15.やっぱりしれっと現れた(2)
「それでは第一軍から、お願いいたします」
司会の言葉で最初に立ち上がるのは、当たり前だがエルフィンだ。
一軍を一撃こてんぱんなデタラメ一号は参加者に笑顔で頭を下げる。
「第一軍、近衛軍団長、光の黒騎士エルフィン・グランティーナです」
「光の黒騎士?」「光なの?」「黒なの?」「どっちだよ?」
第一軍、近衛軍。軍団長エルフィン・グランティーナ。
そして初対面の頃の大吉同様、首を傾げる皆である。
「第一軍は大吉様の護衛、食事、掃除など身の回りのお世話をいたします」
「メイドだ」「護衛以外はメイドの仕事だ」「なのに軍?」
「それと運送会社で働く大吉様の為に荷運びのお手伝いもいたします」
「バイトだ」「バイトの仕事だ」「なのに軍?」
皆が首を傾げる中、記者の一人が挙手して質問する。
「あの、今仰られた事を軍で行うのですか?」
「はい。第一軍は私一人ですので」
「軍なのに一人なのですか?」
軍と言ったら数千人規模の師団をいくつも束ねたもの。数万という規模だ。
それなのに一人。
しかしエルフィンは自信満々。
「増やそうと思えば輝き分身で二十億くらいの軍団は作れますよ?」
べかーっ。
輝きでエルフィンが増えていく。
百、千、万……どんどん増えていくエルフィンを前に記者は慌てて手を振った。
「わ、わかりましたもう結構です」
「ご理解いただき幸いです」
ぺかっ。エルフィンが一人に戻る。
記者達は周囲に輝き現れたエルフィンが消えた事に安堵し、近衛軍は身の回りの世話とお手伝いをするメイド&バイト軍と記録した。
大いに間違っている。
見た目だけなら鎧をつけただけの人間の少女、そして黒軍や黒の艦隊が目だっているため目立たないが一番ヤバイのは間違いなくデタラメ一号。
本当にヤバいのは普段は片鱗しか見せないもの。
故にヤバさを発揮するまで皆はそれを理解しない。世の中そんなものである。
「第二軍、竜軍。軍団長の金剛竜ブリリアントだ」
次に立ち上がるのはすでに知られた金剛竜ブリリアント。
全世界の空軍戦力の砲弾やミサイルといった攻撃を全てキャッチして返却してきた空の王。攻撃力は未知数だが速度や機動力は人類兵器など論外。貨物を満載した航空機を担いでやすやすとマッハを超える超絶能力に全世界脱帽だ。
ブリリアントのダイヤモンドの鱗がきらめく。
「我ら竜軍は空を飛ぶ者達で編成された空の軍。任務は黒島での黒豆栽培だ」
「農家?」「農家なの?」「空の軍なのに農家?」
記者の一人がおそるおそる挙手し、質問する。
「あの、これまでのように空輸とかはなさらないのですか?」
「大吉様と遊ぶ時間が減るからやらん!」
ブルンブルン! ブリリアントが激しく首を振る。
「収入になるではありませんか」
「飯を食って大吉様と共に遊んで共に寝る。畑を耕すだけで十分ではないか」
「……」
うわぁ、この竜遊ぶ気マンマンだ。
記者達はそう思うが食い下がる。
それだけの能力があって地を耕すだけなのかと思ったからだ。
「いえ、黒豆以外にも色々必要なのではありませんか? 服とか電気製品とか」
「その事に関しては他の軍に聞け。我は知らん」
しかしブリリアントは無視して座る。
次に立ち上がったのは巨人、ガトラスだ。
「第三軍、鬼軍。軍団長のガトラスだ」
「巨人だ」「よく飛んで来る巨人だ」「この前登山してた巨人だ」「でかいなぁ」
大吉アパートにジャンプして来る姿はよく目撃されている。
ざわめく皆にガトラスは不穏な空気を感じたのか、皆を見下ろし口を開く。
「たかだか十倍デカイくらいでグダグダ言うな。お前ら人族は本当に心がせめぇな。角があったり力が強かったりデカかったり一つ目な程度で消しにかかるもんなぁお前ら。お前らからはまだそんな目に遭わされちゃいねぇが……」
ギロリ。ガトラスの目が輝く。
「するなよ?」
「「「は、はいっ!」」」
皆が頷く。
何せサイズは十倍。
そして何よりもオカルト存在。身体がデカイ程度で済むわけがない。あまり表に出ていないがブリリアントやバウルがアレなのだ。この巨人も相当なものだろう。
ガトラスは返事に満足したのか頷き、続けた。
「我ら鬼軍はてめぇら人族からあぶれた者の寄せ集めだ。数は少ないが能力は人族なんざ目じゃねえ。俺らは寛容だがナメた者には容赦はしねぇ。こてんぱんだ」
ガトラスは人くらい簡単に握りつぶせる拳を皆の前で握って皆の肝を冷やした後、ニヤリ笑う。
「我々鬼軍は地を砕く陸軍。任務は黒島での小麦栽培」
「「「また農業?」」」
何しに来たのあんたら?
