幕間.愛を食らう者
「オカルト制限条約……ですか」
「社長は、この条約を予想していたのですか?」
「まあねぇ」
フラットウェスト社、社長室。
中継されている結成式典の流れる中、社長は第二開発部長と法務部長に笑った。
フラットウェスト社長、平西影(ひらにし えい)
社名は彼の姓からとったもの。
たいら、そしてにし。だからフラットウェスト社。
平西は画面に映った赤面する大吉に手を叩いて笑い、二人に言った。
「まあ僕にも誤算はある。日本政府がいきなり島を作るとは思わなかった」
オカルト制限条約。
少し前から議論されていた『オカルト戦力制限条約』の発展で、軍事的利用の制限のみならず経済的なオカルト利用すら制限するものだ。
国際条約ではあるが実際には日本に対する制限条約。
今のところ日本にしかオカルトが出現していないのだから当然だ。
どの国も一撃こてんぱんなデタラメ戦力、島を作るほどのデタラメ建築力、輝くだけで製造するデタラメ製造力。
制限しなければ全て日本の一人勝ち。各国は制限に懸命だ。
この式典は条約の調印式でもある。
式典が終わり次第彼らは東京で条約の調印式を行い、条約が発効する。
そうなれば非常時以外のオカルト利用に制限がかけられる。
制限は国の平均男性以上の労働成果の禁止。そして大量動員禁止。
重機以上の能力があろうが平均的な男性以上の労働成果は禁止され、報酬もそれに準じたものとなる。
エルフィンもその扱い。ブリリアントもバウルもその扱い。
どれだけ能力があろうが平均男性以上の仕事は禁止な上に人海戦術も制限されては労働力としての旨みはまるでない。普通に人間を雇えば良い事だ。
今の機運を作り出したのは北海道より広い新島、黒島の存在だ。
領土は国家の権利の基盤。だからどの国も領土にうるさい。
麻田が目論んだ通りに状況は進み、瞬く間に条約調印へとこぎつけた。
新島のニュースを見た平西はそれを予見し、訴えを取り下げたのだ。
そして平西の予見した通り、国際的な制限条約が発効する。
が、しかし……
「それにしても、訴えを取り下げるのはやりすぎです」
「この制限条約があっても制限されない分野はあります。ロイヤリティの割合を下げて和解でも良かったでしょうに」
しかしこの条約はあくまで『黒の十四軍』の労働力としての利用に関した話だ。
オカルトを題材としたグッズ、書籍、ビデオ等々。
これらはあくまで人の経済活動だから制限は無い。見せ物にするだけなら動物園の動物と同じ。その位はいいんじゃねという判断であった。
だからここからロイヤリティを徴収する手段もあったのだが、平西はそれらを含め全てを放棄した。
この世界に現れたオカルトは、我が社の創作物とは別と宣言したのだ。
それだけに訴えた法務部と大吉とオカルトとの関係を見出した第二開発部は口惜しい。利益を得る手段をみすみす捨ててしまったからだ。
「君たちは、『エクソダス』の利益だけでは不満なのかい?」
「い、いえ……」「そういう訳では……」
だが、そんな収入があったところで本業の『エクソダス』には遠く及ばない。
二人がこのように食い下がるのは、自らがその収益に関わっていないから。
『エクソダス』に関する全ては平西が取り仕切っている。
第二開発部も法務部も一切の関わりを持っていない。せっかくフラットウェスト社に入ったのに利益にほとんど関わっていないふがいなさが部長二人を裁判へと動かしたと言える。だから今も不満タラタラだ。
平西は中継を眺めながら、そんな二人に聞いた。
「君たちは、もし彼らが世界と戦っていたら、責任を取ったかい?」
「「……」」
二人は答えない。
平西はそれを「知らぬ存ぜぬを通す」という返事として受け取り、笑う。
「そうだろうねぇ。君らは儲かるから権利を主張したんだもんねぇ」
「「ぐっ……」」
二人が呻く。
しかし実際、平西の言う通りだ。
大吉が黒の十四軍を従えているからこそ儲けが出せると踏んだ。
だから、権利を主張した。
「あぁ、それは別に構わない。我々はメーカーだからね。『エクソダス』もゲームタイトルも、キャラクター達も儲けの手段でしかない」
儲かれば群がり、儲からなければ放置し、損となるなら関係を断つ。
メーカーとはそんなものだ。
「しかしユーザーは違う。ユーザーがゲームやキャラクターに入れ込むのは損失でしかない。金や時間を失う訳だからね。しかしそれでも彼らが満足するのは、それ以上の何かで埋め合わせが出来るからさ……愛でね」
「愛」「ですか?」
「そうだよ」
画面の中で式典が終了する。
平西は素晴らしいと大吉に拍手を送り、続けた。
「彼、井出大吉君は少なくとも彼らを拒絶しなかった。他者に迷惑をかけないようにと彼らを説得し、権利を求めた君らに自由にさせてやってくれと頭を下げた。彼の中では悩みもあっただろうが彼は逃げずに踏みとどまり、ともすれば世界の敵となった彼らを羨望の的に変えたんだ。これが愛で無かったら何だというんだ」
「「……」」
「仕事としてのシビアな愛は必要だが、少しはこういう無償の愛も持ちたまえ」
式典中継が終わる。
テレビを消した平西は立ち上がり、二人に退室を求めた。
「いやぁ、さすがはあやめ君。素晴らしい人選だ」
二人が退室してしばらく後。
エレベーターの中で、平西は笑っていた。
二十階、十階、地上、地下十階、地下二十階……エレベーターはどんどん下がっていき、やがて止まる。
地下九十九階。
フラットウェスト社の社員が入れるのは地下十階まで。
そこから先はエレベーターには示されていない、限られた者だけが知る階だ。
平西はエレベータを降りた。
「大吉君、これからも彼らを愛してくれたまえ」
平西は工場を見下ろす廊下を歩く。
眼下に広がる工場に、人はいない。
ラインに流れる段ボールはVRドリームインターフェース『エクソダス』だ。
ぴかり、箱が作られる。
ぴかり、箱にエクソダスが梱包される。
ぴかり、宛名が記される。
ぴかり、ぴかり、ぴかり。
輝きが様々な仕事をこなしていく。
「そうしてくれなければ僕も、これからやって来る僕らの同胞も困るからね」
その工場を抜けるとまた、別の工場。
ぴかぴか、部品が作られる。
ぴかぴか、部品が組み上がる。
ぴかぴか、完成した『エクソダス』がラインに転がり出る。
ぴかぴか、ぴかぴか。
誰もいない、誰も働いていない。
ただ、輝きがあるだけだ。
平西が進む廊下の先にあるのは、扉。
扉には、フラットウェスト社員の誰も知らない謎の部署の名が記されている。
『第一開発部』
「さぁ、黒の十四軍! どんどん世界で輝いてくれたまえ!」
扉の先には、誰もいない。
机も機材も配線も、ゲーム開発に必要なものは何も無い。
「僕らの世界が腹を満たすまで!」
その部屋に浮かぶのは、闇。
がらんとした部屋の中で、渦巻く闇がひたすら世界を食らっていた。
これで一章終わりです。
ここまでお読みくださりありがとうございました。
次回から二章です。
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