プロローグ.大吉、栄転する
「井出大吉、来週より黒島支店長への異動を命じる」
「へ?」
式典から一ヶ月。
店長から渡されたいきなりの辞令に、大吉は素っ頓狂な声を上げた。
黒島。
今は東京都黒島。黒の十四軍が住む北海道より少し広い新島だ。
なお、番地は今の所存在しない。オカルトしか住んでいないからだ。
そんな所に支店? 運送会社に何をしろと?
と、大吉が首を傾げるのも仕方が無い事だろう。
「いや、あそこ何も無いですよ? オカルトに誰が荷物を届けるんですか?」
「自衛隊が住むんだよ。あと、ついでに役場も出来るらしい」
「えーっ」
いつまでもバウルに抱えられているのは問題ありと判断したのだろう、護衛艦こんごうの港を作るついでに基地と演習場が作られる事になった。
広い演習場を持たない自衛隊の要望もあり、谷崎ら防衛省がフォルテやブリリアントと協議して農地予定となっていた一部を基地転用してもらう事となったのだ。
広ければ富士総合火力演習などで「ここから伊東市まで届きます」とかアナウンスされる火砲の砲弾も実際に撃てる。国内では性能上可能でしかなかったものを実際に撃てるとあって、自衛隊も練度が上がるとホクホクだ。
なお、役場は誰かが来た時に対応する為の施設が必要というだけのもので防衛省管轄。ぶっちゃけオマケだ。
ちなみにこの基地、表向きは国連軍基地となる。
しかし戦闘部隊が駐留するのは自衛隊のみ。
他の国も若干名駐留するらしいが目的は監視と情報収集。部隊を駐留しませんかと聞いたところ「暴れた時はお前らが身体を張って怒りを鎮めろ」と拒否された。
銃弾やミサイルをあっさりキャッチ&リリースするオカルトにとって軍隊は抑止力にならない。戦力を置く事自体ムダと判断したわけだ。
「それでも二ヶ所しか無いでしょ。どちらも港から直接搬入で良いのでは?」
しかしその程度では運送会社は必要無い。
オカルト、役場、基地。田舎の集落より配達先が少ない。
そもそも自衛隊なら輸送用の車も部隊もあるはずだ。一般人が住まない島に民間の運送会社が入り込む余地など無いはずなのだ。
と、首を傾げる大吉に店長がぶっちゃける。
「蛾の怪獣だって巫女がいなくなったら暴走しただろうが!」
「俺は巫女ですか!」
「バカ野郎! お前みたいなむさっ苦しい巫女がいるか!」
要はオカルトの暴走防止。
政府公認巫女、大吉(男性)。いや、男だから神主か?
「まあそれはそれとして、お前がここにいると竜が飛んで来たり大樹が飛んで来たり宇宙船が落ちて来たり輝いたりと苦情が殺到でな。厄介払いを決めた訳だ」
「うわぁ!」
「とにかく栄転だぞ栄転。主任とか係長とかをすっ飛ばしていきなり店長だ! 給料が上がるぞ良かったな大吉!」
大吉は笑う店長にバンバンと背中を叩かれて、辞令を押しつけられる。
まあ、確かに出世だ。喜ぶべきだろう。
大吉がそんな事を考えつつぶるるんに荷を積んでいると、同僚からは別れを惜しむ声。
「エルフィンちゃんがいなくなっちゃうのかー」「残念だ。超残念だ」「大吉、エルフィンちゃんはここに置いていけ」
「俺はええんかい!」
大吉、思わずエセ関西弁炸裂。
「だってエルフィンちゃん積み込み手伝ってくれるし」「荷下ろし手伝ってくれるし」「疲れ知らずだし」「輝き分身で一瞬で終わらせてくれるし」
「今は国際条約違反ですよ」
「「「黙ってりゃわかりゃしねぇよ!」」」
「バレるに決まってるでしょ!」
ダメだこいつら。俺がここにいたら会社が国際条約違反で潰されてしまう。
転勤せねば大変な事になると、黒島転勤を決意してアパートに戻ると夕食時に谷崎が訪れる。
「急な話ですが私、黒島に転勤する事になりました。役場勤務だそうです」
「すみません。本当に色々すみません」
谷崎、道連れ決定。
大吉が謝罪し土下座すると、谷崎はいやいやと手を振り笑う。
「公務員にとって転勤は恒例行事のようなものですから気にしないで下さい。それに井出さんには今後も色々お願いする事になりますから恐縮されても困ります」
「え? 何かするんですか?」
首を傾げる大吉に谷崎が差し出したのは『オカルトともだち作戦』と表紙に書かれた小冊子だ。
「……何ですこれ?」
「黒の十四軍との親交を深める事で、暴れた時に手加減をして頂こうという作戦です。まずは駐留する部隊から……」
「暴れさせませんから。大人しくさせますから!」
再び大吉が土下座する。
「大丈夫です大吉様。私がいる限り暴れさせません」
「いや、エルフィンもがっつりオカルトだから。暴れる側の人だから」
「ええっ!」
べかーっ! 驚き輝くエルフィンだ。
大吉は頭を上げると夕食の並ぶ席につき、谷崎と共にため息をついた。
引っ越し、超面倒臭い。
二人の共通する思いだ。
「しばらくは引っ越しの準備で忙しいですね」
「そうですね」
「引っ越し?」「ですか?」「なぜです?」「「「はいー?」」」
しかし大吉と谷崎の言葉にオカルト勢が首を傾げる。
「そりゃ引っ越すだろ。離島なんだから」
「そんなの輝き転送で良いではありませんか」
「そうですわ。私もここと黒島を往復する事になりますから、どこかのドアを輝き転送ゲートにしましょう」
「それは助かるです。おじいさんの畑と黒島の往復が楽になるです」
「でしゅ」「です」「ですぅ」
「井出さん……通勤手当、つきますかね?」
「徒歩扱いでしょうね」
大吉と谷崎、輝き転送通勤(徒歩)決定。
勤務地は離島だが住居は都会。
すっかりオカルトに染まってる二人であった。
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