首を傾げる皆である。
「あのー……他には、なさらないのですか?」
「食い扶持以外に何かしてたら大吉様と遊ぶ時間が減るじゃねえか!」
ホントに何しに来たのあんたら?
着席するガトラスに、ますます首を傾げる皆である。
「第四軍、惑軍。軍団長のフォルテ・クレッツェでございます」
次に立ち上がったのはサキュバスのフォルテだ。
「私共惑軍は男を磨くインキュバスと女を磨くサキュバスが主体の愛に生きる者達。そして愛のおこぼれを頂く者達。愛をナメた者には容赦いたしません」
妖艶な瞳が皆の頬を染めさせる。
さすがサキュバス。相手の心をくすぐる術を心得ている。
「私共惑軍は精神攻撃を得意とします。担当するのは主に外交。黒の十四軍への要望や苦情かありましたらまず私共にお願いいたします」
「「「やっとまともなのが出てきた!」」」
メイドにバイト、黒豆栽培、小麦栽培、そして大吉と遊ぶ。
言っちゃ悪いが地味過ぎる。大吉が黒島に行けば黒島で全部事が済んでしまう。
怖いと思いながらも派手さを求めてしまう皆である。
「ですが基本は大吉様のお世話ですので塩対応はご容赦下さいね」
「「「デスヨネー……」」」
しかしやっぱり大吉優先。
フォルテは優雅に一礼すると着席した。
「続きまして第五軍ですが、言葉がゆっくりですので私が紹介を代行いたします」
司会の言葉にスライムのボルンガがぷるるんと身体を揺らす。
「第五軍、獣軍。軍団長はボルンガです」
「よろ、しく」
「獣軍は陸を駆ける陸軍。任務は黒島での畜産との事です」
「くろ、しまで、にく、つく、る」
「「「畜産!」」」
肉食獣が草食獣を牧畜するようなものだろうか。
さすが喋る獣達。人と変わらない事をサラッとやると感心する皆だ。
「たべる、たいせつ」
しかしなんだろう、この食料ばかりに夢中な軍団は。
「だいきち、さまと、あそぶ、もっと、たいせつ」
そしてなんだろう、遊ぶの最優先な軍団は。
「おし、まい」
ぷるるん。ボルンガが揺れる。
皆がしきりに首を傾げる中、広場に声か響く。
要塞世界樹バウルだ。
「第六軍、樹軍。軍団長のバウルだ」
バウルは金剛竜ブリリアント以上によく知られている存在だ。
樹木達が巨大なタンカーを背負って海洋を駆ける姿はすでに日常。航空機よりも速く移動する船舶は流通革命を引き起こし、業界はそろそろ損害補償も良いだろうと引き上げようとするバウルらの引きとめに必死だ。
特にバウルは港ごと移動しているようなもので、一度に何十もの船をマッハ四で運ぶ上に地峡くらいしゅぱたんとジャンプする。
パナマもスエズも待ち時間無しで楽々通過。超便利なお役立ち軍団なのである。
「我ら樹軍は物資の輸送をはじめとした皆の活動の補助が役割。任務は主にイカの養殖だ」
「「「今度は漁業だ!」」」
「あと、自らの幹を使った果物栽培だ」
超絶能力を持っているのに第一次産業ばかり。
それなら海上輸送を続けてくれよと思う皆である。
「そして何よりも大吉様と遊ぶ事。ここ東京ではべちこんと断られているが黒島は誰も居ないから大丈夫。きっと遊び放題に違いない!」
広場が喜びにぶるるんと震える。
ここで自己紹介は終わったらしい。次は私とビルヒムがふわりと宙に浮かんだ。
「第七軍、屍軍。軍団長のリッチー・ビルヒムでございます」
宙に浮いた三メートルの屍がカクリと礼をする。
「屍軍は精神生命体の集まりであり、魔法に長けた軍でございます。皆、屍なのでカサカサでございます。丁寧に扱っていただけると幸いです」
「あの……あなたは、その肉体で元々生きていたのですか?」
記者の質問にビルヒムはカカカと笑い、首を横に振った。
「いえ、この者はとても優秀な魔術師でしたがちゃんと死にました。私はそれを利用しているに過ぎません」
「「「えーっ……」」」
リッチーといえば死してもなお生きる怪物。
しかしリッチーと名乗っていてもビルヒムは憑依存在だ。
「身体ある者にとって命と身体は分けられないのです。生きる為の諸々が止まってしまっているのに命だけが続く訳が無いではありませんか」
「「「なんて夢が無い!」」」
やはり不老不死は無いんだ。死んでも生きてるとか夢でしかないんだ。
落胆半端無い皆である。
「そして我ら屍軍の任務は黒豆の煮込みとパスタ茹ででございます」
「「「何しに来たの?」」」
ついに本音が出る皆にビルヒムが瞳を輝かせ笑う。
「ならば死者に憑依して遺言でもさせますか? 殺された者に誰が殺したかを語らせますか? 呪いで誰かを不幸にしますか? 伝染する呪いとかもありますよ?」
「「「けっこうです」」」
「よろしいカカカ」
さすが屍。えげつない。
そんな事をされてはたまらない。コンロの代わりの方がはるかにマシだと首を振る皆である。
ビルヒムは皆に笑い、着席した。
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