7.大吉、こてんぱんを依頼される
「あちぃな」
「そうですね」
東京都黒島、メインストリート。
自衛隊の輸送機から降りた安住と麻田は空を見上げ呟いた。
二人の目的は視察だ……表向きは。
メインストリートは幅五キロ。
これだけ広いとどこでも着陸出来てしまう。
安住は現総理大臣。万が一にも着陸失敗など無いようにメインストリートを縦に着陸した輸送機が今いる位置はメインストリートのど真ん中。
太陽はすでに高く、熱せられたメインストリートはどの方向を見ても逃げ水だ。
「逃げ水に囲まれてるとかすげぇな」
「私も初めてです」
そんな二人の視線の先、逃げ水の上を走ってくる軽自動車が一台。
谷崎だ。
「お待たせしました」
「ありがとう」
「すまんなぁ。こんな所に着陸させちまって」
「いえ、狭い車で申し訳ありませんがお乗り下さい」
軽自動車から降りた谷崎は後部座席のドアを開く。
そして安住と麻田が乗り込んだ後にドアを閉め、車の後ろのドアを開いて段ボールの中から『焼酎』とラベルの貼られた四リットルのペットボトルを取り出した。
麻田と安住が段ボールの中を覗くと空のペットボトルがいくつも入っている。
総理を迎えに来た車で堂々とアルコール。
さすがに眉をひそめる二人だ。
「おいおい谷崎、怪獣しかいないからって飲酒運転はいかんだろ」
「いえ、私が飲むものではありません」
谷崎は車の前に回ると、焼酎の蓋を下にしてボンネットの上に置く。
『サケーッ!』
車が叫び、ズボン! と、蓋に穴があく。
そして、ごぶっごぶっごぶっごぶんっ……唖然とする安住と麻田の前で四リットルの焼酎ペットボトルが飲み干されていく。機械妖精グレムリンだ。
「いいか?」『ガンバルーッ!』
谷崎車、オカルトアルコール動力。
「谷崎君……国際条約違反だよ?」
「北海道より広いのに軽自動車ですよ? ガソリンスタンド無いんですよ?」
「そりゃムリだわなぁ。かてぇ事言うな安住、バイオエタノール燃料だよ」
「……ここ以外では使わないでくれよ?」
「わかっております」
心配顔な安住に谷崎は頷き、運転席に乗り込み車を発進させる。
ぎゅおん! 二人が乗ってきた輸送機が瞬く間に小さくなっていく。
しかし加速はものすごいが車内の二人に加速している感覚は無い。
さすがはオカルト。何でもアリだ。
メインストリートをすさまじい速度で走る軽自動車の中、麻田が谷崎に聞いた。
「自衛隊の皆はどうだ?」
「皆さん、すっかり慣れたようです。広くて楽だと喜んでおりました」
「そうか。怪獣との付き合いもうまくいっているようだな」
「はい。今では訓練の的になってくれる怪獣に実弾を叩き込んでいますよ」
「ほぅ……」
麻田の瞳が鋭く光る。
「で、効果は?」
「全くありません。銃弾、砲弾、各種ミサイルは全てキャッチ返却だそうです」
「そうか。基地に来た外国の連中はそれを知ってるか?」
「はい。皆、引きつった笑いを浮かべておりました」
「だろうなぁ」
通常兵器、完全無効。
大型爆弾や地中貫通爆弾など自衛隊が持っていない通常兵器は色々あるが、まあムダだろう。重量が増えた分だけ威力が高いだけだからだ。
「すると残るは核、生物、科学兵器か」
「使われる事が無いよう、監視をしっかりお願いします」
「はい」
さすがにそんなものを使われてはたまらない。
怪獣達は大丈夫かもしれないが駐屯する自衛隊はアウト。
安住はどこかがこっそり持ち込まないよう監視を谷崎に要求する。現役の最高責任者は色々大変だ。
「まぁ、大丈夫だろ」
対して隠居の身の麻田はのんきなものだ。
「そうですか?」
「第十四軍がすでに世界中に散らばってるみたいな事言ってたからな。オカルト諜報に対応出来る国なんて今はまだねぇだろ」
第十四軍、諜報軍。
