7.アパートに親が現れた
「あつまれー」「かさなれー」「もりあがれー」
ロボの輝きに海底が輝き、泥人形がムクリと起き上がる。
無数の泥人形は周囲の物質を吸い込みながら大きくなり、近くの泥人形と合体を繰り返す。
そして合体を重ねてロボよりも大きくなった泥人形は海底に隙間無く並び、四つん這いになって硬化した。
硬化した人形から輝きが抜けていく。グレムリンだ。
『ツギー』『アツメロー』『ツギー』
グレムリンはピカピカと輝きながら再び海底に宿り、泥人形が動き出す。
そしてまた合体し、硬化した泥人形によじ登って四つん這いになって硬化する。
それを延々と、地道に繰り返す。
その様は、まるで組体操の俵だ。
「だいぶおそいでしゅ」「せかいがちがうです」「がんじょうですぅ」
フォルテが評していたように、この世界は幼女達の世界よりも頑丈。
泥人形はなかなか動かず、合体してもなかなか巨大にならず、硬化にもはるかに多くの時間がかかる。
しかし手を抜けば積み上げたものが崩れてしまう。
星を改造する地道なテラフォーミングは我慢との戦いでもあるのだ。
「でもがんばるでしゅ」「じみちにやるです」「ファイトですぅ」
アイリーン、マリー、エミリはロボをぐぉんと輝かせてグレムリンを放出し、島を補強する為の骨材を地に打ち込み、泥をかき集め続けた。
「俺も、手伝おう」
遅々として進まぬ中、幼女達が奮闘する海底に海上から無数の根が伸びてくる。
要塞世界樹バウルだ。
「海底の泥をかき集めれば良いのだな?」
「たすかるでしゅ!」「ありがとうです」「ゆっくりやるですぅ」
「谷崎さんは……まだ出張だったか」
日曜の朝、大吉アパート食堂。
メンバーの足りない食卓に、大吉は呟いた。
谷崎は三日前から出張だ。
どうしても断れない仕事が出来たらしい。
大吉から見れば雲の上のエリートなだけに色々あるのだろう……まあ、出張内容はオカルト案件だろうが。
色々と相談したい事があったがオカルトなら仕方が無い。
毎度すみませんと大吉は心で謝り、食卓についた。
「あれ? アイリーン達もいないのか」
「忙しいと言ってたです」
首を傾げる大吉にエリザベスが答える。
幼女達が忙しいって、何だ?
おしごとでしゅと言って出勤する大吉にロボで手を振る幼女達が忙しいとか、一体何をしているんだ?
と、大吉がさらに首を傾げれば部屋がぺっかと輝く。
輝きから現れたのはセカンドだ。
「大吉様、おはようございます」
「おはようセカンド」
輝き転送で宇宙からご飯を食べにくる。
どう考えてもエネルギーの無駄遣い。超勿体ない。
「そうだセカンド、アイリーン達三人が何をしてるか知らないか?」
「仕事を頼みました。詳細は形になってからお伝えいたします」
「……迷惑な事は、してないよな?」
「それは問題ありません」
セカンドが仏頂面で答える。
そして朝食が始まった。
「エルフィンのご飯は相変わらず美味しいねー」
「ありがとうございます」
大吉を訴えたフラットウェスト社の社員のあやめはいつもと変わらない。
かつては作り過ぎた料理を差し入れしていただけだったのに、エルフィンがアパート住まいになってから入り浸りまくり、そして大吉のご飯を奪いまくり、そしてぬか漬けくれまくりだ。
「大吉さん。ソーセージとぬか漬けを交換しましょう」
「塩分過多になったら困るのでお断りします」
「大吉さんは肉体労働ですから、ちょっと多いくらいがちょうど良いですよ」
毎日ぬか漬け作りまくりですねあやめさん。
あやめの申し出をソーセージを食べる事で断り、大吉はため息をつく。
裁判をすると皆に言ったが相手の理解を得る材料がある訳ではない。
それどころか弁護士? なにそれ状態。
オカルト非日常の第一人者である大吉も裁判は初体験。何をどうすれば良いのかすら分からない。
そんな大吉に同席するミリアは恐縮しきりだ。
「すまんなぁ。本当にわてのせいですまんなぁ……」
『サケー』『サケー!』『サケクレー!』
「あんたら、わてがしこたま謝っとるのに酒かい!」
「こいつら、酒好きなんですか?」
「そや。こいつらアルコールで動いてるようなもんやで」
ガソリンで動くアニメの戦闘メカのごとくだ。
ロボもまさかハンドルで動いているんじゃないだろうな……いかんいかん、今はそれよりも裁判だ。
大吉は首を振って邪念を追い払う。
そんな大吉にあやめが言った。
「大吉さん、案ずるより産むが易しですよ」
「今の状態じゃ産む事すらできませんよ。あやめさんフラットウェスト社の人でしょ? 何か良い案はありませんか?」
「いやー、第一開発部は他の部署とほとんど交流が無いんですよ。それどころか昔から第二開発部の人にストーカーされてて鬱陶しいんですよね。ですからこの際ガツンとやっちゃって下さい」
「ガツンされるのはむしろこっちです。法的根拠は向こうが強いんですから」
「そんなの大吉さんの思いの丈を語れば良いんです。オカルトも人も動かしたければ訴えるべきは心。いつもの調子でハートにガツンとぶちかまして下さい」
「うわぁ、こっ恥ずかしい」
「あ、ニュース見ますね」
拳を握って力説するあやめに赤面する大吉だ。
そしてあやめがテレビのスイッチを入れれば今日のニュースも裁判の話題。
さすがオカルト。食いつき抜群だ。
今回はオカルト利用の可能性をニュースの話題にしているらしい。現在黒軍が支援している物流がどれだけの価値を持つのか、そして新たに現れた黒の艦隊にどんな事が出来るのかを専門家を交えて語り、巨額の利益が期待出来るという結論で締めくくっていた。
こんな調子だから最近は株式市場の株価の乱高下が半端無い。
しかし渦中のフラットウェスト社は株式を公開していない。周囲の混乱をよそに相変わらずのゲームタイトル乱発三昧。台風の目の如く穏やかだ。
そして大吉も穏やか。
いたずらにオカルトを刺激しないようにとの政府の判断だろう。マスコミはオカルトとフラットウェスト社の権利争いという形で報道し、大吉の存在は世間から隠されていた。
しかし、縁があれば大吉が当事者である事はわかる。
それが血縁であればなおさらだ。
ピンホーン……大吉が朝食を食べる中、チャイムが鳴る。
「私が出ましょう。大吉様はお食事を続けて下さい」
エルフィンが席を立ち、玄関へと向かう。
食堂はエリザベスの部屋だ。
自衛隊の誰かが来たのかもしれないな……と、大吉が食事をしながら思っていると、エルフィンが神妙そうな顔で戻ってきた。
「大吉様……その、お父様が」
「へ? エルフィンの?」
「大吉、おぉい大吉ーっ!」
「そりゃそうだよな! 俺だよな!」
大吉が叫ぶ。
聞き慣れた声が、玄関から響いてきた。
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