4.権利の全ては我が社にございます
「……井出さん、ゲームだと思って適当ぶっこきましたね?」
「すみません。本当にすみません」
その日の夜、大吉アパート。
会社から戻ってきた大吉は、渋顔をした谷崎に深く頭を下げた。
原因はもちろんミリアだ。
遅刻するのでミリアを谷崎とフォルテに任せて仕事をしてきた大吉が戻れば、幼女達の言葉遣いが変わっている。
「やでーでしゅ」「ちゅーんやです」「ほんならですぅ」
「皆さん、その言葉使いは何ですか?」
「「「えせかんさいべん!」」」
「エセ関西弁?」
胸を張るアイリーン、マリー、エミリ。
首を傾げるエルフィンに缶ビールを飲みながらミリアが笑う。
「そや。エセ関西弁や。ミスターブラックもとい大吉様に教えてもろたんやで」
「……井出さん」
「すみません。本当にすみません」
ジト目の谷崎に頭を下げる大吉だ。
生まれも育ちも関東な大吉の方言など、どれもこれもエセとなる。
ゲームだからいいじゃんと思ったらとんだしっぺ返しだ。
「……お前らどいつもこいつも、俺のこっ恥ずかしい黒歴史を晒しやがって」
「黒歴史! なんと素晴らしい響き!」
「黒が入っているのですから悪い事のはずがございませんわ!」
「黒は最高です!」
「でしゅ!」「です!」「ですぅ!」
「やでぇ」
駄目だこいつら。黒に全振りだ。
大吉は頭を抱える。
しかしこのまま放置したらそこら中に吹聴して回る事だろう。拡大を防がねば。
大吉はミリアに説得を試みた。
「ミリア。すまんがエセ関西弁ってのは『関西弁ってこんな感じだよなぁ』という俺の勝手な思い込みで、そういう方言があるもんじゃないんだ」
「大吉様オリジナル方言ちゅー事?」
「「「なんてうらやましい!」」」
大吉の説得失敗。そして爆発。
「大吉様オリジナル!」「いや、エセだから」
「大吉様のお言葉!」「だから、エセだから」
「大吉様の思いが込められているです!」「エセだから!」
「「「さすがメランしゃま!」」」「……」
「聞いたか?」「これは黒軍の皆も喜ぶ」「大吉様の授けた言葉!」「ブリリアント様に連絡だ!」「やめれ」「「「「ええーっ!」」」」
ぽーん。
『そのお言葉、ぜひ黒の艦隊にもご教授頂きたく思います』「駄目」
もうお前ら、本当に黒捨てちまえ。
「井出さん……皆さんの黒へのこだわり、どうにかなりませんか?」
「すみません。本当にすみません」
「そういや朝は忙しゅうて自己紹介してなかったな。わては黒の工場長ミリア・トゥルーフィールドや。よろしゅう」
「光の黒騎士エルフィン・グランティーナです」
「黒軍、惑軍団長フォルテ・クレッツェでございます」
「黒の銀狼、聖女エリザベス・ウルフハウンドです」
「赤黒のアイリーンでしゅ」「青黒のマリーです」「白黒のエミリですぅ」
『私は黒の艦隊司令セカンド』
「あっはっは、なんや、みぃんな黒仲間やないか!」
「……井出さん」
「すみません。本当にすみません」
谷崎の黒評価、ジェットコースターの如く。
先日は黒最高とか言っていたのにもう元に戻っている。
この人も大変だなぁ……大吉はそんな事を考えながらミリアを見ると、彼女の鞄がピカピカ輝いた。
『酒』『酒クレ』『ヘベレケシタイ』『シタイー』
鞄から転がり出たのはピカピカ輝く小さな金属だ。
「あかんでぇ。それであんたらしくじったやんか。しばらく禁酒や」
『『『『ソンナー!』』』』
その姿を見た幼女達が騒ぎ出す。
「小人さんでしゅ!」「小人さん!」「ですぅ!」
「あら、アイリーン達は知っているのですか?」
「グランの中にいるでしゅ」「アクアにもいるです」「ウィンザーもいるですぅ」
「大吉様、あのぺっかー存在は一体?」
「ビルヒム達の親戚……かな? こいつらは機械妖精グレムリン。鉱物に宿る精神生命体だよ」
お前がぺっかー存在とか言うな。
大吉はそう思いながらエルフィンに説明する。
ビルヒム達が屍に宿る精神生命体ならば、グレムリンは鉱物に宿る精神生命体。
星が変われば生き物も変わる。機械妖精グレムリンは鉱物に宿り、それらを機械化する事により活動するのだ。
グレムリンが何とかしてくれるので、材料を与え指示するだけで物が出来る。
ロボも黒の艦隊もグレムリンがいればこそ。
こちらの世界で言えば発酵が近いだろうか。ゲームは面倒な事は簡略化されているものだが、エルフィン達の世界はグレムリン達がそれを担当している訳だ。
いやぁ、異世界ってすげぇなぁ。
と、つくづく思う大吉だ。
「それにしても大吉様、『また』女性ですね」
「……エルフィンさん。それは禁句です」
べかーっ……エルフィンが輝き、谷崎が生温かい目で大吉を見る。
ゲームだから仕方ないじゃん。仕方ないじゃん!