彼らが日本を守るかどうかはわからないが、大吉と仲間は守るだろう。
だから麻田はあまり気にしていない。事前に情報を知らせるなりこっそり排除するなりしてくれるだろうと思っていた。
「もうすぐ到着です」
「速ぇな!」
そんな会話をしている内に自衛隊駐屯地。
さすがオカルトだと二人は舌を巻くのであった。
一方、こちらは黒島支店。
「谷崎さんは?」
「総理を迎えに行きました」
総理が視察に訪れると谷崎から聞いた大吉は、トラックターミナルの端の黒島支店でそわそわしていた。
何せ総理だ。総理大臣だ。
政治家など選挙カーに乗ってる誰かとすれ違った事しか無い大吉にとって総理などテレビの中の人。なんかすごい人、超すごい人だ。
「皆、歓迎の準備はいいか?」
「歓迎花はいつでも咲かせられるぞ」
「大吉様に恥をかかさねぇようにしっかり踊らねぇとな」
「がん、ばる」
「歓迎踊りですな。おいでまーせー」
まあ、こいつらに会いに来たんだろうがな……
と、意気込む皆を見て苦笑いの大吉だ。
視察の相手は黒島に住む黒の十四軍と自衛隊。
黒の十四軍の長ではあるが大吉自身は何の力も無いただの人間だ。もっと気楽に行こうと力を抜く。
しばらくすると谷崎が戻ってきた。
「あ、戻って来ましたね」
「よし! 全軍、歓迎開始!」
「「「おいでまーせー、おいでまーせー、くろーしまー」」」
接近する谷崎車に皆が踊り始める。
踊る皆の前で谷崎車は停車し、谷崎が降りて後部ドアを開く。
まず出て来たのは安住。そして次に……麻田だ。
「はじめまして」
「おぅ、歓迎ありがとう!」
「……なんだ。麻田か」
「麻田だな」
「もう会った事ある奴じゃねえか」
「やめ、やめ」
「そうですな。麻田殿とはもう会った事がありますからなぁ」
麻田を見て、とたんに踊りをやめる皆である。
「おいおい、一度会ったくらいで歓迎しなくなるのかよ」
「お前は黒をわかっているようでわかっていないから、歓迎しなーい」
「ブリリアント、てめぇいい根性してんなぁ」
「私は初めてなのですが……」
「そうだぜお前ら。俺よりも総理の歓迎じゃねえのかよ」
「忘れてた! 歓迎踊り再開だ!」
「……いえ、もう十分です」
「お前ら、麻田元総理と会った事があるのか?」
そんなやりとりを見て首を傾げる大吉に、ブリリアントが答えた。
「はい。黒島を作れと言ったのがこの男なのでございます」
「まあ、こんなデカい島を作れとは言わなかったがな」
「日本じゃ二番と言ったのはお前ではないか」
「海を全て陸に変えても足りんとか言われりゃ、多少はデカくしないと納得しねぇだろ?」
「「「「当然!」」」」
「すみません。知らない所で色々すみません」
「こっちも怪獣に出しゃばられたら色々と困るからな。いいって事よ」
大吉は麻田に頭を下げる。
大吉と皆が南国黒島でのんびり生活していられるのも、国際条約のおかげ。
無ければ今も裁判やら権利やら金儲けやらでゴタゴタしていただろう。
それともこいつらがブチ切れてたか……と、背筋が寒くなる大吉だ。
「総理、そろそろお時間です」
「わかった」
時計を確認した谷崎が安住を駐屯地へと案内する。
しかし、麻田はそのままだ。
「……行かないんですか?」
「行くのも変だろう? 俺はもう隠居の身なんだから」
それもそうだ。
元総理でも今はただの隠居じいさん。視察に便乗して来ただけだ。
「あっちはあっち。こっちはこっち。俺は俺でしなければならん事がある」
麻田はそう言うと姿勢を正し、大吉に頭を下げた。
「てめぇらに自称『正義』をこてんぱんにしてもらいたい」
「へ?」
正義をこてんぱん?
麻田の言葉に大吉は首を傾げた。
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