して怪光線で都市を壊滅させたりする事は無いどころか、混乱させた世界の穴埋めに奔走する始末。
怪獣達の活躍で混乱は瞬く間に終息し、今や黒島動画は世界の人気コンテンツ。
人々はアニメや漫画を読むのと同じ感覚で動画を見て驚き笑っている。
害が無ければ皆そんなものなのだ。
そして男は、大損した。
どんな仕事も読みが当たれば得をして、外れれば損をするもの。
投資家だってそれは同じだ。
男は資産の八割を失い、投資家としての業績と信用を失った。
汚い手を使い何十年もかかって蓄えた財を、怪獣騒ぎで失ってしまったのだ。
「オカルトとは何とも凄まじいものだな」
「はい」
男が画面を睨む先、動画は進んでいく。
画面に映るのははしゃぐ竜や巨人に説教している男。
黒の十四軍の長、井出大吉。
こいつが、元凶。
男は呟く。
「しかし……この井出大吉はただの人間。こいつに何かあったら、黒の十四軍はどうなるかな?」
「……お止めになられた方が、よろしいのでは?」
止める秘書の声に、男は叫んだ。
「この男の人生など何千回も買えるだけの金を私は失ったのだぞ!」
「投資は自己責任。普段からおっしゃっていたではありませんか」
「そうだ! だから私は財も信用も失った! 選択を間違えていたからな!」
男は画面で苦笑いする大吉を指さし叫び続ける。
「次は間違えぬ。要は怪獣共が私の予想した通りに混乱を起こしてくれれば良いのだ。オカルト共には太刀打ち出来ぬが黒の十四軍の中心はただの人間でしかないこの男。この男ならどうにでもなる」
「そんな事をしたら世界が滅ぼされてしまいます!」
「明確に手を出せば、そうなるだろうな」
男がニヤリ笑う。
「体長不良、病気、些細なきっかけで起こる事故……不幸なトラブルというものは色々ある。そうだろう?」
「相手はオカルトです。何が起こるか分かりません」
「私は境界が知りたいのだ。どこまでが良くてどこからがダメなのか、それを知りたい。その境界を見極めれば怪獣共を暴れさせたり静かにさせたり出来るではないか。井出大吉を使ってな」
「そんな事が出来る訳が……」
「すでにいつもの者達を潜入させている」
「いつの間に……」
いつもの者達とは、儲けの為に邪魔な者を排除するプロ達のことだ。
毒、病気、事故、銃弾、人質、噂、女、金……その手段は様々。
自分の知らない所で事が動いている事が不快なのだろう、秘書が顔をしかめる。
「私が汚い手を使うのはこれが初めてではないだろう? 何を今更」
「オカルトに、そのような手が通じるとでも?」
「私が手を出すのはオカルトではない。オカルトと縁を持つ、ただの人間だよ」
大きな損は、心の余裕を失わせる。
オカルトとは異常。
それを見極められると考えている時点で、男もまた異常であった。
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