大吉は何度目かの心の叫びを行い、ミリアに事情を聞き始めた。
「で、朝はしくじったと言ってたが、何をしたんだ?」
「あー、フラットウェスト社のサーバに忍び込んで、スマホゲーのガチャをいじくっとったんや」
「あれはお前の仕業か」
そりゃ俺のスマホからこいつらいなくならないわ。元々オカルトなんだもん。
納得する大吉だ。
大吉が険しい顔をしていたのだろう、ミリアは髪をワシャワシャかきながら頭を下げた。
「かんにんやでぇ。わても大吉様と愉快な黒仲間にすぐに会いたかったねん」
「謝る事はありません。あれが無ければ途方に暮れていた事でしょう」
「今でも反復横跳びでございますわ!」
「森で獣をシメてました」
「「「セカンドおねーさんと一緒におそらをウロウロしてたー」」」
『ですね』
しかし大吉とは違ってエルフィン達は大絶賛。
それはそうだろう。あのスマホが大吉と彼女達を繋ぐただ一つのものだったのだ。
ぶるるん音も大吉がガチャをしなければ聞く事も無かったかもしれない。全てがミリアのお陰であった。
「そんでな、そろそろ頃合いやとバッくれる時にこいつらが神棚の酒飲んでへべれけになりおってな……見つかってしもたんよ」
『『『『ゴメンヨー』』』』
「あー、あの動画のアレか」
朝のニュースを思い出す。
消される前に拡散してコピーバックアップをとるのはさすがと言うべきか。
「ま、幸いわてらはこの世界ではオカルト扱いや。映ってるのはへべれけぺっかーなこいつらだけやし、トボけとけばわからんと思うがなぁ」
「いや……ここにフラットウェスト社の社員と国家公務員がいるんだが」
「社員でーす」
「国家公務員です」
あやめと谷崎が頭を下げる。
ミリアはあんぐりと口をあけて二人を凝視し、ぺちんと頭を叩いた。
「あちゃー、またしくじってもうたー」
「……ま、素直に謝るしかないな。あやめさん、話を通してもらえますか?」
「はーい」
その手の事は隠しておくとロクな事が無い。
後回しにすればするほど金も時間も信頼も失う事になるのだ。
幸いにして黒軍の前例もある。
そしてオカルト達の能力は半端無い。賠償で何とかなるだろう。
と、大吉はそれほど深刻には考えていなかった。
が、しかし……後日、大吉は苛烈な要求を受けることになる。
「我がフラットウェスト社は、法的手段に訴える事にいたしました」
「……え?」
「VRドリームインターフェース『エクソダス』に関わる全ての権利は我が社、フラットウェスト社にごさいます。キャラクターも当然我が社に権利がございますので貴方にはキャラクターの利用料、我が社が本日までに被った損害の賠償、そしてキャラクター利用権利の我が社への返還を求める事といたします」
「……へ?」
「後日、訴状が送付されますのでご確認下さい」
「……は?」
この人、何を言ってるんだ?
フラットウェスト社の法務部社員の言葉に、大吉は素っ頓狂な声を上げた。
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